ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜   作:村人A

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TIPS 「献花台」

 

 

 

「……こんなものが、建てられてたのか」

 

 圭ちゃんはただ、目の前に建てられた献花台をじっと見つめていた。

 

 その横顔を、私はそっと見る。圭ちゃんが今何を感じているか──全部は分からない。でも……

 

 この人は、村の皆が死んだのは自分のせいだと思っている。いや、ずっとそう思い続けてきた。だから献花台を前にして、手を合わせる権利が自分にあるのかどうか、それすら判断できずにいるんだろう。近づきたい気持ちと、近づいてはいけないという気持ちが、足を縫い付けているような──そんな顔をしていた。

 

 

 その献花台は、雛見沢村の入り口近くの道路脇に設けられていた。

 言うまでもなく、未曾有の大災害を悼み、自治体主導で設けられた献花台だ。

 

 質素な木の台に白い布。その上に花束が幾重にも重なり、手書きの手紙や寄せ書きが初夏の風に揺れている。写真を持ってきている人もいて──家族写真らしきもの、子供の笑顔が写ったもの。色とりどりの花びらが、ゆっくりと揺れていた。

 

 訪れる人は、疎らだ。発生から間もない頃こそ、全国から様々な人たちが立ち寄って、手を合わせてくれたけれど。そしてつい最近、節目となる一年の日にはやはり多くの関係者でごった返したそうだけれど。

 

 一年を過ぎる頃には、親戚などの関係者がぽつぽつと訪れるのみ。風化というのは、こういう所から分かりやすく感じていくものなのだろうか。そのうち、この献花台は撤去されて、多分石碑かなにかが出来るのだろう。

 

 それでも今日は、遠くから来たらしい老夫婦が静かに手を合わせ、幼い子供の手を引いた家族が花を供えている様子があった。

 

 静かで、穏やかで──でも確かな重さが残る場所。

 

 

 なんだってまた、私たちがここに来ているのか。圭ちゃんに声をかけたのは今日の昼過ぎだった。

 

「付き合ってほしいところがあるんですけど」

 

 旧雛見沢村はいまだに危険性の観点から封鎖されている。道中も交通規制されていて、車だと途中の開けた駐車場までしかいけない。その先は、自治体が運用する専用のバスに乗る必要がある。

 

 葛西の運転で駐車場まで向かい、そこからはバスに乗って旧雛見沢村の近くまでやってきた。圭ちゃんには目的地を伝えていなかったけれど、何となく察していたのか、途中から極端に口数が少なくなっていった。

 

 正直、ここに連れてくることを、ずっと迷っていた。でも今がその時だと思った。圭ちゃんにとってここが、村が、どういう場所なのかを分かった上で。

 

 献花台の端に、子供の字で書かれた手紙があった。丸っこい、覚えたての字で。

 

「またあそびたかった」

 

 圭ちゃんの手が微かに動いた。握るでもなく──何かに触れようとして、止まったような。私はそれを視界の端で捉えながら、何も言わない。

 

 風が花びらを揺らす。少しばかりの足音も遠のいていって、また静かになる。献花台を眺める圭ちゃんの横顔を見ながら、私はゆっくりと口を開いた。

 

「私も、ここに来るのは初めてです。これまでずっとわ来る理由が……まだ整理できてなかったから。でも──少しだけ、色んなことに区切りがついた気がして。だから今日、来てみようと思ったんです」

 

 圭ちゃんはただ献花台を見つめたまま、私の言葉を噛み締めるように黙っていた。それから、ゆっくりと息を吐いて、「実はさ」と切り出した。

 

「なんとなく今日、雛見沢に行く気がしてたんだよ」

「……え?」

「うまく説明できないけど。朝起きた時から、なんかそんな気がしてた」

 

 少し間を置いて、圭ちゃんが続ける。

 

「夢を見てさ、今朝」

「夢?」

「あぁ、アイツらの夢」

 

 ……それって。

 

