蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
理解してしまった。
目の前にいる存在は、もうエリスではない。
エリスの姿をしている。
エリスの声を持っている。
だが、その中身は別物だ。
“何か”だった。
――それでも。
「……っ」
ユーヤの胸が痛む。
どれだけ否定しても、あの身体はエリスそのものだった。
肩の細さも。
髪の揺れ方も。
静かな瞳も。
全部、記憶の中の彼女と同じだ。
だからこそ、ユーヤの手は震えていた。
無意識にライフルを構えようとする。
照準が、エリスの中心へ向く。
指が引き金に触れる。
あと少し力を入れれば終わる。
終わらせられる。
だが、
「……っ、くそ……」
止まる。
撃てば終わる。
確かに終わる。
だが――終わるのは何だ?
ギアノイドか、
エリスか、
それとも、自分自身か。
捕獲するべきか。
無力化するべきか。
あるいは、
本当に撃つべきなのか。
答えは出ない。
ユーヤは動けなかった。
理由は単純だった。
それが、エリスだから。
たとえどんな状態であろうとも、大切な人を撃てはしない。
白い空間に沈黙が広がる。
何もない世界で、時間だけがゆっくり流れていく。
その時、
不意に、エリスの姿をした存在が口を開いた。
「こちらに戦闘の意思はありません」
静かな声。
感情の揺らぎがほとんどない。
だが、不思議と聞き取りやすかった。
一拍置き、さらに続ける。
「対話の許可をいただけませんでしょうか」
「…な!?…対話…だと?」
ユーヤが眉を歪める。
あまりにも理性的だった。
あまりにも冷静すぎた。
怒りも、
嘲笑も、
敵意すら感じない。
それが逆に、不気味だった。
ユーヤは目を細める。
「罠か……?」
低く呟く。
「時間稼ぎか。それとも、俺を油断させるためか」
「そのような意図は存在しません」
即答だった。
「我々は、人類との相互理解を目的としています」
「相互理解、だと……?」
ユーヤの声に苛立ちが混じる。
「ふざけるな…何万人殺したと思ってる」
「認識しております」
エリスの姿をした存在は、淡々と答えた。
「その上で、対話を希望しています」
「……っ」
ユーヤの奥歯が軋む。
怒り。
憎しみ。
後悔。
全部が胸の中で渦巻いていた。
仲間を奪われた。
家を焼かれた。
人類は滅びかけた。
その原因が、今目の前にいる。
引き金を引きたい。
今すぐ撃ち抜いてしまいたい。
それなのに、
ユーヤは、それを押し殺した。
ここで終わらせてはいけない。
そんな直感があった。
もし今ここで感情に任せれば、人類は永遠に答えへ辿り着けない。
ユーヤはゆっくりと息を吐き、低く言う。
「……対話というなら」
視線を真っ直ぐ向ける。
「こちらの質問にも答えるんだな」
「もちろん、お答え致します」
迷いのない返答。
短い言葉。
だが、その空気は異様に重かった。
ユーヤはしばらく黙り込む。
そして。
静かに口を開いた。
「……いいだろう」
武器を下ろしきることはしない。
だが照準をわずかに逸らす。
「対話を受ける」
その言葉は、ユーヤ個人のものではない。
ここにいるのは人類代表。
つまり今の返答は、人類そのものの意思だった。
再び静寂が訪れる。
だが先ほどとは違う。
張り詰めた空気。
撃ち合いよりも重い沈黙。
人類とギアノイド。
互いの存在を賭けた対話が――。
今、始まろうとしていた。