「わぁ。凄いねぇ、お姉ちゃん。あれは、誰の銅像なのかなぁ」
博物館に足を運んでいた。博物館の外にある騎馬像を二人で見あげていた。今回のハンガリーの旅行で、私はなにかの答えを見つけたいんじゃなくて、ただたんに、お姉ちゃんと旅がしたいだけなのかも。
「プリンツ・オイゲンって人の像だよ」
あれ、素直に教えてくれるんだ。てっきり自分で調べなさい! とかって突っ返されるかと思った。
「それって何の人?」
「いちいち訊かないで、自分で調べて」
「あ、はーい……」
やっぱりそう言われちゃった。
お姉ちゃんはさっさとギリシャ風のお城みたいな美術館に入っていく。私はお姉ちゃんの後を追った。
黄金のレリーフとか、なんか絵画みたいなのが並んでいた。芸術的なことはさっぱり分からなかった。
とある一団とすれ違う。外国で見かけると嬉しい、日本人の観光客の一団だった。
「ヨー・ナパト・キーヴァーノーク!」
日本人の一団は嬉しそうに手を振って挨拶を返してくれた。
お姉ちゃんに博物館では大きい声出さないで! と言わんばかりに首根っこを捕まれると、口を塞がれた。
「そもそも、日本人の人たちにハンガリー語で挨拶してどうするの」
「そうでした……」
ショッピングモールを見て買い物をしたり、日本料理のレストランでお昼ご飯を食べたりで時間を過ごして、今日はドナウ河畔沿いにある別荘で寝泊まりして夜を過ごすことになった。
時刻は夕暮れになり、お姉ちゃんと一緒に手漕ぎボートに乗って、河畔を進んでいく。子どものころは、このドナウ河畔にワニがいると信じきって、とても怖かったのを覚えている。一緒にボートに乗ったお姉ちゃんなんか、号泣してたのを今でも覚えている。
「ここは、なんにも変わんないね」
「うん」
顔を伏せがちになって力なく答えた。
「お姉ちゃんやっぱり怖い?」
「怖く、ない……大丈夫」
強がってはいるけど、声が震えている。これ以上はあんまり遠くに行かないように、早く川岸に戻ろうか。
別荘に戻ってから、少し周辺を散歩して、夕飯の時間に、夕飯で食べると思われるウサギが何羽かハンガーラックに吊るされていた。どうやら、私たちの親戚の人たちはこれを食べるらしい……。
サーっと、頭の方から血の気が引いてくるのを感じる。お姉ちゃんもすっかり青ざめてしまい、口元を抑えている。
「お姉ちゃん、私たちは持ってきたレトルトの和食でも食べようか……」
「う、うん……」
牛すじ煮込みと、ぶり大根。れんこんのきんぴらとか、ひじき煮とか、その他諸々の和食レトルトをバルコニーで、河畔を眺めながらキャンプ椅子に座りながら食べていた。今年二十歳になったお姉ちゃんは、お酒を飲んでいた。私も、さっき親戚の人たちが用意してたジュースを空けて一口飲んでみた。
なんか……苦いような? なんだか顔が火照ってきたような……。
「蓮、それお酒じゃないの?」
「え!」
そう言って味を確かめようと、何口か飲んでみる。苦くて、あんまり美味しくない。
少しだけ、気分が高揚してきたような気がする。
「もう、それ以上は飲んじゃだめ」
そう言いながら、私の飲んでいたジュースを取り上げるお姉ちゃんの顔も、ほんのりと赤くなっていた。
「やめてくださーい! とりあげるなんて、酷いじゃないですかー!」
取り上げられる前に、全て飲み干した。一気に胃の中に流し込んだから、気持ち悪くなってえずいてしまった。
「もうお酒は、やめとこう」
私は嗚咽を漏らして、やがて泣き出してしまった。頬を生暖かい感触が頬を伝って下に落ちていく。
「うわ。テンション上がったと思ったら、泣き上戸?」
子どものころは、いつも私がお姉ちゃんにそうしていたように、今はお姉ちゃんが私の背中に手を添えて優しくさすってくれていた。
今日はブダペストにあるハンガリー有数の観光地の城、ブダ城に来ていた。
