ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜 作:村人A
カラン。ドアを開けると鈴の音が鳴り響き、「Close」と書かれた看板が揺れて、ドアにコツコツと当たる。
カウンターの奥にいた男性が顔を上げると、先に店内に入った詩音が軽く会釈する。
「あ、マスター。ごめんなさい。急に」
「いえいえ」
店内は他の客の姿もない。
「いいのか、詩音」
「はい、ここは園崎系列の店ですので。あ、ちゃんと営業補償は出しますのでご安心を」
人払いは完了している、と。俺はそっと隣の男性――赤坂さんに目を向けると、軽く頷いてくれる。
「ありがとう。園崎さん」
「いえ、興宮では壁に園崎の耳あり障子に園崎の目あり、ということを知ってもらうためですから☆」
「ははは……肝に銘じていくよ」
どこでも園崎の息がかかっているんだぞ。
そう笑顔でけん制する詩音だが、赤坂さんは柳のようにやはり笑顔で受け流す。さすが公安の人だな。
「何飲まれます?お酒でもなんでもOKですよぅ」
「ありがたい申し出だけど、勤務中だからね。アイスコーヒーをお願いしようかな」
「圭ちゃんは?」
「あぁ、俺も同じので」
詩音が手を挙げると、マスターがそくさくと駆け寄ってくる。注文を取ってすぐさま裏へ。因みに詩音はストロベリーなんちゃらパフェ?という長い名前のものを注文していた。
「注文が来たら、マスターにも暫く留守にしてもらいますから」
「助かるよ、ありがとう」
なんでこんな状況になっているのか。俺はつい先ほどのことを思い返していた。
「私は警視庁公安の赤坂です」
図書館を出た後、不意に声をかけてきた彼は手帳を見せながらそう名乗った。間に入っていた詩音が怪訝な表情で手帳と赤坂さんの顔を交互に見る。
「……警視庁?」
警察手帳を見た時、一瞬鉄平の殺人についてかと思ったが……それなら興宮署の人間ではないだろうか。
「突然すまない。ただ前原くん、君にどうしても話を聞きたくてね」
「……こっちには話すことなんて」
明確な拒否を突きつけようとした詩音を、そっと手で制して俺は前に出る。
「分かりました。何をお話しすれば良いですか?」
「ちょっと圭ちゃん!?」
詩音は驚いたように声を上げる。
「心配ねぇよ、別にとって食われるって訳じゃないっぽいし」
「いや、だからって」
彼女の瞳は語っている。相手は警察だ、何かを間違えれば後戻りできなくなるぞ、と。
けど、俺はゆっくりと首を振って見せる。どのみち、後戻りはもうできない。俺を捕まえにきたのならそれでもいい。正面から向き合うしかないのだ。
「赤坂さん、場所を変えさせてください」
「あぁ、勿論」
赤坂さんが頷くとほぼ同時に,詩音がため息をついた。
「……分かりました。じゃあ、ちょっと場所を作りますから。だだし、私も同席します」
「構わないよ、園崎詩音さん」
「……」
こちらの身元は筒抜けらしい。
そんなこんなで、詩音に連れられて園崎系列の飲食店に足を運んだ訳なのだが。
マスターがアイスコーヒーを二つとパフェを置いて、軽く頭を下げてから奥に引っ込んだ。静かになる。店内に残ったのは俺たちと赤坂さんの三人だけ。赤坂さんは改めて、こちらに向き直った。
「改めて自己紹介させてほしい。僕は、警視庁公安部の赤坂衛といいます」
懐から警察手帳を出して、テーブルに置く。写真と名前を確認して、俺はそれを赤坂さんに返した。
「……前原圭一くん、で間違いないね」
「はい」
詩音が横でわずかに体を固くしたのが分かった。しかし赤坂さんは続ける。
「今は岡崎という姓で興宮地区で生活していて、興宮高校に通っている」
「……随分と、詳しいんですね」
「園崎家──園崎さんとの関係は正直に言うとつい最近把握したよ。前原くんが園崎家のご令嬢と一緒にいるとは、少し意外だったかな」
