イエスタデイ   作:永嶋 誘

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#11 ウルトラヴァイオレット

 

 一拍置いて、柚月は答える。夕飯の支度をしていたのか、ペペロンチーノを作る時と同じく茶髪に染めた、カールがかかった髪を一つに結んでいた。髪を結んだ柚月は、大人っぽく見える。

「昨日も言ったけど、私はもうやってないんだ。バンドも音楽も」

 

 俯き加減に柚月の表情は曇る。

 

「じゃあ、またやればいいじゃん」

「私はまたやろうとは思えないよ。もうやりたいことはやっちゃったから、すっかり熱が冷めちゃったよ」

 

 とりあえず、家に上がってく? 

 柚月はそう付け加えた。私はそのまま家に上がり込むことにした。

 

「夕飯は食べた?」

「いえ、まだですけど……」

「じゃあ今日も一緒に食べない? 唐揚げにするつもりなんだけど、いつも行くお肉屋さんで、むね肉が安くってちょっと多めに買っちゃった」

「昨日もご馳走になったのに今日もなんて……悪いですよ!」

 

 食器の準備をしながら、柚月は笑った。

 

「悪いなんて、絶対思ってないでしょ」

「うん! 思ってない! だってお腹すいてるもん!」

「はいはい。下準備は終わってて、唐揚げ、今から揚げるから、もうちょっと待っててねー」

「『唐揚げ』と、『今から揚る』をかけた……?」

「唐揚げにかけるレモンだけに!」

「いや、唐揚げにレモンはかけないです」

 

 ちょっとだけ柚月のペースに乗せられていたことに気づいた。

 

「愛音がね、柚月さんがバンド辞めちゃった理由を、ある程度有名になったからもういいかなとか言っててね」

 

 お腹が空いていたから、唐揚げとご飯をかき込んだ。

 唐揚げの油分をキャベツの千切りで口直し。

 

「愛音って、もしかして凪のSNSにフォローくれた子かな」

 

 愛音、結局あれから、あの小夏なつ子とかいう人のアカウントをフォローしてたんだ。有名人にすぐ飛びつくその姿勢は、やはり愛音は生粋のミーハーなんだと感じさせる。

 唐揚げをまた一つ、口の中に放った。

 

 夕飯を食べ終えた後に、ギターを取り出してソファの上で触っていると、二人分のコーヒーを用意した柚月が隣に座ってくる。

 

「ちょっとだけ、蓮ちゃんがギターの練習するところ、見ててもいい?」

 

 結んでいた髪を解き、手で整えている。大人びた見た目から、髪を解くと、柚月の童顔も相まって、やけに子どもっぽく見える。

 

「いいですけど、その『蓮ちゃん』って言うのやめてくれます? 柚月さんにそう呼ばれてると、私はどこまで行っても、結局お姉ちゃんの妹でしかないんだって気がして、嫌なんです」

 

 申し訳なさそうに、しゅんとした顔つきで伏せがちに言う。

 

「ごめん。そうだよね、もう蓮ちゃんって呼ばないようにするね」

 

 しばしの逡巡。二人で一泊置いてから、ほぼ同時に口を開く。

 

「せめて『蓮さん』って呼んでくださいよ」

「これからは『蓮』って呼び捨てにするね」

 

 私と柚月の声がほぼ同時に上がった。

 いつも弾いているあの曲の、イントロ部分を弾き始める。

 

「その曲『ラストスタート』だよね」

「うん」

 

 柚月の問いにそれだけ答えると、また同じ部分を弾く。繰り返し弾いた。

 

「Afterglowとの対バンで、私たちのバンドもカバーさせてもらっちゃった」

 

 Eマイナーコードの指の形を作って、弦を抑え弾く。曲調は関係なく、いくつかのコードを抑えて弦をかき鳴らす。ある程度弾いたあとで、意識を戻す。

 

「勝手にカバーしたんですか!? フィッシュボーンの曲を!」

 

 隣に座る柚月に迫った。柚月は両手を前に出して、私に待ったをかける。

 

「正確にはフィッシュボーンもカバーしてた曲、でしょ?」

「そうかもしれませんけど、普通一言くらい断りません?」

「ちゃんと断ったよー。花恋さんにも、ハルさんにもね。カバーしてもいいよって、言ってくれたよー。それとも、蓮にも断った方が良かった?」

「……それは私にも断った方が良かったですね」

「連絡先とか、知らなかったからねー。じゃあ、今後こういうことがないように、今、連絡先交換しとかない?」

「バンドも音楽も辞めた柚月さんに、今後があるんですか?」

「さあ? あるかもしれないし、ないかもしれないけどね」

 

 仕方なく、ラインを交換することに。QRを読み込んで、表示された柚月のラインを登録した。柚月も私のラインを登録する。

 

「柚月さんは、なんかもう音楽する気ないみたいだし。はあ……バンド名も、せっかく考えたのに、結局無駄足だったなー」

「バンド名? どんなの考えてたの?」

「『ダブルクラッシュフィニュッシュ』とか……」

 

 うーん。と柚月は唸る。いまいちピンと来ていない様子。

 ここで、更に付け足すように口を開く。

「『スターライトフィニッシュ』とか……?」

「……他にはある?」

 私の顔を見てきた柚月の両耳のピアスが目に入る。

「『スタームーンフィニッシュ』」

「思いつきだね。そろそろフィニッシュから離れようか」

「これなんかはどうかな? ちょっととっておきのバンド名なんだけど『フィニッシュボーン』」

「やっぱりちょっと、フィッシュボーンに未練があったりする?」

 

 私はその質問には答えずに、マグカップに入っている熱いコーヒーを飲み干し、ギターと通学用の鞄を手に持って帰ろうとする。

 

「今日もごちそうさまでした。あんまり長居するのも悪いので、今日はもう帰ります」

 

 熱いコーヒーを一気に飲み干したから口の中がとても痛い。必死に痛い部分を舌で舐める。

 

「蓮、待って。バンド、組んでもいいよ」

「結構です。だってもう柚月さんはやる気ないんでしょ」

「待って、蓮。……あ、蓮、今日もかわいいね」

「は? かわいい?」

「うん。かわいい。宇宙で一番かわいいね。ほんと、惚れ惚れしちゃう。私が男の子だったら蓮ちゃん彼女にしちゃいたいくらいに」

「…………もう、そうやって〜、やめてよ〜、そんなこと言われちゃったら、私、照れちゃうよ〜」

 かわいいと言われ、すっかり照れきってしまった。思ったことを全部言葉に出しちゃうのと、かわいいと言われたら、恥ずかしくて身悶えてしまう私の特性を、柚月ははっきりと理解しているようだ。恐らくハルさんが教えたんだな……。

 

「私の話、訊いてくれる?」

「もう〜、なんですか〜?」

「私と蓮で、バンド、組もう」

「ええ〜、それ、本当に〜?」

「うん。バンド名はもう決まってるんだ」

「なんですか〜?」

「ウルトラヴァイオレット」

「ははは、なにそれぇ〜。そういうギャグはいらないですよぉ〜」

「……蓮、酔ってるの?」

 

 まさか、未成年ですよ。と、私は言った。

 

 その日から数日経った某月某日。晴れて(?)バンドを組んだ私と柚月はライブを見るためにRiNGに来ていた。

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