ひぐらしのなく頃に〜後祭り編〜   作:村人A

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生徒会長

 

 それから2日後のことだ。

 いつもの坂道を登っていると、隣を歩く詩音が、ため息まじりに口を開いた。

 

「結局、引き受けることにしました」

「生徒会長の件か」

「ええ。一晩考えたんですけどね。やっぱり、恩義を無下にして園崎の名折れってやつです」

 

 口ではあーだこーだというし、強かな側面のある彼女だが、そういう義理人情に厚い側面も結構ある。そういう損得勘定が働かない、人間味が感じられる所は嫌いじゃない。

 

「殊勝じゃねぇか。見直したぞ」

「うっさいですね。仕方なくですよ、仕方なく」

 

 口を尖らせる詩音。まあ、本人が決めたなら、それでいい。貧乏くじには違いないが、こいつなら会長くらい難なくこなすだろう。要領のいいやつだからな。

 

「ま、頑張れよ。なんか手伝えることがあれば言ってくれ」

「……ふふ。そうですねぇ」

 

 その笑い方が、ほんの少し引っかかった。なんというか——妙に機嫌がいい。昨日あれだけ面倒くさがっていたわりに。引き受けると腹を括って、吹っ切れたんだろうか。俺は適当にそう結論づけて、それ以上は気にしないことにした。

 

 

  立候補の届け出から、対立候補の締め切りまでは、数日の猶予があるらしい。

 その数日間、俺は学校の様子をなんとなく観察していた。といっても、別に詩音のためじゃない。単に、選挙というイベントが珍しかったからだ。

 

 結論から言うと、見事なまでに何も起きなかった。

 誰も立候補した、という話は聞かない。まあ当たり前だ。生徒会長なんて、面倒ごとの塊みたいな役職を、好き好んで引き受ける物好きはいないだろう。

 

 内申点や推薦のポイントのため、という旨味も他校ならあるのかもしれないが、こと本校においてはさほどプラスには働かないようで、そういった整備の遅れがますます立候補者の遅れを招いているらしかった。

 廊下を歩いていても、教室で耳を澄ましていても、聞こえてくるのは似たような噂話ばかりだ。

 

「会長、今年は園崎さんがやるんだって」

「え、あの委員長の?まあ、しっかりしてそうだもんね」

「つーか他に誰もやらないだろ。今はそんな状況じゃねーし」

 

 そう、興宮という町自体、復興の最中にある。大災害の爪痕はまだ深く、周りを気にする余裕なんてない人間も多い状況だ。自分のことで精いっぱいなのに、学校運営になんて目を向けていられない気持ちも分かる。

 

 

 で、当の詩音はというと、相変わらずだった。会長になるという実感がまるでないのか、平然と授業をサボったり、昼休みに真田さんと優雅にお茶をしばいたりしている。立候補した人間の自覚というものが、これっぽっちも見当たらない。

 

「お前、一応これから会長になるんだろ。もう少し殊勝にしてたらどうだ」

「えー?まだ正式には決まってないじゃないですか。それに、今のうちに遊んでおかないと、損ですし」

 

 まあ、こいつはこいつだ。会長になろうがなるまいが、園崎詩音は園崎詩音なんだろう。

 俺はそんなふうに、完全に傍観者の立場でこの一件を眺めていた。

 

 

 

 そして、締め切りの日。

 予想通り、というか満場一致の出来レースというか——対立候補は、一人も現れなかった。

 規定により、無投票で園崎詩音の生徒会長就任が、正式に決定。

 

「結局、なっちゃいましたよ」

 

 放課後、詩音がぼやくように報告してきた。心底面倒くさそうな顔をしている。

 

「お疲れさん。ま、決まったもんは仕方ねぇだろ。頑張れよ、会長殿」

「他人事ですねぇ、本当に」

 

 そう、他人事だった。

 この時の俺は、心の底からそう思っていた。詩音が会長になろうが、生徒会がどうなろうが、俺には一ミリも関係のない話だ、と。

 

 

 それから、さらに数日。詩音は会長就任の準備やら何やらで、それなりに忙しそうにしていたが、俺に何かを頼んでくる気配はまるでなかった。荷物持ちに駆り出されることすら、ここ最近はめっきり減っている。

 

 ふと、あの日のことを思い出す。生徒会長選挙の話を聞かされた、あの放課後。詩音が浮かべた、とびきりの笑顔。あのとき確かに、背筋が凍るような嫌な予感がしたのだが……

 

「……気のせいだったか」

 

