スプーンですくったオムライスを口に運ぶ。頬にケチャップがついた感触がする。
「それで、柚月さん」
今日も今日とて、柚月の家で夜ご飯をご馳走になっていた。今日のメニューはオムライスとコーンスープにサラダ、あと柚月のおばあちゃんが漬けたというぬか漬け。
「私たちのバンド、いつ活動するの?」
「活動? なんのこと?」
スプーンを握った手で机をガン! と叩く。
「バンドの練習!」
「あぁー、そのことなんだけど……」
柚月はオムライスの卵についたケチャップを満遍なく広げて端っこの方をスプーンですくって口に運んだ。
「ごめん。私たちのバンドは、もう解散ね」
机の上で頬杖をすると、もう片手でスプーンをペン回しの要領でクルクル回している。どこか気怠げな様子の柚月にコケティッシュさを感じていた。
「は? 解散ってなに?」
「あれねー。本当は蓮と一緒にライブ見に行く口実だったんだよねー。いやー、私も一人じゃ見に行くのちょっと心細かったからさー」
頬杖をついたまま、スプーンを持った手をぶんぶんと振っている。オムライスを一気にかき込んで、お茶で流し込むと荷物を持って立ち上がる。
「私、帰ります。もう二度とここに来ることも無いと思います。今までお世話になりました」
まったく気持ちを込めずに軽くお辞儀をして、玄関に向かって歩く。柚月が飼ってるキジトラのミルが物悲しそうに鳴いて尻尾を振りながら私の後をついてくる。
玄関に差し掛かったところで、もう一度柚月の方へ振り返り、
「Afterglowだか対バンだか、蘭さんだか、お姉ちゃんだか、燃え尽きただとか知らないけど、そこまで腑抜けてるとは思いませんでした。見損ないましたよ」
やや早口気味に言い放ってやった。柚月はテーブルの上で俯いているだけだった。両手はテーブルの下に入れている。ここからだと彼女の表情は伺えない。柚月の心情は分からない。
「あと、椎名どんに訊きましたよ。柚月さんのバンド、ブルームーンって言うんでしたっけ。知らないけど。じゃ、そろそろ本当に帰りまーす」
玄関のドアを開けて外に出た。
「ああ、もう! 本っ当に腹立つ! 私は結局ライブ見に行くのに利用されただけかよ!」
階段を降りていく。自分の頭をくしゃくしゃにかき乱す。
「なんなんだよ! バンドなんて! ライブなんて! みんなみんな、何が楽しいんだよ! どうせみんな結局最後に辞めるんなら、そんなのもう最初からやんないでいいでしょっ!」
向かい側からアパートに向かって誰かが歩いて来る。私はそれもはばからずに、「ああ、もう、くそっ!」と叫んだ。
「きみ、どうしたの? 大丈夫……?」
「大丈夫じゃないよ!」
アパートに向かって歩いてきた人に声をかけられる。女の人だった。多分雰囲気から私よりも歳上。
髪の毛のインナー部分を薄いピンクに染めて、両耳にはハートのチェーンピアス。口元に黒いナイロンマスクをつけていた。
「あ、すいません。大丈夫です」
なにごともなかったように通り過ぎようとした。その人は私の顔をじっと覗き込むように見つめてくると、ナイロンマスクを下にずらす。
「あれ、もしかして蓮……ちゃん、だよね?」
「私の名前知ってるの……? きみは?」
思わず『きみ』なんて言っちゃったけど、身長は百六十センチくらいの私と同じか、少し小さいくらいなので、やっぱり少しだけ歳上な感じがしない。
「あ、初めまして。フィッシュボーンでキーボードやらせてもらってる、凪です。
「凪……萩尾凪……。もしかして、バーバラの飼い主の、小夏なつ子さん?」
「バーバラは、ちょっと知らないけど。小夏なつ子は確かにわたしであってるよ」
ところで、と凪は切り出した。
