なんとなくだけど、次の授業に出るのが、ちょっとだけ億劫になっていた。なんで億劫になったのか、というよりも私の、ずっと形だけの私たちのバンドにようやく進展があり、いてもたってもいられなくなったからだ!
そうと決まれば、どこで時間潰そうか、どこでサボろうか、
「授業サボっちゃダメだよ。サボりは、身体に悪い!」
生活指導の教員である、短髪細目の痩せぎすでどこかダルそうな村上にすれ違いざまに声をかけられた。
私は構わずに、サボるならやっぱり定番のと思い立って、屋上へと向かった。
「失礼しま〜す」
なんて、誰もいるわけないのに。そんな笑いを内包しながら昇降口のドアを開いて、屋上に入っていく。
なんと、サボろうと考えていたのは、私一人だけではなかったようだ。こちらに背中を向け、手すりに手をかけてたそがれている生徒が一人。茶色のスカートを見るに、柚月と同級生の、三年生だ……。
う〜ん。どうしたものか。私、人付き合いってそんな得意な方じゃないし、この広い空間に知らない人と二人っきり。この世界に生き残ったのは私とあの人だけ。とりあえずここ以外にいい場所あるか分からないし、ここにいよう。
ばたん、と昇降口のドアを閉めた。三年生の人は後ろを振り向く。目が合う。軽く会釈だけして、構わないようにする。
もう一人の人とは、少し離れたところで外を眺めながら音楽を聴こうとブレザーの内ポケットからブルートゥース・イヤホンを取り出した。
例の人が、私の隣に移動してきていた。髪の一部分を赤く染めているのが目に入る。
「さっきから、一人でなんかブツブツ言ってたけど、あれなに?」
その人が突然に話しかけてきた。思わず、しり込みする。
「そうでしたっけ……」
私の顔を覗き込んでくる。向けられた目から逸らしてしまう。
「まあ、あたしは別にいいんだけど」
しばらく隣同士で沈黙が続いた。音楽を聴くつもりで取り出したイヤホンケースを握りしめる。
「授業始まってるけど、出ないの」
隣合って景色を眺めている。私はその人の横顔に視線を向けて答える。
「あなたこそ」
「それはいいっこなしってことで」
「授業サボっちゃったの、お互いさまってことですね」
「まあ、そうだね」
現状を憂うように、私たち二人は、同時にため息を吐いた。顔を見合せ、軽く笑いあった。
「きみ、ギターやってるでしょ」
「え、なんで分かるんですか!? エスパー?」
「ほぼ毎日、きみがお昼休みに中庭でギター弾いてるの見てたから」
「へぇー。私、見られてたんだ。なんかいいですね、そういうのって」
私の言葉に耳を傾けている。
「私ずっと、誰も気にかけてくれてなんかくれてないんだって思ってました。でも確かに誰かが見ててくれてたんだなって、お姉さんのおかげで今分かりました」
「やめてよ、お姉さんだなんて」
と、その人は小さく笑った。
「授業サボって良かったなー」
「なにが良かったの?」
「だって、お姉さんと私。今日こうして、出逢えたじゃないですか」
「だから、お姉さんはやめてってば」
笑いながら、今度は照れているみたいだ。その人に向かって、にっこりと屈託のない笑顔を作った。
「ほら、もういいから。そろそろ授業戻りなよ」
私を追い払うように、手を振った。照れ隠しのつもりだろうか。
「はいはい。お姉さんがそこまで言うなら、私戻ります」
踵を返して、昇降口の方に向かっていく。ドアに手をかけたところで、振り返って、
「また、ここに来れば逢えますか?」
「うん。だって同じ学校にいるわけだし。いつでも会えるでしょ」
「はい。またお話しましょうねーっ!」
ドアを開き、彼女に向かって大きく手を振りながら中に入っていった。階段を降りてしばらくしてから気づく。
そういえば、あのお姉さんの名前、聞いてなかったな。髪に赤いメッシュを入れてた。でも凪さんはインナーカラーを染めてるし、柚月さんも茶髪染めしてた。この学校別に校則でとやかく言われないから、メッシュくらい、珍しくもないか。髪ではないけど、私だってピアス開けてるし。
自分の頭を触り、髪を撫で下ろして、いじってみた。髪染めてみるのも、いいなぁ。
バンド練がない今日は、バイトしてる立希に会いにRiNGに来てみた。店に入る前にドア越しにテーブルを拭いていた立希と目が合う。手を振って挨拶をすると、立希はガックリきたように、落ち込んだ様子を見せる。
「いえーい。椎名どーん。遊びに来たよー」
店の中に入るやいなや、立希に向かって目元でピースをする。
「はぁ。ここは遊ぶところじゃないんだけど」
ひとまず、空いているテーブルに座る。
「とりあえずクリームソーダを一つ頼めるかな」
「クリームソーダの方は今ちょっと切らしてて、お引き取り頂くか、水道水にするかだけど」
「じゃあ、椎名どんとお引き取りします!」
「そんなメニューはありませんけど」
「なら、椎名どんの権限で新しく作ってくださいっ!」
「私に何の権限があると……あっ、いらっしゃいませ……げっ」
「げっ?」
誰か新しく客が来たのか、出入り口の方を見てみる。
「……げっ」
私も立希と同じような声を漏らす。気まずさを感じて、テーブルに視線を落とす。
「おや、冬木さん。ここで会うなんて、珍しいですね」
「
私たちの様子に立希が私とたった今来店した
「なに、二人は知り合いなわけ」
「はい、立希さん。私、こちらの冬木さんのお姉さんのバンドに、サポートで加入させて頂いてまして、縁あって顔見知りという訳です」
「三十個加入してるうちの、冬木さんのお姉さんのバンドにもサポートで、でしょ。そこを忘れないでよ」
「その内の稼働している十のバンドの一つが、フィッシュボーンですね」
その海鈴の歯に衣を着せぬ言い分に、テーブルの上に両腕の肘を付き、両手で顔を覆い、ため息を吐いた。
「相変わらず嫉妬ですか」
「相変わらずの嫉妬ですよ。海鈴のことは嫌いじゃないけど、やっぱり一緒にいると、どうしても劣等感を感じずにはいられないね。世代のトップさん」
「そうように言っていただけるとは、恐縮です」
「まあ、せっかくだし、一緒にクリームソーダでも飲もうか。椎名どーん、もう一つ追加で」
「いえ、私は結構です。ここへは、お茶をしに来た訳ではないので」
では、失礼しますと告げて頭を下げると、海鈴はスタジオの方へ向かって行った。
「椎名どん?」
立希は、私の呼び声に反応しない。
「立希どん? りっきー?」
「なに、冬木どん。それとも、ロンって呼んだ方がいい? 今度からそう呼ぼうか?」
「私は、そんな間抜けな名前じゃない! これからは立希って呼ぶことにするけど……てか、それよりも!」
今日、学校の屋上で出会った人のことを立希に話した。
立希は、明らかに動揺しているみたいだった。
「ロンは、それを誰だと思ってるわけ……」
「だから、ロンじゃないって! でも、格好いい人ではあったけどなぁ」
「その
美竹先輩……。もしかして、あの人が?
もう、既に手遅れだったと、立希は額に手を当て、深々とため息を吐いた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
孤独を肯定するような曲の歌詞が好きなんです。