ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜   作:村人A

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第四章
オヤシロ様の祟り


 

「悟史くんのこと——雛見沢ではどんな風に聞いていたか、改めて教えてもらえませんか」

 

 向かいに座った詩音が、静かにそう切り出した。

 

 ここは興宮の図書館。その中でも仕切りのある小閲覧スペースだ。三方を低い板壁に囲まれた、二人か三人が座れる程度の区画。基本的には勉強や調べものをする人用の場所だが、多少内密な話をするにも向いている。壁に耳あり障子に目あり、誰が聞いているかは分からないが……フロアで堂々と話すよりはマシだろう。

 

 

 「話がある」と言われたのはつい十五分前。帰りの正門からほぼ直行でここに連れてこられた。軽さこそあれ、からかうような調子でもなかったので恐らく本格的に動き始めるのだろうことは容易に想像がついた。

 

 

 木の匂いと古い紙の匂い。すっかり暑くなってきたから、館内の冷房も強めに設定されていて、若い俺たちにとっては大変ありがたい。詩音は鞄を膝の上に置いて、まっすぐこちらを見ている。

 

 

 悟史のこと……俺がちゃんと聞いたのは沙都子が、ひどい虐待を受けていることを知った――いや、目の前で思い知らされた時に――

 

「断片的に、だったからな……多分、お前が把握してる以上の情報はねぇと思うけど、沙都子の兄貴で、優しい……優しすぎる奴だったって。当時聞いた時は、魅音からはダム誘致の賛成派で村でいざこざがあったって教えてもらった。レナは、ちょっと様子が変だったな。悟史がいなくなったのはオヤシロさまの祟りだってそう断言してた。悟史からも、相談を受けてたってな」

「悟史君が、レナさんに?」

「あぁ……どういう話だったかは詳しくは知らねぇけど」

 

 振り返ってみれば、レナのあの言葉には少し引っかかる。悟史とレナにしか分からない何かがあったのは確実だ。けど、悟史がオヤシロ様の相談をするのか?アイツもオヤシロ様を信仰していた?沙都子の様子からして、そんなイメージはなかったが……

 

 確かに悟史が叔母を殺したのは間違いないだろう。けど、だからと言って何故失踪する?沙都子を残して。叔父だってまだ生きてるのに、だ。だから失踪はオヤシロ様の祟りだと、レナが思っても別に不思議ではない。これまでの村で起きた“祟り”というサイクルを考えても……けれど、断言するだろうか。

 

 祟りかもしれない。というのが普通の人の感覚だ。超常現象は仮にどれだけ状況証拠を積まれても、半信半疑で考えてしまうだろう。

 しかし、あいつは「祟りだった」と断言した。

 

「レナは祟りだって信じ切ってるようだったぜ」

「……」

「あとは沙都子は……直接俺に口にしてくれたのは、一回くらいだったかな」

 

 沙都子。

 あの子の口から出てきた悟史の名前を、俺はどんな顔で聞いていたんだろう。そこだけ少し、胸が重くなる。押し込めて、続けた。

 

「やっぱり、お前ほど詳しく話してくれた人間は他にいなかった。皆、どこかで話を切るんだ。何かしらの傷があるから」

「……」

 

 いや、待てよ。

 

「……一人、いたな」

「え?」

「村の外から来てた人間で、悟史の話をしてきた奴が」

 

 詩音が少し首を傾けた。続きを待っている。

 

「大石っていう刑事だ。興宮署の」

 

 一拍。

「……ああ」と詩音。声のトーンが、少し変わった。

 

「あの人ですか」

 

 悟史のアリバイを作って追っ払った相手だ、と以前聞いた。詩音にとっては懐かしさより、もっと複雑な名前だろう。

 

「転校して暫くしてから、何度か話しかけてきた。オヤシロさまの祟りを一連で調べてるってな。北条家の話も出た——去年の事件は、失踪した北条悟史が関係してるって言ってたな」

「……」

 

 詩音の視線が、少し遠くなった。

 

「確かにあの人はしつこかった。悟史くんのことを、簡単には諦めないタイプでしたね。私も、悟史くんがいなくなった直後は、進捗を聞きにいったりもしてました」

 

 とはいえ、最近はめっきりでしたけど。と付け加える詩音。

 