「分校で、皆と部活をしてさ。んで、俺が負けて、そりゃもうひでぇ罰ゲームになってさ……馬鹿みたいに笑って」

 

 ほんの少し前までの、前原圭一の日常。彼が当たり前だと思っていた日々。そして、もう二度と……手に入らない時間。

 でも、圭ちゃんの顔には、かつての悲痛な色は見当たらない。全てを抱えて、破滅しか見えていないようなそんな雰囲気は……今はもう。

 

「その部活、私はいました?」

「いや、お前はいなかったな」

 

 即答だった。ひどい。

 

「……圭ちゃんホントデリカシーないですね」

 

 呆れて言うと、圭ちゃんが「え?」という顔をした。

 

「そこは嘘でもいたって言うもんですよ。常識です」

「いや、夢の話だぞ」

「だからこそ、ですよ」

 

 圭ちゃんが苦笑いした。私も少し笑った。でもその笑いの奥に、なんとも言えないものが残る。圭ちゃんにとって皆がどういう存在だったか──その夢一つで十分すぎるくらい伝わってくる。羨ましいような、切ないような。私には絶対に見られない夢だ。

 

「……皆さんに、会いたいですよね」

 

 静かに問いかけると、圭ちゃんの笑いが消えた。しばらく黙って献花台を見てから、

 

「でも……なんて顔していいか、分かんねぇな」

 

 そう呟く。まぁ、そうだよね。悼む気持ちも、謝りたい気持ちも、会いたい気持ちも──全部あって、でもその全部を持っていい資格があるのかどうかも分からなくて。そういう顔をしてる。

 

「もし皆さんと会えたら、何をしたいとか。考えたことありますか?」

 

 圭ちゃんは「……最近はたまに、考えるよ」と前置きしてから、「まず、謝りたい、かな」と口にした。謝りたい、か。

 

「まだ自分が呪ったから皆さんが死んだとかほざいたら承知しませんよ?」

 

 じろりと睨むと、圭ちゃんは首を振った。

 

「違ぇよ……いや、そんな風に思っちまったことも謝りたいのは間違いないけど」

「……じゃあ、人を手にかけたこと?」

「まぁ、な。それもそうだな……アイツらの言葉を聞かずに、多分一番最悪な選択をしちまったからな。取り返しのつくような事じゃねぇけど」

 

 それ以上に謝りたいことがある、と。

 

「……皆に、隠したままだったことがあったから」

 

 黙って続きを待った。隠したままだったこと。それが何か——私には、一つ思い当たる節がある。

 

「なのに俺は自分のことは棚に上げて……アイツらを責めた。沙都子を救おうとしないと糾弾して、自滅する道を選んじまった」

 

 圭ちゃんの声が、少しだけ低くなる。それが後悔なのか、自己嫌悪なのか──両方なんだろうな、きっと。

 

「……俺はアイツらを責められるような人間じゃあない。なぁ詩音、俺が雛見沢に越してきた理由……知ってるか?」

 

 そっと、頷く。

 そう、私は知っている。前原圭一が、どうしてあんな辺鄙な村に越してきたのか。レナさんの時と同じように……葛西に、調べてもらった。まだ圭ちゃんを迎えに行く前に。

 

 少しいたたまれなくなって、視線を献花台に逃がした。

 

「……そっか。まぁ知ってるよな。流石に、身辺調査くらいはしてるか」

 

 責めているわけじゃない。ただ確認するような声だった。それでも──やはり、気まずい。こればかりは、どう取り繕う気にもなれなかった。

 

 

 圭ちゃんが雛見沢に越してきた理由。それを葛西から聞いたとき、私が一番最初に思ったことは「人違いでは?」だった。

 

 想像もつかなかったからだ、その行いと雛見沢の彼の姿とが。あまりにもかけ離れていて、別人でなければ説明がつかないというくらいに。

 

 

 前原圭一は、過去に大きな過ちを犯している。

 