第一次世界大戦と、その後の第二次世界大戦で大規模な被害を受けたけど、二十世紀半ばに修復されたのが現在の姿である。らしい。
「こういう所に、住みた……くはないよね別にね」
お姉ちゃんは私に見えないように小さく笑みを浮かべて、頷いた。隠したつもりだったけど、お姉ちゃんが笑ったところを見逃さなかった。ニヤニヤと笑いながら、お姉ちゃんを見やった。
今日はガンビーのいるハンガリーに来た時に泊まったあのお家に帰ることになっている。
家に帰ってくると、ガンビーはよろよろと私たちのところに歩いてくる。
もう、歳なのかもしれない。顔をあげることも出来なくなっており、はあはあと苦しそうに息をついて、お姉ちゃんの足元に力なく手を添えるので限界そうだった。
翌朝になり、お姉ちゃんと二人で様子を見に行くと、ガンビーは私たちに看取られながら、静かに息を引き取った。
顔を抑えながら泣きじゃくるお姉ちゃんを尻目に、うだるような暑さに大汗をかきながら、ガンビーのために庭にお墓を掘ってあげる。
ある程度掘り進めると、そっとガンビーをお墓の穴の中に埋めてあげた。顔中の汗をタオルで拭う。
お姉ちゃんは、まだ泣いていた。肩に手を添えてさすってあげた。お墓に、名前も分からないようなお花と、おやつと、ご飯も一緒に入れた。他に一緒に入れてあげられる物は……。
ピっと私の右耳についたタッセルのピアスも入れる。
「蓮、それ、ハルがくれたものだったんじゃ……」
「うん。だから、私だと思って、天国に一緒に持っていって欲しかったから……」
お姉ちゃんは、また大粒の涙を流す。
地下鉄に乗って、ウェストエンド・シティ・センターに来ていた。ブダペストの主要なショッピングモールだった。
「ガンビー、逝く時、幸せだったのかな……」
地下鉄で隣に座るお姉ちゃんがボソッと呟く。
そんなの、わかんないよ。と思いながら、外の景色を見る。
地下鉄は、地下から、地上に出た。外の景色に、今更ながら改めて、私たちは異国に来たんだと実感する。
「最後に、大好きなお姉ちゃんに逢えたんだから幸せだったに決まってるよ」
「うん。そうなら、嬉しい。蓮、ありがとう」
「お姉ちゃんにそう素直に言われると、ちょっと照れるって言うか、不気味っていうか……」
お姉ちゃんに脛の辺りを靴のつま先で蹴られる。
それから、ふふっとお姉ちゃんは小さく笑ってくれた。
お姉ちゃんの笑った顔なんて、久々に見た。
「こうして、蘭とここ来るのも久々だよね」
私と蘭は、サンシャイン水族館に来ていた。
水槽の中のペンギンたちが、都会のビルの中を泳いでいるみたいだ。
「一昨年の、夏休みの登校日の次の日くらいだっけ、柚月とここ来たのって」
確かに、蘭の言う通り、それくらいぶりだったはず。
登校日のあと、夜の学校に、課題のノートを取りに来たとかそんなことを訊いたっけ。
「思い出に浸るのもいいけど、本題は、なんなわけ。あたしを呼び出したりして。答えによっては帰るけど」
そう、本題。
そのために、今日は蘭を呼び出して、一緒に二年ぶりにサンシャイン水族館までやってきた。
「蓮って子、知ってるよね。ほら、蘭が屋上であった、花恋さんの妹だよ」
「うん。屋上で、なんかぶつぶつ独り言言ってたのは、忘れたくても忘れられないけど」
「私、その蓮とバンド組んだんだよ」
「柚月が、バンドを? ずっと辞めてたけど、やっとその気になったんだ」
ほっとしたような、安堵したような声を漏らす。
「うん。だから、蘭にも、私たちのバンド、ライブをやるために手伝って欲しいって思ってて……」
蘭からの返答は、何もない。それもそのはず。私としては、やはり蘭に手伝って欲しい。蘭と一緒のバンドで、ライブがしたい。五人目として誘うなら、絶対に蘭がいい。
この願いは、簡単には行かなそうだ。
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