 一人、教室の窓辺でそうひとりごちる。あいつの言うことをいちいち真に受けて、勝手にビビっていただけだ、と。この数日後、自分がとんでもない思い違いをしていたと、思い知らされるとも知らずに。

 

 で、放課後。

 帰り支度をしていると、詩音が俺の席までやってきた。やけに上機嫌な顔をしている。

 

「圭ちゃん、今日って暇ですよね」

「あ?まあ、暇だけど」

 

 詩音は生徒会で忙しくなるだろうし、図書館にでも寄ろうかと考えてたくらいだ。定期考査も近いしな。

 

「今日、新旧の生徒会メンバーの顔合わせがあるんですよ。引き継ぎってやつですね」

「へえ。もう会長の仕事が始まるのか。大変だな」

 

 素直に同情した。なるほど、無投票で決まったとはいえ、就任すれば仕事は待ったなしというわけだ。会長殿も気の毒なことだ。せいぜい頑張ってくれ。

 

「というわけで」

 

 だが、詩音はこちらに向けてにっこりと笑っている。

 

「放課後、一緒に生徒会室へ行きますよ」

「おう、頑張ってこ──は?」

 

 危うく送り出すところだった。一緒に、と言ったか、今。

 

「ちょっと待て。なんで俺が」

「なんでって。顔合わせですから、メンバーが揃わないと始まらないじゃないですか」

「いや、だから俺は関係——」

 

 言いかけて、止まった。

 詩音が、懐から一枚の紙をすっと取り出して、俺の目の前に差し出してきたからだ。にこにこと、それはもう邪悪なくらいの笑顔で。

 

 嫌な予感がした。あの日感じた、背筋がすっと冷たくなるような。

 受け取って、目を落とす。『新生徒会役員名簿』と書かれた、立派な一覧表だった。

 

 生徒会長、園崎詩音。ふんふん。

 

 副会長──岡崎圭一。

 

 岡崎圭一………

 

 圭一………

 

「は?」

 

 二度見、いや三度見した。何度見ても、そこには俺の名前が書いてある。岡崎圭一。副会長と、墨痕鮮やかに。

 

「ちょ、おま、なんだこれ!なんで俺の名前が!」

「あら、読めませんでした? ふ・く・か・い・ちょ・う、岡崎圭一くん。アンタのことですよぅ」

「読めるわ!そういうことじゃねぇ!」

 

 俺は思わず立ち上がった。

 

「こんな話聞いてねぇぞ!どういうこった!」

「役員の選定はですねぇ、立候補がいなくて決まらなさそうな場合、会長の権限で指名できるんですよ。生徒会規約にもちゃーんと書いてあります」

「だ、だとしても、本人の許可がいるだろ普通!」

「ええ、いりますとも」

 

 詩音が、人差し指を立てる。勝ち誇った顔だ。

 

「いるんですけどねぇ。アンタの場合は、私がOKって言えば、それで成立しちゃうんですよ」

「は?」

「だって私、アンタの雇い主ですし? 付き人の進退を決めるのは、雇い主の専権事項でしょう。つまり──アンタの許可は、私が代わりに出しときました。圭ちゃん本人に成り代わって、ね」

 

 ……無茶苦茶だ。無茶苦茶だが、こいつの言い分には妙な筋が通っている気もする。いや、通ってないが。通ってないんだが、俺とこいつの関係上、反論が難しい。くそ、付き人契約がこんなところで足を引っ張るとは。

 

「そ、そんな横暴が許されてたまるか! 大体、なんで急に俺を副会長なんかに——」

 

 言いかけて。

 ふと、詩音の笑顔が目に入った。とびきりの、機嫌のいい笑顔。

 

 あの日だ。生徒会長選挙の話を聞かされた、あの放課後。詩音が浮かべていた、あの不気味なくらい綺麗な笑顔。そして、すれ違いざまに残していった、あの一言——

 

『ひとりより、ふたりの方が、ずぅっと楽しいでしょうし』

 

「…………あ」

 

 あれかぁぁぁあああッ!!!