 東京にいた頃、受験勉強のプレッシャーや周囲から孤立したストレスの中で、エアガンを使って児童を連続して襲撃するという凶行に走ってしまった。何の罪もない、人々に自分勝手な理由から牙を向けた。彼にはまともな友人もいなかった。勉強と進学の話しかしない環境の中で、日に日に追い詰められていたという。そして、取り返しのつかない罪を犯してしまった。

 

 聞いた話では、児童の一人は右目に大けがをしてしまい、幸い失明は免れたというが、警察による介入もあり多額の賠償という形で事態は収束したという。

 改めて、この件を振り返っても、いまだに信じられない。彼がそんな残虐な行為に手を染めた過去があるなんて。

 

「……言い訳のしようがない」

 

 圭ちゃんが、静かに口を開いた。

 

「どんな事情があったとしても、俺は取り返しのつかないことをやった。しまいには、計り知れない恐怖を与えて……それは消えない。消えるわけがない」

「……」

「そんな罪を……アイツらに隠したまま、仲間面して笑って、一緒にゲームして……そのくせ沙都子を救おうとしないって責め立てた。自分のことは棚に上げてよ」

 

 風が吹いた。木の葉が一枚、ひらりと舞って落ちる。

 

「だから……まず、謝りたいかな。隠してたことも、責めたことも。で、包み隠さず全部話して……」

「話して?」

「……」

 

 その先を考えていなかったのか、圭ちゃんは黙り込んでしまう。私は、一度だけ献花台に目を向けてから、彼の方に向き直った。

 

「ねえ、圭ちゃん」

 

 どうしても気になっていた事がある。

 

「もし皆さんがここにいたとしたら――圭ちゃんがそれを打ち明けた時、どう反応すると思いますか?」

「……なんでそんなこと聞くんだ?」

「いいから。考えてみてください」

 

 圭ちゃんが、少し呆れたような顔をした。でも私は引かなかった。今、どうしても……彼にとっての、皆の在り方を聞いておきたかったからだ。

 しばらく間があって、圭ちゃんは静かに息を吐いた。

 

「……その時の俺は、多分泣きながら話してただろうな」

 

 考えるように、あるいは思いを馳せるように、ゆっくりと語り始めた。

 

「レナは……ちゃんと、受け止めてくれて。それで、ちゃんと怒ると思う」

 

 ちゃんと怒る、か。

 

「真っ直ぐに、俺を諭すんだ。被害にあった相手がどれだけ怖かったか。俺がどれだけ自分勝手だったか。傷は消えない、心の傷は特に――って、せつせつとさ」

「……うん」

「レナの真っすぐさは、俺にとってはすごくキツい事で。いかに俺が最低で、醜悪で、救いようがないかを……レナの真っすぐさが明確に浮かび上がらせちまうから」

 

 けど。

 圭ちゃんの声が、少しだけ遠くなった。

 

「その後でさ――やっと笑顔を向けてくれるんだ。『間違いは取り返せない、罪は消えない。けど、ここから圭一くんがどうするかが大切だよ』って。手を伸ばしながら。それは俺にとっては間違いなく、支えになる」

「……うん、そうですね」

 

 そんなレナさんの様子は私もありありと浮かんでくる。

 しばらく、沈黙があった。風が吹いて、新緑の葉がひとつ、ゆっくりと落ちた。

 

「じゃあ、魅音……あの子は?」

「魅音は……アイツはきっと、謝ると思う」

「謝る?」

「あぁ、どう考えても俺が悪いのにさ。『そんなことを蒸し返しちゃって、口にさせちゃってごめんね』って。信じられない、悲しそうな顔をしながら、それでもそう言って寄り添ってくれると思う」

 

 うん……私が知っているあの子なら間違いなくそうする。

 

「したことは許されない、取り返しがつかない。でも今これだけ後悔して懺悔して慟哭してるんだから、全部吐き出してまた明日から前を向こうって。倒れたままじゃ人間はいられないから――って言いながら」

「……」

「それはさ、問題の解決にはなってないかもしれない。要は目をそらすってことだから。けど、それがその時の俺には、錯乱して泣きわめく俺にはきっと必要な時間でもあるのかもしれないな」