「岡村先輩は、部屋にいる、よね?」
小首を傾げながら凪は訊いてきた。
「いますけど……」
私は親指を立て、二階にある柚月の部屋を指さした。
「ありがとう」
感謝を告げると、凪は階段を上っていく。上りきったところで、「あっ」と思い出したかのように手すりに手をかけ、下にいる私に向かって声をかけてきた。
「蓮ちゃん、なにか困ってることがあったら、わたしが力になるよ」
凪がそういうのは、それはやっぱり、凪がフィッシュボーンのメンバーで、私がお姉ちゃんの妹だから? もしかしたら本当にそれだけの理由? 凪の言葉に答えることはせず、逃げるようにその場を後にした。
なんの気なしに燈のいる天文部にお邪魔していた。机の上のノートに向かって必死に何かを書いている燈に水を向ける。
「燈は、バンドどうするの?」
燈はうっ、と低くうめき声を漏らし、俯いてしまった。
「私は、もうやらないかな」
燈の答えを聞く前に独りごちる。
「……私は、みんな、一生やるって……」
一生。──どうせみんな結局最後に辞めるんなら……。
自分の言葉を反芻した。
授業を受けてる間、お昼休みにいつものところでギターを弾きながら愛音とにゃむちの話とか、コスメや化粧品の話をしていても気持ちがモヤッとして晴れない。挙句の果てには午後の授業中にふて寝に近い居眠りをし、大声を出して飛び起きたりと大惨事に。
──放課後、椎名どんのところ行ってみようかな。
なんでか、立希の顔が見たくなった。
放課後になり、ギターケースを背負って、帰ろうとする。
校門前で、柚月と凪が生活指導の教師である
「ユヅキもイソロクも元気にしてるよ」
何の話か分からないけど、柚月と凪とはなんだか親しげに話していた。……ん? ユヅキって?
柚月と凪が私に気づく。走って二人の間を通り過ぎようとした。しばらく逃げてみたけど、結局『可愛い』と言われると過剰に反応してしまう私の悪癖を利用されて、凪に捕まってしまった。
それから少し遅れて、柚月も追いついた。私たち三人はしばらく硬直状態に。
「ほら、岡村先輩。蓮ちゃんになにか言うことがあるんじゃないんですか」
両手を組んで俯いていた柚月は、子どもみたいに小さく頷いた。顔を上げる。昨日あれから泣き腫らしたのか、目元は真っ赤になっていた。
「蓮、昨日はごめん」
柚月の謝罪を、私は聞き入れずにそのまま帰ろうとする。が、やはりちょっと罪悪感が芽生えてしまう。
「本当に悪いと思ってるんなら、今度こそライブ見に行くためとかじゃなくて、本気で私とバンド組んでください」
「私もうベース弾いてないし……弾けないし……」
「ならまた弾いてください。弾けるようになってください。そもそも、それが前提なんじゃないんですか?」
ほら、岡村先輩。と凪が柚月の背中に手を当ててそっと押した。
「うん。名無しちゃん」
凪の顔を見て、突然意味のわからない名前を柚月は呼んだ。
「名無しちゃん?」
私が柚月と凪の顔を交互に見やると、こぶしを握り、咳払いをした凪が訂正するように柚月に指を突きつけて言う。
「凪、でしょ」
「やっぱり私には、名無しちゃんの方がどうもしっくり来ちゃって……」
「モカちゃんたちと対バンしたらわたしのこと、凪って呼ぶってあの時約束したでしょ」
あのー。と右手を上げて横槍を入れる。
「凪とか名無しちゃんとか、どっちでもいいんですけど……バンドの答え、どうするんですか?」
「私、またベースやるよ」
「さて、どうだか」
なんて、いじらしく言ってみたり。少しだけ気が晴れて、頬が緩む。
オリキャラばかりで申し訳ないです。
ほとんど前作に出てきたキャラだったりします……。
それでも、最後までお付き合いいただけたら、幸いです。