 

 雷に打たれた、というのは、ああいう感覚を言うんだろう。

 

 全部、繋がった。あの笑顔。あの言葉。あの日の背筋の寒気。「気のせいだったか」なんて呑気に呟いていた、この数日間の平穏。全部、全部——こいつの掌の上だったってわけだ。

 最初から俺を道連れにする宣言だったのだ。あの瞬間にはもう、こいつの頭の中で、俺の名前は副会長の欄に書き込まれていた、と。

 

 

 その場にがっくりと崩れ落ちる。教室の床が、やけに冷たい。完全に、してやられた。

 見上げると、詩音が腰に手を当てて、それはもう満足げにこちらを見下ろしていた。獲物を仕留めた猟師みたいな顔だ。

 

「道連れなんて……卑怯だぞ」

 

 呻くように言うと、詩音は心外だとばかりに小首を傾げた。

 

「なーに言ってるんですか。圭ちゃんは私の付き人でしょう。雇い主が大変なときは、一緒に取り組んでもらわないと困りますよぅ」

「そ、それとこれとは話が──」

「同じことです」

 

 ぴしゃり。取りつく島もない。

 

「ほら、いつまで床に這いつくばってるんですか。みっともない。行きますよ、副会長」

 

 差し出された手を、恨めしげに見上げる。にこにこ笑うその顔が、今はやけに憎たらしい。

 観念するしかなかった。名簿に名前が載っている以上、何を言ってももう手遅れだ。俺はのろのろと立ち上がる。

 

「……分かったよ。行きゃいいんだろ、行きゃあ」

「最初から素直にそう言えばいいんですよ」

 

 鼻歌でも歌い出しそうな足取りで、詩音が先に歩き出す。その背中を、俺はため息まじりに追いかけた。

 

 

 生徒会室へ向かう廊下を歩きながら、俺は手元の名簿を改めて眺める。

 生徒会長、園崎詩音。副会長、岡崎圭一。恨めしい字面だが、もう諦めた。いや諦めたっていうか、純粋に不安なんだが……大丈夫かこの生徒会。トップ2人がヤクザ関係者って冷静に考えるとマズい気が。

 

 考えても仕方がない。えーと、他の役員は……書記、真田あかり。

 

「……ん?真田さんも入ってんのか」

「ええ、そうですよ」

 

 詩音が、ぱっと表情を明るくした。さっきまで俺をいたぶっていた顔とは別人だ。

 

「あかりさんはですね、自分から手を挙げてくれたんですよ。私が頼んだわけでもないのに、『詩音ちゃんのお手伝いがしたい』って」

「へえ、随分と物好きだな」

「しゃらっぷ!ともかくもう感激しちゃって。思わず抱きついちゃいました。」

 

 詩音が、しみじみと言う。本気で感動しているらしい。まあ、確かにな。俺みたいに首根っこ掴まれて引きずり込まれたのとは、わけが違う。自分から貧乏くじを引きに来てくれる人間なんて、そうそういない。

 

「同じ役員の俺と既に扱いが違いすぎねぇか」

「当ったり前じゃないですか」

 

 詩音が、つん、と顎を上げる。

 

「同列に語るほうが失礼ってもんですよぅ。どこかの誰かさんは、頼んでもないのに勝手に巻き込まれてくれる殊勝さが足りませんねぇ」

「あのなぁ……」

 

 ツッコミを入れようとしたところで、前方から「あ」という穏やかな声がした。

 生徒会室の前で、真田さんが待っていた。こちらに気づいて、ふんわりと手を振っている。

 

「詩音ちゃん、岡崎くん。お疲れさま」

「あかりさん!」

 

 詩音が、ぱたぱたと駆け寄っていく。仲のいいことで。

 

「いやー、それにしても本当に嬉しいですよ。あかりさんが一緒だなんて」

「ふふ。私も、詩音ちゃんたちと一緒なら、生徒会も楽しいと思うから」

 

 おっとりと、真田さんが笑う。心からそう思っている、という顔だった。

 その瞬間、詩音が、すっとこちらを振り向いた。かと思えば、じいっと、半眼で俺を睨んでくる。

 

「……聞きましたか、圭ちゃん。『一緒なら楽しい』ですって。どこかの誰かさんに、ぜひ聞かせてあげたいセリフですねぇ」

「目の前にいるんだから聞こえてるよ」

 

 まったく、いちいち刺してくるやつだ。

 

「俺だって別に、本当に嫌で来てるわけじゃ――」

 

 言いかけて、やめた。なんだか、言うのが照れくさくなったからだ。

 

「なんですか、はっきりしませんね」

「なんでもねぇっつの。ほら、さっさと行くぞ。顔合わせなんだろ」

 

 誤魔化すように、俺は生徒会室の扉に手をかけた。真田さんが「ふふ」と小さく笑った気がしたが、聞こえないふりをしておく。

 

 扉の前に立って、ふと思う。

 副会長、か。まさか自分がそういう立場になるとは露ほども思わなかったが……けどまぁ、他にやりたい人間もいないのなら仕方がないだろう。

 

