イエスタデイ   作:永嶋 誘

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#20 慌ただしい夏休みの一幕

 

 今日は、三人でバンドの練習をしていた。

『ラストスタート』のイントロからAメロを二回。サビのところを三回。最後の一番盛り上がる大サビのところを四回と。

 

「『アシュラの心臓』のところさ、ほんと好きだなー。もっかいやってみない!?」

 

 柚月が目を輝かせながらいう。私も、この曲のそこが一番好きだった。演奏していると、いつも気持ちよくなる。

 

「またですか?」

 

 シンセサイザーの音源を調整していた凪が呆れた様子で柚月に流し目をくれた。

 

「柚月さん、凪さん。もっかいそこやりま……しょう!」

「蓮ちゃんまで……もう」

 

 凪は肩を落とすと、子どもの可愛らしいいたずらを微笑ましく思う母親のように小さく笑みを浮かべた。

 チラと柚月を見やる。柚月は私の視線に気づき、顎を引いて頷いた。

 凪が調整していたシンセサイザーの音がスタジオ内に響く。

 大サビの演奏が始まる。

 

 バンド練が終わったあと。少しだけ手伝わせて貰ってる羽沢珈琲から帰ろうとした時だった。

 店の前に、銀色のネイキッドタイプのバイクに体重をのせて腰掛けている夏帆が、私が店から出てくるのを待っていたようだ。

 

「夏帆さん! どうしたんですか?」

「セッション」

 とだけ言うと、〇‪✕‬ビルスタジオと書いてあるキーホルダー型の名札がついた鍵だけを渡してきて、バイクに乗ると、そのまま走り去ってしまった。

 

「できれば、送って行って欲しかったよ……。でも、セッションするならギター持ってかなきゃだし、仕方ないよね……ギター持ったままバイクのケツに乗るのは危ないから、いけないね……」

 

 家に帰ってから、ギターを持ってスマホでスタジオのあるビルを調べてから、暑い日差しの中を走っていく。

 

 夏帆のシングルストローク、ダブルストロークとアップダウン奏法に吸い寄せられ、ペースが乱れてしまう。私のギター演奏は、なんとかついていくのがやっとだった。

 演奏を止める。セッションを終えてもまだ、私は肩で息をしていた。手で額の汗を拭う。ギターをスタンドに置くと、「やっと一息つける〜」と独りごちて床に座り込んだ。

 

「どうするの? まだ続けるのかしら」

 

 いじらしそうに笑みを浮かべながら夏帆が言った。むっとした私は叫び声を上げて、だんだんと床を蹴った。

 

「まだ続けるから! 今はちょっと休んでるだけだよ!」

 

 夏帆は、クラッシュシンバルをスティックで叩いて、自らを見るように促してくる。

 

「敬語」

「敬語がなに!」

「アタシの方が先輩なんだから、きちんと敬語使いなさいよ」

「へっ、やだよ!」

 

 いーっと歯を見せ、夏帆を睨んだ。

 はーっと息を吐いてから体育座りをして、膝の中に頭を埋めた。

 

「夏帆さんと友だちになりたいんだから、敬語とかそういうのって無礼講でしょ」

 

 ドラムスティックをクルクルとペン回しするように回していた。ダブルチャージというペン回しのテクニックをしている。

 

「はぁ。ライブしたい」

「ライブして、どうすんのよ」

「ライブを恋愛に、たとえたらバンドは恋人でしょ。恋人なら、いずれは付き合う!」

「突き合う? フェンシングでもするってことかしら?」

「その突き合うじゃないよ。……恋愛って言ったら、いずれはキスしたり、セックスとかも……」

 

 キックペダルを踏むと、「ふうん」と反応をした。

 

「塩焼きか、刺身か。天ぷらにしても美味しいわね」

「はい? 天ぷら?」

「エックスって、ツイッターのことでしょ? 勝手に登録して、勝手にやってればいいんじゃないかしら」

 

 さっきから何をとんちんかんなこと言ってるかと思ったけど、私は察した。

 きっと夏帆は、恋愛とかセクシャルにこと関しては、とてつもなくポンコツなのではないだろうか。

 夏帆は声を押し殺した声で笑う。

 

「ライブをしたい理由が、キスを食べたいのと、エックスがしたいなんて人、今までいなかったんじゃない?」

「十人に訊いたら、十人が夏帆さんの方がおかしいって言うよ……」

 

