蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
閃光の中――
ユーヤは一瞬だけ。
動きが止まる。
視線はヴェスペリオン。
その巨大な艦影。
そして――
気付く。
静かに、笑った。
「……なあ、父さん」
「何だ……!」
リョウイチに余裕はない。
「演算能力が必要なんだろ」
一拍。
「そこにあるじゃないか」
指差す先はヴェスペリオン。
「艦一隻分の演算能力が」
リョウイチの思考が、わずかに止まる。
そして――気付く。
「……そうか……!」
だが、
次の瞬間、迷いがよぎる。
ユーヤはそれを断ち切るように。
静かに告げる。
「父さん」
一言。
「約束を果たす時だ」
余計な言葉はいらない。
「母さんに会ってこい」
「ヴェスペリオンの演算能力を使わせてもらえ」
長い沈黙。
だが――
決断する。
「……わかった」
その瞬間、通信が開く。
ヴェスペリオン艦橋。
ゲンゾウの声。
「……やっぱり生きとったか」
低く、しかし確かに。
ゲンゾウの落ち着いた声。
「元気か?」
ナツキが続く。
「この馬鹿息子……!」
「家出の時間が長すぎる!」
ユーヤはわずかに笑う。
「……すまん」
ゲンゾウはすぐに切り替える。
「事情は後でいい」
「今、ワシらは何をすればいい?」
「お前の望む通りに動くぞ」
ユーヤは一瞬だけ目を閉じる。
「今から…俺以上の馬鹿野郎をそっちに送る」
ナツキはキョトンとする。
「……は?」
ユーヤは構わず続ける。
「詳細はそいつに聞いてくれ」
ゲンゾウは理解できなかったが孫の言葉を信じる。
ただそれだけ。
「……よく分からんが…了解だ」
ゲンゾウの指示が飛ぶ。
「ハッチ開け!」
宇宙空間。
接続ラインが展開される。
ユーヤは最後に母親に呼びかける――
「母さん」
一瞬、言葉を選ぶ。
「心配かけてごめん」
「これが…俺からできる、最大の親孝行だ」
そして一言。
「馬鹿野郎のこと、頼んだ…」
ナツキは理解できなかったが返答する。
「……意味わかんないけど…わかった」
通信が切断される。
静寂。
ユーヤは振り向かない。
そして一言。
「……行けよ、父さん」
リョウイチは一瞬だけ、ためらう。
「……ああ」
分離する。
ロック解除。
切り離し。
軌道はヴェスペリオンへ。
小さな影は吸い込まれるように――消えていく。
ヴェスペリオン艦内
受け入れ体制、完了。
戦場のただ中で――
止まっていた時間が、再び動き出す。
夫婦の再会。
その瞬間が――
すぐそこまで迫っていた。
金属の通路。
ヴェスペリオン艦内。
警報が鳴り響く。
振動。
衝撃。
戦場の、ど真ん中。
その中で一つの影が進む。
それはリョウイチ。
蜘蛛の躯体。
床を滑るように――最短経路を、最大速度で。
だが―――
遅い。
体感だけが、やけに長い。
思考は巡る。
「……何を言えばいい」
自問する。
何から話す?
どこから謝る?
どう説明する?
結論は出ない。
これは――
演算では導けない。
科学では、解けない。
「……っ」
リョウイチは言葉が、出ない。
思い出す。
あの時。
残してきた背中。
泣かせた顔。
一番苦労をかけた人
自分の妻。
足が止まる。
その時。
視界に人影。
すぐに分かる。
見間違えるはずがない。
ナツキだ。
そこに、いる。
静止する。
時間が止まる。
そして対面する。
機械と人間。
歪な再会。
沈黙する。
言葉が、出ない。
リョウイチは声が――出ない。
それでも――――
絞り出す。
ただ一つ。
愛しい人の名前を。
機械音声で再現された自らの声で。
その名を呼んだ。
「…………ナツキ…」
その瞬間、すべてが、伝わる。
ナツキは理解する。
経緯も、
理屈も、
どうでもいい。
声だ。
その声だけで――分かる。
確信する。
帰ってきた。
あの人が。
涙が、溢れる。
駆け寄る。
迷いなく。
抱擁する。
蜘蛛の躯体を――強く、抱きしめる。
「……お帰りなさい」
一拍。
震える声で。
「あなた」
リョウイチは静かに。
だが、確かに返答する。
「ああ……」
一瞬。
言葉を噛みしめる。
そして―――
「ただいま」
何年経っても。
どんな姿でも。
夫婦の絆は切れていない。
それだけで――十分だった。
外では戦闘は続く。
世界は終わりに向かう。
だが―――
この場所だけは――違う。
帰る場所は。
確かに、ここにあった。