ひぐらしのなく頃に─後祭─   作:通行人A'

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冷めない熱

 

 

「……ねぇ、圭ちゃん」

「あん?」

「この前の夜こと、憶えてます?」

 

 朝食の席で、私がそう切り出した途端。味噌汁をすすっていた圭ちゃんが、ぶっ、と盛大にむせ返った。

 

 ……ふふ。かわいい。

 

 げほげほと咳き込む彼を、私は頬杖をついて、涼しい顔で眺めてやる。耳まで、真っ赤にして。目を白黒させて。この人は本当に、こういうことに、めっぽう弱い。

 

「なっ、な、なに、いきなり……っ」

「あら。やだなぁ、圭ちゃん。何を想像してるんですか?私はただ、ドラマの最終回が微妙でしたよねって、言おうとしただけですけど?」

「……っ、お、お前なぁ!」

 

 わたわたと慌てる圭ちゃんが、おかしくて、愛おしくて。私は、くすくすと、喉を鳴らして笑う。

 

 ──なんて。

 

 余裕たっぷりに、からかってみせているけれど。

 本当のことを、言ってしまえば。私だって、内心では、まったくもって、余裕なんて、ありゃしないのだ。

 

 あの夜から、もう数日。

 

 ……未だに、思い出すだけで、腰のあたりが、ふにゃりと、力を失う。あの、甘くて、熱くて、頭の芯まで蕩けるような。……いやいやいや。だめだめ。今思い出しちゃ、だめ。私は、ぶんぶんと、内心で首を振る。ここで真っ赤になったら、せっかくのこの余裕面が台無しじゃないの。

 

 こうして、あえて自分から「その事」に触れて、圭ちゃんをからかって、主導権を握る。……これはいわば、私の生存戦略なのだ。

 

 だって、そうでもしないと。私のほうが持たない。受け身で、恥ずかしがっているだけじゃ、この胸のなかで暴れ回る、幸せと恥ずかしさの奔流に、あっという間に押し流されてしまう。だから攻める。攻めることで、辛うじて、自分を保っている。故人は言いました、攻撃こそ最大の防御だと。

 

 ……そう。あの翌朝の、みっともない私に、二度と戻らないために。

 

 思い返すのは、あの夜が明けた、翌朝のこと。

 

 目が覚めた瞬間から、私は、もう完全に使い物にならなかった。

 

 隣で寝息を立てる、圭ちゃんの顔が。もう、まともに、見られない。ちょっと、視界に入れただけで、心臓が、口から飛び出そうになる。昨夜のあれこれが、走馬灯みたいに、蘇ってきて。顔から、火が出るどころか、全身が燃え上がりそうだった。

 

 私は、布団に顔の半分まで埋めて。ただただ、ぷるぷると、震えていた。嬉しくて。恥ずかしくて。幸せで。どうしていいか分からなくて。

 

「……詩音? 起きてるか?」なんて、圭ちゃんに、寝ぼけ声で、話しかけられた時には。もう悲鳴を上げそうになるのを、必死でこらえたものだ。返事なんて、できるわけがない。だって、口を開いたら、全部バレてしまう。私が、どれだけ、あなたのことでいっぱいいっぱいなのか。

 

 結局、その朝の私は、布団にくるまったまま、一言も、口をきけなかった。「まだ眠い」なんて、消え入りそうな声で、嘘をついて。圭ちゃんが、部屋を出ていくまで、ずっと、狸寝入りをていたのだ。

 

 ……我ながら、なんとも。情けないにも程がある。

 

 あの、無様な朝に比べれば。数日たった今、こうして、余裕ぶって、圭ちゃんをからかえるようになっただけ。私も、多少は成長したというもの。

 

「……なあ、詩音。さっきから、なにニヤニヤしてんだよ」

「え。……あ」

 

 しまった。回想にふけっていた。気づけば、圭ちゃんが、じとっとした目で、こっちを見ている。

 

「べ、別に。なんでもありません」

「ほんとかよ。……さては、まーた変なこと企んでんだろ」

「なっ……!」

 

 変な事とは失礼な!しかも企んでるとは更に失礼な!あんたの事で今いっぱいいっぱいなんですよ!って、まずいそんな事を口にするわけには。

 