「そもそも、大石刑事は行方不明……だったよな。災害の死亡者一覧にも載ってはなかったって」

「えぇ、そうですね……誰かさんが呪い殺したって告白していたような気はしましたが」

「うッ……」

 

 病院での俺はほぼ黒歴史化しつつある。いや、犯してしまったことを黒歴史にするわけじゃない。それはしっかりと向き合わないといけないが……あの態度だけは非常に後悔しているということだ。

 だが、コイツは隙あらば突いてくる……本当にしつこい。

 

「まぁとはいえ、大石の線はアリですね。たとえ本人がいなくとも」

 

 そこで口を閉じて、こちらを見る。

 

「記録が残ってるかもしれないですから」

「……警察の記録ってことか?」

「御名答⭐︎」

 

 パチリとウインクしてみせる詩音。いや、御名答って……

 

「お前、そんなもんどうやって手に入れるつもりだよ」

「うーん、署に襲撃を仕掛けるとか。あるいは大騒ぎを起こしてそのすきに忍び込む、とか?」

「真面目に聞いてんだけど」

「真面目に言ってますよ?」

 

 ……流石ヤクザの次期当主候補。って感心してる場合じゃねぇ。

 

「取り敢えず罪を重ねない方法で考えねぇか?」

「けどですねぇ」

 

 ……でも確かに、長年追ってたなら、俺たちに知らない情報を持ってた可能性は高い。俺たちは所詮民間人、出来る情報収集には限界があるが、公的機関ならば話は違う。

 

「園崎組なら内部に潜り込めたりしないか?」

「というと?」

「ほら、よくドラマとかであるだろ?警察側にスパイとしてヤクザが紛れ込んでる、みたいなさ。んでバレるかバレないかでひやひやする、みたいなさ」

 

 いわゆる警察が行うおとり捜査の真逆だ。警察の動きを逐一ヤクザ側に流す、とはいえ怪しまれないために警察にも適度に情報を流して、二重スパイのように立ち回る、みたいな。

 

「一昔前はうちでもあったみたいですけどねぇ。まー、人事交流みたいな。サツとヤ―さんって立場は違えど、意外と似通ってる所もあったりしますから」

「……マジであったのかよ」

 

 ドラマの世界だけだと思ってたぜ。ってか交流っていうのかそれ。死の一線ってやつじゃねーのか。

 

「因みに、昔ウチに潜り込んでるのがバレたって話は母から聞いたことがありますね」

「……その人はどうなったんだ?」

「さぁ?興味があるなら母に聞いてみます?」

「いや、いい」

 

 ……これ以上は聞かない方がよさそうだ。

 

「ま、その件も追々考えましょう。ただ、私としては気になるのはレナさんの話です」

「レナの?」

「えぇ。悟史くんが相談したって話です。レナさんの過去って、圭ちゃんは知ってますか?なんで、村に来たのかとか」

 

 レナの過去……いや、あまり聞いたことはない。確か、雛見沢に来たのは俺よりも1年くらい前で、その前は茨城に住んでた、とか。なんで転校してきたのかとかは聞いていなかったな。話の流れで話題になりそうになったことがあったけど、本人が珍しく硬い表情を見せたので、あえて触れてこなかったんだった。

 

 俺が首を振ると、詩音は少しだけ間を置いて。

 

「……ご本人が亡くなっている状況で、私が勝手に話すのは少し良心が痛みますが……」

「あぁ」

 

 詩音が話してくれた内容は衝撃的なものだった。

 

 レナは昔雛見沢に住んでいた。そこまでは俺も知っている。しかし、母親の仕事の都合で茨城県に引っ越した後、母親の不倫によって両親は離婚。離婚調停でも父親側が敗訴して、レナは母に手紙まで書いたのに、意に介されずに捨てられてしまったという。おまけに、母親がレナの親権を引き取るために、不倫相手を偽って何度もレナを交えて交流させていたのだと……表面だけ聞くにも、胸糞の悪い話だった。そんな奴、母親の資格もねぇ畜生じゃねぇか。

 

「レナさんは離婚は自分のせいだって、ずいぶん思い詰めていたみたいです。どんどん自暴自棄なっていったみたいで」

「……」

 

