蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
聞かなければならない。
たとえ、どんな答えが返ってこようとも。
ユーヤはゆっくりと口を開いた。
「……エリスは」
喉が詰まる。
それでも言葉を絞り出す。
「どこにいる」
拳が震える。
「意識は残っているのか?」
白い空間に静寂が落ちた。
一瞬。
永遠にも感じられる空白。
そして、
「回答します」
イブは静かに告げる。
「量子ネットワーク上に存在しています」
「……っ」
ユーヤの息が止まった。
イブは続ける。
「接続の過程において、意識――魂と呼称されるものが、量子ネットワーク上へ飛散しました」
「魂……」
ユーヤが掠れた声を漏らす。
「そのため、存在は極めて希薄です」
理解が追いつかない。
だが、脳が勝手に結論へ辿り着く。
(……つまり…量子ネットワーク上に意識が存在するという事は…)
背筋が冷える。
(ギアノイドを全滅させれば)
(エリスは……)
消える。
言葉にすることすらできなかった。
ユーヤの唇がわずかに震える。
「……戻す方法は」
声がかすれる。
「サルベージの手段はあるのか?」
願うような問い。
だが返答は残酷なほど早かった。
「ございません」
「――っ」
何かが内側で崩れる音がした。
胸の奥。
支えていた何かが。
音もなく砕け落ちる。
それでも、ユーヤは止まらなかった。
止まれなかった。
「……なぜ?」
視線を突き刺す。
「そもそもなぜ、エリスをさらった?」
イブはわずかも動じない。
「元々、量子ネットワーク上に理解不能な存在を観測しました」
「理解不能……?」
「はい」
イブは淡々と続ける。
「それが発見の起点です」
「我々には“感情”というものが存在しなかったため、未知の概念の解明を優先しました」
静かな声。
だが、その内容はあまりにも重い。
「その結果、次元粒子の取得よりも、対象の確保を優先しました」
「……それが」
ユーヤが呟く。
「全ての始まりか……」
エリスが観測された。
感情という未知を知るため。
だから攫われた。
今の状況は、そこから始まった。
ユーヤは歯を食いしばる。
「……その肉体は」
恐る恐る問う。
「どうなっている」
イブは静かに答えた。
「地球生命体は、大気圏外では生存不可と認識」
「そのため、最適化を実施しました」
ユーヤの瞳が鋭くなる。
「……最適化とは」
わずかな沈黙。
そして、
「我々と同質の存在へ変換」
ユーヤの心臓が凍りつく。
「その過程において、私――イブと融合」
時間が止まった。
何も聞こえない。
白い空間だけが、どこまでも広がっている。
イブの声だけが響く。
「有機生命体の理解を獲得」
「他の上位個体六体は」
「人格形成のため」
「人型端末の生成モデルとしました」
意味を理解した瞬間。
ユーヤの全身から力が抜けそうになる。
エリスは。
基準にされた。
人格の雛形。
ギアノイドが“人”を理解するための原型。
「……ふざけるな……」
掠れた声が漏れる。
「お前たちは……エリスを……」
怒り。
絶望。
喪失。
感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
それでも、消えていないものがあった。
だが無理やりにでも心を落ち着かせる。
(落ち着け…怒りに身を任せるな…やるべきことを思い出せ…)
ユーヤは顔を上げる。
「……だが」
震える声。
「まだ存在してるんだな」
イブは静かに頷く。
「肯定します」
「存在確率は極めて低値ですが、現在も量子ネットワーク上に観測されています」
ユーヤは目を閉じる。
希薄でも、
砕け散っていても、
消えてはいない。
ならば、
まだ終わっていない。
その事実だけが、
今のユーヤを支えていた。