蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
宇宙は、静かだった。
音はない。
風もない。
ただ、無限の闇が広がっている。
――その中に人類の望みを載せた宇宙艦隊は存在していた。
宇宙連合艦隊は編隊を組み、航行する。
無数の艦。
無数の機体。
秩序を保ったまま、静かに進むその姿は――
巨大な意志そのものだった。
訓練空域。
宇宙での訓練が始まる。
各艦よりバスターアームズが発進する。
無重力戦闘訓練。
本番を想定した、実戦形式。
「姿勢が安定しない!」
「慣性が抜けない!」
通信が乱れる。
パイロットたちは苦戦していた。
上下も前後も曖昧な空間。
わずかな操作が、致命的なズレを生む。
地上とは、まったく別の戦場。
その中で――
一機だけ。
異質な動きを見せる機体。
ブラウフリューゲル。
蒼い翼を展開。
音もなく、滑るように宙を切る。
本物の宇宙での操縦訓練を開始するユーヤ。
回転。
反転。
加速と減速の切り替え。
すべてが連続し、淀みがない。
まるで最初から、この空間に適応していたかのように。
仮想敵を次々と捕捉。
正確無比な射撃。
回避すらさせない軌道。
撃破。
撃破。
撃破。
他の機体とは――明らかに次元が違う。
同宙域でそれを見ていた連合軍パイロットは驚愕していた。
「……なんだ、あれは」
「本当にバスターアームズなのか…」
「人間が動かしているのか?」
困惑と、畏怖が混じる声。
各国の指揮官たちが、無言でモニターを見つめる。
誰もが理解し始めていた。
“例外”の存在を。
「単独で戦局を変えうる戦力…」
誰かが呟く。
「地球を…青い星を守るもの…」
それは分析ではなく、結論だった。
「まるで……」
一瞬の間。
誰もが、同じ言葉を思い浮かべる。
「蒼の英雄だな」
その呼び名は、否定されない。
訂正もされない。
ただ、静かに広がっていく。
「蒼の……英雄…か…」
それは称賛か。
それとも、依存か。
その呼び名を。
ユーヤ本人は知らない。
知る必要もない。
ただ――
目の前の敵を処理する。
それだけ。
『訓練終了。各機帰投せよ』
命令が下る。
機体が、それぞれの艦へ戻っていく。
ヴェスペリオン格納庫。
ブラウフリューゲルが収容される。
蒼い翼が、ゆっくりと閉じる。
コックピットが開く。
ユーヤが降りる。
足は、問題なく動く。
視界も、正常。
――だが。
その瞬間。
右手に走る痺れ。
わずかな平衡感覚のズレ。
世界が、ほんの少しだけ傾く。
「……っ」
思わず、壁に手をつく。
宇宙に来ても身体の異常は変わらない。
無重力のせいで力を入れなくていい分、地上よりましだと思うほどだ。
すぐに姿勢を戻す。
呼吸を整える。
何事もなかったかのように。
誰にも見せない。
見せるわけにはいかない。
少し離れた場所。
その様子を見ている影。
ゲンゾウ。
「……ユーヤ」
小さく呟く。
気づいている。
ユーヤの異変に。
その結末に。
だが――
止めない。
止めれば。
すべてが終わるから。
戦いも。
希望も。
連合宇宙艦隊は地球周辺を漂う。
静かに。
確実に来る苦難を待ち受けるように。
その先に――
希望はあるのかわからないまま。
蒼の英雄。
そう呼ばれ始めた存在は。
誰よりも前に立ち。
誰よりも強く。
そして――
誰よりも早く、壊れていく。