 ある日、学校の同級生の男子数名を金属バットで殴り飛ばし、学校中の窓ガラスをすべて叩き割るという凶行に及んだのだという。しかも病院に搬送されたときは、喉を激しく搔きむしり、喉を引き裂く寸前で。意識不明の状態がしばらく続いていた、と。

 

 

「それで、レナさんたちは雛見沢に戻ってきたんです」

「……アイツ、そんなこと」

 

 一言も俺たちにそんなこと。そんな辛いことがあったなんて。なのに、いつもあんな笑顔を俺たちに向けてくれていたのかよ。

 

「言えないことは、誰にだってありますから」

「……そう、だよな」

 

 俺だって、似たようなものだ。

 

「けど、なんだって詩音がそんなことを知ってるんだ?」

「ま、これも園崎の力ってやつです。調停の記録とか病院の記録、あとは当時の学校の記録とか。昔集めてもらったんです、葛西を使って」

 

 壁に園崎の耳あり、障子に園崎の目あり、か。

 

「ですが、なぜわざわざ雛見沢なんか不便な村に戻ってきたのか」

「それは……娘のことを考えて、環境を変えてあげたかった、とか」

 

 何となく想像は付く。というよりも、俺が同じ状況だったからだ。すべてを忘れて、誰も知らない遠い場所で一からやり直したい。やり直すことが許されないような罪を犯したとしても、そんな気持ちになることまでは咎められないだろう。

 

「もちろん、それもあると思います。でも、村に戻りたいと言い出したのはレナさん本人だった」

「え?」

 

 故郷、だからか?そんなに良い思い出だったのだろうか。

 

「昔レナさんに直接聞いたことがあります。ほら、私ってば相手の空気より自分の好奇心優先しちゃうところあるじゃないですか」

「そうだな」

「……そこは『そんなことないよ』って言って欲しいんですけど」

 

 抗議するように睨みつけてくる詩音。なら正直に言ってやるか。

 

「お前は、表向きはわざとそうやって自分を悪役にして、自分本位みたいに言うけどさ。その実ちゃんと相手を見てる」

「……」

「だから、その時のなにかの事情があって、レナの為だと思ってお前は聞いたんだろ」

「……分かった風な事言わないでもらえます?圭ちゃんのくせに」

 

 じーっとした目で憎まれ口をたたいてくる。お前が言えっていうから言ったんじゃねえか。

 

「ま、まぁともかく……レナさんに聞いたとき、『私が村を出らからオヤシロ様が怒った』って言ってたんです。それもほぼ断言に近い形で」

「……オヤシロ様の」

 

 祟り。

 つまり、レナは両親の離婚も、学校での凶行も、全部オヤシロ様の祟りだって思ってたってことか?

 

「けどそれは……」

「えぇ、祟りなわけがない。偶然重なって、何か理由を付けないと自分を保てなくなってしまった」

 

 何か縋る先を見つけないといけない。それがオヤシロ様だったってわけか。レナにとって、雛見沢――オヤシロ様というのは彼女の存在意義に結びつくくらい大切で、不可侵な領域だったのかもしれない。

 

 ということは、悟史がレナに相談したっていうのも……

 

「悟史も、オヤシロ様を熱心に信仰していた、とか」

「……分かりません。少なくとも、私が見てきた中で、そんな話も気配も一度もなかったです」

「そうか」

 

 ただ、追いつめられて、幻覚や幻聴まで聞こえだして……それをオヤシロ様という存在ってやつに理由を当てはめちまうことはあるかもしれない。

 殺人なんてしたらなおのこと、錯乱状態になったら何が“普通”なのかなんて理解できなくなる。水の中でおぼれた時に、どっちが水面か分からず混乱する――そんな感覚に似ている。

 

 ……俺もそうだったから。死体が無くなってて、皆と一緒に祭りを遊んでいたなんて仲間に言われて、もう何が何だか分からなくなっていた。

 もし俺が雛見沢出身だったら、幼いころから「オヤシロ様」ってやつを見聞きしていたなら、信じちまうかもしれない。オヤシロ様の存在を――祟りってやつを。

 

 

 真相を知った今ならそんなことはないと断言できる。

 詩音と魅音が遺体を隠してくれた。祭りのことも、たぶん魅音が俺のアリバイを、うそのアリバイを作ってくれたんだろう。あの日、皆と“前原圭一”が一緒にいたのだと、口裏を合わせてくれたんだ。仲間を――俺を守るために。