 俺としても、学校に悪い印象はない。むしろ、もう一度こんな自分に学ぶ機会を与えてくれているんだ。少しは恩返しをするのもやぶさかではない。

 

 

 そんな何様だと突っ込まれそうなことを考えながら、扉を開けると、夕方の光が差し込む生徒会室が広がっていた。

 その室内には、一人だけ先客がいた。

 

 窓を背にして立っていたその人が、扉の音に気づいて、ゆっくりとこちらを振り向く。

 

 長い黒髪を、後ろで一つに束ねている。すっと通った鼻筋に、涼やかな目元。物腰は静かで、それでいて凛としていた。和服が似合いそうな——大和撫子、という言葉が、自然と頭に浮かぶ。現生徒会長だ。

 

「待っていたよ。来てくれてありがとう」

 

 穏やかな声で。俺たち三人を順に見渡して、柔らかく目を細める。

 

「園崎くん。引き受けてくれて、本当に助かったよ。あなたなら安心して任せられるな」

「……安心していただけるかは微妙なトコですけどね。まぁ、色々とお世話になりましたから」

 

 頭を下げる詩音の横で、俺はなんとなく、会長の立ち姿を眺めていた。

 すらりと背が高い。それでいて、出るところは出て、締まるところは締まっている……と言いますか、ええ、はい。制服の上からでも分かる、見事なプロポーションだった。詩音だって、その手のスタイルは女子の中でも頭ひとつ抜けている方だと思うが──こうして並ぶと、いや。何を考えてるんだ俺は。

 

 俺は内心で首を振った。これはあれだ、雰囲気の問題だ。会長は所作が大人っぽいから、そう見えるだけ。落ち着いた佇まいが、なんというか、こう……上級生以上に大人って感じがするな。うん……別に変な意味じゃなくて。

 

「真田くんも、手を挙げてくれて嬉しかったよ。あなたの落ち着いたところ、生徒会できっと役に立つよ」

「あ……ありがとうございます。頑張ります」

 

 はにかむ真田さんに、会長が微笑む。それから、その視線が俺に向いた。

 

「君が、岡崎くんだね」

「あ、はい」

「副会長を引き受けてくれて、ありがとう。園崎さんを、支えてやってほしい」

 

 そう言って、会長がふわりと微笑んだ。

 

 さっきは雰囲気の問題だと自分に言い聞かせたばかりだけど。こうして正面から微笑みかけられると……整った顔立ちも、すらりとした立ち姿も、全部が嫌でも目に飛び込んでくる。絵になる人だ。所作のひとつひとつが上品で、笑うと場の空気がやわらかくなる。こういう人を、本物の──なんて、ぼんやり思っていた、その時。

 

 ぐしゃっ。

 俺の右足の甲に、何か重いものが、全体重をかけて乗ってきた。

 

「——ッ⁉」

 

 声にならず。出かかった悲鳴を喉の奥で握り潰して、俺はその場でもんどりうつ。爪先から脳天まで電流が突き抜けた。

 

 恐る恐る足元を見ると、上履きの上に、別の上履きが乗っている。それを辿った先にいたのは──言うまでもなく、詩音だった。にこにこ、と笑っている。素知らぬ顔で。まるで何事もなかったかのように、会長の方を向いて。

 

「どうかしたのかい、岡崎くん」

「……っ、い、いえ。なんでも、ないです……っ」

 

 脂汗を浮かべながら、なんとか笑顔を作る。会長が小首を傾げているが、まさか「会長に見とれてたら付き人に足を踏み潰されました」とも言えない。

 

 詩音の方をちらりと見るが、涼しい顔のままだ。

 

「……お前な」

 

 小声で抗議すると、詩音は俺にだけ聞こえる声で、ぽつりと言った。

 

「鼻の下、伸びてましたよ」

「のっ……伸ばしてねぇよ」

 

 伸びてない……はずだ。じぃっと、半眼を向けられる。なんなんだ、本当に。

 

 

 その後は、新旧揃っての業務引き継ぎが淡々と進められた。

 

 会計の処理、行事の段取り、各委員会との連絡。引き継ぎ事項は思った以上に多く、退任する役員たちが手分けして説明していく。

 やはりそれなりに情報量も多く、大変そうではあるのだが、全体的に生徒会長の説明が非常に丁寧で、それでいて要点もしっかりしていたので分かりやすかった。仕事ができて、人当たりもいい。なるほど、こういう人だからこそ、役職も務まるのだろう。

 

「──困ったことがあったら、いつでも訪ねてきてくれ」

 

