一拍置いて、柚月は答える。夕飯の支度をしていたのか、ペペロンチーノを作る時と同じく茶髪に染めた、カールがかかった髪を一つに結んでいた。髪を結んだ柚月は、大人っぽく見える。
「昨日も言ったけど、私はもうやってないんだ。バンドも音楽も」
俯き加減に柚月の表情は曇る。
「じゃあ、またやればいいじゃん」
「私はまたやろうとは思えないよ。もうやりたいことはやっちゃったから、すっかり熱が冷めちゃったよ」
とりあえず、家に上がってく?
柚月はそう付け加えた。私はそのまま家に上がり込むことにした。
「夕飯は食べた?」
「いえ、まだですけど……」
「じゃあ今日も一緒に食べない? 唐揚げにするつもりなんだけど、いつも行くお肉屋さんで、むね肉が安くってちょっと多めに買っちゃった」
「昨日もご馳走になったのに今日もなんて……悪いですよ!」
食器の準備をしながら、柚月は笑った。
「悪いなんて、絶対思ってないでしょ」
「うん! 思ってない! だってお腹すいてるもん!」
「はいはい。下準備は終わってて、唐揚げ、今から揚げるから、もうちょっと待っててねー」
「『唐揚げ』と、『今から揚る』をかけた……?」
「唐揚げにかけるレモンだけに!」
「いや、唐揚げにレモンはかけないです」
ちょっとだけ柚月のペースに乗せられていたことに気づいた。
「愛音がね、柚月さんがバンド辞めちゃった理由を、ある程度有名になったからもういいかなとか言っててね」
お腹が空いていたから、唐揚げとご飯をかき込んだ。
唐揚げの油分をキャベツの千切りで口直し。
「愛音って、もしかして凪のSNSにフォローくれた子かな」
愛音、結局あれから、あの小夏なつ子とかいう人のアカウントをフォローしてたんだ。有名人にすぐ飛びつくその姿勢は、やはり愛音は生粋のミーハーなんだと感じさせる。
唐揚げをまた一つ、口の中に放った。
夕飯を食べ終えた後に、ギターを取り出してソファの上で触っていると、二人分のコーヒーを用意した柚月が隣に座ってくる。
「ちょっとだけ、蓮ちゃんがギターの練習するところ、見ててもいい?」
結んでいた髪を解き、手で整えている。大人びた見た目から、髪を解くと、柚月の童顔も相まって、やけに子どもっぽく見える。
「いいですけど、その『蓮ちゃん』って言うのやめてくれます? 柚月さんにそう呼ばれてると、私はどこまで行っても、結局お姉ちゃんの妹でしかないんだって気がして、嫌なんです」
申し訳なさそうに、しゅんとした顔つきで伏せがちに言う。
「ごめん。そうだよね、もう蓮ちゃんって呼ばないようにするね」
しばしの逡巡。二人で一泊置いてから、ほぼ同時に口を開く。
「せめて『蓮さん』って呼んでくださいよ」
「これからは『蓮』って呼び捨てにするね」
私と柚月の声がほぼ同時に上がった。
いつも弾いているあの曲の、イントロ部分を弾き始める。
「その曲『ラストスタート』だよね」
「うん」
柚月の問いにそれだけ答えると、また同じ部分を弾く。繰り返し弾いた。
「Afterglowとの対バンで、私たちのバンドもカバーさせてもらっちゃった」
Eマイナーコードの指の形を作って、弦を抑え弾く。曲調は関係なく、いくつかのコードを抑えて弦をかき鳴らす。ある程度弾いたあとで、意識を戻す。
「勝手にカバーしたんですか!? フィッシュボーンの曲を!」
隣に座る柚月に迫った。柚月は両手を前に出して、私に待ったをかける。
「正確にはフィッシュボーンもカバーしてた曲、でしょ?」
「そうかもしれませんけど、普通一言くらい断りません?」
「ちゃんと断ったよー。花恋さんにも、ハルさんにもね。カバーしてもいいよって、言ってくれたよー。それとも、蓮にも断った方が良かった?」
「……それは私にも断った方が良かったですね」
「連絡先とか、知らなかったからねー。じゃあ、今後こういうことがないように、今、連絡先交換しとかない?」
「バンドも音楽も辞めた柚月さんに、今後があるんですか?」
「さあ? あるかもしれないし、ないかもしれないけどね」
仕方なく、ラインを交換することに。QRを読み込んで、表示された柚月のラインを登録した。柚月も私のラインを登録する。
「柚月さんは、なんかもう音楽する気ないみたいだし。はあ……バンド名も、せっかく考えたのに、結局無駄足だったなー」
「バンド名? どんなの考えてたの?」
「『ダブルクラッシュフィニュッシュ』とか……」
うーん。と柚月は唸る。いまいちピンと来ていない様子。
ここで、更に付け足すように口を開く。
「『スターライトフィニッシュ』とか……?」
「……他にはある?」
私の顔を見てきた柚月の両耳のピアスが目に入る。
「『スタームーンフィニッシュ』」
「思いつきだね。そろそろフィニッシュから離れようか」
「これなんかはどうかな? ちょっととっておきのバンド名なんだけど『フィニッシュボーン』」
「やっぱりちょっと、フィッシュボーンに未練があったりする?」
私はその質問には答えずに、マグカップに入っている熱いコーヒーを飲み干し、ギターと通学用の鞄を手に持って帰ろうとする。
「今日もごちそうさまでした。あんまり長居するのも悪いので、今日はもう帰ります」
熱いコーヒーを一気に飲み干したから口の中がとても痛い。必死に痛い部分を舌で舐める。
「蓮、待って。バンド、組んでもいいよ」
「結構です。だってもう柚月さんはやる気ないんでしょ」
「待って、蓮。……あ、蓮、今日もかわいいね」
「は? かわいい?」
「うん。かわいい。宇宙で一番かわいいね。ほんと、惚れ惚れしちゃう。私が男の子だったら蓮ちゃん彼女にしちゃいたいくらいに」
「…………もう、そうやって〜、やめてよ〜、そんなこと言われちゃったら、私、照れちゃうよ〜」
かわいいと言われ、すっかり照れきってしまった。思ったことを全部言葉に出しちゃうのと、かわいいと言われたら、恥ずかしくて身悶えてしまう私の特性を、柚月ははっきりと理解しているようだ。恐らくハルさんが教えたんだな……。
「私の話、訊いてくれる?」
「もう〜、なんですか〜?」
「私と蓮で、バンド、組もう」
「ええ〜、それ、本当に〜?」
「うん。バンド名はもう決まってるんだ」
「なんですか〜?」
「ウルトラヴァイオレット」
「ははは、なにそれぇ〜。そういうギャグはいらないですよぉ〜」
「……蓮、酔ってるの?」
まさか、未成年ですよ。と、私は言った。
その日から数日経った某月某日。晴れて(?)バンドを組んだ私と柚月はライブを見るためにRiNGに来ていた。