 

 ……なのに、俺は勝手に暴走して、勝手に自滅して、皆の死を願ってしまった。

 許されることではない。償えることではない。この報いはいずれ受けるだろう。だが今は――

 

「……悟史の失踪はオヤシロ様の祟りなんかじゃない。そもそも、祟りなんてのは存在しない」

「えぇ」

 

 オヤシロ様の祟り。

 それは飽くまで村が作り出した虚構にすぎないはずだ。今だから分かる。なぜなら、祟りを利用して事件を起こした存在が、ここにいるからだ。

 

「俺は、北条鉄平を殺した。綿流しの日を選んだのは、“祟り”を利用しようとしたからだ。祟りにみせかけてアイツを消して、皆と一緒にまた楽しい日々を過ごす為に」

「……圭ちゃん」

 

 詩音から鉄平の遺体の真相を聞いたときから、考えていたことがある。

 

「俺は祟りを利用して意図的に──祟りに見せかけようとした。少なくとも、鉄平の事件は祟りなんかじゃなく人為的な工作だ」

「えぇ……私は当時、全ての事件の黒幕が園崎だと思っていました。圭ちゃんのように祟りを利用したんだ、と。そして園崎家が村の敵を消していった……だから悟史くんを消したのは、連中だと」

 

 詩音は真剣な瞳でこちらを見つめてくる。彼女の立場で考えればそれも当然だろう。むしろよく、思いとどまったくらいだ。コイツの性格を考えたら一族を滅ぼすなんてことも厭わなそうなもんだけど。

 

「大石刑事も同じような事を言ってたよ……黒幕の存在ってやつをさ」

「そうですね……でも」

 

 詩音はじっと見つめていた瞳を逸らすと、

 

「大災害があって、まあ色々と家の事情を知ることになったんです、私。まあ次期当主候補にまでなっちゃったんで。それで分かったんです、実は園崎って何もしてなかったって」

「何もしてなかった?」

「……園崎家は単に求心力を保つために、村をひとつにまとめるために、オヤシロ様という崇拝対象を利用したです。事件をオヤシロ様の祟りと結びつけつるようにだけ動いて、あとはそのまま放置。勝手に村が祟りだと恐れて、象徴的な強さを求める。災いは自分たちの仕業のようにみせかける、いわゆるブラフみたいな下らない家訓が、そうさせていたんです」

「……なるほど、な」

 

 聞けば聞くほど、迷惑極まりない話だ。

 それってつまり、他人の名声を借りて威張り散らす卑怯者ってことだろ。虎の威を借る狐、自分を大きく見せるために虚勢を張っている小物に過ぎない。その実態は単なるハリボテ──ゆえに体裁を気にして、ケジメだなんだと大袈裟に騒ぐのだからタチの悪いことこの上ない。

 あの日、詩音が園崎に食ってかかった理由がまた少し分かった気がする。

 

 

「俺も、園崎は関係ないってそう思ってた。けど、これでハッキリしたな」

「どうしてです?」

「まず、冷静に考えて……いや、これは俺が祟りを利用しようとしから感じたのかもしれないが、被害者に一貫性がなさすぎる。捕まった側の動機もバラバラだ」

 

 これは詩音と一緒に図書館で事件の概要を調べていた時からうっすらと思っていた事だ。

 

「現場監督に悟史くんのご両親、悟史くんの叔母……たしかに、亡くなった人はダム工事に関わる村の敵、として言えないこともないですが。段々曖昧になってますね」

「失踪側はより一貫性がない。大体にして、祟りの始まりでもある現場監督の事件。殺したっていう作業員は、ダム工事のボスを殺した英雄になるじゃねぇか」

 

 現場監督殺し、なんて時間が起きれば否応がでも工事はストップする。

 

「一年目、始まりの事件は多分報道の通りなんじゃないかと思う。たまたま祭りの日に……いや祭りの日だからこそ起きたんじゃねぇか」

「祭りの日だからこそ?」

「これは完全に推論だけど、祭りってのは村が一体のなる日だろ?『ダム工事なんかに負けるか。一致団結するだ』って、そんな機運が最高に高まる日のはずだ。団結は高まれば高まるほど、敵意だって強まる」

