蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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1章㊱ヴェスペリオン発進前夜

それは、静かに完成した。

誰に祝われることもなく。

ただ、必要とされたから生まれた艦。

 

戦艦ヴェスペリオン。

巨大な戦艦。

漆黒の装甲に、蒼いラインが走る。

無駄のない構造。

すべてが、機能のためだけに存在している。

人類の望みを載せた旗艦。

中央部。

ブラウフリューゲル専用カタパルト。

その構造が、この艦の本質を物語る。

――一機のための戦艦。

 

「戦艦ヴェスペリオン…」

ゲンゾウの声。

 

管理局のヴェスペリオンに携わっている人々を招集する。

管理局オペレーター、整備班、技術班が整列する。

そして静かに告げる。

だが、確かに場を支配する響き。

 

「諸君らがこの艦のクルーである」

 

「今なら、この艦を降りることを許可する」

 

数秒静寂が訪れる。

だが、だれも動かない。

それほどの覚悟をもって全員がこの場にいる。

 

「…諸君らの覚悟に感謝する」

 

「本艦の指揮は、私が執る」

 

一瞬、ざわめきが走る。

だが、すぐに消える。

誰も、異を唱えない。

この戦いの意味を。

その終わり方を。

最も理解しているのが――彼だから。

 

ナツキが少し離れた場所からみている。

腕を組み、艦を見上げている。

「……お父さん」

小さく呟く。

どこか、諦めにも似た響き。

 

少し前、ゲンゾウ、ナツキの会話。

「ナツキ、お前は地上に残れ」

「⁉…どうして⁉」

「もしワシがいなくなったら、管理局をまとめる人間が必要だからじゃ」

「それは…」

「…地上は…頼んだ」

その言葉。

短いが、重い。

ナツキはそれ以上何も言えない。

自分の父親が下した決断を止めるすべはない。

 

ゲンゾウの決意をユーヤもそばで見ていた。

だがユーヤは何も言わない。

一瞬だけ。

視線が交わる。

祖父と孫として、家族としての眼差し。

言葉はない。

だが――

止めることも、止まることも、もうできないと。

互いに理解している。

 

格納庫。

ブラウフリューゲルが整備されている。

装甲の最終確認。

武装のチェック。

各部、誤差のない調整。

すべてが“決戦仕様”。

 

ユーヤはその前に立つ。

自らが身を任せる人類最強の機体を見つめる。

(終わらせてみせる…)

誰に言うでもなく。

心の中で、確かめるように。

 

右手。

軽く握る。

感覚は鈍い。

それでも。

ユーヤの表情は変わらない。

止まらない。

 

一方、自宅。

静まり返った空間。

生活の気配だけが残っている。

 

エリスは部屋の中。

膝を抱えたまま。

動かない。

 

時計の音だけが、時間を刻む。

それ以外は、何もない。

 

 

夜、扉が開く音。

ユーヤが入ってくる。

 

目が合う。

ほんの一瞬。

だが、その距離は遠い。

 

「……明日、出る」

それだけ。

説明も、言い訳もない。

 

「……うん」

それだけ。

引き止める言葉は、出てこない。

 

会話が続かない。

続けられない。

 

本当は言いたいことはある。

たくさんある。

問いも。

願いも。

怒りも。

でも――

どれも、口にすれば壊れてしまう気がして。

 

ユーヤは一歩、後ろへ。

視線を外す。

そして。

背を向ける。

何も残さないまま。

部屋を出ていく。

 

エリスは動かない。

呼び止めない。

手も伸ばさない。

伸ばせば、届く距離なのに。

――届かない。

分かってしまっているから。

 

扉が閉まる音。

 

―――ガチャン

 

それだけが、やけに大きく響いた。

 

ヴェスペリオン。

発進準備、完了。

人類唯一の宇宙艦隊。

最後の希望。

そして。

すれ違ったままの二人。

言葉を失ったままの距離。

それは、最後まで――

埋まらないまま。

宇宙へ向かう。

 

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