ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜   作:村人A

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何番煎じかも分からない祟殺しアフター、圭一と詩音の物語です。川崎悠様の二次創作「虚崩し編」に脳を焼かれおり、祟殺しアフターでももう少しこの世界の二人を見ていたいという願望からつい書き殴ってしまいました。
続きもちまちま書いていきたい……


第一章
岡崎圭一


「えー、岡崎圭一です……よろしくお願いします」

 

 声に出すたびに、慣れない苗字に違和感がふつふつと募る。……誰だよ、岡崎って。

 

「……ダメです、もう一回」

 

 目の前では、園崎詩音が腕を組んだまま、椅子に深く腰かけてこちらを見ている。灰色のブレザーがやけに様になっていて、それが余計に裁判官みたいな雰囲気を出していた。いや、裁判官ならもう少し中立的だろう。あいつの目には最初から「不合格」と書いてある。

 

「岡崎圭一です。よろしくお願いします」

「……それだけ?」

「他に必要ねぇだろ」

「もっとこう、あるでしょう。趣味とか異性のタイプとか、彼女募集中です、とか」

「特には」

 

 大げさなため息をつかれた。部屋の隅では葛西さんがスーツ姿で微動だにせず壁際に立っている。サングラス越しの目がこちらに向いていて、なんとなく同情されている気がした。朝からずっとあの姿勢で、疲れないんだろうかとぼんやり思った。

 

「趣味って言われてもなぁ……もう全部消えちまったし」

「いやいや重すぎますよ、圭ちゃん。アンタって確か口八丁が取り柄じゃなかったですか。それを今こそ生かさずどーすんですか」

「……」

「感情もこもってないし、このままじゃ近寄りがたいにも程がある。アレですか?斜に構えてる俺カッケーって感じですか?だとしたら寒いですよ、思いっきり滑ってます。寒い、痛い、気持ち悪い!」

「おい言い過ぎだろ」

 

 「事実ですから」と彼女は悪びれもなく言った。

 本当に詩音は相変わらずだ。柔らかい声で、でも刃物みたいに真っ直ぐ刺してくる。彼女に振り回されるのにもそこそこ慣れたと思っていたが、まだ慣れていなかったらしい。

 ……痛む心があるだけ、まだマシなのかもしれないけど。

 

「口先の魔術師だーなんて気取ってたはずの人間が、挨拶ひとつまともにできないってことですよ。この先やっていけます?クラスで最速ぼっちなんて惨めすぎて笑えませんよ?」

「……お前、俺をこれ以上傷つけてどーするつもりだ」

 

「ええ、ええ」詩音は涼しい顔で俺の抗議を払いのける。窓の外から差し込む朝の光が、灰色のブレザーの肩を淡く照らしていた。

 

「意外と女々しい圭ちゃんの心なんて知ったこっちゃありませんね。こちとら面子の方が大事ですから」

 

 さいですか。

 

「私の付き人が転校初日に挨拶もろくにできませんでした、なんてことになったら、こっちの沽券に関わるんですよ。分かりますか?」

「付き人って……俺がいつ付き人になったんだよ」

「病院で私に協力するって約束したじゃないですか」

 

 確かに言ったが……それはあくまで協力者ということであって。付き人ってそりゃもう完全に彼女の下につくって事じゃないか?

 

「ま、細かいことは気にしない。はい、もう一回」

 

 こちらの不服そうな表情を気にもせず、詩音はぱんぱんと手を叩いて先を促してくる。反論しても無駄なんだろうな——確かに、最近随分諦めが早くなってきた気がする。学ランの襟が少し窮屈だった。久しぶりに袖を通した制服というのは、体が慣れていなくていけない。

 もう一度、深呼吸をした。

 

「岡崎圭一です。よろし——」

「ダメ。まず笑ってください」

「……」

「笑顔笑顔!口角上げてください。そのままだとぼっち待ったなしですよぅ」

 

 そのとき、部屋の隅から控えめな咳払いが聞こえた。

 

「詩音さん……もうその辺にしてあげた方が、よろしいかと」

 

 葛西さんだ。サングラス越しの目が、わずかに細くなっていた。俺にとっては願ってもない援軍だ、大変ありがたい。

 

「なんです葛西。まさか圭ちゃんの味方する気ですか?」

 

「味方というわけではありませんが」と葛西さんは表情を変えずに言った。

 

「あまりプレッシャーをかけるのは逆効果かと存じます。初日から萎縮させては、かえって不自然な振る舞いになりかねません」

「むっ」

 

 詩音はしばらく葛西さんを見ていた。それからふん、と鼻を鳴らした。

 

「……仕方ありませんね。まだまだ言い足りないですけど、今日のところは勘弁したげます」

 

 肺の底から出てくるような長い息を吐いた。それからちらりと葛西さんを見ると、目が合って小さく頷いてくれた。

 

「……葛西さん。これまでホント、大変だったんすね」

「心中、痛み入ります」

 

 静かな声だったが、その四文字に込められたものを、なんとなく理解した気がした。長年詩音に仕えてきた男の、凝縮された何かが、その一言に詰まっていた。

 

「ちょっとー」

 

 詩音から不満そうな声が上がる。

 

「どういう意気投合の仕方してるんですか、二人して」

「さて、どうでしょう」

「ったく、油断も隙もあったもんじゃないですねぇ」

 

 唇を尖らせつつ、くるりと背を向ける詩音。ようやく解放された俺はそっとため息をつきつつ、鞄を手に取るのだった。

 

 マンションの廊下に出ると、「そういえば」と詩音が立こちらに向き直った。

 

「名前の方はどうですか。もう慣れましたか、岡崎」

「……慣れるわけねえだろ」

 

「まあそうですよね」と詩音は特に気にした様子もない。

 

「でも慣れてください。よろしくお願いします」

「まぁそれは良いけどさ……どうせなら全部変えた方がよかったんじゃないか。名前も」

「あー、それはですね」

 

詩音が少し考えるように首を傾けて。

 

「圭ちゃんって呼びやすいので、そこは変えなくてOKにしたんですよ」

 

 ……なんだそりゃ。

 

「お前の都合じゃねえか」

「そうですよ?主に私のためですけど、なんか問題ありますか」

 

 そういう契約でしょう?