「……」

「もちろん、村の人だって馬鹿じゃない。殺しには走ったりはしないだろう、むしろ村人が手を下したなんて悪評が広まっちまったら、そんな野蛮な村、さっさと潰せなんて論調になりかねないからな。けど、団結した分、嫌がらせとかはいつも以上に増したんじゃねぇかな……多分、現場は相当なストレスだったろう。そんなんで酒に酔って仲間内の口論から事件が起きたとか、そんな真相かもしれない」

 

 前置きした通り、これは完全に憶測だ。しかし、詩音はどこか納得したように数回頷いてみせる。

 

「そう考えると……祭りの機運が高まるのは、ダム工事の関係者には高いストレスがかかりそうではありますね」

「かもな。三年目の……沙都子の両親もダム工事による立ち退きには前向きだったんだろ?橋の欄干から落ちたのは、事故かもしれないけど、もしかしたらストレス過多による心中って可能性もある」

 

 いや、心中するならあんな場所までいくだろうか。事故に見せかけたかったのか?そもそも、ダム工事の立ち退きには北条夫妻だけが前向きだったという訳でもないはずだ。賛成派、というくらいだから味方だっているだろう。心中するほど敵しかいなかったのか?やはり単なる事故だったのか。

 

「四年目……悟史の件は、これはもう動機がハッキリしてる。祭りの日を選んだのは……俺と同じで祟りに見せかけようとしたのか。いや、祭りの日なら、沙都子を遠ざけてやれるからかもな。」

「……」

 

 悟史はきっと、俺みたいに卑劣なことは考えないだろう。

 

「一貫性がないので最も顕著なのは……二年目の梨花ちゃんのご両親だ。病死と入水自殺。それが祭りの日に起きちまったのなら、偶然だったとしてと何か説明できない因果を感じちまうのも無理はない」

「そうですね……この件は一番異質に見えます」

「この件が、バラバラだった事件や事故をある意味本当の意味で祟りっていう枠組みに繋ぎ止めたのかもな」

 

 祟りかも?が祟りに違いないとなるターニングポイントになってしまった。

 

「極めつけは五年目だ。俺が鉄平を殺したのに、同じ日に富竹さんと鷹野さんが死んでしまった。三人も死んだんだ、祟りのルールに反する」

「……」

「園崎家、いや一連の祟りが同じ黒幕、同一犯だったら説明がつかない違和感だらけになる」

 

 要するに、オヤシロ様の祟りの正体は。

 

「……本当に突発的な事件事故を利用しようとして色んな思惑が作り上げた幻想、って事ですか」

「飽くまでも、可能性って話だけどな」

「何ともまぁ皮肉ですけど、園崎家の村の構造と似てますね」

 

 でも何だろう……何かが引っかかる。何かが、何かがおかしい気がする……けど、それが何なのかまでは分からない。

 

「悪い、大分脱線した」

「いえ、圭ちゃんの推理は中々興味深かったですよ」

「……真相は闇の中だけどな。村ごと消えちまったから」

 

 オヤシロ様の祟りだけに、神のみぞ知るという事だ。

 

「話は戻るけど、オヤシロ様の祟りってのに黒幕がいないんだとしたら、悟史が居なくなった理由も事件に巻き込まれたって訳じゃないかもしれない」

「つまり……本人の意思で?」 

 

 詩音は怪訝そうに眉を顰める。

 

「でも、失踪直前に悟史くんは沙都子へプレゼントを買ってます。それを渡さないまま居なくなるなんて、考えられない」

「そうだな……だから、失踪するつもりはなくて。ただ、人前に出るまでに時間がかかるような場所にいる、とか」

「え?」

 

 沙都子のことを放置して、何も言わずに居なくなるなんて確かに考えにくい。

 

「レナにオヤシロ様のことを相談してたって話だったよな。要するにそこまで思い詰めてたって事だ。まぁ殺しをする寸前ってんだから当たり前だが……」

「……」

「普通の精神状態じゃない。綿流しの翌日にお前と会ったと言ってたが……もう本当に限界だったのかもしれない。それこそレナみたいにな」

 

 だから、例えばの話だ。

 

