実力主義とか面倒じゃん 作:めんこい
評価にならない小テストの存在意義isナニ?
そりゃあ色々あるんだろうけど、こちとら抜き打ちとかテストとか持病の癪が悪くなる健全な学生なもんで、朝っぱからからこんな不意打ちやられると普通に気分悪いのである。
「持病があるのに健全ってどんな人間だ?」
そんな細かいツッコミを入れるのは、私の狭い交友関係では、後ろの席の綾小路しかいなかった。
堀北は呆れてこういう時無言だからね。
隣のみーちゃんはいつも通りだなーみたいな感じで笑ってるし。
「声に出てたか。でもウザいでしょ。評価にならんって言葉をどこまで信用したものかわかんなかったし。結局真面目に解いちゃったわ」
「逆に真面目にやらなかったらどうしてたんだ?」
「白紙で出してた」
「……そうか」
評価に入らないんだったら、零点取ろうが百点取ろうが、全部同じだろ。
もちろん教師からの印象は悪くなるけど、数値化できない評価を一々気にしてられるかという話だ。
「てか数学ヤバくなかった? 最後の三問なにあれ。みーちゃんあれ解けた?」
「ううん。書いてある意味もわからなかった……」
学力の高いみーちゃんがそこまで言うのだから。やっぱりあれは捨て問か。
それか数学の得意な堀北ならワンチャンあるかと思ったけど、どうも数学の参考書と睨めっこしてるし。
なんなら携帯使ってまで調べているので、解けなかったのが相当悔しかったらしい。
「……いや、そもそもあの問題は……」
「ん? 今の綾小路? お前なんか言った?」
「……なんでもない。確かに難しかったなあの問題。オレは全く、全然、これっっっっっぽっちも理解できなかった」
謎に強調する綾小路だった。
うーむ。案外、綾小路なら澄ました顔して解けてるイメージがあったんだけど。こっちの勝手な幻想の押しつけに過ぎなかったか。
「もう一ヶ月経っちゃうんだもんね。早いねえ」
みーちゃんがしみじみと言った。
そう、四月もあと一週間で終わる。
五月になればこの学校のシステムが開示されて、クラス間での争いが本格的にスタートする。
先輩曰く、Dクラスは問題児を集めた不良品クラス。
言葉だけじゃなく、私もこれは実感している。
個人単位では能力的に秀でていても、クラス単位での平均値が絶対的に低い。
現状のまま正面から他クラスと争えばまず負ける。間違いない。
じゃあどうするか。
ちょっと面倒だが、悪巧みをしてみよう。
「綾小路って今日暇?」
「特に用はないが。それがどうかしたか?」
「私の部屋来れない? ちょっと話そうよ」
「構わないが。何を話すんだ?」
「お楽しみ」
◇
ぴったり六時に、綾小路は私の部屋のインターホンを鳴らした。
「料理、作れたんだな」
部屋に入った綾小路は、部屋の真ん中にある食卓に並んだ皿の数々を見て、そう零した。
「これでも年頃の女の子ですから」
「これは……食べていいのか?」
「うん。なんなら綾小路の為に作ったまである」
「オレの為? そんな料理を振る舞われるようなことやった覚えがないんだが。オレなんかやっちゃったか?」
一昔前のなろう系みたいなことリアルに言ってる。
凄え。なんか逆に新鮮。
「私の心を……救ってくれた」
「そんなシリアスなことしたか?」
「世界を滅亡の危機から救った!」
「そんな大層なこと成し遂げたか?」
「茶柱先生から300万巻き上げた」
「そんなこと……してたな。一気にスケールダウンしたが」
「バカ言っちゃいけないよ君。心も世界も300万には勝てないよ。それでまあ、私も半分もらったし。全然釣り合ってないけど、一応そのお礼ってコトで」
「礼なんて必要ないんだけどな。あれは元々綿貫の情報だ。でもこの料理は美味しそうだし。素直に受け取っておく」
「そうしなよ。……それじゃ、手と手を合わせてくださーい」
「いただきます」
料理なんて入学以来やってなかったけど、モグモグ食べる綾小路を見るに味の心配はなさそうだ。
「美味しい?」
「美味い。全体的に優しい味付けだな」
「お袋の味ってヤツですよ。でもこれじゃちょっと薄いね。もうちょい濃くてもよかったかな」
「そうか? オレは丁度いいと思ったけどな」
「マジ? だったら次呼ぶ時もこのくらいにしとくわ」
「……また作ってくれるのか?」
「くれるのかって……機会はいくらでもあるでしょうよ。このまま関係が続いていけば」
「関係、か。そういえば今日の帰りも、オレと綿貫が付き合ってるんじゃないかって、山内に勘繰られたな」
「ぶふぇっ!?」
普通に味噌汁噴いた。待ってマジ最悪なんだけど。
綾小路ヤバすぎるってか怖すぎる。こいつ本気でデリカシーないんか?
