ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜 作:村人A
独自設定がどんどん増えていきますが、何卒ご容赦いただけますと幸いです……
「はっ、せいぜい寝首をかかれないように気をつけることですね」
なんて捨て台詞だ、我ながら。それでも何か言わずにはいられなくて、舌を出してドアを閉めた。
背中をドアに預ける。ため息が、自然に出た。
顔が……少し熱い気がする。
まぁ、今日は色々ありすぎた。実家でまさか、あんな大立ち回りがあるなんて……だから少し興奮状態にあるだけで。
落ち着いて。冷静に、クールになれ。感情を切り分けて、必要なものだけ取り出そうとするが、今夜は、どうにもうまくいかない。
天井を見上げる。部屋の電気がついたまま、白い天井が目に入る。どうしたというんだ、自分は。
——ふと、一年前のことが頭をよぎる。昭和五十八年の六月。
綿流しの前夜だ。
祭りには参加する予定だった私は、その日も園崎家にいた。
不意に電話が鳴った。魅音は席を外していて——無視しても良かったのだけれど、何か胸騒ぎのようなものを感じて、つい出てしまった。
「夜分遅くにすみません……前原です。魅音、さんはいらっしゃいますか?」
「……圭ちゃん?」
声の主は前原圭一。
私自身は数回しか会ってなかったけれど……魅音からは何度も何度も聞かされてきた名前だ。魅音は今居ないから、と付け加えようとして、言葉を呑み込んだ。
……なんとなく、この電話を直接聞いておかなければいけない気がした。
「お疲れ様、どうかした?」
「あぁ。魅音か。すまん、祭りの前日に……ちょっといいか?」
“魅音”として答えながら、私の頭は静かに回り始める。彼の声──というか、雰囲気がどこか妙だった。落ち着いているはずなのに、どこか地に足が付いてないような……嫌な予感がする。それは彼にとってなのか、私にとってなのか。
「うん、おじさんは大丈夫だよ。どうかしたの?」
「……沙都子のことだ。」
「……沙都子、ね。大変なことになっちゃったね……大丈夫かな」
そして、嫌な予感というのは往々にして当たるものだ。
「……大丈夫なわけ、ないよな。だからさ、せめて祭りくらいは楽しませてやりたいんだ。だから、魅音。明日沙都子を、祭りに連れ出してやってくれねえか」
「──ッ」
その瞬間、頭の中で何かが重なった。
一年前。受話器越しに聞こえてきた、あの声がフラッシュバックする。
『沙都子を祭りに連れてってやってくれないかな、僕は用事があっていけないんだ』
彼の声──悟史くんの声が。
「……なんで?なんで圭ちゃんが連れていってあげないの?」
声が、震えそうになるのを堪えた。魅音のふりをしながら、私の中で何かが溢れ出していた。
「俺は……俺は用事があって、行けないんだ。だから頼む」
また?また私にそれを頼むの?
「……いや」
「え?」
「私、嫌だって……そう、言ったじゃない。私なんかに……押し付けられても、困るって」
気が付いたらそんな言葉が溢れていて。
「押し付けるわけじゃないんだ、明日だけだ」
「嘘だったじゃないっ。綿流しの日だけって言って……結局……嘘」
頬を伝う熱に、泣いているのだと自覚した。一年前の夜が、そのまま今夜に重なって、堰を切ったように溢れるように。
「み、魅音?な、泣いてるのか?ごめん、そんなに変なこと言ったか俺」
「……ううん、こっちこそ。ごめん。おあいこだよね」
「え?」
そうだ。だって私は──
「貴方との約束、守れてないから……だから、あの子のこと押し付けるために……また電話、してきたんですよね、悟史くん」
「サトシ?えっと、魅音?落ち着いてくれ」
慌てた圭一の声に、我に返る。しまった。これは圭ちゃんだ。悟史くんじゃないのに。
「……ご、ごめん!なんでもないの、ちょっとお酒が残ってるのかな、あはは」
「酒ってお前……未成年だろ」
「ともかく、沙都子の件なら大丈夫。実はもう誘ってあるんだ。叔父のやつも、勝手にしろみたいに言ったみたいで、取り敢えずOKは出てるから」
取り繕うようにそう言葉を並べた。そんな事実なんて無いけれど、でも受話器からは安堵のため息が聞こえる。
「そっか……ありがとな、魅音。あと、今まで色々変なこと言って、ホントごめん。じゃあ、俺はこれで」
電話が切れる寸前——気がついたら、声が出ていた。
「──圭ちゃん」
「ん?」