詩音は目を細めるものの、大きく表情も変えない。俺も同じだ。否定する理由もないし、ただこの男が何を目的にしているかの方が気になった。
「……それで?一体全体、興宮くんだりまで東京の警察官の方が何の用なんです?まさかどこぞのパパラッチの真似事、ってことはないでしょうけど」
詩音のド直球に赤坂さんは静かに笑う。
「もちろん、説明させてもらうけど……その前に、一つ安心してもらいたい」
姿勢を少し前に傾けて、声を落とした。
「今話した君たちの情報は、私しか知らない。今回私は組織としてではなく、個人として動いているからね。前原くんの情報が外に出ることはないよ。これは約束する」
俺は詩音と顔を見合わせた。詩音の表情が、いや多分俺もだろうな。怪訝という言葉をそのまま形にしたような顔になっていることだろう。
警視庁公安部の人間が、個人で動いている。しかも、情報は組織に上げていない。
なんだそりゃ。
しかし、こちらの困惑には構わず、赤坂さんがアイスコーヒーを一口飲んで、グラスをテーブルに置いた。
「本題に入ろうか」
短く、そう言って。
「私は今、ある事件について調べている。それは去年、雛見沢で起きた殺人事件だ」
「――ッ」
詩音が息を呑むのが分かった、が俺は案外冷静だった。というかある意味予想通りなのかもしれない。先ほどは警視庁の人間がわざわざ?とも考えたが、警察が俺に声をかけてくる理由がそれくらいしか思い当たらない。しかし、害を与えるつもりはないと言っていたがあれはブラフだったのだろうか。いや、暴力とかそういった意味の害であって、逮捕は飽くまで正当な行為だから――ま、それもそうか。
実はもう店外にも仲間がいて包囲されていたりするのかもしれない。いや、そんな大げさなことか?
「……」
テーブルの下で、詩音がそっと俺の足を小突いてくる。
ああ、大げさにしそうな奴がここにいたな。いつでも逃げれる準備を、という合図だろう。気が付けば、テーブルに隠れた右手は、スタンガンの柄にかかっていた。
こんな所で警察に大立ち回りを仕掛ける気かコイツは。さすがにそれはマズい。
「その、事件というのは?」
しかし、俺の問いかけに返ってきたのは、全く予想外の答えだった。
「古手梨花の事件についてだ」
「へ?」
空気が変わった。
緊張感が途端になくなったのか、詩音からは間の抜けた声がこぼれる。梨花ちゃん、の?どういう事だ?
「雛見沢大災害で村人はほぼ全員が亡くなった。報道によると、火山性ガスによる突発的な事故だそうだね。しかし――」
赤坂さんが少し間を置く。
「古手梨花、彼女は違う。彼女の遺体は、古手神社の境内で発見されているはずだ。しかも腹部を鋭利なもので切り裂かれた状態で、だ。これは火山性ガスによる死亡とは、どう考えても一致しない」
境内。
その言葉が引き金になった。
暗転する。視界じゃなくて、頭の中が。あの夜の空気、土の匂い、カラスの羽音。そして――
奥歯を噛む。落ち着け、吞まれるな。
「消防や自衛隊からの情報で私が把握している限り、彼女の死は他殺の可能性が極めて高いという事実だ。いや、断定してもいい。ただ、大災害という未曾有の事態の中で、その捜査はされていない」
赤坂さんの声は静かで、淡々としていた。感情を抑えているのか、それとも元々そういう人なのか。
「そして、富竹ジロウ氏と鷹野三四氏も死亡している。状況から見て、この二件も殺人の可能性が極めて高い。梨花ちゃんの死と何らかの繋がりがある可能性がある」
「連続殺人、だと?」
「あぁ」
根拠があるわけじゃないけどね。そう口にしながらも、赤坂さんの瞳には確信めいた色が宿っていた。
「未曽有の大災害があったとはいえ、この件には処理のされかたも含めて不自然な点が多すぎる。まるで、周りすべてがこの件を有耶無耶にしようとしているかのように」