 

 この人は……本当に、あの子のことをよくわかっているんだなと、胸の奥が少しだけ痛む。

 たった数か月しか一緒にいなかったのに、本当に。

 

「……沙都子はどうです?」

「沙都子は――きっと、一緒に泣いてくれると思う」

 

 圭ちゃんの口元が、かすかに緩んだ。

 

「俺が苦しんでることにも、傷ついた子たちのことにも、全部自分ごとみたいにして泣いてくれて。『なんでそんなことをしてしまったの』って、二人でわんわん泣き腫らして、それからもう二度と同じ過ちを繰り返さないようにって、一緒に立ち上がろうとしてくれるんじゃねぇかな」

 

 そう……あの子なら、きっと。

 

「てめぇの為に泣いてくれるなんて、虫の良すぎる妄想かもしれないけど。でも、アイツは誰よりも一方的に傷つけられる辛さを、悲しさを、悔しさを、知ってるから。きっと、誰よりも自分事のように受け取って、そして俺に教えてくれるんだ。その行為が人生をどれだけ滅茶苦茶にしてしまうかを」

「……そっか」

 

 あの子の泣いた時の表情が、克明に脳裏に浮かぶ。

 私は……昔その泣き顔に、椅子を叩きつけてしまったこともあったっけ。あれは……本当に、最低なことをしてしまった。彼女はまだ小学生だったのに。私は……

 

 思わず首を振ってその思い出を振り払う。

 

「じゃあ、梨花ちゃまはどうでしょう」

「梨花ちゃんは……そうだな」

 

 圭ちゃんはぼんやりと空を見上げてから、しばらく考えるように目を閉じていたが。

 

「……うん、彼女は何も言わないんじゃねぇかな」

「何も言わない?」

「あぁ」

 

 少し意外な返答に思わず聞き返すが、圭ちゃんはゆっくり、けれど確かに頷いてみせる。

 

「ただじっと、俺が全部吐き出し終わるのを見守ってくれるんだ。俺がどんなに慟哭しようが、自分を責めようが、黙ってそれを聞いてくれる。それで、俺の言葉が切れて……頭を垂れた時に。頭の一つでも、撫でてくれるんだ」

 

 頭を……撫でて。

 

「そして言うんだ。『圭一を赦しましょう』って」

 

 風が、また静かに吹き抜けた。

 

「慰めなんていらない、共感なんてできるわけがない。そう思ってた俺に、その言葉は想定外なんだ。彼女は『赦す』と口にするんだから」

「赦す、ですか」

「あぁ。なんで彼女にそんなことが言えるのか……よく分からねぇけど。きっと、そんな風に言ってくれる気がする。確かな口調で、力を込めて。そして立ち上がる俺を――隣で、ずっと見守ってくれる」

 

 って、自惚れすぎかな。

 圭ちゃんはそう言って、どこか気恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「アイツらが、こんな非人道野郎を受け入れてくれるなんて。見放されてもおかしくない罪を犯しているんだから……アイツらが愛想を尽かしたっておかしくないのにさ」

「でも、それはないって、圭ちゃんは思ってるんでしょう?」

「……それは」

 

 だって。

 

「もし、圭ちゃんが打ち明けられた立場でも、きっと見放さないから」

「……かも、な」

 

 圭ちゃんはどこか諦めたようにため息をつく。これで話終わったとでもいうように。

 って、いやいや。まだ終わってませんよ?

