ひぐらしのなく頃に─後祭─   作:通行人A'

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ピンチの時には

 

 

 助けに来た、と男は言った。ついさっき、六人の手下を数秒で沈めてみせた、その口で。

 私は身構えたまま、痩せた男の顔を睨みつけた。素直に頷けるはずもない。その気になれば私一人どうにでもできる男が、なぜ。うまい話には裏がある。ここでほいほい信じるほど、私はお人好しじゃない。

 

「……どういうつもり?あんたも、竜堂会の人間でしょう」

 

 精一杯の警戒を、声に乗せる。

 男は、否定しなかった。倒れた手下たちを一瞥して、それから低い声で言った。

 

「せや。能瀬いう。竜堂会の、れっきとした身内やで。……ただし、新開の下の人間やない」

 

 その一言に、私は眉を寄せた。竜堂会の身内でありながら、新開の下ではない。それが本当なら、こいつはこの倉庫の誰とも立っている場所が違うことになる。

 

「おれは別の筋の人間でな。この一年、新開の子飼いのふりして、あの男の動きを見張るのが役目やった。誰と繋がって、何を企んどるか。逐一、こっちの上に上げるためにな」

 

 子飼いのふりをした、監視役。手下たちと同じ顔で新開のそばにいながら、その実はまったく別の主に報告を上げていた。だからこの男は、獲物に群がる連中の輪の中で一人だけ醒めた目をしていられたのだ。

 

「園崎に手ェ出す話も、動きだした時点で全部、上に報告済みや。他所の一家を騙し討ちで丸呑みにする。そんな派手をやらかされたら、こっちまで火の粉をかぶる。上も、放っとくわけにはいかん。……つまりこの件は、新開の一存で通る話やない。潰す、いうんが、うちの筋の腹や」

 

 淡々とした口調だった。恨みも義憤もない。ただ、決まったことを事実として置いていくだけの声。だからこそ、作り話には聞こえなかった。この男は今その場の勢いで動いているんじゃない。ずっと前から新開を見張り、その企てを主筋に上げてきた。組織としてこれを潰すと決めた、その手順の上に立っている。

 

「あんたを逃がすんも、その段取りの一つや。あんたのためやない。うちの都合や。勘違いせんとってくれ」

 

 最後の突き放しで、かえって信じられる気がした。私を助けたいわけじゃない。ただ、自分たちの都合で新開の絵図を崩す駒として私を逃がす。恩着せがましくない分だけ、嘘臭さがない。圭ちゃんたちの差し金でもない、まったく予想もしなかった方向からこの光は差してきた。

 

 ふと、いつだったか圭ちゃんが妙なことを気にしていたのを思い出す。会合か何かで、竜堂会の男とすれ違ったとか。まさか、この男が。

 

 いや、今はどうでもいい。詮索は後回しだ。

 

 問題は、この光に私が手を伸ばしていいのかどうかだった。

 

 逃がしてもらえる。それはありがたい。でも、逃げたらどうなる。私がここから消えたと知れば、鵜飼はどう出る。あの男は、圭ちゃんの命を握っていると言い切った。私が大人しくしている限り繋がっている首、そう釘を刺されたばかりだ。ならば、私が逃げたその瞬間に。

 

 ――圭ちゃんが、殺される。

 

 想像しただけで、背筋がすっと冷たくなった。せっかく届きかけた光から、手が縮こまる。だめだ。逃げられない。私がここを動けば、あの人が。

 

「……あの兄ちゃんのことか」

 

 言い当てられて、私は唇を噛んだ。どう説明したものか、言葉に迷う。圭ちゃんが人質に取られていて、私が逃げれば殺される。だから動けない。それを口にしかけた私を、能瀬のほうが先に遮った。

 

「あの兄ちゃんはそう簡単にやられるタマと違うと思うけどな」

「なっ……あんたが圭ちゃんの何を知ってるってんです」

 

 思わず言い返すと、能瀬はくつくつと笑ってみせる。

 