俺はテーブルの木目を見ていた。視線をどこかに固定していないと、さっきの暗転がまた来そうな気がした。息を、ゆっくり吐く。
「少しだけ、昔話に付き合ってほしい」
そう前置きして、赤坂さんは話し始めた。
昭和五十三年、まだ私が公安に配属されて間もない頃の話だ。
その年、建設大臣の孫が何者かに誘拐されるという事件が起きた。捜査本部が立ち上がり、手がかりを追ううちに、ダム建設を進めている大臣に陳情を行っていた××県山中の小さな村が浮上する。雛見沢村。地図で見ても、どこにあるのかよく分からないような場所だった。
捜査対象は、建設大臣にダム建設計画の陳情があった雛見沢地区「鬼ヶ淵死守同盟」。
極秘捜査ということで、単身現地入りすることになった。赤坂は表向き、建設大臣への直訴事件で公安が鬼ヶ淵死守同盟をマークすることになり、捜査に来たという体だった。
捜査は難航した。村人は口が重く、当初は外部の人間を警戒していた。それでも手がかりを求めて、村中を歩き回った。村に馴染むためと申し込んだ「雛見沢ウォッチング」で怪しまれずに雛見沢村内を見歩くことに。
待ち合わせ場所のバス停に向かうと、そこにいたのは古手梨花ちゃんという少女だった。そうして、観光に同行することになった。
観光と言っても、狭い村だ。そうスポットが多いわけでもない。それでも自然豊かな村の雰囲気は都内の雑多な環境に囲まれてきた心を安らがせるには十分だった。観光の最後は、村で一番景色の良い古手神社。
梨花ちゃんの案内で、一番景色が良いという境内の端の方、雛見沢が一望できる高台に案内される。
こんな美しい村がダムに沈むなんて……そう口にした言葉を梨花ちゃんはハッキリと否定した。ダム工事は今年で終わる、決まっている事なのだと。
まかさ?建設大臣の孫を誘拐したのは同盟で、既に交渉が済んでいるということか?そんなことを考えていたら……
「赤坂。東京へ帰れ」
さっきまでと全然違うトーンで、そう言った。
「あなたはさっさと東京へ帰った方がいい。でないと、ひどく後悔することになる」
面食らった。何の話をしているのか、理解が追いつかなかった。しかし梨花ちゃんの目は、ちっとも笑っていなかった。本気だった。見知らぬ大人のことを、本気で心配していた。
そして次の瞬間、梨花ちゃんはその場に崩れ落ちた。意識を失ったのだ。
慌てて抱き起こすと、しばらくして目を開けた。けろりとした顔で、何事もなかったように笑っている。まるでさっきの言葉を覚えていないかのように。
何かがおかしい。そう感じながらも、捜査の続きに戻るしかなかった。
しかし、その夜、なにかとてつもない胸騒ぎがした。頭の中に、浮かんだのだ。映像が。でも、存在しないはずの映像だ。
妻が階段を踏み外す。大きくなったお腹のまま、転げ落ちる。踊り場のタイルに叩きつけられて、動かなくなる。お腹の子供ごと。鮮明だった。夢でも幻でもない。まるで自分の目で見届けたかのように——血の色まで、はっきりと。
梨花ちゃんの言葉の意味は分からないまま、しかし気が付けば電話をかけていた。
「雪絵。頼む。とにかく安静にしてくれ。屋上への散歩は、身重の時は絶対にやめてくれ」
支離滅裂な頼み方だったと思う。妻も困惑していた。それでも、頼んだ。
翌日、妻から折り返しの電話が来た。
屋上から降りてきた清掃員が、階段の剥離したタイルに足を滑らせて転落し、大怪我を負ったと。もし彼女かいつも通り散歩に出ていたら──同じ階段を、同じタイミングで降りていたはずだった。そして転落していた……頭の中によぎったその、存在しないはずの映像が、またフラッシュバックする。
あの子は知っていた?これから起きることを。見知らぬ刑事の妻に何が起きるかを。そんなわけがない、単なる偶然だ……そう思おうとしても、心の奥底では何かが警告していた。
違う。彼女は本当に分かっていたのだと。
