蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
宇宙決戦に向けた準備は、すでに始まっていた。
パイロット達の訓練開始。
無重力シミュレーター。
バスターアームズが、静かに浮遊する。
上下の概念が消えた空間。
わずかな入力で、機体は容易く回転する。
慣性が支配する世界。
一度崩れた姿勢は、簡単には戻らない。
パイロット達は未だ経験したことのない操縦方法に困惑の色を浮かべている。
「くそ……制御が効かない!」
「姿勢が安定しない!」
悲鳴に近い声が、通信回線に重なる。
地上とは、完全に別物だった。
その中で――
ただ一人。
異質な動き。
回転。
加速。
射撃。
すべてが、無駄なく繋がる。
まるで最初から、この環境に適応していたかのように蒼が駆ける。
『……適応率、異常値』
オペレーターが、思わず呟く。
ユーヤは理解している。
これは“慣れ”ではない。
神経接続による補正。
機体と自分が、ほぼ一体化しているからこそ可能な動き。
だからこそ――
(降りたら、意味がない)
その事実も、分かっていた。
シミュレーション終了。
ロックが解除され、コックピットが開く。
ユーヤは無言で、機体から降りた。
その瞬間。
右手から、力が抜ける。
指先が、思うように動かない。
感覚が、わずかに遅れる。
そして――
小さな、ふらつき。
しかし隠す。
ユーヤはすぐにポケットへ手を入れる。
誰にも見られないように。
何事もなかったかのように、歩き出した。
夜、自宅。
静かな時間。
エリスが、窓の外を見ている。
広がる星空。
あまりにも遠い、光の群れ。
背後に、気配。
ユーヤが隣に立つ。
「……何見てるんだ」
「宇宙」
飾り気のない言葉。
しばらくの間沈黙。
二人は同じ方向を見ていた。
同じ星を見ているはずなのに、
見ているものは、どこか違っていた。
そして切り出す。
「ねえ」
エリスが、静かに口を開く。
「私も行く」
はっきりと。
迷いのない声だった。
「ダメだ」
即答、拒否。
間を置かない、否定。
「なんで」
エリスの声が、強くなる。
今までとは違う響き。
「危険だからだ」
短く。
それだけを言う。
「ユーヤは行くのに?」
鋭い言葉。
逃げ場を与えない問い。
一瞬する。
ユーヤは答えない。
「……お前は来るな」
低く。
わずかに、感情が滲む。
「なんで一人で決めるの」
エリスの声が震える。
「私も、一緒にいたいって言ってるだけなのに」
距離が一歩、近づく。
ユーヤを見上げる距離。
「置いていかないで…」
小さな声。
けれど――
確かな重みを持っていた。
ユーヤは目を逸らす。
そして、言う。
「……置いていくんじゃない」
一拍。
「守るだけだ」
「それが嫌だって言ってるの!」
エリスが、初めて声を上げる。
沈黙、空気が止まる。
張り詰めたまま、動かない。
ユーヤはゆっくりと振り返る。
そして、エリスを見る。
片目で。
それでも、真っ直ぐに。
「……俺は、戦うしかない」
静かな声。
「でも、お前は違う」
「普通に、…生きろ」
それは――優しさであり、
同時に、残酷な線引きだった。
エリスは、何も言えなかった。
言えなくなった。
その言葉の意味を、理解してしまったから。
夜。
同じ家。
同じ空間。
それでも――
埋まらない距離。
エリスは、窓の外を見る。
ユーヤは、背を向ける。
どちらも。
本当のことは、言えないまま。
遠すぎる星のように。