「まぁ何も知らんな。けど、アンタの側にいるときの兄ちゃんの目は、歳の割にしっかりしとったで。アンタを絶対に守るって決めた漢の目や」

「……」

 

 そういえば、以前圭ちゃんがこの男を街中で見たことがあると言っていたっけ。あれはこちらの動きを監視してたのか……いや、正確には鵜飼の動きを監視してたという方が正しいのか。

 

「それに、や。ここで新開の言うなりに嫁いだら、あんたは二度と園崎へは戻れん。竜堂会の女になって、一生あいつらの駒や。守りたいもんがあるんやったら、なおさら、こんなとこで終わってどないする」

 

 冷えて固まりかけていた頭の芯を、その言葉がことりと叩いた。

 

 言われてみれば、そのとおりだ。私がここで頷いて大人しく花嫁を演じたところで、圭ちゃんが助かる保証なんてどこにもない。用済みになった人質が、その先どう扱われるか。あの連中の手際のよさを思えば、答えは考えたくもなかった。座して嫁げば、圭ちゃんも私もどのみち両方失う。

 

 なら、賭けるしかない。逃げて外へ出て、圭ちゃんを取り戻す手をもう一度たぐり寄せる。細い綱でも、垂らされた一本に賭けるほうが大人しく差し出されるよりずっとましだ。

 

 ごめん、圭ちゃん。少しだけ、待ってて。

 私は腹をくくって、ぐっと顔を上げた。能瀬をまっすぐ見返す。

 

「……わかった、連れて行ってください。足手まといには、ならないから」

 

 能瀬は、ほんのわずかに口の端を緩めた。笑ったようにも見える、かすかな表情だった。

 

「よっしゃ。ほな、行くで。おれの後ろから、絶対に離れんな」

 

 

 能瀬は、倉庫の奥の壁に沿って進んでいった。表の大きな出入り口ではなく、荷を出し入れする小さな通用口を目指しているらしい。私はその背中にぴたりとついて、足音を殺しながら歩く。

 

 薄暗い通路が、迷路みたいに折れ曲がっていた。積み上げられた木箱の陰、錆びた鉄骨の隙間。そのひとつひとつが、誰かの潜んでいそうな影に見える。心臓が、喉のあたりでうるさく鳴っていた。

 

「そう固くなりなや。今この一角の見張りは、おれが全部どかしてある」

 

 前を向いたまま、能瀬が低く言った。

 

「表の連中は、新開を送り出して浮かれとる。しばらくは、こっちに気ぃ回らんやろ」

 

 そう言われても、そう簡単には気は緩まない。それでも、この男の落ち着き払った足取りを見ていると、根拠のない安心がじわりと胸に広がってくるのも確かだった。

 

「ひとつ、聞いていいですか」

 

 私は、背中に向かって囁いた。

 

「あんたの言う別の筋って、要するに、竜堂会は一枚岩じゃないってことですよね」

 

 能瀬の肩が、ほんの少し揺れた。感心した、とでもいうように。

 

「察しがええな。そのとおりや。うちはでかい組でな。中でいくつも、派に分かれとる。新開は、そのうちのひとつの頭なんやが……」

 

 木箱の角を曲がりながら、能瀬は続けた。声を落としたまま、それでも言葉ははっきりしている。

 

「これがえらい厄介でな。あの男の派閥は喧嘩も強けりゃ、金も稼ぐ。竜堂会のシノギの、いちばんでかい部分を握っとる。稼ぎ頭なんや。だから上も、あいつのやりすぎに目をつぶってきた。叩きたくても、稼ぎを止めるわけにはいかん。……そういう、しょうもない事情でな」

 

 なるほど、と私は胸のうちで唸った。実力があって、金を稼ぐ。だから、周りが手を出せずにのさばっている。組の中で、腫れ物みたいに扱われている厄介者。

 

 それって。

 

「……なんだか、うちの鵜飼と、そっくり」

 

 思わず、口をついて出た。園崎の金庫番。誰よりも数字に強く、家の金回りを一手に握っていた。うさんくさいと薄々わかっていても、誰も迂闊に手を出せなかったあの男。組は違っても、のさばり方の型がまるで同じだ。

