今日も、ウルトラヴァイオレットのバンドの練習がある。ただ、いつもと違うところがあるとすれば……。
ライブハウスCiRCLEの柚月と凪が待つスタジオのドアを開く。
「遅くなって、すいません」
「蓮、やっと来た! 遅いよ。今日は、誰か一緒なの?」
「夏帆さん、中に入って」
ドアを手にかけたまま、ここまで一緒に来た夏帆に、中に入ってもらうよう、促す。
「夏帆ちゃん! 本当に私たちのバンドに入ってくれたんだ!」
柚月はベースをスタンドに立てかけ、夏帆へ駆け寄ってくる。
「本当に入った訳じゃない。あんたたちがライブするまで、ほんのちょっとだけ、協力してあげるってだけよ」
「それでも、夏帆さんが一緒だと、とても心強いです!」
凪の言葉に、夏帆は満更でもなさそうだった。唇の端を小さく上げて、笑みを浮かべている。
凪を軸にし、逃げるように凪の周りを回る私と私を捕まえようと躍起になって追いかけてくる柚月で、なんだか惑星の軌道みたいになっている。
「そういう問題じゃないでしょ! なんで話しちゃうのかなぁ!」
「岡村先輩も蓮ちゃんも、喧嘩なんかしないで、時間もったいないんだから、練習しますよ!」
たじろぎながらも、凪は顔を真っ赤にしながら抗議した。
それもそうだ。私と柚月は、楽器を手に取る。
ドラムセット一式も用意され、夏帆はドラムスローンに腰を下ろした。自前のケースから、スティックを二本とも取り出す。
「新しく夏帆さんがドラムやってくれるし、そうなったらやっぱり、できることももっと増えるのかな?」
「増えるどころじゃないよ。そもそもドラムは、バンドの土台で基礎なんだから」
当然と言った様子で柚月が語る。
「じゃあ、夏帆さんを誘った私に、もっと感謝してよね。誰のおかげだと思ってるの」
「はいはい」
ここに揃った四人を改めて見つめてみる。
みんな、私を含めてそれぞれ耳にピアスというか、イヤリングをつけていた。
「そういえば、ここにいる四人、みんな耳にピアスしててお揃いだね」
「うん。たしかにそうだね。蓮のは、ハルさんがくれたのなんだっけ」
右耳についたタッセルピアスに触れてみる。
これは、私の高校の入学祝いにと、ハルがくれたものだった。
海鈴が付けているのが気になっていたら、プレゼントしてくれたんだっけ。
「じゃ、夏帆ちゃん、カウントお願い」
夏帆がスティックを鳴らし、合図をした。これから、四人での演奏が始まる。今日演奏する曲は、『バニラ』という曲のカバーだった。キーボードの凪がメインになる楽曲だ。
それから、翌日。
「今日はバンド練もないし、バイクの教習所もない。つぐさんのお店の手伝いもたまにだし、暇だな〜。立希でも、部屋に連れ込もうかな」
立希を誘ったところで、来てくれるかどうかは分からないけど。
『立希どん! 今ってひま?』
返事は来ない。来るわけないかと、スマホを放り出すと、通知が来た。
『ひまじゃない』
『本当は?』
『本当。ロンと違って、ひまじゃないから』
どうやら、私は振られてしまったらしい。
愛音と楽奈に、声でもかけてみようか。でもそれだったら、RiNGで会えばいいか。
愛音に連絡をしようと、スマホを確認すると、お姉ちゃんからラインが入っていた。
『そろそろハンガリーに行く支度はできてる?』
そうだった。今年は、お姉ちゃんと一緒にハンガリーに行くんだった。まだ何にも支度してなかった。どうしよう。
これから支度すれば、まだ全然間に合うか。
地上より遥か上空で、私はブランケットに包まり、お姉ちゃんにもたれかかって寝ていた。
羽田から、ドイツミュンヘンまで、約十四時間のフライト。
ミュンヘンで飛行機を乗り継いで、目的地であるハンガリーへと向かう。
子どもの頃から何度か乗っているはずだけど、私は飛行機に乗るのも、外国に行くのも、やっぱり好きになれない。
きっとこれからも、好きになることはないだろう。
「私も……」
座席の上で眠っていたお姉ちゃんが、私に同調するように小さく呟いた。
「私たちの身体の中って、どうして外国人の血が流れてるんだろうね」
