蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
次元リアクター管理局管制塔。
だが、空気は、異様なほど重い。
誰もが、まだ言葉を選びかねている。
「……これは」
オペレーターも言葉にならない。
超長距離望遠解析センサーの計測結果。
大型スクリーンに映し出される数値。
それは―“群れ”。
宇宙空間の超長距離遥かな遠方。
静寂の中に浮かび上がる、無数の影。
数ではない。
密度だ。
そして、その中心。
明らかに異質な存在。
周囲すべて飲み込むような圧倒的質量。
「……なんだよこの反応」
「計器の故障?」
「…解析結果おかしいんじゃないのか?」
誰かが、無意識に呟く。
ナツキも困惑を隠せない。
「なによこれ…」
「所長、この解析結果は…」
オペレーターが投げかける。
「解析班、見解を」
ゲンゾウが冷静に問いかける。
だが冷や汗が滲んでいる。
「…ギアノイド中枢個体と推定されます」
「…つまりギアノイドの親玉の可能性がある…か…そうか…」
ゲンゾウの声。
静かに。
だが、揺るぎなく。
断定として響く。
緊急会議、各国代表がモニター前に集う。
解析結果を次元リアクター管理局解析班が説明を開始する。
震える声で。
各国代表が沈黙する。
誰も、すぐには言葉を出せない。
その規模。
その存在感。
これまでの敵とは、明らかに“別次元”。
「進行速度、現状維持」
「軌道、変化なし」
一拍。
「このままのコースであれば――地球圏へ到達します」
「まだ当分時間があるのが、唯一の救いかと…」
誰もが理解する。
それが何を意味するのか。
絶望以外の何物でもないと。
「……降下されたら終わりだ」
低い声。
仮にこの群れが地球に降下してきた場合、戦場は地球全土に広がる。
防衛戦力の集中もできない状況では、人類は問答無用で蹂躙されると誰もが理解する。
反論はない。
できるはずがない。
だがそれでも活路を見いだす。
ゲンゾウは、間を置いて続ける。
「方法は一つしかない」
視線が集まる。
一点に。
「宇宙で迎撃する」
皆沈黙する。
一瞬。
思考が止まる。
あまりにも単純で、あまりにも過酷な結論。
ゲンゾウは冷静に告げる。
「中枢を破壊すれば、群体は機能を失う可能性が高い」
「少なくとも統制は崩れる」
論理としては、明快。
それは初めて示された光明。
“勝ち筋”。
細く、危うい。
だが、確かに存在する道。
「ただし」
ゲンゾウの声が、さらに低くなる。
「宇宙空間での戦力集中が絶対条件じゃ」
「地上では、対処不能」
現実を突きつけられる。
各国代表の表情が変わる。
理解したのだ。
これは作戦ではない。
人類の命運を賭けた――最終決戦にも等しいと。
管理局技術班が宇宙空間での戦闘について言及する。
「バスターアームズの宇宙運用は可能です」
技術担当が続けて報告する。
「次元粒子推進により、無重力下での機動に理論上は問題はありません」
「バスターアームズの基本構造も、パイロットの生命維持さえ可能であれば宇宙空間に適応しています」
ただし問題は明白。
EU代表が指摘する。
「だが――」
一拍。
空気が張り詰める。
「パイロットが対応できない」
技術担当事実を述べる。
「パイロットの生命維持は、パイロットスーツの改良でどうとでもなります。しかし…操縦技術は別です」
「三次元機動、慣性制御、空間認識」
「すべて、地上戦とは根本的に異なります」
上下のない世界。
基準のない空間。
“感覚”そのものが通用しない。
そして結論を出す。
「短期間での適応訓練が必須です」
沈黙。
そして――決断の時は来る。
「……やるしかないな」
USA代表。
「人類全戦力を投入する」
EU代表。
「中華も同意する」
頷きが連鎖する。
言葉は少ない。
だが、この瞬間。
人類は、確かに一つになった。
人類総力戦。それ以外に道はなかった。
一方、訓練施設。
ユーヤが宇宙シミュレーターに接続したブラウフリューゲルに乗り込む。
視界が切り替わる。
そこに広がるのは――完全な無重力空間。
戦闘訓練が開始される。
『シミュレーション、スタート』
機体が、静かに浮かぶ。
推力はわずか。
だが――
「……これが無重力か」
即座に理解する。
感覚、上下がない。
前後すら曖昧になる。
基準が存在しない。
わずかな入力で。
機体は、予想以上に流される。
止めるという概念すら、遅れる。
だが。
ユーヤは、迷わない。
回転。
姿勢制御。
慣性の殺し方。
数手先を読むように操作する。
そして――射撃。
すでに“慣れ始めている”。
管理局オペレーターが驚愕する。
『……異常な適応速度です』
オペレーターの声が、わずかに震える。
ゲンゾウはモニターを見つめながら小さくつぶやく。
「……そうか」
その胸中は人類の存亡への道筋もそうだが、自身の孫の未来を考えていた。
(もしあれが本当にギアノイドの中枢であるなら…あれを倒すことが出来るのなら…この戦いを終わらせることが出来るかもしれない…それが出来たのならユーヤがこれ以上壊れる前に、ブラウフリューゲルに乗る必要は無くなる…)
確信と、わずかな期待を滲ませて。
夜、自宅。
エリスが窓の外を見る。
広がる星空。
静かで、美しいはずの光景。
だが、胸の奥に、わずかな違和感。
理由は分からない。
それでも。
「……ユーヤ」
小さく、呟く。
宇宙より来るもの。
それは、終わりか。
それとも。
人類に与えられた、最後の試練か。
答えは、まだない。