 

「どこも似たようなもんやな」

 

 能瀬が、くつりと喉を鳴らした。

 

「そういう手合いは、たいてい自分の実力を過信して、いつかどでかいへまをやる。今度の新開が、まさにそれや。よその縄張りに土足で踏み込んで、あんたを攫うて、園崎まで丸呑みにしようとした。ちーとばかし、派手にやりすぎた」

 

 そう続けた能瀬の声に、初めてかすかな熱がよぎった気がした。

 

「こっちも、待っとったんや。あの男を蹴落とす、格好の口実をな。今度という今度は、上も庇いきれん。この機に、一気に新開を失脚させる。そのために、おれたちは動いとる」

 

 つまり私は、竜堂会の内輪もめの格好の材料というわけだ。新開の暴走の証拠として、その失脚の駒として使われる。けれど、不思議と嫌な気はしなかった。利用されているのはお互い様だ。その内輪もめが今、私の命綱になっているのだから。

 

 通用口の明かりが、通路の先にぼんやりと見えてきた。あと少し。その事実に、張り詰めていた気がほんのわずかに緩む。

 と、能瀬がふいに前を向いたまま言った。

 

「しかし、自分も難儀な女やで。己の人生の瀬戸際やってのに、そこまで一人の男を気にかけるとはな。よっぽど大事なんやろ、あの兄ちゃんが」

 

 からかうような響きに、私はむっと眉を上げた。

 

「……別に。付き人に死なれたら寝覚めが悪いだけですよ」

「ふぅん。そういうことにしといたるわ」

 

 含みのある言い方だった。まるで、こっちの本音なんぞ全部お見通しだとでもいうような。頬が、かっと熱くなる。この男、意外と口が減らない。

 ところが。振り返った能瀬の顔から、ふっと笑みが消えた。かわりに、妙に据わった真面目な目をしていた。

 

「ええか、お嬢さん。惚れた男は、どんな手ェ使うてでも、モノにせんとあかん。逃げ延びるのも、生き残るのも、全部そのためや。……そのくらいの往生際の悪さがないと、後で必ず悔いるで」

 

 その言葉が、胸の奥で蓋をしていた場所にまっすぐ刺さった。

 往生際の悪さ。この無骨な男が言うと、それは生き抜くためのまっとうな作法みたいに聞こえた。

 

 何か、言い返そうとした。けれど、その前に能瀬がすっと足を止めた。

 通用口の、すぐ手前。その表情が、ふたたび鋭く張り詰める。私の緩みかけた気も、一瞬で凍りついた。

 

「……妙やな」

 

 能瀬が、低く呟いた。

 その視線は、通用口の先の暗がりに据えられている。私にはまだ何も見えない。この男が足を止めたということは、そこに何かがある。

 

「……囲まれとるな。存外、鼻が利く連中や」

 

 舌打ちまじりに、能瀬が低く呟いた。

 

 その言葉を裏づけるように、通路の奥から複数の足音が湧いてきた。一つや二つじゃない。ばらばらと、あちこちから。私たちが逃げたことに気づいた手下どもが、通用口を塞ぐように続々と集まってきている。

 

 あっという間だった。気づけば私と能瀬は、じりじりと詰めてくる人影にぐるりと取り囲まれていた。ざっと見ただけでも、十人はくだらない。暗がりの中で、ぎらついた目がいくつも光っている。さっき能瀬が沈めた六人とは、比べものにならない頭数だ。

 

「おいおい、能瀬の兄貴。それ、どういう了見だ」

 

 手下の一人が、下卑た声で凄んでみせた。

 

「大事な花嫁さんを連れて、どちらへお出かけで? まさか、逃がそうってんじゃねえよなァ」

 

 能瀬は、答えなかった。ただ、私を背にかばうようにすっと半歩前へ出る。その痩せた背中が、思いのほか頼もしく見えた。

 

 それでも、十人を超える相手だ。さっきは油断しきった六人を不意打ちで沈めたけれど、今度は全員が警戒して身構えている。私を庇いながらこの数を捌くのは、いくらなんでも骨だろう。