 

「……私は?」

 

 圭ちゃんはきょとんと小首を傾げる。

 

「は?」

「私ならどうするかを聞いてませんよ。なに勝手に終わってんですか」

 

 彼は呆れたようにこちらを見る。

 

「いや……お前目の前にいるんだから自分で答えろよ」

「圭ちゃんがどう思ってるか気になるから聞いてるんですよ。いいから言ってください」

 

 圭ちゃんは小さくため息をついてから、しかし考えるような間はなく口を開く。

 

「詩音なら……確実に『本当に最低ですね』って宣言するだろうな」

「……他の四人と比べて、あまりにも優しさがなくないですか?」

 

 つい、むっとしてしまう。明らかに私だけイメージが酷いんじゃないだろうか。一体私の事を何だと思っているのか。

 しかし彼はよどみなく続ける。

 

「一生軽蔑します、とも宣言するだろう。本当に冷たく、はっきりと」

「……」

「そう言いながらさ、俺の頬を引っぱたいて……いや平手じゃなくてグーで殴るかもな。そんで胸倉を強引に掴んで引っ張り起こすんだ。めそめそ泣いてる暇があるならすべきことを、出来る償いをしなさい、ってな具合によ。『私が地獄の底まで責任を持って監督しますから』って」

 

 ………ん。

 

「側にいてくれて、決して見放さずに。でも、絶対に逃げないで俺に罪と向き合わせ続けてくれる。もしかしたら被害者のところに一緒に頭を下げに連れていってくれるかもしれない」

 

 風が葉を揺らした。

 

「だから俺は安心して、この罪を消えないものだと認識できる。そんなお前だから……きっと、本当の意味での救いを得られるんじゃねぇかな」

「……」

 

 ……んんっと?

 まあ、うん……えっと、なんだろう。えーと。

 

「……睨むなよ。お前が話せって言ったんじゃねーか」

「別に、睨んでませんケド」

 

 どう反応していいのか分からず、つい圭ちゃんを睨みつけてしまっていたらしい。慌てて、理由を探す。

 

「……なんか私だけ、全然ポイント高くない気がします」

「なんだよポイントって」

 

 圭ちゃんが眉を上げる。

 

「他の皆さんはちゃんと優しいじゃないですか。私だけ軽蔑したり、しかも暴力まで振ってますし」

「実力行使ってやつだろ、その方が手っ取り早い」

「どーせ私は乱暴ですよーだ」

 

 そっぽを向くと、視界の外で圭ちゃんがくすりと笑う声が聞こえた気がした。

 

 しばらく、二人して献花台を見つめていたが、やがて自然に、二人で手を合わせた。目を閉じて。ただ、静かにそれぞれの想いを馳せて。

 その後、葛西の車に乗り込んで、しばらくしてからだった。

 

 夕暮れの光が車窓を染めている。助手席の圭ちゃんが、前を向いたまま口を開いた。

 

「……連れてきてくれて、ありがとな」

「え?」

「もう今の俺なら大丈夫だって。雛見沢に向き合えるって……そう考えて連れてきてくれたんだろ」

 

 圭ちゃんは穏やかな表情でそう口にする。かつて雛見沢に向けていた瞳の暗さは、もう見受けられない。だから私は――

 

「んな大層な理由じゃないですよ」

 

 つい、そう前置きしてから、

 

「自分のせいで、っていつまでも痛いをはき違えて格好を付けてる勘違い男の目を覚まさせるためです。他意はありません」

「……ひっでえな」

 

 圭ちゃんが呟いた。でも、笑っていた。そっと、静かに。

 

「なんですかその意味深な笑いは」

「別に」

 

 じーっと睨むと、圭ちゃんは前を向いたまま。また、軽く笑う。

 

 もう。なんなんですか。頬が膨らんでいくのが自分でも分かる。面白くない、ちっとも面白くない。

 

 そこで、運転席から小さな気配がした。葛西が、ハンドルを握ったまま、ほんの少しだけ……微笑んでいる。

 

「……葛西?」

「はい」

「今、笑いましたよね」

「いえ、滅相もない」

 

 前だけ見て、涼しい顔で答える。思わず身を乗り出す。

 

「絶対笑ってましたよね?」

「お嬢、シートベルトを」

 

 また圭ちゃんが笑いをこぼした気がする。最近妙に気が合っているような付き人2人を交互に睨みつけながら、私はひそかに決意した。いつか彼らに倍返しをしてやろうと。

 

 

 

 

 

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