蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
静寂。
白い空間の中、ユーヤとエリスの姿をした存在は向かい合っていた。
距離は近い。
ブラウフリューゲルtypeⅡが少し動けば触れられるほど。
だが、
本当の意味では決して届かない、
そこには見えない境界線が存在していた。
ユーヤはゆっくりと息を吐く。
張り詰めた空気を切り裂くように、先に口を開いた。
「……まず俺から一つ聞く」
エリスの姿をした存在は、静かに視線を向ける。
「お前たちは――」
ユーヤの瞳が鋭く細まる。
「最初から言葉を理解していたのか」
わずかな間。
だが返答に迷いはなかった。
「いいえ」
即答。
「つい最近、理解しました」
「……最近?」
ユーヤが眉をひそめる。
存在は淡々と続けた。
「人類製造量子ネットワーク端末――エリスによって」
「概念を理解、習得いたしました」
その瞬間。
ユーヤの眉がぴくりと動く。
怒り。
感情が鋭く胸を刺した。
だが、押し殺す。
「……その呼び方はやめろ」
低い声だった。
「エリスは人間だ」
空間が静まり返る。
一拍置いて、存在は答えた。
「怒りを検知致しました」
「失礼しました」
「訂正いたします」
そして静かに言い直す。
「人間個体――エリスと訂正いたします」
「…………」
ユーヤは無言のまま睨み返す。
その呼び方にも不快感は残る。
だが、先ほどよりはまだマシだった。
ユーヤはさらに踏み込む。
「……怒りは理解できるのか…」
視線を逸らさない。
「お前たちに、感情は存在しているのか?」
存在はわずかも揺らがない。
「先程と同様の回答となります」
「つい最近、理解しました」
「人間個体エリスによって」
そして続ける。
「概念の習得は進行中です」
「完全ではありません」
ユーヤは黙り込んだ。
頭の中で、その言葉が何度も反響する。
エリスが。
敵に。
“心”を教えた。
「……量子ネットワークに接続された結果か……」
思わず漏れる。
怒るべきか。
悲しむべきか。
誇るべきなのか。
感情が複雑に絡まり、答えが出ない。
だが、対話は止められなかった。
ユーヤはゆっくりと顔を上げる。
「……そもそも」
声が低くなる。
「お前たちは何だ」
その問いは核心だった。
空間の空気が、さらに重く張り詰める。
エリスの姿をした存在は、変わらぬ声で答える。
「人類の言葉を借りるならば、金属生命体」
ユーヤは黙って聞く。
「エネルギーを捕食し、増殖する存在です」
まるで辞書を読むような口調。
だが、その内容は人類にとって恐怖そのものだった。
「その定義において、生命と分類されます」
「生命、か……」
ユーヤが苦く呟く。
すると存在は続けた。
「しかし」
声の温度は変わらない。
「我々は量子ネットワークで接続されています」
「……量子ネットワーク…」
(そこは父さんの事前情報通り…)
「はい」
そして。
その存在は静かに告げた。
「個であり、全」
「全にして、個」
ユーヤの呼吸が止まりかける。
その一言が、異様な重みを持って空間へ沈んだ。
「それが、地球生命体との決定的な差異です」
ユーヤはゆっくりと息を吐いた。
敵の輪郭が、少しずつ見え始めている。
ただの侵略兵器ではない。
ただの機械でもない。
ギアノイドは、“別の生命”なのだ。
だが同時に、
新たな疑問が胸に生まれていた。
なぜ彼らは地球へ来た?
なぜ人類を滅ぼそうとした?
そして――。
なぜ今、対話を望む?
なぜエリスをさらい、結果的に感情や言語を習得している?
ユーヤは目を細める。
対話はまだ始まったばかりだった。