私は、 学校が終わったあと、ギターを持って、『CiRCLE』というライブハウスに来ていた。
Aスタジオの外で、むき出しのままのギターを抱きしめながら、しゃがみこんでいた。
しばらくしゃがみこんでいると、スタジオの扉が開く。
なんの用か、メンバーの一人が退室したところだったのだろう。立ち上がり、そのメンバーの一人に声をかける。両耳に付けられた、月と星のピアス──それかイヤリング? ──が特徴的だった。
「あの、その……」
そのメンバーの人は驚いた様子を見せて、私に対して小首を傾げた。
「フィッシュボーンに、新しく入った人、ですよね……?」
その人は何かを言い淀んだ後に、短く息を吸い込み、口を開く。
「新しく入った人、というか……一緒に練習させて貰ってる人、っていうか……」
あはは、と。申し訳なさそうな様子で、俯き加減に小さく笑った。私は構わずに言葉を紡ぐ。
「お願いします。お姉ちゃんに、私をバンドに入れてもらえるように、なんとか頼んで貰えませんか……? 私、どうしてもお姉ちゃんと一緒に音楽がしたいんです! お姉ちゃんを支えて上げなきゃ、行けないんです!」
ギターを抱えたまま、その人に向かって深々と頭を下げる。
「そ、そんな……私は本当に練習させて貰ってるだけだから……」
「そこをなんとか! この通り!」
「とりあえず、こんな所で話すのもなんだし、場所変えない? ロビーの所で座って話そ?」
「きみのお姉ちゃんって、もしかして花恋さんのことかな?」
「はい。私、冬木蓮って言います」
「なるほど、蓮ちゃん。花恋さんに妹さんがいるって言うのは訊いたことあるけど、会うのは初めてだよね」
「はぁ、うん。ええ、まあ、はい。会うのは初めてだと思います」
「あ、うん。えっと、何か不満が……」
「変だと思ったでしょ。お姉ちゃんの名前が花恋で、私の名前が蓮で」
「うーん。そんなことはないけど……でもね、強いて言うなら……」
「強いて言うなら、なんですか」
「私の友だちに蘭って子がいるんだけど、その子の名前に似てるなとは思った! だってほらさ、蘭と蓮ってどっちも花の名前でしょ? たしか」
人差し指を立てながら、どこか得意げにこの女の人は言った。蘭って言うのが、この人にとって大きな存在なのかもということが垣間見えた。
「蘭って誰ですか?」
「知らない? 蘭たちみんな、結構有名だと思ったんだけどなぁ」
「知らないし。始めて訊いたよ」
「私がバンド組んだのも、蘭たちのバンドと対バンするためなんだぁ」
「そんなこと訊いてないよ」
その人は突然、私の顔を一心に見つめてくる。口角を上げて、笑いかけてきた。思わず顔を逸らしてしまった。
「話題を変えよう。さっき言ってた、お姉ちゃんを支えて上げなきゃって、どういう意味なのかな?」
息を吸い込んで、吐き出す。
「お姉ちゃんって……」
一拍置いて口を開く。彼女は耳を傾けてくる。
「子どもの頃は泣き虫で、ドジで、私が傍にいないと、何にもできないような人で」
「え……花恋さんが?」
口元に手を当てて、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。
「今でも、ですけどね。練習終わって、家に帰ってきた時に、たまに一人で泣いてることがあるんです」
「つまり……支えて上げなきゃって……」
「私が、傍にいてあげないと、お姉ちゃん、辛いはずなんです。絶対に!」
天井を仰ぐ。「そっかぁ」と口にして、しばらく黙り込んでしまった。スタジオの方から、誰かが歩いてくる。
「ユヅル。ここにいたのか」
ロビーにやってきたのは、確か、フィッシュボーンのギター担当の……青海波瑠だった。
青海波瑠は、私の顔を見るなり、目を剥いた。
「花恋さんが待ちかねてるぞ。話が済んだなら、早く戻ってやれよ」
「はい。今、戻ります」
ユヅルと呼ばれた彼女は、ロビーにあるソファから立ち上がり、スタジオの方に向かっていく。途中で、振り返り、話しかけてきた。
「蓮ちゃん、私からは勝手なこととか言えないけど、花恋さんに蓮ちゃんをメンバーに入れて貰えないか、それだけでも聞いてみるよ」
私は、取らぬ狸の皮算用なユヅルの言葉に、ただただ、ズボンの裾を握りしめるだけだった。
「蓮坊。フィッシュボーンのギターのポストを狙ってるんだって?」
「狙ってるんだったら、なんですか。それがあなたになにか関係がありますか」
「あたしがいる限り、それは絶対に無理だ。でもまあ、弟子を持つってのも悪くはないかな」
「は? 弟子?」
「良かったら、あたしがおまえに、ギターを教えてやろうか?」
あれから、フィッシュボーンに入ることは叶わなかったけど、なし崩し的にハルからギターを教わることになったんだっけ。気づけば、フィッシュボーンも、バンドに入ることも、興味がなくなって行ってしまった。
