イエスタデイ   作:永嶋 誘

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#24 言い訳で良い訳? メイビー、ダメだよね

 

「今日も暑いなぁ……」

 

 ハンガリーに行った時の時差ボケもすっかり落ち着いて、今日は午前中につぐみのお店を手伝っていた。机を布巾で拭いてから、コーヒーを煎れる練習をさせてもらう。

 私はどっちかって言うと、甘党だからコーヒーはあまり飲めない。だけど、コーヒーの匂いは好き。それは、柚月も一緒だった。

 あれは、夏帆をバンドに誘う前? 柚月の運転するバイクに乗って、横浜行った時に、柚月が缶コーヒーを凄い苦そうに飲んでた記憶が蘇ってくる。

 

 ドアベルが鳴った音に気がつく。お店に、新しい客が入ってきた。

 黒髪に入れられたその特徴的な赤いメッシュには、見覚えがあった。

 

「それで、私もあったことある人って誰なの?」

「蘭」

 

 伏し目に柚月は、親指を擦り合わせている。

 

「蘭さんって、髪の毛を赤く染めた……あの、メッシュって言うのを入れた人だよね」

 

 以前、授業をサボった時に、受験生であるはずなのに私と同じように授業をサボっていて、屋上で会った『お姉さん』のことだった。

 その蘭は、私がギターを弾いていることを、知っていた。

 柚月は返事をせず、黙って頷く。

 

「誘って欲しいんなら、柚月さんが言えばいいんじゃ?」

「蓮がさ、どうしてもライブやりたいって言ったんでしょ」

 

 どこか覇気のないような、力のこもってない声で言った。

 

「私は、別に誘わなくても……。だってギターはもう私がいるし、ライブやるなら四人でも全然充分でしょ」

「私が、どうしても蘭のことを誘って欲しいの。蘭が入ってくれなきゃ、やだよ」

 

 ちょっとだけ泣きそうな、子どもみたいな甘い声。そういう声には、聞き覚えがある。子どもの頃や、ガンビーを亡くしてしまった時のお姉ちゃんを彷彿とさせる。

 ほっとけないような、ちょっとだけ弱っちゃうな。

 

「そんな、やだよって言われても……私が蘭さんを誘うよりも、柚月さんが誘った方が、バンドに入ってくれそうだと思うんだけど……」

 

 付き合う、か。私自身、本当に柚月と付き合いたいのか、分からなくなってきたけど、とりあえず頼まれちゃったから、蘭にお願いだけでもしてみないと。

 それよりも、命令とか、偉そうに言うな。柚月もなんだかんだで泣き虫の癖に。

 蘭をバンドに誘う理由だって、そもそも理屈でもなんでもないし。

 お姉ちゃんといい、柚月といい、私って、ちょっと抜けてるような、頼りない感じの人に弱すぎる気がする。

 

「あ」

 

 昨日の柚月との、会話を思い出して、声を出しあぐねてしまった。蘭の視線が私に向いてきた。

 もう、逃げられないと思ってしまった。

 

「逃げるって、どういうこと?」

「あっ、いえっ、そのっ、えーと……なにか、その。飲まれますか」

 

 蘭は、天井を仰ぎ、やや落ち着いたような低い声で注文をする。

 

「とりあえず、アイスコーヒー」

「は、はい……」

 

 注文を承ってから、しばらく動けずに硬直している私を、蘭は怪訝そうに見つめてくる。軽く会釈をし、言葉をかける。

 

「私たち以前、学校の屋上で会いましたよね?」

「あ、うん。あったね。で、あれから、ちゃんと授業に戻った?」

「はい。先生には、お腹が痛すぎて、トイレに籠ってましたって言い訳しときました……」

 

 蘭は小さく、「やだ」と言うと、クスッと笑った。

 なんかちょっとだけ、私の尊厳が破壊されたような、人生史上最悪な気分になってしまった。

 

「アアアアア、アイスコーヒー! すすすす、すぐにお持ちしししししますね!」

 

 蒼弥みたいな、いや恐らく蒼弥以上の、キョドり方をしてしまった。

 アイスコーヒー用の豆は深煎りがベスト!

 ドリップを終え、サーバーに氷を入れる。

 その後サーバーには蓋をして、グラスに新しい氷を入れると、氷を通さず、コーヒーだけをグラスに注いでいく。

 

「蓮ちゃん! 復唱聞いてる限りでは、完璧なアイスコーヒーの煎れ方だよ!」

 

 嬉しそうなつぐみの声が店の奥から聴こえてきた。またしても声に出てしまっていた。

 蘭はまたしてもくすくすと笑っている。最悪だ。私のこの悪癖が、自分で恥ずかしいと思うことなんて、そうそうないはずなのに。

 

「お待たせしました……。あぁー!?」

 

 蘭のテーブルに置こうと思ったけど、手が震えてしまって、グラスを倒して、中身が零れてしまった。

 不幸中の幸いか、蘭に中身がかかることはなかった。

 

「途中までは、完璧だったのにね」

「まだ時差ボケが残っていたのかも……」

「時差ボケ?」

 

 もう、時差ボケは大丈夫だったはずなのに。我ながら酷い言い訳ときた。テーブルと床を水気がなくなるまで布巾で拭いた。

 

「とにかく、また新しく煎れなおして来ます……」

 

 アイスコーヒーを煎れなおし、蘭のテーブルに持っていく。

 

「単刀直入に訊くけど、あたしになにか頼みたいことがあるんだって?」

「え、なんでそれを……」

「さっき自分で、あたしを誘う理由とかって言ってたから、なんかあるのかなって……」

 

 そこから訊かれてたらしい。それ以前に思ってたことは、訊かれてない……よね?

 もしも、訊かれてたら恥ずか死ぬ。

 

「あれは……お姉さんとギターのセッションがしたいなぁって思っただけで……」

「あたしとギターのセッション?」

 

 蘭は私の言葉に意表を突かれたように、その鋭い目つきの目を、丸くした。

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