捜査はその後、大石さんとの連携で大きく動いた。犯人に辿り着き、乱闘の末に大臣の孫の救出に成功した。犯人の検挙も含め、大きな成果だった。
そして村を去る日、梨花ちゃんに会いに行った。礼を言うために。
梨花ちゃんは神社の境内にいた。いつものように、静かに座って。こちらを見て、にっこりと笑った。よかったのですよ、と言った。
お礼を言おうとしたら、梨花ちゃんはそれを遮るように、また表情を変えた。あの時と同じ、子供らしくない目で。
「……五年後、昭和五十八年に、わたしは死ぬ」
静かな、しかしあまりにもハッキリとした声で。
「殺される」
言葉を失った。何を言えばいいか分からなかった。助けに来る、そう言おうとした。しかし梨花ちゃんは首を振った。寂しそうに、でもどこか諦めたように、笑っていた。
それが、雛見沢での最後の記憶だった。
東京に戻ってから、仕事は忙しかった。誘拐事件の成果で評価も上がり、扱う案件も増えた。翌年、雪絵との間に子供が生まれた。慌ただしい日々の中で、梨花ちゃんの言葉は——頭の片隅に追いやられていった。
昭和五十八年。
雛見沢大災害のニュースが入ってきた時、最初、信じられなかった。あの村が、全滅した。火山性ガスの突発的な流出による事故だと報道は言っていた。
その瞬間、梨花ちゃんの声が蘇った。
昭和五十八年に、わたしは死ぬ。殺される。
五年前に聞いた言葉が、鮮明に戻ってきた。忘れていたのではなく、ずっとそこにあったのだと、その時に気づいた。
大災害の詳細を調べ始めてまもなく、梨花ちゃんの遺体の状況を知った。
腹部を鋭利なもので切り裂かれた状態。火山性ガスによる死亡とは、どう考えても一致しない。
「己の愚かさに失望を通り越して、怒りしか湧かなかったよ……」
赤坂さんはそこで言葉を切った。
テーブルの上の拳が、白くなっていた。静かな怒りだった。爆発しない分、余計に重かった。
「五年前に聞いていた。あの子は教えてくれていた。なのに──」
低い声だった。
「何もしなかった。仕事が忙しかったから……子供が生まれたから……どんな言い訳も弁解も意味をなさない。あの子のSOSに、応えられなかったのだから」
誰かを責めているのではなく、自分自身に向けている言葉だった。
「だから、真相を明らかにする。それだけのために、私はここに来た」
俺は何も言えなかった。詩音も黙っていた。話があまりにも突拍子もなさすぎて、頭の整理が追いつかない。
赤坂さんがふっと、肩の力を抜いた。
「……こんな話、信じてくれと言っても難しいだろうね」
さっきまでの張り詰めた空気が、少しだけ和らいだ。
「今はともかく、梨花ちゃんの事件を解決するために動いている人間だとだけ、認識してもらえればいい」
コップが揺れて、氷が乾いた音をたてる。
「それと——すまない、前原くん」
赤坂さんが、改めてこちらを向いた。
「君に接触したのは、たんに大災害の唯一の生き残りだから、というわけでもないんだ」
詩音が小さく眉を上げた。俺も、首を傾けた。
「君は病院に搬送される時、支離滅裂な言動をしていたそうだ。記憶にはないかもしれないけど——その中に、梨花ちゃんが殺されていたという話があったと聞いた」
瞬間、頭の中で何かが弾けた。
境内。土の匂い。カラスの羽音。腹を引き裂かれて、内臓が──奥歯を噛む。息を止める。落ち着け。
「……赤坂さん」
詩音の声が、静かに割って入った。
「気持ちはわかりますが、これ以上は」
赤坂さんが俺を見た。小刻みに震えているのが、自分でも分かっていた。全く動揺を隠せていない。
「……すまない。負担をかけることになるのは分かってる」
赤坂さんが頭を下げた。でもその目は、引かなかった。
「ただ——僕はその話を聞きたい。いや、聞かなければならないと思っている」
少しの間があった。
赤坂さんが胸ポケットから小さな紙を取り出して、テーブルの上にそっと置いた。番号が書いてある。
