ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜 作:村人A
「双子って、園崎家では禁忌なんですよ」
おもむろに、詩音は語り始めた。
「双子が生まれたら──片方を間引く。つまり、生まれて間もないときに殺すんです」
「……は?」
「それが園崎家の“ルール”でした」
なんだ?なんの話をしている?
これは魅音と詩音の話……なのか?
「なんでそんな決まりがあるのか、今となってはよく分かっちゃいません。大昔の話ですから、跡目争いが起きないようにとかそんな“下らない”理由なんじゃないかって思いますが」
「……」
「でも、私達は生まれてしまった。双子として。魅音と詩音として」
けど、その話が本当なんだとしたら……
「お前らは生きてたじゃねぇか。魅音も詩音も、俺たちと一緒に──」
「えぇ、だから“詩音”は間引かれなかった。理由は分かりませんが、とにかく、妹は生かされたんです」
詩音は表情も口調も恐ろしく淡々としている。それが余計に、その狂ったルールの現実味をもたらしてくる。
「“詩音”は忌み子として扱われました。戸籍の上では存在していても、園崎家の中では『いない』ものとして扱われる。家に席はない。当主に挨拶もできない。園崎の人間として名乗ることも許されない」
「……」
「“魅音”は園崎の人間として皆から愛され、“詩音”は皆から無視される。園崎家のルールによって」
じゃあ、コイツはずっと……?
もしかして、この前聞いた園崎の命ってのは。
「お前が……学校に軟禁されてたってのは」
「はい。園崎家が……私という忌み子の存在を隠すために幽閉していたってわけですね。園崎の命っていうのはそういうこと」
なんだよそれ……なんだってんだよそいつは。
じゃあ何か?コイツはずっと、存在しちゃいけないもんだと言われ続けて……それで、好きな人とさえ、悟史とのことさえ認めてもらえなくて。そんな酷い仕打ちを受け続けてたって。
魅音はそんな事教えてもくれなかった……一度だって。
「圭ちゃん。私のためにそんなに怒ってくれるのは嬉しいですけど……もう少し冷静に聞いてください」
奥歯を噛み締めていたことに気がついて、ふっと力を緩める。
……そうだ。魅音だって、そんな訳の分からないしきたりに翻弄されてた側だ。彼女を責めるのはお門違いだ。悟史や沙都子の村八分の事と同じで、村の暗部を俺の耳に入らないようにしてくれてたんだから……当然か。
「ふふ、すっごい怖い顔してましたよ。さすが殺人鬼」
「笑えねーよ」
少し彼女の表情が和らいだ気がした。それだけが救いかもしれない。
「確かに……“詩音”は忌み子として迫害されてきた。でもね、圭ちゃん。私がずっと迫害されてた訳じゃ、ないんですよ」
詩音が何かを決意したように、俺の方を真っ直ぐ見つめてくる。
「私は……私はね、圭ちゃん。“魅音”なんです」
「……え?」
「“詩音”になる前、私は”魅音”でした。“魅音”として育てられて、“魅音”として生きてきた。そしてあの子は”詩音”として生まれて、生きてきた」
待ってくれ。何、を……?
「混乱するのも無理ありませんよね。ただでさえ、瓜二つだってのに、魅音だ詩音だ言われても。でもね、本当なんです」
詩音はおかしそうに、しかし寂しそうに目を細めた。
そうして彼女の口から語られた事実に、俺は理解を追いつかせるので精一杯だった。
今俺の目の前にいる「詩音」は、本当は「魅音」だったと。つまり俺が村にいた頃に知っていた「魅音」。彼女は——本当は「詩音」だった?
頭の中がぐるぐるする。でも——今の詩音が嘘や冗談を言う理由もない。それだけは分かる。
「……どういう経緯で、そんなことになったんだ」
訳が分からないながらにも、頭だけは冷静に事実を整理し始める。
詩音が少し間を置いた。それから、静かに語り始めた。
「幼い頃の話です。本来チヤホヤされるのは跡継ぎの魅音——つまり私の方でした。お菓子も、おもちゃも、周りの大人の愛情も、全部私に集まる。あの子はそれが不満で、よくわがままを言って私を困らせてたんですよ」
「……」
「でも私はあの子のことが好きだったから、もらったものは全部半分こにしてたんですけど——それでも、周りからの愛情は平等にはならなくて」
子供心に、それはどれほどきつかっただろう。チヤホヤされる姉と、無視される妹。どんなに半分こにしても、埋まらないものがある。何も悪いことをしていないのに、ただ、少しだけ外の世界に出てきたのが遅かったというだけで。
「だから、定期的に入れ替わるようになったんです。たまに魅音が詩音になって、詩音が魅音になる──そうすれば少しは溜飲も下がる、って。子供らしい解決策でしょ」
「……まあ、な」
「ある日もいつも通り入れ替わったんです。確か、『今夜の宴会にでる鯛の刺身が食べたいから、入れ替わってほしい』とか、そんな理由でした。でもその日がたまたま——鬼の刺青を入れる日だった」
部屋が、静かになった。
「鬼の刺青は園崎家頭首の証としての儀式だったんです。そんな事を二人とも知らなくて……それであの子が、魅音として刺青を入れられた。私が、詩音として──忌み子になってしまった。それだけのことです」