 

 ここで自分だけ逃げるのは、少しばかり寝覚めが悪い。

 

 そんな思いが、ちらりと頭をかすめた。この男とは、利害が噛み合っただけの間柄。恩を感じるほどのものでもない。それでも、助け舟を出した相手を置いて駆け出すのはなんとなく気が引ける。何より、園崎の名折れだ。

 

 しかし、私が問うより早く、能瀬が言った。

 

「先に行け、時間は稼いだるさかい」

「格好付けてるとこ悪いんですけど、勝機はあるんです?」

「はっ、小娘が何抜かしとんねん」

 

 拍子抜けするほど、軽い口調だった。まるで、その辺の立ち話でもするみたいに。

 

「言うとくけどな、お嬢さん。こんな半端者が十人やそこら束になったところで、このおれが遅れを取るとでも思うか。買いかぶってもろたら困るわ」

 

 その声には、強がりの気配すらなかった。ただの事実を、事実として言っているだけ。だからこそ、変な心配は無用らしい。

 

「ええか。今ここであんたが捕まったら、それこそ元も子もない。おれが十人抑えるより、あんた一人に逃げられるほうが、新開にはよっぽど痛い。せやから、あんたは走れ。それが、いちばん厄介な意趣返しになるんや」

 

 感傷じゃなく、実利で私の背を押してくる。なるほど、それなら遠慮はいらない。ここで私が意地を張って残るのは、恩返しでもなんでもない。ただ能瀬の足を引っ張って、この男の算段を台無しにするだけ。

 

 そういうことなら、話は早い。私は、座りの悪さをさっさと呑み込んだ。

 

「通用口を出たら、右手の塀沿いに走れ。突き当たりに、外へ抜ける崩れがある。……達者でな」

 

 能瀬は、もうこちらを見ていなかった。囲む手下どもへと向き直り、ゆっくりと拳を鳴らす。その背中が、行けと言っていた。

 

「……そっちも、せいぜい頑張って」

 

 私はまた、地を蹴った。

 

 背後で、乱れた足音と鈍い打撃の音が弾ける。私は脇目もふらずに走る。今の私にできるのは、その取引に乗って一人でも遠くへ逃げ延びることだ。通用口の闇へ、私は転がり込むように飛び込んだ。

 

 

 外の空気は、冷たかった。

 

 通用口を抜けた先、そこは倉庫の裏手だった。錆びた鉄柵と、剝き出しのコンクリート。頭上には、切れ切れの雲と薄い月。塩の匂いがする。海が近い。芝浦だという能瀬の見立ては、当たっていた。

 

 右手の塀沿いに走れ、と言われた。私は言われたとおり、暗い塀に体を寄せて駆けだした。裸足に近い足の裏へ、砂利がざくざくと食い込む。痛みは、後回しだ。今はとにかく、前へ。

 

 塀は、どこまでも続くように見えた。等間隔に立つ外灯が、オレンジ色の光の輪をぽつぽつと落としている。その光を避け、影から影へ。息が上がる。心臓が、肋骨を内側から叩く。それでも足は止めない。突き当たりに、外へ抜ける崩れがある。あそこまで。あの、塀の切れ目まで。

 

 見えた。

 

 塀の突き当たりでブロックが崩れて、人ひとりが通れるほどの隙間が空いている。その向こうに、街灯に照らされた道路が覗いていた。外だ。あそこを抜ければ、公衆電話でも人の目でもなんでもいい。園崎に繋がる糸を、この手で手繰り寄せられる。

 

 あと、十歩。

 

 私は最後の力を振り絞って、崩れへ向かって駆けた。九歩、八歩。指先が、もう自由の匂いに触れかけていた。

 

 その崩れの陰から、ぬっと影が滲み出た。

 

 足が、勝手に止まる。街灯を背にして、二つの影がゆっくりとこちらへ歩み出てきた。恰幅のいいシルエットと、その隣に派手なシャツの肩。逆光でも、見間違えるはずがない。

 

「──おやおや。お行儀の悪いお嬢さんだ」

 