「また、明日。ね」
しばらく間があった。なんで?なんでそんなに考え込むの?まるで、もう明日が来ないみたいに……
「……あぁ、また明日」
電話が切れた。
受話器を置いて、しばらくそのままでいた。
直感は確信に変わる。圭ちゃんは北条鉄平を殺すつもりだ──いや、もしかしたらもう既に……
その後、すぐさま魅音に連絡して事情を説明した。最初は全く信じて無かったけど、悟史くんの時の状況を説明したら、青ざめて固まっていた。
その日のうちに、私は“魅音”の格好で興宮に戻った。翌日、園崎魅音は興宮にいるのだと、人目がつきそうなお店に顔を出してアリバイを使った。
多分、その間に魅音は園崎家の力を使って、遺体の場所を探して、地下祭具殿の井戸にでも遺棄したんだと思う。鉄平は園崎にとっても村の治安を脅かすゴロツキで、居なくなると都合の悪い類の人間などでは決して無かったから。
これは私への罰なんだ。悟史くんとの約束を守らなかった──私への。
でも同時に、「また明日」と言った圭ちゃんに、明日を迎えてほしかった。悟史くんと同じ結末を辿ってほしくなかった。
……だったら、殺人するの自体を止めれば良かったのに、ね。
そんな後悔をする間もなく──雛見沢は消えた。たった一晩のうちに。
あの朝のことは、今でも断片的にしか思い出せない。
何時ごろだったか、多分起きて間もないくらいの時間だ。いつも通りだと思っていた朝は、突如鳴ったインターフォンが奪い去った。
珍しく、葛西が慌てたような顔で。あの葛西が、それだけで、普通じゃないことが起きたと分かった。異常事態なのは間違いない。けれどまさか……
──えー、ご覧ください。ここが雛見沢村の入口です。消防に入った情報によりますと、今日未明、火山性のガスが噴出した毒性のガスが村を覆い尽くし、多数の死傷者がいると見られております。えー、消防と警察によりますと、村民のほぼ全員の安否が分かっていないということでして、最悪の事態も想定されるとして、××県は自衛隊の派遣要請を
──おい!危険だから下がって!!下がれって!!
──あ、はい!すみません、現場からは以上で、ああ、押さないでください!!
よく知っている村の入口には、黄色い規制線が張り巡らされている。そしてその前に、多数の警察官と報道陣が入り乱れている。そんな映像が、画面いっぱいに映し出されていた。アナウンサーの声が、悲鳴のようなリポートが、四角い箱から流れ続けている。でも何を言っているのか、頭に入ってこない。ただ、画面の中の景色だけが目に焼きついた。
その後の記憶は、ほとんどない。
あれよあれよという間に時間が過ぎていった。興宮の園崎家で鬼婆──お魎や魅音たちの葬儀があって。そんな断片的な映像しか残っていない。誰かに何かを言われて、何かをして、気がついたら別の場所に立っていて……そういう感覚の連続だった。
悲しみに暮れる暇すらなく、ただただやることが山積みになっていたからだ。それが良かったのかもしれない。考える時間があったら、何かが壊れていたと思う。
でもそんな時に、信じられない情報が入ってきた。
唯一の生存者、前原圭一が自衛隊に保護されていた。そして今は都内の病院に入院しているのだと。
きっと報道陣は血眼になって彼を探すだろう。今彼にマスコミを接触させてしまっては、取り返しのつかない事になる……その前に、彼を探し出す必要がある。
わざわざ都内の病院と発表するのであれば、恐らく県内ないしは近くにいるのではないか。
そう当てを付けて、園崎の力を使って病院を突き止めたのはその数ヶ月後だった。名前も伏せられていたし、存在自体が秘匿扱いだったから、それなりに手間がかかったが、年単位を覚悟していたので上出来だ。
強引に医師と看護師を説得して、病室へ。その際も園崎の力を使わせてもらったが……そこにいたのは── 自殺未遂を繰り返し、拘束された状態で、目が虚ろな男だった。
正直、ショックだった。あの電話越しで聞いた声の主が、こんなにも変わり果てているとは。
人はここまで変わってしまうのか。あの病室で初めて──起きた事象の重大さが、腹の底に落ちてきた気がした。ああ、本当にとんでも無いことが起きたんだと。本当に今更。
だからって──だから何で、私はあの男を助けようとしたのか。今振り返っても、よく分からない。
悟史くんと重なったから?似たような境遇への同情?亡くなってしまった魅音のことを思って?