「これは僕のポケベルの番号だ。無理強いできることじゃない。けど、どうか協力してほしい」
俺は紙を見たまま、何も言わなかった。
「逆に、僕に出来ることがあれば何なりと言ってほしい。肩書きこそ公安を使っているが、これは個人で動いている。再三になるけど、それは約束する」
詩音がどんな顔をしているか、横を見なくても分かった。警戒と、でも完全には排除しきれない何かが、混ざっているはずだ。
赤坂さんは俺がこれ以上話せる状況ではないと判断したのだろう。グラスを置いて、立ち上がった。
「今日はここで失礼するよ」
財布を出して、会計より明らかに多い金額をカウンターに置いた。それからこちらに軽く頭を下げて、静かに店を出ていった。
ドアが閉まる。鈴の音が、小さく鳴った。
しばらく、誰も喋らなかった。
俺はグラスの水を一口飲んだ。冷たい水が、喉を落ちていく。少しずつ、呼吸が戻ってくる。
店を出ると、夕暮れの空気が広がっていた。西の空が薄くオレンジに染まって、街灯がぽつぽつと灯り始めている。
並んで歩き始めて、しばらく。
「……どう思います」と詩音が言った。
「信用できないとは思わなかった」
「私もです。ただ」
詩音が少し間を置いた。
「話が突拍子もなさすぎる。未来予知に存在しない記憶……あの話を真に受けていいものかどうか」
「まぁな。梨花ちゃんにそんな力があるなんて、聞いたこともなかった」
警察への不信感もあるのだろう。園崎家として生きてきた人間の、本音だろう。警察は味方じゃない。そういう環境で育ってきた。
「けど、警察側に恩を売れる機会があるのはデカいと思うぞ。コイツは渡りに船かもしれない」
詩音が、ふと足を止めた。
「……圭ちゃん、随分元気ですね。さっきの今で」
「そうか?」
こちらをじっと見ている。何かに気が付いたような顔つきで。
「……圭ちゃんまさか、さっきわざとあんな態度を?」
「気分が悪くなったのはホントだけどよ」
ちょっとだけ、思い出そうとした嫌なことを増やしただけだ。
「あのまま構わず話を進めるような人なら、信用もできないだろ。どう出るか見たかったってのはあるかな」
「……趣味悪いですよ」
「悪かった、心配かけて」
「心配なんてしてませんっ」
きっぱり言ってそっぽを向く詩音。
「で?警察に恩を売って、私たちの味方にでも引き込むつもりですか?」
「味方かどうかはともかく、俺たちの目的に協力してもらえる可能性はあるだろ」
先を歩く彼女の足がピタリと止まる。
「……悟史くんの捜査資料って事ですか?」
「ああ。警察組織の事はよく知らねぇけど……警視庁公安の人間なら、少なくとも興宮署の人間よりは立場が上なんじゃないか?」
「まぁ……赤坂さん、バリバリのキャリアって感じでしたからね。うちみたいな田舎からすりゃ、接待対象者でしょう」
警察にはキャリアとノンキャリアという区別が入庁時からある。その差はあまりにも深く、そして永遠に埋まることのない差なんだとか。
「だったら大石刑事の捜査資料だって、一声かければ手に入るかもしれない。どうせ警察にしてみりゃ終わった事件扱いだしな」
「……確かに」
納得しかけて、詩音が慌てて首を振った。
「いやいや圭ちゃん、分かってます?捜査情報の漏洩なんて、キャリアにとったら一発レッドカードですよ?しかも相手は園崎家の人間ですし」
「園崎家ならその辺、圧力かけて有耶無耶にできないのか」
「そりゃできない事もないでしょうけど」
出来んのかい。
「ま、いずれにしても交渉の余地はあるだろ。赤坂さんは個人で動いてると言った。ってことは、肩書きより目的を重視してるってことだ」
「……そうですね」
詩音が小さく息を吐いた。完全に納得したわけじゃない。でも否定もしない。
夕暮れの道を、二人で歩いた。街灯の光が伸びて、影が長くなっていく。