 鵜飼だった。そしてその横には、にたにたと笑う新開の顔。

 

 全身から、血の気が引いていく。なぜ、この二人が。ここに。踵を返そうとした、その瞬間。背後から太い腕が伸びて、私は壁に押し付けられるようにして動きを封じられた。振りほどこうと暴れても、万力みたいな力はびくともしない。

 

「ご苦労さん。能瀬ちゃんよォ、詰めがちーっと甘かったなぁ。俺が気が付いてないとでも思ってたんかね」

 

 新開の言葉に、頭が真っ白になった。筋書きどおり。まさか。

 

「あの男が、おれの目付けだってこたァ、とうの昔に気づいてたのよ。だがな、泳がせといたほうが面白いだろ。裏切り者が、どう動くか。あんたが、どう逃げるか。ぜーんぶ、こっちの手のひらの上だったってわけだ」

 

 膝から、力が抜けそうになった。能瀬の脱出も、この裏道も。何もかもだ。一歩ずつ自由に近づいていたつもりのあの数歩は、最初からこの男たちに見物されていた。差しかけたと思った光は、はじめから届かない場所に吊るされた作り物だった。

 

「手間かけさせやがって」

 

 新開が、ぬうっと顔を近づけてくる。次の瞬間、押さえつけている方と逆の手が再び顔に触れた。顎をぐっと持ち上げられて、無理やり上を向かされると、私は顔をしかめた。

 

「往生際が悪ぃんだよ、姫さんよ。逃げりゃ助かるとでも思ったか?あァ?」

 

 痛みの中で、ありったけの殺意を目に込めてその濁った目を睨みつけた。喉笛を食い破ってやりたい。この場の全員を一人残らず、地獄の底まで引きずり込んでやりたい。

 けれど、その睨みは何ひとつ相手にこたえなかった。

 

「はっ。いい目じゃねぇか。たまんねぇな……この期に及んでこんな目が出来る女はそういねぇ……」

 

 新開の瞳が色情を帯びたのが分かる。寒気がするほど気持ち悪い舐め回すような視線が、身体をなぞり始める。こいつが何を考えているのか、ゾッとするような想像が込み上げてくる悪寒とともに脳裏を駆け巡る。

 

「へへ……婚姻式の前に、この瞳で睨まれながら抱くってのもありだな。」

「新開さん、流石にみっともないですよ、こんな場所で」

「はーか。俺はメインディッシュは最初に食べるタイプなんだよ。フルコースの前菜やらを待ってられるか……へへ」

 

 鵜飼が不快そうに背を向けたと同時に、新開が私の制服に手をかけようと近づけてくる。

 いよいよマズイ。わかっている。わかっているが、この状況で私ができることなんて……その絶望感が、体から抗う力そのものが抜き取られていく。

 

 殺意も毒も、虚勢も。この期に及んで、何ひとつ私を守ってはくれなかった。鎧を着込んだつもりで、その下は結局ただの非力な小娘だ。

 

 だめだ。

 

 頭の芯が、怒りと恐怖で凍りついていく。心の中で、私はとうとうその名を──ずっと意地で呼ばずにいた、あの名を。あの、へらへら笑う顔を。世界中が敵になっても側にいると、そう言ってくれた声を。

 

 助けて……

 

 

 ──圭ちゃんっ!!!

 

 

「うおぉぉおおおおッ!!!」

 

 

 咆哮と共に、とんでもない勢いで突っ込んできた何かが、新開の顔面に直撃する。声もなく吹き飛ばされた新開と、ぎょっとして振り返る鵜飼。だが、その背中が彼らから私を守るようにして立ちはだかっていた。

 

「てめぇら……」

 

 よく知ってるその背中が。金属バットを肩に担ぎながら……

 

「詩音に……」

 

 彼の──前原圭一の声が大気を震わせんばかりに、響き渡ったのだった。

 

 

「俺の女に──なにしやがるっ!!!」

 

 

 





心の中で三回唱えろ。
ヒーロー見参、ヒーロー見参、ヒーロー見参……
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