「レナは錯乱したあと、学校の友達を傷つけちまったって話だったよな。例えば悟史ももう精神状態が限界にきちまって……精神が落ち着くまで誰とも会わないように一時的に隔離された、とか」

「……でも、例えば病院とかなら親戚には連絡がいくはずです。いくらなんでも、無償で連絡もしないような場所なんて」

「まぁ、そうだよな。悪い、これは飽くまで俺の憶測だ」

 

 何の根拠もない、そして希望的な──生きているはずだという願いを前提にした憶測とも呼べない意見だ。今もどこかで悟史は静かに自分と戦っていて、でもいつか必ず詩音の前に……

 

「いえ、ごめんなさい。せっかくそんなふうに考えてくれたのに、でもでもばっかり言っちゃって」

「こっちこそ、さっきから楽観的な憶測ばかりで何の信憑性もねぇよな」 

「……圭ちゃんは、悟史くんが生きてるって。そう思ってくれてるんですね」

「当たり前だろ。じゃなきゃ俺が引っ張り出された意味がないからな」

 

 くすりと笑って。ここまで張り詰めてきたような詩音の表情が、やっと和らいだような気がした。

 

 

 とはいえ結局、図書館で学生二人があれこれ話し合ったところで何か大きな解決策が浮かぶ訳もなく。俺たちは閉館時間に伴って図書館を出ることになった。

 

 もう肌寒さはない初夏を空気が一気に押し寄せてくる。夕方だがまだ明るい空に目を向けつつ、並んで歩き始める。しばらく。二人とも、黙っていた。詩音は悟史のことを考えているんだろう。一方で、俺はオヤシロ様の祟りの話を振り返っていた。

 

 

 黒幕などいない、祟りや祭りを利用しようとした不特定多数の思惑の集合体。……本当にそうなんだろうか。やはり何かが引っかかる。二年目のあまりの異質さと、そして五年目の富竹さんと鷹野さん。ここだけなにか、一貫性が無さ過ぎて、逆に繋がりを感じてしまうような……

 

 まぁ、もう考えても仕方がねぇか。村もなければ、村民もいない。例え黒幕が実はいたんだとしても、未曾有の災害に呑まれて死んじまっただろうし……証拠も残ってないだろうしな。

 

「……」

 

 ……証拠が残って、ない?なぜ?だって村は全滅したから。「全滅したから、残ってない」ではなくて……もし逆だったのだとしたら?

 

 冷や汗が背中を伝う。一瞬あり得ない考えが頭に浮かびそうになって、慌てて消し去る。違う、これは違う。

 俺が罪の意識から無意識に逃れようとしてるだけだ。あり得ない。

 

「君たち、ちょっといいかな」

 

 突然投げかけられた男の声に、我に返る。

 振り返ると、少し離れたところに男が立っている。黒髪に精悍な顔付きながら、落ち着いた目をしている。

 

「興宮警察署に行きたいんだけど、場所って知ってるかい?」

「あぁ、署でしたらこの先を真っ直ぐ行って──」

 

 詩音が丁寧に説明する。

 しかし、男の瞳は彼女ではなく、俺の方に向けられて──目があった。真っ直ぐな瞳だ。

 

「ありがとう、助かったよ」

「いえいえ」

 

 男は礼を言って、俺たちの横を通り過ぎようとして、ピタリと立ち止まった。そしてそっと、俺たちにだけ聞こえそうな声で囁いた。

 

「……前原圭一くん、だね」

 

 ドキリとする。そのフルネームを呼ばれるのは、えらく久しぶりに感じた。何だと思う前に、詩音がすぐに男と俺の間に割って入る。先程までの丁寧な笑顔は消え失せていて、冷たい瞳で男を見つめていた。

 

「……どちら様ですか?」

 

 そんな彼女の横で、俺はといえば能天気に考える。

 女の子に守ってもらうこの構図ってカッコ悪過ぎやしねぇか。

 

「いや、ごめん。君たちに害を与えるつもりはないんだ。ただ、どうしても話がしたくてね」

 

 男は柔らかい表情のまま、懐から黒い手帳を俺たちにしか見えないようにそっと取り出す。見覚えのある手帳だ……これは。

 

「警視庁公安部の赤坂といいます」

 

 男は静かにそう名乗った。

 

 

 

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