「ねぇ、蓮」
制服に着替え、登校前にお姉ちゃんに声をかけられる。やや不機嫌そうにしている。
「ギター、まだやってるの?」
やってたら、何か問題があるのか。
いや、あるに決まってるか。お姉ちゃんは、私がギターをやってることをよく思ってないんだから。
「やってたら何か問題でもあるの?」
「バンド組む訳でもないし。私のバンド入るの諦めたんなら、もうやる意味なんかないんじゃないの?」
「そんなのわかんないじゃん。もしかしたらどこかにお呼ばれされるかもしれないんだし。話がそれだけなら、私もう学校行くけど」
お姉ちゃんは玄関先で腕組みをし、気だるそうに首を傾げる。
「今日、私は帰り遅くなるから」
「今日もバンド練?」
そう聞くも、なにも答えない。尚も不機嫌そうに、私を睨めあげてくる。
「あ、そうだ。私にギター教えてくれたあの人は元気にしてる?」
「蓮には関係ないでしょ」
「はーい。そうですよねー。行ってきまーす」
玄関を出て、エレベーターに乗る。エレベーターを降りて、マンションのエントランスを突っ切り、外へ出た。
あんなお姉ちゃんではあるけど、不思議と嫌いにはなれなかった。嫌いだったら、一緒に住ませてなんて頼み込まなかったし。
それでも、どうしても、人からお姉ちゃんと比べられたりするのは、どうにも我慢ならない。
とは言っても、確かにお姉ちゃんの言う通り特にバンドに入るつもりはなかった。
でもそれなら確かに、ギターをやる意味あるかって話だけど、誰になにを言われても、やめるつもりもなかった。
RiNGのカフェに来ていた。私はいつも通り立希にクリームソーダを注文する。
「冬木さん。そよになんか頼まれたの?」
珍しく立希の方から話を振ってきた。
いつもは私の方からダル絡み……仲良くなるために話しかけてるのに。
「うーん。頼まれたっていうかなんていうか……クラスメイトの
「そよが祥子と喧嘩……? それ、ほんとにそよがそう言ってたの?」
「そよがそう言ってたって、なにが? てか祥子って、椎名どん知り合いなの?」
「なんでもない。ほら、飼い主。野良猫が来たけど」
立希はカフェの入口を指す。ギターを引いて楽奈が店内に入ってきた。
「飼い主って言うなー」
「ならそっちも、椎名殿とか椎名どんとか呼ぶのやめて。それでおあいこ」
いいじゃん。かっこよくて。そう呟いたら小さく舌打ちされた。
楽奈は抹茶パフェを食べ、それからしばらくして愛音も来た。りっきーと立希に挨拶して鬱陶しがられ、がられていた(薩摩弁で叱られるの意味。〝どん〟繋がりで、なんとなく)。
「りっきーって可愛いのにね」
「ねー。可愛いのにねー。椎名どんは、かっこいいのにねー」
「おまえら、同類?」
カフェを出てからいつもの駐車場に三人で来ていた。
バーバラは愛音の腕に抱きつく格好でしがみつく。
「何この子、三毛猫?」
「メインクーンだよ」
「なんでもいいけど、かわいいー。見てみて二人とも、私の腕に抱きついちゃってるよ〜」
「敵認定されたな」
「された」
「え、敵認定ってどういうこと……あ、なんか凄い甘噛みしてくるんだけど!」
「あっ! こら! バーバラ、めっ!」
私の呼び声に一瞬反応を示しただけで、甘噛みをやめなかった。
まあ、血が出るほど強く噛み付く訳でもないし好奇心があるからこその行動だから平気ではあると思うけど。
「楽奈、今日は何やる?」
「おばあちゃんの好きな曲やる」
「オッケー。クラプトンのチェンジ・ザ・ワールド〜ってやつね。あれ難しいんだよなー」
「弾くって、ここで弾くの!?」
バーバラは甘噛みをしているうちに飽きちゃったみたいでどこかに行ってしまっていた。
「変かな?」
「いや、路上ライブみたいでかっこいいじゃん!