「またか汚いな。顔にかかったぞ」
「……あのさ。そういう話題を本人の耳に入れるかね。心の内に留めておかない? 普通」
「普通はそうだが。綿貫はそういう風評を気にするタイプに見えなかった。そうでもないのか?」
「……まあ。気にしませんよ。気にしませんとも。でも私が気にしなくても綾小路の方が気にするでしょ? 私みたいなのと付き合ってるって思われてもさ。普通に迷惑じゃん?」
「何故だ? 綿貫は綺麗だし。世の男の大半は喜びこそすれ、嫌がることはないと思うぞ」
「…………味噌汁噴きかけていい?」
「いやなんでだ。汚れるだろ」
「っ、ぶふっ!?」
「だからなんでだ。顔にかかったぞ」
「ケホっ、コホっ。……いやごめん。ネタだったんだけどマジで気管に入っちゃって……」
卓に味噌汁しか残っていなくて幸いだった。
惨事となった机を私が掃除して、皿洗いを綾小路に任せて、後片付けも一段落ついた頃。
「そろそろ本題に入ってもいいでしょうか」
「本題なんてあったのか? 雑談が本筋じゃなかったのか」
「驚きだよね。私も忘れかけてたわ」
変にもったいぶるのも面倒なので簡潔に伝える。
「四月も残り一週間。まだルールの把握が万全じゃないこのボーナス期間の最後に他クラスの足引っ張れないかなって。とりあえずターゲットはCクラス。ついでAクラスにもできればちょっかいかけたい。それで綾小路先生、具体的な攻撃案プリーズ」
「色々言いたいことはあるがとりあえず……綾小路先生はやめてくれ」
かなり切実な感じで言われた。
このあだ名でイジメられた過去でもあるのだろうか。
「それで、何か理由とかあるのか?」
「? 理由は言った通りだけど」
「綿貫が動く理由だ。平田や櫛田のようにクラスに尽くすタイプでもないだろう」
「何言っちゃってんのさ。私は二人と同じかそれ以上にクラスのみんなを大事にしてる。努力友情勝利を信じる、情に厚く涙脆い、人情味溢れる若者だよ」
「あははー。全く、面白いことを言うなー綿貫はー」
「無表情プラス棒読み笑いやめてね。怖いから……」
私が秘かに考えている『綾小路、実は未来から来た人型ロボット説』にどんどん信憑性が増していくから。
ちなみに『堀北、女子高生の皮を剥いたらただの非常識なDQN女説』もある。いつか論文を書きたい。
笑い方が怖いと言われた綾小路は気持ちしゅんとしつつも(本人的にはマジで笑ってるつもりだったってこと? 余計怖えよ)、私に先を促した。
「正直に言えば面倒だよ。なんで私がこんなことしなくちゃいけないんだって、今も思い続けてる。本気で、どうしてこんな面倒なことをやろうとしてるんだって。イヤイヤ言いながらもやるって、私はマゾかよって」
「主義と行動の矛盾は承知の上か」
「まあね。でも動かずに後悔すんのも面倒だし。それにここで動かなかった方が、より面倒な盤面になりそうだしね。使い方合ってるかわからんけど、あれよ。後の三巡を買うってやつ。見たことあるかな、アカギ。下手するとあれが私の初恋なんだよね」
「今度買って読んでみる。だがそれより詳しく教えて欲しい。綿貫、お前はどこまで見えている?」
私を試すかのような、綾小路の言葉だった。
同い年の同級生が向けているとは思えぬ視線の重さ。
私は特に気負うことなく素直に答えた。
「別に何も。読んでるって神様じゃないんだから。ただの人である私がそれなりの頭動かして予想したのは、このまま五月になってクラスポイントとやらが開示されれば、クラスのモチベが死ぬってことかな」
「それは間違いないだろうな。平田と櫛田の呼びかけで何とか減らしたが、序盤の遅刻欠席、私語が消えた訳じゃない。他クラスと比べてもかなりのマイナスを背負うことになるだろう」
「そうそう。でもポイントを増やす手段もわからないから。取り敢えず実力の近い連中を狙ってポイントの差を詰めときたいのよ」
僅差の惜敗は無理にしても、大差での完敗は阻止できるように。
たとえ負けたとしても、追うべき背中がハッキリと捉えられていれば、人は希望を持てる。
