南方海域――パラオ鎮守府。
かつて激戦区だったその海域も、今では主戦場から遠く離れた辺境と呼ばれていた。
大本営が注力するのは、北方戦線と欧州方面。最新装備も精鋭艦娘も、そちらへ優先的に回される。結果として、パラオ鎮守府には旧式装備と、半ば厄介払いのように送られた艦娘たちだけが残された。
所属艦娘はたった四人。
第六駆逐隊――暁、響、雷、電。
「レディーとしては、この扱いは不服だわ!」
四人が囲む執務室内の炬燵で暁が机を叩く。
「でも司令官もいないんじゃ、文句を言う相手もいないわよねぇ」
雷が苦笑した。
現司令官は三週間前、本土への報告任務へ向かったきり帰還していない。大本営からは「しばらく待機せよ」の一文だけ。
補給船も来なければ連絡すら禄にやってこない、まるで世界から忘れ去られたような鎮守府だった。
「……妙だね」
窓際で外を見ていた響がそう呟く。
「何がなのです?」
「深海棲艦だよ。最近、活動が減ってる」
その言葉に全員が静かになった。
確かにそうだった。
この海域では、以前なら毎日のように小規模とはいえ戦闘が発生していた。時々レーダーに反応はあるもののここ数日は不気味なほど静かだ。
嵐の前触れ。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
▲▽▲
その日の夜、突如警報が鳴り響いた。
『入港識別信号なし 飛行物体接近』
「飛行機!?」
暁たちは慌てて外へ飛び出した。
暗い海の向こう。
炎を引きながら、何かが空から落下してくる。
「敵襲なのです!?」
「いや違う、あれは――」
響が目を細めた瞬間。
轟音。
浜辺に巨大な水柱が上がった。
四人は急いで現場へ駆けつける。
砂浜には、奇妙な赤と青の服を着た人間が倒れていた。
「……人?」
雷が目を丸くする。
男は呻き声を上げながら起き上がった。
「うわ痛ったぁ……」
そして周囲を見回し、呆然とする。
「えっと……ここどこ?」
白い目の大きなマスク。
蜘蛛の巣模様。
どう見ても普通ではない。
暁が警戒しながら前に出た。
「あなた何者!? 深海棲艦の仲間!?」
「違う違う違う! 僕は善良な近所のヒーロー!」
男は慌てて両手を振る。
「スパイダーマンって呼んでね!」
波が静かに打ち寄せる。
そして沖合。
暗い海の向こうで、赤い光が一瞬だけ灯った。
まるで“何か”が彼を追ってきたかのように。
▲▽▲
オッケー。じゃあもう一度だけ説明するね。
僕は“ピーター・パーカー”
2年前に放射性を帯びた蜘蛛に噛まれてから今日までずっと...世界で唯一のスパイダーマンさ。
「___つまり……ここはニューヨークじゃない?」
「ニューヨークってどこの泊地なのです?」
「いや泊地じゃなくてアメリカの……あーもう説明が難しい!」
ジャパンの少女たちを前に、スパイダーマンこと僕は頭を抱えていた。
数時間前まで、僕は間違いなくニューヨーク上空で戦っていたはずだ。
相手は謎の装置を携帯したた武装集団だった。
しかし戦闘中、その装置が暴走。
気づけば空間に穴が開き、そのまま気がついたときには砂浜に上がっていたたというわけだ。
(艦娘と彼女たちは言っていたが..それでもこんな少女たちが戦っているのか!?)
「異世界転移、か」
眼の前の水色の紙の少女___響と名乗っていた__が淡々と言う。
「わりと受け入れ早くない?」
「艦娘をやってると多少のことじゃ驚かないよ」
「そういうもんなの!?」
和気藹々とした雰囲気。
だが僕は気づいていた。
この世界は危険だ。
沖合から感じる嫌な気配。
戦争の空気。
そして――。
僕の“スパイダーセンス”が、絶えず警鐘を鳴らしている。
「ねえ、君たち。最近変なことなかった?」
「変なこと?」
雷が首を傾げる。
「例えば……知らず識らずのうちに冷蔵庫からプリンが減ってるとかさ」
冗談混じりのつもりだったが、四人の顔色が深刻なものに変わった。
彼女らが言うには、実は数日前から、夜になると海上に奇妙な黒い影が現れていたそうだ。
追跡すると消える。
だが翌日には、倉庫の配置や通信記録が何者かに調べられた痕跡がある。
「それ絶対ヤバいやつじゃん!」
「やっぱりそう思う!?」
その瞬間だった。
鎮守府全域に警報が響く。
『電探に感あり 深海棲艦接近 数、十五』
「いきなり!?」
暁たちは一斉に出撃準備へ向かう。
僕も立ち上がった。
「僕も行く」
「無茶なのです!」
「無茶は慣れてる!」
海へ飛び出す艦娘たち。
その後ろを、僕はウェブでの跳躍と波乗りの要領でその後を追った。
月明かりの海。
そこに現れた深海棲艦は、奇妙だった。
目が赤い。
いや、赤すぎる。
これはいつも通りだが、まるで機械のように統率されている。
「なんだこれ……」
僕のスパイダーセンスが最大級に反応する。
そして敵艦隊の後方。
黒い霧の中に、“人影”が立っていた。
人間。
しかし目だけが深紅に光っている。
そいつはゆっくり笑った。
「――実験体、到達確認」
次の瞬間。
眼前の深海棲艦達が一斉に暴走を始めた。
戦闘は地獄の様相を呈していた。
暴走した深海棲艦は痛みを無視し、沈んでもなお襲いかかってくる。