……どれも違う気がする。どれも正解じゃない気がする。
ただ一つ確かな事は、このまま放っておいたら、彼は死ぬ。それだけは直感した。だから「どうせ死ぬ気なら、私の目的に協力してくれませんか」なんて言葉が、口から出てきたんだと思う。契約という形で、目的を与えた。
ただ……生きていてほしかったのだと思う。
洗面所へ歩いて、蛇口をひねった。冷たい水を両手に受けて、顔を洗う。
鏡の中の自分を見る。ごちゃごちゃと考えてしまったせいで、まだこの鬱陶しい熱は冷めそうにない。
部屋に戻って、ベッドに体を放り投げた。仰向けのまま、目を閉じる。
浮かび上がるのは実家での出来事。圭ちゃんが、啖呵を切って指を詰めようとした。一体あの男は何を考えているのか。演技などではなかった……葛西が止めていなければ、本当に指を切り落としていた。そんな事をしても何の意味もないのに……何のために、あんな事を。けれど──
『この恩は——どんな事をしても返させてもらうと決めたっ!!俺の命に代えてでもっ!!』
素直に嬉しかった。
あんなふうに真っ直ぐに、私のことを言ってくれた人間が──これまで何人いただろう。あの瞬間、園崎への憎しみも両親への鬱屈も、吹き飛んでしまった気がした。
けど──それ以上は考えない。私にはすべきことがある。
悟史くんが、どうなっているのか。知る必要がある。それが私のすべき事。伝えなければならない事が……あるから。
目を開けて、ぼんやりと天井を見つめながら思う。
もし悟史くんが生きていたなら──雛見沢のことを、園崎のことを知ったら、何と言うだろう。怒るだろうか。泣くだろうか。当然の報いだと嗤うか──いや、そんなわけがない。でも彼にならば、その権利はあると私は思っている。
そんな取り留めのないことを考えながら、気がついたらうつらうつらとしていた。
夢を、見た。
夢の中の私は暗い場所にいた。どこかは分からない。ただ、手の中に何かがある。
スタンガンだった。眼下に、鬼婆──お魎が倒れていた。
問い詰めるつもりだった。悟史くんはどこへやったのか。この人が命じたに決まってる──そう思っていた。だからスタンガンを向けた。ただ、問い詰めるだけのつもりだった。
なのに。動かなくなっていた。
『こいつっ…!!悟史君への謝罪も無しに…!!苦しみもせず、勝手に死にやがって……!!』
夢の中の私はお魎の亡骸に、何度も何度も鞭を振り下ろす。
場面が変わる。
今度は公由のおじいちゃんが、私の前に吊るされている。
小さい頃から可愛がってくれた、優しかったおじいちゃん。でも——悟史くんの三本の爪は誰だったのかと問い詰めたら、おじいちゃんは言ったのだ。葛西、詩音のおじ、そして詩音のケジメ——つまり、悟史くんのケジメじゃなかったと。
悟史くんは、鬼隠しにあって当然の立場だったと。
ふざけるな──ッ、ふざけるな!!悟史くんになんの罪があったというのか!!
