蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
発進準備は、すでに始まっていた。
地上便、最終補給シャトル。
静かに、浮かぶように待機している。
エリスはその前に立つ。
迷いは、もうない。
「……行く…会いたい…」
ナツキ小さく頷く。
「…行きましょう」
シャトルが滑るように浮かび上がる。
地球を離れる。
シャトル内のナツキとエリスはずっと無言だった。
そしてひときわ大きな艦が見える。
ナツキがつぶやいた。
「…ヴェスペリオン…」
エリスはただうつむいていた。
ナツキの優しい声。
「…ユーヤと何話すか決めた?」
エリスのか細い声。
「…わかんない…でも……会いたい…」
「…そう…」
ヴェスペリオンへ接近。
巨大な艦。
その中に、彼がいる。
ドッキングが開始される。
接続完了。
ハッチが開く。
その瞬間、ユーヤにもうすぐ会えると思ったとたんに、焦燥感に駆られた。
もう待てない。そう言わんばかりにエリスがナツキに問う。
「ユーヤはどこ!?」
「…たぶん重力ブロック…ブラウフリューゲル格納庫近くの一室…あっち」
駆ける。
ナツキを置き去りにして。
息が乱れる。
それでも、止まらない。
そして、再会する。
曲がり角の一室。
その先に――ユーヤ。
時間が止まる。
言葉が出ない。
会いたかった人が目の前にいるのに声が出ないエリス。
ユーヤの方から口を開いた。
「エリス⁉……来ちゃったか…」
静かだが、確かに響くユーヤの声。
「……うん」
それだけで。
すべて伝わる。
距離がゆっくり近づく。
手が触れる。
確かに、ここにいる。
エリスの本音が漏れる。
「行かないで……」
抑えきれない想い。
「一緒にいようよ」
涙が、自然に溢れる。
ユーヤが一瞬だけ揺れる。
でも、決断は揺るがない。
「……ダメだよ…」
「俺が行かなきゃ、終わる」
否定できない。
エリスも分かっている。
だから、胸が締め付けられる。
沈黙。
言葉は消えた。
ユーヤがエリスのそばに寄る。
手をしっかり握る。
「……エリス。俺はお前が――」
一瞬、言葉が詰まる。
それでも、低く続ける。
「一番、大事だ」
息が止まる。
エリスから涙が零れる。
「……私も」
「ユーヤが、一番大事」
想いが重なる。
初めて、はっきりと。
静かな時間。
何も言わない。
ただ、触れている。
警報が鳴り響く。
『最終補給便、帰還準備』
無情な声が響く。
時間が来た。
止まらない現実。
ユーヤはもう決断はしていた。
ユーヤの目が変わる。
覚悟。
エリスの肩を掴む。
「……帰れ」
「やだ……!」
抱き寄せる。
強く。
離さないように。
そして引きずるように、抱えるようにして帰還するシャトルハッチへ連れていく。
泣き叫ぶエリスの声を聴かないようにして。
「いや!ここにいる!どうなってもいいからそばにいる!お願い!お願いだから!おねががい…だからぁ…」
シャトルハッチにナツキが見える。
「…母さんが連れてきてくれたのか…」
「やだ!!!離して!最後まで一緒にいるって決めたんだから!!!」
迷いはない。
押し込む。
ハッチの方へ。
「ユーヤ……!!」
ハッチが閉まる。
遮断された空間。
ガラス越しに視線が交わる。
言葉はもう、出ない。
シャトルの発進シークエンスが開始される。
エリスが崩れ落ちる。
涙が止まらない。
ユーヤはその場に立ち尽くす。
拳を握る。
震えている。
それでも、振り返らない。
ナツキはその光景を見ている事しかできなかった。
泣き叫ぶエリス。
「ユーヤっ……!ユーヤァァッ……!!……っ、ゆ……やぁ……っ……」
本当はナツキも泣き崩れてしまいたかった。
ナツキはエリスを抱きしめ少しだけ涙を流した。
想いは、届いた。
でも、道は交わらない。
それでも、進むしかない。
気持ちは通じ合っても状況が、共に歩む道を選ばせてくれない。
ギアノイド群勢はもう目前だった。