「えっと、確か、ユヅルさんでしたよね。どうしてここに?」
パーキングエリアにやってきた、ユヅルに問いかけていた。
「たまたまバイクでこの辺走ってたら、蓮ちゃんを見かけたから。それに、なにか思い悩んでる様子だったし」
最後にあった時から二年くらいか。ユヅル──柚月は二年前に比べて、あまり顔つきも、体格も変わらない。両耳に付けた星と月のピアスかイヤリングはそのままだけど、僅かに髪の毛を茶色く染めて、パーマをかけてギャルっぽい見た目になっていた(後で柚月本人から訊いた話だけど、羽丘にいたRoseliaってバンドの、
「こなつちゃん」
「こなつちゃん?」
どこからか現れたのか、柚月の足元に寄ってきたメインクーンのバーバラに呼びかけていた。
「きみはまた外を出歩いてたの? 凪が心配してるよ。早く帰ってあげな」
こなつ──愛音が見せてきた小夏なつ子という人のSNSアカウント……今、柚月が口にしていた凪という名前から察する。
ハルから訊いた、フィッシュボーンに入ったという、キーボードのメンバーのことを私は思い出した。柚月に甘えていたこなつと呼ばれたバーバラはどこかへと走り去ってしまった。察するに、凪という人の家に帰ったのだろう。
「蓮ちゃんも、帰らないの? 花恋さん、心配するよ」
「帰りたくない」
「喧嘩でもした?」
「してない。けど、今は帰りたくない」
「そっかぁ」
顎に手を当てて天を仰ぎ、何かを考え込んでいる様子だ。
「それなら、家に来ない? 夕飯もまだだよね」
柚月の家にお邪魔することになった。訊けば、アパートで一人暮らし……と言っても母方の祖母が管理してるアパートらしい。
両親とは、一緒に暮らしていないらしい。あとは現在乗っているハンターカブの自慢をちょっとされたくらい。
ヘルメットひとつしかないからアパートまで押して帰っていた。意外なことに、バンドと音楽の話は一切してこなかった。
「お邪魔……します」
「いいよ、いいよ。気を使わないで。でも、ちょっと散らかってるかも……」
部屋は、まあまあ散らかってる。漫画とか散らばってる。『時は金ナリ』と書かれた掛け軸が壁に飾ってある。
それから、どこで調達したのか、刀とか竹刀も壁に立てかけてある。あとは天狗のお面もある。
「なにこれ」
「あ、それ全部ね。パスパレのイヴちゃんって子がくれたんだ」
「パスパレって、たしか有名なアイドルバンドのだよね? メンバーの一人が羽丘の生徒会長やってたっていう……」
「蓮ちゃん詳しいねー。それだけ知ってれば充分だよ」
柚月はテーブルに載った漫画やらおもちゃやらを適当に片していく。テーブルの下から凄い勢いでキジトラの猫が出てきた。うわっ! びっくりして、尻もちを着いてしまう。
「あ、紹介するね。ミルちゃん」
柚月の顔と柚月に抱き抱えられたミルちゃんと呼ばれたキジトラの猫を交互に見やる。
「ミルちゃん……びっくりした……」
それから嫌いなものはないかと訊かれて、特にないと伝えたら、作るのが比較的楽だと言うペペロンチーノスパゲッティを振舞ってくれた。これだったら別に訊いて来なくても良かったんじゃないかと思う。
「ご馳走になる以上、文句は言わないけど……」
「ハルさんが言ってた通り、本当に思ったことがすぐ口に出ちゃうんだね。蓮ちゃんは」
黙ってペペロンチーノを口に運ぶ。味はまあ悪くない。
「思い出すなぁ。蘭にもこうやって、ペペロンチーノ作って上げたことあったっけ……あれはたしか、つぐさんが倒れたって訊いた日だったっけ」
感慨深げにスプーンを使ってフォークに綺麗にまとめたスパゲッティを眺めながら語り出した。
「なにも訊いてないのに急に語り出したよ、この人……」
「うんうん。懐かしいなぁ……」
「そういえばその蘭さんって、前に柚月さんが対バンしたいとかなんとか言ってた人だったよね」
「……うん、そうだよ。よく覚えてるね」
「あれから、その蘭さんとは、対バンは出来たの?」
「出来たよ。去年ね。フィッシュボーンの修行の成果も出せたんだよ。Afterglowとの対バン、楽しかったなぁ……」
「Afterglowって言うんだ。その、蘭さん? のバンド」
「本当に知らなかったの? 大ガールズバンド時代なのに」
「うん。私はあんまりガールズバンドとか興味なかったから」
「同じだね。私も、あの対バン以来ガールズバンドとか、すっかり興味なくなっちゃって……」
柚月はどこか物寂しそうにそう言っていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回のサブタイトル、そのまま前作のタイトルとなっていまして、前作と別サイトの方で連載をしている小説の主人公である柚月が出てきました。
次回以降も読んでくださると幸いです!