って言おうと思った!」
「路上ライブか、その発想はなかったよ。いいねそれ」
クラプトンのチェンジ・ザ・ワールドも覚えないとなー。
冬木さん! と授業中の教師が私を呼ぶ。白髪が混じった髪型の初老の男性教員だ。
「ちょうど、エリック・クラプトンの曲をこれから授業でやろうとしていたところだ! それをあなたは言う前から覚えようとは、なかなかに勤勉だ! 感心したぞ」
「へ? はぁ……あ、ありがとうございます……」
また知らずのうちに言葉に出てしまっていたようだ。それにまさか感心されるとは、案外捨てたもんじゃないのかもね。私のこの悪癖も。
二人組を作って、クラプトンの曲を一つ選択して、先生の前で歌うことになった。
「って、音楽の授業で先生に褒められちゃってさー」
「あの先生、人を褒めることあるんだー」
気難しそうだし、確かに人を褒めたりしなそうな印象はある。けど思ったよりは悪い先生ではなさそうだった。
「二人組作って、先生の前で歌うことになってさぁー」
二本の指を立てて、反対側の人差し指で二本の指をなぞってみる。愛音は思い出したように手をポンと叩いた。
「あの子と組めば? 祥子ちゃんと、ピアノ弾いてたし!」
「逆に訊くけど、組んでくれると思う? てかここなんの教室?」
私たちが座っているソファの脇には天体望遠鏡が置いてあり、その後ろには天体に関するポスターが貼られている。
ここは、もはや訊くまでもなく、そのまんま天文部の部室か。
今年の三月に羽丘を卒業した先輩が組んでいるバンドのポスターも貼られていた。
「ちょっと待ってて、もう少ししたら来ると思うから!」
「祥子が?」
「ちがーう! 確かに今、祥子ちゃんの話してたけど!」
コンコンコンとノックの音が三回室内にこだました。
「愛音ちゃん、部室開けて貰っちゃってごめん……」
なんとなくの感覚で気弱そうな、左側の髪を左耳の上に払い上げた女の子が入ってきた。雰囲気だけで言えば昔のお姉ちゃんを想起させる。そんな子だった。
あっ。と私の存在に気づくと小さく縮こまってしまった。
「燈ちゃん。この子が前に話した蓮ちゃん! 蓮ちゃん、この子が燈ちゃん!」
「あっ、えっと。その、はじめまして……。愛音ちゃんから、話は、訊いてます……。今愛音ちゃんが紹介してくれたけど、
「あっ、えっと、私は、その、冬木蓮、です」
萎縮した燈を前にソファから立ち上がると、カクカクとロボットダンスでも踊っているような動きをしてしまった。
「は、はじめまして……」
「はじめまして……」
「燈ちゃん、これ蓮ちゃんなりのボケだからね」
「え、ボケ……?」
「ボケじゃなくて……素だけど」
「そよさんの時とかは堂々としてたじゃん!?」
「そよの時はそうだったけど、椎名殿の時は同じようにキョドってたよ……」
あ〜、確かに! と愛音は思案にくれた。
椎名殿なんて、軽々しく呼んでたけれど、初めて会った時は立希のその威圧感に気圧されて、燈と同じように逡巡としてしまった。
「もしかしたら、リッキーが私と違って蓮ちゃんにちょっと優しいところあるのって、そういう所が燈ちゃんに似てるからじゃないかな〜?」
「あれで私には優しいところあるって? なに基準なの? それ」
愛音ちゃん、と燈が愛音を呼び、何かを耳打ちした。愛音はふんふんと反応を示すと、「え、それを蓮ちゃんに!?」と驚いていた。
「燈は、なんだって?」
「なんかねー。蓮ちゃんのそのピアスが可愛いねだって」
思わず右耳のピアスに触れる。踊るようにピアスは垂れ下がった。
「かわいい? え、かわいい!? いやいや、まって、本当に、可愛くなんてないよ〜」
「『そんなことないと、思う。蓮ちゃん、結構可愛いと思う』だって〜」
「ちょっ、なんだよ急に〜。そういうの、やめろよ〜。なんなんだよ、そよといい燈といい、そうやってさ〜」
「あ、うん。蓮ちゃんってね、思ったことがすぐ口に出ちゃうし、あと見てわかる通り、ちょっと調子に乗りやすい子なんだ〜」
通訳したと思ったら、燈が小さく呟く声が聞こえてきた。
「思ったことがすぐ口に出ちゃう……」
燈はしょんぼりとした様子で、項垂れてしまった。
こんなこと、私が言えたギリじゃないけど、ちょっと気難しそうな子だなと思った。
あと、やっぱり性格とか、昔のお姉ちゃんに似てる子だなと。
音楽の授業とか、ツッコミどころはあるかもしれませんけど、その辺は突っ込まないで貰えると助かります(笑)