「それは産まれた時からもう、そういうものだから」
機内アナウンスが流れる。
当機は、まもなく……──
「ウェルカム、私。ミュンヘンオリンピック。復帰おめでとう……」
窓から高度何万フィートもの外の景色眺めながら、私はそう呟いていた。
「うざっ、キモッ」
お姉ちゃんがシートで寝返りをうちながら、呟いた。感傷に浸ってたのに、どうしてそういう、水を差すようなことをいうのかなぁ……。
ドイツ・ミュンヘン空港。
飛行機を乗り継ぐ前に、空港の中にあるカフェでホットドッグを食べていた。現場のということで。お姉ちゃんはホットドッグを食べず、コーヒーだけを飲んでいた。
ナイフとフォークを使って、食べやすいサイズに切り分ける。こうやって食べると、なんか本格的って感じがするのはわかる。
「普通の日本で食べるホットドッグと何にも変わんないよね。パンが硬いくらい?」
「いいから早く食べて。飛行機の時間もあるんだから」
「えー。食べ終わってから、もうちょっと見て周りたいよ」
「ここが目的地じゃないんだから」
ハンガリー・ブダペスト。リスト・フェレンツ国際空港。
バッグを引きながら歩いていって、タクシー乗り場でタクシーに乗り込んだ。
飛行機から降りて、今度は車で目的地まで移動だ。時差ボケか、疲れていたからか、私もお姉ちゃんも、車の中で眠っていた。時折起きては、外の景色を眺めたりした。
昔の西洋のお城みたいな建物。街から離れると地平線まで広がる牧場の景色が続く。
ここはもう、日本ではなく、すっかり異国に来たんだなと実感する。
片田舎の目的地に着くと、タクシーからキャリーバッグを下ろす。時刻はもう夜となっていた。海外だから、ちょっとは涼しいかと思ったけど、日本より全然暑い。
「ガンビー!」
お世話になるお家の庭で私たちを見つけた大型の犬が擦り寄ってきた。お姉ちゃんが子どもの頃に拾ってきた野良犬だった。
もうすっかりおじいちゃんちゃんになった犬だけど、私とお姉ちゃんのことをしっかり覚えているみたいで、尻尾をぶんぶんと振って、甘えてくる。
お姉ちゃんも、珍しく穏やかな顔をして、ガンビーを可愛がる。ガンビーは更に興奮して、ぺろぺろとお姉ちゃんの顔を舐める。
「きゃあ!」
「おっ、可愛い」
お姉ちゃんはちょっとだけ不機嫌になった。
「早くお風呂入って寝よ」
「うん。荷物もあるし……」
夕飯を食べて、お風呂に入って、すぐにベッドに横になった。
「お姉ちゃん、起きてる?」
寝かけていたであろうお姉ちゃんは不機嫌そうに反応をした。
「なに」
「お姉ちゃん、対バンしよう」
「対バンしたら、音楽やめてくれる?」
ベッドの上で、仰向けになる。
「それは……約束できないよ」
右手で顔を覆う。
「もう蓮に着いて回られるのは、うんざり」
「子どものころは、私がいなかったら何にも出来なかった癖に」
「それは子どものころの話でしょ」
「お姉ちゃんがガンビーを拾ってきた時だって、私がお父さんとお母さんにお願いしてあげたんだよ?」
どこから拾って来たのか、ガンビーを連れて帰ってきた。
お父さんとお母さんからは──花恋に面倒なんてみれない、と叱咤されていた。
お姉ちゃんはまた大きく泣いてしまった。特に興味がなかったけど、私も一緒に面倒をみるからと、何とか必死に説得した。
子どものころのお姉ちゃんは泣いてばっかだった。
その度に私が慰めて、どっちがお姉ちゃんでどっちが妹か、分からなってくるくらい。
「そんなの頼んだ覚えはないから」
「私たちって、いつからこうなっちゃったんだっけ」
私の顔を見ると、安心したように笑っている子どものころのお姉ちゃんの顔を思い出した。泣いていても、辛いことがあっても、私の顔を見た途端にすぐ泣き止んで、笑っていた。
「わかんないよ。そんなの」
「また、子どもの頃みたいに戻れるかな?」
「無理だと思う」
「いや、戻れるよ。絶対に、戻れるよ」
「私は、別に戻りたくないから」
「それでも、もしも戻ることができたら、また一緒に遊んだりしようよ」
お姉ちゃんからの返答はなかった。疲れもあって寝てしまったようだ。