それだけのこと。でもその「それだけ」の重さが、じわりと胸に広がった。悪意なんてどこにもなかった。誰も傷つけようとしていなかった。ただ、ズルい、私もチヤホヤされたい——そういう子供らしいわがままが、二人の一生を変えた。
「両親にもお魎にも、信じてもらえなかったんですよ。今更入れ替わってると言っても。だから、そのまま——あの子が魅音に、私が詩音になった」
「……」
「あの子はね、昔からずっとお姉ちゃん子だったんですよ」
思い出を懐かしむように。
「どこへ行くにも私と一緒で、いつもべったりで。あの子のこと、大切でもあり、重荷でもあり——でもやっぱり大切で」
「……」
「入れ替わった後も、ずっと私の傍にいようとしてくれてたんです。負い目があったんでしょうね。自分のせいで姉を忌み子にしてしまったって。そのせいで、余計に離れられなかったんだと思います」
なんて、残酷なんだろう。どうして二人に、そんな残酷なことを強いるのだろう。
「……最初は、憎んでたんですよ」
詩音が静かに言った。
「あの子のせいで忌み子になった。あの子のせいで『魅音』を奪われた。そう思って──辛く当たってしまったこともありました」
詩音にしてみれば、自分の全てを奪われた。奪われるどころか地の底に蹴落とされたような感覚だろう、無理もない。
「分かってたんです。あの子は悪意なんてなかったのに。ただ、お姉ちゃんと同じようにチヤホヤされたかっただけだったのに」
でもそれは、子供だったから仕方ない、という話じゃない。詩音の後悔は、そういう軽さじゃなかった。
「ある時、気がついたんです。私もあの子も、被害者なんだって。諸悪の根源はこんなしきたりを考えた園崎家だって」
詩音がお茶を一口飲んだ。
「それで決めたんです。私は『詩音』として生きる、本当の意味で。あの子のことを責めるのをやめて——そう、あの子に約束しました」
「そうか」
「あの子は泣いてましたよ。ずっとごめんって。私はもういいって言ったんですけど、それでも泣いてて……困りましたね、あの時は本当に」
その笑い方が愛おしいさと寂しさを混ぜたような──切なさで。
「でもそれからすぐに——私はルチーアに送られることになった。魅音は猛反対してくれました。お魎に直談判して、掴みかかるくらいの勢いで」
当主のお魎に、掴みかかった——あの魅音が。村にいた時の魅音を知っている俺には、それがどれだけのことか、なんとなく分かる気がした。
「でも私は……大丈夫だから、って言って。あの子を抱きしめて」
そこで一度、言葉が止まった。ルーチアより後の二人の話は以前聞いた。悟史とのことも。
今日、詩音が悲しそうだったのか。怒りの中にある悲鳴の理由がようやく分かった気がした。彼女と園崎家──それは、家族、なんて言葉で片付けられるほど簡単なもんじゃない。今日のあの悲鳴は、魅音の悲鳴でもあったんだな……
「お前は……“魅音”と“詩音”をどう思って、いるんだ」
詩音が少し間を置いた。お茶のカップを両手で包むようにして、静かに答えた。
「……愛してます。心の底、から」
詩音がそこまで辿り着くのに、どれだけの時間がかかったのか。俺には想像もできない。ただ——こいつは今日、俺にこれを全部話してくれた。それがとても、嬉しかった。
「……今日はこの辺にしましょうか」
詩音が静かに区切った。
「……聞かせてくれてありがとな」
無理に詮索してしまって、とは言わなかった。彼女だって、色々考えた上で話してくれたんだ。その誠意には、謝罪ではなく、ちゃんとお礼で返してやりたかった。
「構いませんよ。どのみち、これからの事を考えたら……圭ちゃんには知っておいてほしかったので」
「そうか」
廊下に出て、詩音の部屋のドアを後ろ手に閉めようとした時。
「……圭ちゃん」
ドアが、途中で止まった。詩音の声だった。
振り返ると、詩音がドアを半開きにしたまま立っている。こちらをまっすぐ見ていないような、でも見ているような——妙な立ち方をしていた。
「……えっと」
珍しく、言葉が出てこないらしい。
「その、今日……あの、勝手なことをしたのは怒ってますけど」
「あぁ」
「で、でも……あそこまで言ってくれたこと。命を賭けるって」
また少し間があった。もじもじと、ドアの端を指先で触っている。
「……嬉しかったです。ありがとう、ございました」
絞り出すような一言だった。なんとも珍しく照れているのだろうか。
彼女の礼はちゃんと受け取った——でも、ここは素直に返してやるより、からかってやった方がコイツのためになる気がして。
「……明日、雪でも降るんじゃないか」
「はぁ!?」
「いや、お前に素直に礼言われるとは思わなくてよ。なんだか気味悪いな」
「私はどんなキャラなんですか!失礼すぎませんか!?」
「口より先に手が出るキャラかな、と」
「…………前言撤回です」
詩音の目が、すっと細くなった。
「圭ちゃんなんて朝起きたら何者かにスタンガンで両目を焼かれてればいいんです!」
「発想が怖すぎるだろ!大体その犯人はお前しかいねぇ!」
「はっ、せいぜい寝首をかかれないように気をつけることですね」
べーっと舌を出して、ドアがぱたんと閉まった。
……少しは機嫌も直っただろうか。
胸の奥にあった何かが、少しだけ緩んだ気がした。