 疲れてきそうな会話をしていたけど、ちょっと休むことができたのも事実なので、ギターを手に持って、私たちはセッションを再開した。

 

「ほら」

 

 セッションが終わると、夏帆はマッチのジュースをくれた。蓋を外して、一気に飲んでいく。炭酸が弱い飲み物だから、三分の一ほど残すまで飲み込んだ。

 

「ありがとう」

「だから、協力して欲しかったら、これからはちゃんと敬語を使いなさい」

 

 夏帆の言葉に、かぶりを振った。

 

「対等な関係でいたいから、使わない。たとえあなたが先輩でも、なんでも」

「生意気ね。でも、あんたが普通じゃないのはわかった」

「生意気だったら悪いの? 普通じゃなかったら悪いの?」

「まさか。アタシはただ、生意気でも、普通なのが嫌いなだけ」

 

 普通なのが嫌い、か。まあ確かに普通なのが退屈というのはわかるかも。

 

「あっ! 夏帆さん!」

 

 時間を確認するためにスマホを取り出した私は夏帆に声をかけた。

 

 私と夏帆は人がごった返す神社に来ていた。どんどんと太鼓を叩く音が聴こえる。人が多くて、もう夜だと言うのに暑い。ここにいるだけで汗をかいてくる。

 

「何を言い出すかと思えば、祭りに行きたいだなんてねぇ」

「夏と言えば祭りじゃん!」

 

 神社へ向かう階段を登っていくと、拝殿についた。ここに屋台が立ち並んでいる。

 

「イカ焼きに、かき氷、焼きそば……。あっ! 揚げパンだって、夏帆さん!」

「祭りに来て揚げパン? いいわね」

 

 揚げパンの屋台に向かおうとすると、蒼弥のバイト先にラーメンを食べに来ていた白髪の女の人が、「これと、これと、これと、これも、これもくださ〜い」と色々な味の揚げパンを買って、様々なパンが入った紙袋を持って、すぐに他の屋台の方へ行ってしまった。

 

「夏帆さん。さっきの人、凄い買ってたね……」

 ん? いつの間にか隣にいた夏帆がいなくなっていた。気づけば、揚げパンの屋台でさっきの人と同じくらい、買っていた。同じように大量のパンを紙袋に入れられていた。

 

「どの味の食べたい?」

 

 私にパンが入れられた紙袋を突きつけてきた。

「えっ、じゃあ……いちごミルク味で」

 

 いちごミルクと言ったはずだけど、袋から取り出したのは抹茶味だった。ここに来ていれば、楽奈が喜びそうだったけど。

 

「ねえ。一緒にライブ、しよう」

「え、ライブ?」

 

 夏帆は小さく言うと、すぐに次の屋台に行ってしまった。すぐに抹茶揚げパンを持ったまま、後を追おうとする。人混みに阻まれる。

 

「バンド入ってくれるってこと!? あっ、通れな……」

「あれ、その声は……? れんれん!」

 

 おーいと人混みの中から手を振る愛音の姿が見えた。みんなも、この祭りに来ていたようだ。とりあえず予定になかったけど、みんなと合流することに。立希は面白くなさそうにため息を一つ吐いた。

 

「れん、抹茶のパン持ってる」

 

 楽奈が私が手に持った抹茶のパンを物欲しそうに見てくる。

 

「はいはい。いいよ、あげるよ」

 

 抹茶の揚げパンを楽奈に渡すと、美味しそうに頬張った。

 

「こっちに〜、インスタ映えしそうな屋台が〜」

 スマホを片手に愛音は屋台を探している。

「おまえほんとにそればっか」

 

 そんな愛音に、腕組みをしながら流し目をくれる立希。

 

「おっ! あっちにケバブの屋台が! って、何やってんだ私! 夏帆さん探さないと行けないのに!」

「かほりん! このお祭りに来てるの!?」

「一緒に来てたんだよ! でも一人でどっかに行っちゃって……」

 

 どぉん、と辺りに轟音が響く。空を見上げると、大小様々で色とりどりの花火が上がっていた。

 ひゅーとまた一発、更にまた一発と続けて火の玉が上がっては火の花を咲かせていく。

 夏帆を探すのは、花火を見終わってからでも、いっか。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
それではまた次回!
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