 引き継ぎの終わり際、会長はそう言って、もう一度微笑んだ。

 

「特に園崎さん。あなたは抱え込みそうだからな。一人で無理をしないようにね」

「……善処します」

 

 詩音が、らしくない殊勝な返事をする。会長には、本当に頭が上がらないらしい。そんなやりとりを横目に見ながら、俺はこっそり、痛む足の指を動かした。

 

 

 

 

 生徒会室を出ると、廊下はもう夕方の色に染まっていた。

 

 窓の外、グラウンドの向こうに陽が傾いている。引き継ぎは思ったより長引いた。三人並んで、人気のなくなった廊下を歩く。上履きの音だけが、やけに大きく響いていた。

 

「……これから大変になりそうだな」

 

 軽く息をつきながら振り返る。会計に行事に各委員会との連絡。あんな量を、本当に回していけるのか。

 

「私も、皆の足を引っ張らないようにしないと」

 

 真田さんが、ぎゅっと小さく拳を握る。控えめながら、気合を入れているらしい。健気なもんだ。

 

 

「まー、もう後戻りできませんからね。なるようになるんじゃないですか」

 

 ところが、張本人である詩音はというと、両手を上げてうーんと背伸びをしながら、えらく呑気なことを言ってのけた。

 

 まぁしかし、彼女らしいと言えばらしいのかもしれない。肝が据わっているというか、器が違うというか。なるほど、こういうところが園崎家の次期当主候補ってやつなのかもしれない。

 

 とはいえ、だ。

 

「会長のお前がなんで一番呑気なんだよ」

「まぁまぁ。こういうのは、肩肘張ったって上手くいきませんよぅ」

 

 詩音は、けろりとしたものだ。

 

「圭ちゃんも、もう観念したらどーですか?もう逃げ場はありませんよぅ」

「とっくにしてるよ」

 

 即答してやった。今さらじたばたしても始まらない。名簿に名前が載った時点で、俺の負けは確定しているのだ。いや、負けというか……

 

「考えてみりゃ、俺の人生はお前のもんだからな。地獄だろうが生徒会だろうが、どこでも付いてくよ」

 

 あの病室で、自分で言ったことだ。今更変えることも出来ないだろうし、変えるつもりもない。いやまぁ俺だって面倒なことは避けたいとは思うが……

 

「……ん?」

 

 顔を上げると、詩音が返事もせずに固まっている。いや、口をぱくぱくとさせて何か言おうとしているが。

 その隣で、真田さんも立ち止まったまま、両手を口元に当てて、目を白黒させていた。

 

 ……なんだ? 二人して、どうした。

 

「帰らねぇのか?」

 

 声をかけると、こほん、と不自然な咳払いをひとつ帰ってくる。それから、じっとりと、こちらを睨んでくる。気が付けば耳が赤い……また怒っているらしい。そんな怒らせるような事言ったかな?

 

「……あのですねぇ、圭ちゃん」

「な、なんだよ」

「そういう、絶対勘違いされるようなことを、人前でへーぜんと言わないでもらえます?」

 

 声が、少し上ずっている。

 

「次やったら、爪剥ぎますよ?」

「いやなんでだよ!?」

 

 怖えよ、ヤクザの発想だぞそれは……いやヤクザだったわコイツ。

 

「俺はただ、付き人として——」

「いーから!もう言わなくていいですっ。その手のやつは全部っ」

 

 ぴしゃりと遮られる。詩音は、ぷいっとそっぽを向いて、足早に歩き出してしまった。耳の赤さが、まだ引いていない。

 

「……なんで怒ってんだよ」

 

 わけが分からず、その背中を追いかける。本当に、なんなんだ。俺は何か、まずいことを言ったか? 覚悟を口にしただけだぞ。

 

 ふと横を見ると、真田さんまでもが、顔を赤くしたまま、もじもじしていた。俺と目が合うと、ますます慌てた様子で、視線を泳がせる。

 

「……えっと。す、すごいね、岡崎くん」

「は?何がだ」

「な、なんでもないよっ。あはは!」

 

 真田さんまで、ぱたぱたと早足で詩音を追いかけていってしまった。俺はただ、これから生徒会を頑張るって、そう言っただけなんだけどなぁ。

 これから上手くやっていけるだろうか、少し不安だ。

 

(なんせトップ二人が組関係者だしなぁ……)

 

 どんな生徒会だよ。

 改めてそんなことを考えていると、遠くで、詩音が「圭ちゃん、早く来ないと置いてきますよっ」と、やけにつっけんどんな声で叫んでいた。

 

 

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