 

 彼女の目を見て、言っても無駄だと諦めた。まぁでも、確かに名前まで変えられては本当に自分自身を見失ってしまいそうだ。せめても「圭一」を残してくれたことは感謝するべきなのかもしれない。

 

「岡崎っていうのはですね、うちの遠い親戚筋の苗字なんですよ。興宮じゃ園崎の名前は腐っても通りますから、苗字を聞けば親戚かなって自然に思ってもらえるでしょうし、色々と都合が良いんです」

「ふぅん」

 

 俺は真面目に聞く振りをしながら欄干から下に目をやった。興宮の街が、朝の光の中に広がっている。忙しなく行き交う人々の顔には、まだ緊張で強張った色が見え隠れしている。

 

 雛見沢大災害──

 

 まだその混乱を残したこの街を、何事もなく歩く自分の姿がどうしてもイメージ出来なかった。

 

 

 マンションを出ると、五月の朝の空気が肌を撫でた。まだ少し肌寒い。

 

 目に映る興宮の景色は、やはり以前とは変わっていた。いや、街そのものが変わったわけじゃない。行き交う人々の顔に、どこかまだ重たいものが残っているというか——雛見沢大災害の影が、この街にもじわりと滲んでいた。近隣の街というだけで、知り合いを亡くした人間も少なくないだろう。

 

 そんな街を、俺は歩いている。そんな資格があるのかと、否応がにも込み上げてくる。一人一人に土下座しても仕切れない罪人が、のうのうとこの町を闊歩してしまっている。この事実に果たして耐え切れるのか。

 

 だって俺が村を──皆を──

 

 

「そんな下ばっかり見て歩かないでください」

 

 思考を遮るように、隣を歩く詩音からの声が飛ぶ。

 

「壁にぶつかったりしたら危ないですよ」

「もうぶつかってるだろ、人生という壁には」

「誰が上手い事言えと……皮肉屋になっちゃったのに、やっぱり口は相変わらずですね」

 

 信号が青になった。二人で渡る。向こうから自転車に乗った男が風を切って通り過ぎていった。知らない顔だ。当たり前だが。

 

「……なあ、一個聞いていいか」

「なんですか」

「俺、学校ではどう振る舞えばいい。詩音とはどういう関係ってことにするんだ」

 

「いつも通りで大丈夫ですよ」詩音はあっさりそう言った。

 

「学校には親戚って説明してあるんで、特に意識しなくていいです」

「親戚、か」

 

 そのための“苗字”なのだろう。俺は少し考えた。

 

「……そういえば、お前って学校でどういう立場なんだ。クラスでどういうやつだとか、全然知らなかったな」

 

 詩音は少し間を置いてから、こともなげに言った。

 

「一応、クラス委員長やってますよ。これでも成績はそこそこ良いので」

「へぇ、委員長か」

 

 ……アイツと同じ、か。立場や役割は違うんだろうけど。

 

「皆には圭ちゃんのこと、もう説明してありますから安心してください。」

「説明って、どんな風に?」

 

「えー、そうですね」詩音が少し考えるような素振りをした。

 

「ひとまず都会から転校してきた園崎の親戚って事にしてます。あとは……なんか色々言った気がしますけど、まぁ大丈夫です」

「その色々が一番大事なんじゃないのか?」

「もう、良いじゃないですか。細かい事ばっかり気にしてるとモテませんよ?」

「細かいのかコレ」

 

 T字路を曲がると、向こうに校舎が見えてきた。鉄筋の建物。広い校門。朝の光の中、生徒たちが吸い込まれるように入っていく。その波に混じって、俺と詩音も校門をくぐった。

 

 校舎の中は、外よりも騒がしかった。廊下を行き交う生徒たち。笑い声。誰かが誰かの名前を呼ぶ声。上履きが床を鳴らす音。

 当然ながら知らない顔が、どこを向いても並んでいる。

 

 雛見沢分校とは違う。全部違う。あそこは比較にならないほど小さかったけど、賑やかで。廊下を歩けばすぐ誰かと目が合って——でも、それも全部消えて──

 

「圭ちゃん」

 

 詩音の声で、我に返った。

 

「ここを真っ直ぐ行ったところに職員室があるんで、手続きはそこで済ませてください。私は先に教室に行ってますから」

「……ああ、分かった」

 

 俺は頷いて、それから少し躊躇うように口を開こうときたが、遮るように詩音が手を叩いて。

 

「あ、そういえば」

「?」

「私と圭ちゃん、幼馴染っていう設定も入れときましたんで、一つよろしくです⭐︎」

 

 ウインクをひとつ。

 

「はい?」

「その方が学園生活も楽しくなると思って。私なりの配慮ですよぅ」

「……」

 

 もう聞く気にもなれなかった。詩音は背を向けて軽やかに廊下を歩いていく。ライムグリーンの髪が、人の波の中に消えていった。

 俺はしばらく、その背中を呆然と見送っていた。

 

 ……本当に、何なのだろうこの状況は。

 

 窓の外に目を向けると、恐ろしいくらい澄み切った青空が広がっている。無機質な天井よりは、幾分かマシか。俺は、つい一ヶ月前のことを思い返していた。

 

 

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