蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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2章⑨隣にいない

時間が、止まっている。

——真実を聞いたあの日から。

 

数日後。

変わらない。

何も。

何一つとして。

 

ユーヤはベッドに座ったまま。

微動だにしない。

 

視線はどこも見ていない。

ただ、宙を見ているようで——

何も、見えていない。

 

抜け殻。

それ以外の言葉が、見つからない。

 

リョウイチは食事をテーブルに並ぶ。

温かいもの。

栄養も考えられている。

湯気だけが、静かに立ちのぼる。

 

だが、一切、手をつけない。

時間だけが、それを冷ましていく。

 

リョウイチはそれを見ても。

何も言わない。

何も促さない。

 

物資は尽きない。

次元リアクター管理局。

そのネットワークに侵入し、いくらでも調達できる。

自分が設計したものだ。

いくつもバックドアを用意してある。

 

だが、問題は、そこではない。

 

ユーヤは、

何も求めていない。

生きることすら。

 

心が、

——止まっている。

 

リョウイチは。

静かに、部屋を出る。

 

無機質な通路。

足音だけが、乾いて響く。

 

奥へ。

さらに奥へ。

人の気配のない領域。

重い扉の前で、立ち止まる。

——開く。

 

内部へ入る。

そこにあった。

 

それは残骸。

焼け焦げた機体。

黒く。

歪んでいる。

 

かつてブラウフリューゲルであったもの。

 

外装は炭化。

フレームも、崩壊寸前。

かつての姿を、かろうじて留めているだけ。

 

だが――――

完全には、死んでいない。

 

神経接続回路。

フリューゲルの核。

そこだけは——

まだ、生きている。

 

ユーヤが、生きている。

それが、何よりの証だ。

 

リョウイチはその奥へと視線を向ける。

 

もう一つの影。

似ている。

だが、少しに違う。

 

そのシルエットは――――

バスターアームズ。

ブラウフリューゲルに近い。

しかし——

より洗練され。

より完成された。

“次”を前提として造られた形。

 

新たな器。

新造バスターアームズ。

未起動で静かに、佇んでいる。

 

準備は出来ている。

すべては揃っている。

機体も。

環境も。

条件も。

あとは——

 

リョウイチは小さく、呟く。

「……あとは、ユーヤ次第か」

 

英雄は、

まだ、

——立ち上がっていない。

 

 

 

さらに数日後。

ユーヤはふらふらと立ち上がり外に出た。

理由はない。

ただ、そこにいたくなかった。

 

無機質な階段を上がった先は地上だった。

ユーヤは歩く。

ゆっくりと、あてもなく。

 

見慣れた街。

何も変わらない。

何ひとつ。

 

「……ここ」

小さく呟く。

 

気づけば、自分の家の近く。

――よく歩いた道だった。

 

苦笑がもれる。

「……こんな近くにいたのかよ…父さん」

皮肉にもならない。

乾いた笑いだけが、喉の奥で消える。

 

足は止まらない。

ただ、前に進む。

 

よく知っている道。

何度も通った、はずなのに。

自然と、浮かぶ。

隣に、誰かがいた。

手のひらに残る温もり。

確かに、そこにあったもの。

ユーヤは視線を落とす。

自分の手を見る。

今は――何もない。

「……一人だ」

街は動いている。

人が行き交い、音が重なる。

なのに、

孤独。

 

自分だけが、切り離されているようだった。

あの日。

手を繋いで歩いた、同じ道。

名前を呼びそうになる。

けれど――

唇は動かない。

もう、

隣にはいない。

それが現実だ。

 

風が吹く。

隣にあるはずの場所は――

空いたままだった。

 

 

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