「こんなの普通じゃないのです!」
雷の砲撃が敵を吹き飛ばす。
が、敵は止まらない。
スパイダーマンはウェブで敵艦の砲身を縛り上げながら叫んだ。
「きっと後ろの赤いヤツが大本だ!」
その言葉に即座に反応した響が狙撃する。
しかし弾は半透明の青い膜に弾かれる。
「防御障壁……!まるでワカンダのだ..!」
人影は笑った。
「深海と人類、その融合こそ次の進化だ」
「悪役ってなんでこうやって語りたがるんだろうねっ!」
敵艦にウェブを取り付けパチンコ玉の如くピーターが赤いヤツに飛び込み拳を叩き込もうとした瞬間、相手の身体が黒い泥へと変化した。
「うわっ!?」
逆に首根っこを掴まれてしまう。
「君の力も興味深い。異世界由来の変異体(ミュータント)か」
「今がチャンスだ!」
泥の男が油断したその一瞬をつき、四人がなけなしの魚雷を放った。
その即座に爆発、水柱が形を現す。
その衝撃でピーターは海麺へ叩きつけられ、そのまま浮かび上がった。
「大丈夫なのです!?」
「なんっとか!」
敵は霧の中へ消えた。
残されたのは、糸を切られた操り人形のようにただ沈黙する深海棲艦だけだった。
▽▲▽
その夜。
五人は地下倉庫を調べていた。
そこには旧司令官が隠していた資料があるからだ。
偶に六駆の四人でかくれんぼに用いたことがあるらしく、すんなり入ることができた。
『深海適応実験』
『E計画』
『パラオ地下施設』
「……最悪だね」
響が呟く。
パラオ鎮守府の地下には、かつて大本営が秘密研究施設を建造していた。
深海棲艦を“兵器利用”するための研究。
しかし制御不能となり封印された。
...そんな内容が記されていた。
「でもなんで今さら?」
雷が問う。
その時。
地下全体が揺れた。
海の底から、巨大な鼓動音が響く。
ドクン。
ドクン。
まるで“何か”が目覚めようとしている。
地下最深部。
そこにあったのは、巨大な繭だった。
黒い泥と鋼鉄が融合した異形。
無数の赤い目が開閉している。
「これは……深海棲艦?」
電が震える。
「違う」
ピーターは顔を上げた。
「これは、生物だ...」
赤目の男が現れる。
「正式名称、海神計画」
彼は元・大本営研究員だった。
「深海棲艦を制御し、世界戦争を終わらせるはずだったのだ...!」
「こんなの戦争を終わらせる兵器じゃない!」
暁が叫ぶ。
「黙れ小娘!」
男の顔が歪む。
「人類は滅びかけている! ならば進化するしかない!」
繭が脈動する。
海全体が揺れた。
外では巨大津波が発生していた。
このままでは島ごと沈没しかねない。
「時間がない!」
ピーターが叫ぶ。
「あの核のようなものを壊せれば!」
「でも近づけないのです!」
先程から眉の周りには小型の深海棲艦の航空機が周囲を威圧しているのだ。
その時、響が静かに言った。
「私たちが道を開く!」
「無茶だ!」ピーターは叫ぶが、
「無茶は承知さ!」
無言で第六駆逐隊の四人は頷き、前へ出る。
砲火
砲火
そしてまた砲火
四人は限界を超え、銃身が溶け落ちるほど撃ち続けた。
対空砲火に動きを制限された航空機の間を縫うようにピーターはウェブで天井へ跳び、核へ狙いをつける。
だがどこからともなく顕れた赤目の男が立ちはだかる。
「異物め!」
黒泥の槍が飛ぶ。
ピーターは避けきれず右肩を貫かれた。
「ピーター!」
雷の悲鳴。
だがピーターは笑った。
「こういうのには慣れてる!」
彼は最後のウェブを射出し、中枢へ巻き付ける。そしてその勢いのまま空中へ投げた。
「みんな、今だ!」
第六駆逐隊の総攻撃。
轟音。
白光。
そして――世界が静止したかのような静寂が広がった。
朝日が海を照らしていた。
津波は消えた。
深海棲艦の反応もない。繭は霧散し、赤目の男は消え去っていた。
戦いは終わったのだ。
浜辺で、ピーターは静かに目を覚ます。
「……生きてる」
「しぶといのです」
電が涙目で笑う。
暁は腕を組みながらそっぽを向いた。
「べ、別に心配してないけど!」
「完全に心配してたよね」
「うるさい!」
皆が笑う。
その時、空間が揺らいだ。
青い裂け目。
元の世界へのゲートだった。
「これで帰れるんだね...」
響が静かに言う。
ピーターは少し黙った。
この四人との共闘は短い時間だった。
だが彼にとって、この鎮守府は確かに“居場所”になっていた。
「...また会えるかな」
「必ず会えるわ!」
暁が胸を張る。
「一人前のレディーになった私が迎えてあげる!」
「それはとっても楽しみだ」
ピーターはマスクを被る。
「君たちは大丈夫。世界が忘れても、君たちが戦ったことは消えないし..何より僕が覚えてる!」
そして彼はゲートへ飛び込んだ。
光が消え、やってくるのは静寂。
しばらくして、雷がぽつりと呟いた。
「……なんか嵐みたいな人だったね」
「でも」
響が空を見る。
「悪くなかった」
遠い空の向こう。
どこか別の世界で、一人のヒーローが再び糸を放つ。
一方その頃。
大本営地下。
封印指定資料の一枚に、新たな文字が追加されていた。
『異世界接触事例――コードネーム:SPIDER-MAN』
その資料を読む“誰か”の影が、静かに笑っていた。