蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
3章①ようこそ
――静寂。
どこまでも白い、空白の世界。
音もない。
重力の感覚すら曖昧なその空間で、ユーヤはただ一人、漂うようにその空間に浮かんでいた。
最小出力のブラウフリューゲルtypeⅡのスラスター音だけが静かに響く。
そして、
その空間中央に――人影。
誰かがいる。
その空間に浮かんでいる。
そして、
こちらを見ている。
ユーヤの喉が、微かに震えた。
「……っ」
だが、その人影は動かない。
逃げもしない。
隠れもしない。
まるで、
最初から、ユーヤがここへ来ることを知っていたかのように。
ゆっくりと、ユーヤは前進する。
ゆっくりと。
少しずつ。
だが、確実に。
何もない空間で、距離だけが静かに縮まっていく。
輪郭が鮮明になる。
長い金髪。
細い肩。
見慣れたシルエット。
そして――その顔。
「……エリス……」
確信だった。
間違えるはずがない。
ずっと探していた。
何度も夢に見た。
一番大切な人。
エリスだった。
一瞬だけ、
本当に一瞬だけ、ユーヤの胸から緊張が消えた。
やった。
間に合った。
そう思ってしまった。
だが、
次の瞬間、理性がそれを否定する。
「……いや……待て…そんなはずはない……」
ありえない。
ここは宇宙空間だ。
あれからどれだけ時間が経過した?
食事は?
水は?
酸素は?
生身の人間が生き延びられる環境ではない。
ユーヤの背筋を、冷たいものが走った。
改めて、エリスを見る。
表情は変わらない。
静かな顔。
どこか儚げで、感情を隠したあの瞳。
いつものエリスだ。
……だが。
違う。
「……っ」
肌。
微かに光っている。
血の通った人間の色ではない。
硬質。
冷たい。
まるで――金属。
ユーヤの脳裏に、一つの存在が浮かぶ。
ギアノイド。
空間の温度が、一気に下がった気がした。
操縦桿を握る手が震える。
それでも、
ユーヤは前進を止めなかった。
止まれなかった。
震える手に力をこめ、彼はさらに一歩前へ出る。
「……エリス」
声が漏れる。
本来なら届くはずもない距離。
だが、この奇妙な空間では確かに響いた。
ユーヤは唇を噛み、そして機体のスピーカーを起動し声を響かせた。
「迎えに来たぞ、エリス」
沈黙。
返事はない。
空白だけが広がる。
永遠にも感じられる数秒。
その時だった。
エリスの唇が、ゆっくりと動く。
ユーヤの心臓が跳ねた。
聞き慣れた声。
何度も聞いた。
忘れるはずのない声。
その瞬間、ユーヤは希望を抱いてしまった。
まだ彼女は残っているのではないかと。
まだ間に合うのではないかと。
だが、
次の言葉が、その希望を粉々に砕いた。
「――ようこそいらっしゃいました」
「……!」
ユーヤの表情が凍る。
声は確かにエリスのものだった。
だが、そこには何の温度もなかった。
感情がない。
機械的ですらある。
エリスの声は静かに続ける。
「人類の代表」
ユーヤの呼吸が止まる。
「到着をお待ちしておりました」
「……何を……言ってる……?」
掠れた声が漏れる。
理解が、遅れて押し寄せてくる。
目の前にいるのはエリスじゃない。
いや、
正確には。
エリスの姿をした、“何か”。
ユーヤの鼓動が激しく乱れた。
嫌な汗が滲む。
目の前にいる存在は、確かにエリスなのに。
決定的に違う。
魂の部分が。
何もかも、
違っている。
ユーヤは言葉を失った。
救いだと思った。
ようやく辿り着いた再会だと思った。
だが現実は違う。
それは。
希望ではなく――。
絶望との再会だった。