また、場面が変わった。
梨花ちゃまが、目の前に立っていた。苦しそうに……そうだ、コイツは私に何かを注射しようとしたんだ。だから、奪って逆に打ち込んでやった。
梨花ちゃまは小さな体で。静かな目で。まるで全てを知っているような目で、こちらを見ていた。
『お先に退場させてもらうわね』
止める間もなかった。包丁で頭を刺して……赤が、広がった。
……なんだ?声が出なかった。ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
今度は、目の前に沙都子がいた。磔にされていた。
後ろからは魅音の悲鳴。沙都子を殺さないでと、悲痛な叫びが聞こえるのに……夢の中の私は、沙都子にナイフを突き刺す。何度も何度も……泣き叫ぶ沙都子に。
『あんたは泣きさえすれば、悟史君が助けに来てくれた!!でも、悟史君は不死身のヒーローでも何でもない!!あんたと同じ人間なんだ!!!」
悟史くんの仇だと思っていた。この子さえいなければ——そう思っていた。でも沙都子は……
『私がにーにーを追い詰めた……私が甘えていたから…
それでも…私はにーにーを待っている!!アンタなんかに負けるものか!!』
強くあろうとしていた。悟史くんに帰ってきてもらうために強くなろうとしていた。血まみれになって、動かなくなっても——沙都子の目が頭から離れない。
『沙都子のこと、頼んだよ』
悟史くんが一番守りたかった人なのに。
夢の中の私が絶叫する。悟史くんとの、たった一つの約束さえ守れなかった私は絶望している。
もう後には引けない。魅音の手を引いている。魅音は深い井戸の底に沈んでもらう。悟史くんが眠っている井戸の底で、悟史くんに謝りながら死んでもらうために。
『いないんだよ、詩音!悟史はここにはいない!私も悟史のことが好きだった!だからばっちゃに問いただしたんだよ!!そしたら、祟りには園崎家は関わってないって、園崎家は手を下してないって!!詩音と悟史の交際を許したんだよ。爪を剥いだから、すべてを忘れて許すって』
もう手遅れだ……何もかもが。魅音を井戸の底に突き落とす。もう何もが手遅れなんだよ……魅音。
そして夢の中の私は止まらない。助けたはずの圭ちゃんを殺しにいく。
血を流しながら、目の前で倒れる圭ちゃん……呆然としながら、赤に染まりながら倒れていく。私の手には包丁がある。なんで刺したの?だって悟史くんの仇だから。復讐を果たしたんだよ?褒めて、頭を撫でてよ……悟史くん。
空に高らかにそう笑い上げても、誰も何も言ってくれない。誰も何も……私には……
足元が真っ暗になる。落ちていく。ただ堕ちていく。誰も助けてくれない。当然だ。私は鬼だ。鬼と人間は共存できないんだ。生まれてきちゃいけなかったんだから……これで……
『諦めるな』
……え?
『お前一人を殺人鬼なんかにははさせない!!いない世界になんてさせない!!』
誰かの手が、私の手を掴んだ。
……誰?どうして?……でも……温かい。
『だから──俺を信じろっ!!』
その声が──あぁ、そっか。私はきっと……
目が覚めた。白くて明るい天井が、視界に入る。
夢。なんて……なんて哀しい夢なのだろう。なんて生々しくて、なんて哀しい時間なのか。
夢なのに、何もかもが取り返しがつかなくて……全てがもう手遅れで。
頬が、濡れていた。涙が出ていたことに、遅れて気がついた。泣いていたのか、私は。
「……最悪」
天井に向かって、呟いた。
起き上がって、洗面所へ歩く。蛇口をひねって、冷たい水で顔を洗う。鏡の中の自分を見ると――ひどい顔だ。
目が赤く充血してて、うっすらとクマもある。こんな顔で人前に出られるか。そう思って、念入りにケアを始めた。いつもより時間をかけた。鏡の中の自分が、少しずつ整っていく。でも目の奥の赤みだけは、なかなか取れなかった。
部屋を出て、廊下を歩く。圭ちゃんの部屋の前に来て……手が止まった。
なんて声をかければいいのか。いつも通り無駄に明るく?それとも不機嫌そうに?いや、そもそも何を悩んでいる?いつも通りにすればいいだけだ。いつも通りに――
考えていると先にドアが開く。
「っと、ちょうど良かったぜ。今呼びに行こうと思ってたんだ」
圭ちゃんが、顔をのぞかせた。ちょっと前まで廃人同然だったのに――今は少しだけ、瞳の色が戻っている。あの病室の時のとうな、暗い坩堝のような瞳から。
「……詩音?」
「……」
「どうかしたのか?」
「いーえ」
少し間を置いて、小さく息をつく。
「朝から締まりのない顔だなーって思って」
「……相変わらずだなお前」
呆れたようにつぶやく圭ちゃんを見ていたら、なんだか昨日から悩んでいたことが全部馬鹿らしく思えてきた。彼の横を通り抜けて部屋に向かいながら
「さっさと食べて学校行きますよ、今日は忙しくなりますから」
「え?なんかあるのか」
「それは後ほど☆」
私も昨日散々悩まされたんだし、午前中いっぱいくらいは圭ちゃんにだって不安に悩んでもらうおう。ほんのちょっとの八つ当たりくらい、許してほしい。