「それでCクラスか。Dクラスが最下層の不良品と呼ばれているなら、Aクラスから順に実力の高い生徒が割り振られていると予想がつく。だがこの時期にトップであるAクラスまで狙う理由はあるのか?」
「そっちはBクラスと潰し合うことを期待してかな。クラス対抗試験の詳しい内容も聞ければよかったんだけど、とりあえずC対D、A対Bの形になれば、何となく綺麗かなって」
「成程。でもそれメリットあるか? むしろAクラスが傑出すればする程、BとCとDで同盟を組んでAを叩くような展開も考えられると思うんだが」
「ん。……そっか、確かにそうだね」
ちょい悔しいけど、綾小路の言う通りだ。Cクラスに加えてAクラスも叩いておきたいという発想は、面倒を纏めて潰しておきたいという私の悪癖から来ていた。
二兎追うものは一兎も得ずってか。確かにこれでは本末転倒だ。
「今の段階でAクラスを刺激する必要はない。不意打ちで叩くにしてもより効果的な場面がこの先ある筈だ。その時までDクラスのマークは外してもらった方がいい」
「はーい。じゃあやっぱり狙いはCクラスに絞ろうか。…………というか、綾小路ってやっぱりめちゃくちゃ頭回るよね」
「そんなことはない。オレはどこにでもいる普通の男子高校生Aだ」
「……」
お前みたいに表情筋の死んだ男子高校生がどこにでもいて堪るかと、ジトーっと睨む私の視線を涼しい顔、というか無表情で受け流す綾小路。
まぁ、如何なる理由で綾小路が実力を隠していても、それは本人の自由意志。他人がどうこう言う筋合いはない。
他人がどうこう言うのも、その人の自由意志なんだけどね。結局、人間はどこまでも身勝手なもんで。ま、私は自由意志で言わないことを選択するけど、本気でやれよとかどの口案件だし。
「そんで、どんな作戦を打ち出せばいいでしょうかね。綾小路将軍?」
「将軍もやめてくれ。普通に綾小路でいい。そうだな。まずCクラスについての情報が欲しい。Cクラスには問題を起こしそうな生徒。具体的に言えば須藤のようなタイプが望ましい。そのような生徒はいるか?」
「櫛田に聞いたけど割といるっぽいよ。男子の大半がなんか不良? ヤンキー? みたいな喧嘩っ早い感じなんだって。でも、女子は結構普通だって」
「そうか。その情報だけでもある程度の輪郭は描けてきたが、それを完全な絵にするにはもう一声欲しい。特に素行の悪い生徒はいないか? 須藤のような」
「須藤を強調すんなよ……確か龍園って生徒が、最近は大人しくしてるけど入学直後は暴れ回ってたらしいよ。それもCクラスの中だけらしいけど……てか櫛田はどんな方法で他クラスの内情をここまで知ったんだよ」
「……暴れ回っていたのに今は大人しい、か」
「なんか引っかかった?」
「いや。実際に見てみないとわからない。明日偵察してから判断しよう」
「偵察って具体的に何するの?」
「Cクラスの生徒を観察する。それだけだ。綿貫はいつも通り、オレの隣でぽわぽわしているだけでいい」
ぽわぽわするってどんな動詞だよ。というか普段の私ってぽわぽわしてるんだ。なんか思ったよりも可愛い印象で実はちょい嬉しかったり。
この前も南雲先輩にマークされたばっかだし、もしかして私って可愛い?
「そう言えば今更になっちゃうけどさ。つき合わせちゃってごめんね。私、こういう時に頼れんの綾小路くらいしかいなくて」
「何故謝る? 友達を頼るのは当然だろう。オレも綿貫には助けられてるしな」
「そうなの?」
「綿貫の距離感は丁度いいんだ。あと、これは面と向かって言うべきか迷うが……オレは綿貫のファンなんだ」
「ふえ? ふぁ、ファン?」
思わぬ単語に間の抜けた声が漏れる。
この時の私はあまりに驚きすぎて、鏡があったら自分で笑えるくらいの顔を晒してただろう。
「綿貫はオレが出来なかった、なれなかった姿を実践してる。だから憧れているし、同時に学びたいと思っている」
「お、おおう。そ、そっか……あ、ありがとう……?」
「ああ。これからもよろしく頼む」
「うん。それはもちろん」
実際、綾小路に助けられてるのは私の方だ。
入学式初日にあんなDQNな声の掛け方して、そこからポイントで買収してパシリ扱いして、それでも私を友達と呼んでくれる綾小路は、もしかしなくても聖人だった。