「わ、私は圭ちゃんのことなんか!これっぽっちも」

「ん?俺?」

「……っ!」

 

 ──やられた。いや、これは完全に自滅だ。見事なまでの自爆、特攻隊もびっくりな散り具合だ。

 

「へぇ?俺の何を考えてたって?」 

 

 ……くっ。この、朴念仁のくせに。こういう時だけ、妙に口が回る。

 

「耳まで真っ赤だぞ詩音」

「〜〜〜っ、う、うるさいですっ!」

 

 してやったり、という顔で笑う圭ちゃんが。悔しくて。でも、その笑顔が大好きで。

 

 結局、私たちのじゃれ合いは、今日も、どっちが上か分からないまま。甘くて、くすぐったい、いつもの応酬に落ち着いていくのだ。それは別に朝だけに留まらず。

 

 例えば朝の通学路。圭ちゃんと並んで歩くいつもの朝。

 

 梅雨の合間の、薄曇りの空。湿った風が、頬を撫でていく。……ただ、それだけの、いつもの朝。なのに、今の私には、何もかもが、やけにまぶしく見えるのだから不思議なものだ。

 

 隣を歩く、圭ちゃんの手が、時折、私の手の甲に、こつん、と触れる。

 

 たった、それだけのことで。私の心臓は、ぴょんと跳ね上がる。もう付き合って二ヶ月経つというのに、未だにこんな事で過剰に反応してしまう自分がいる。いや……まぁ、ここ数日が特に顕著ってだけなんだけど。

 

「……ん?どうした、詩音。体調悪かったりするか?」

「き、気のせいですよ。梅雨で、蒸すからです」

 

 しれっと、言ってのける。……危ない、危ない。余裕、余裕。表向きは、あくまで、涼しい顔を、崩さない。それが、園崎詩音の、矜持というものだ。

 

 でも、本当は。

 

 繋がれてもいない、この手を。今すぐ、握ってしまいたくて、たまらない。あの夜、私の頬を、あんなにも優しく包んでくれた、この大きな手を。……なんて、考えていることが、口に出さずとも、顔に出ていないか、そればかりが心配で。私は、明後日の方向を向いて、必死に平静を装うだけ。

 

 

 例えば授業中。

 私の席は、窓際。圭ちゃんの席は、廊下側の、少し前。……つまり、少し首を傾ければ、その横顔が、いつだって視界に入ってしまう、絶妙な配置なのだ。

 

 授業中。黒板を写す、圭ちゃんの真剣な横顔。ノートに向かって、少し眉を寄せるその表情。……ああもう。だめだ。最近は授業が、頭に入ってこない。気づけば、私の視線は磁石みたいにあの人へと、吸い寄せられている。

 

 と。ふいに、圭ちゃんが、こちらを向いた。

 

 ──ばちん、と。視線が、真正面からぶつかる。

 

「……っ!」

 

 私は、火がついたみたいに、慌ててノートへと目を落とした。心臓がうるさい。……み、見てたのバレた?無性に恥ずかしくて、顔が上げられない。ノートの上を、意味もなくシャープペンでなぞりながら考える。別に恋人同士なんだから、見てたってなんの問題もないじゃあないか。なにを一々ドキドキしているんだ私は!付き合い立てのカップルかッ……いやそうですけども。

 

 

 例えば昼休み。圭ちゃんは何故かクラスメートの男子に絡まれ学食に行ってしまったので、自席でお弁当を広げていると、あかりさんが、にこにこと私の席へやってくる。

 

「詩音ちゃん、一緒に食べよ?」

「あかりさん。もちろん」

 

 向かいの席に腰かけたあかりさんは、お弁当を広げながら、ふと、私の顔を、覗き込んできた。そして、おっとりと、首をかしげる。

 

「……ふふ。詩音ちゃん、なんだか最近、幸せそうだね?」

「──ぶっ」

 

 危うく、お茶を、吹き出しかけた。

 

「な、なにが、ですか。べ、別に、いつも通りですけど」

「そうかなぁ?なんだか、お顔がとってもやわらかいの。……いいことでも、あったのかな?たとえば……岡崎くんと、とか」

 

 おっとりした顔で、しかし核心を突いてくる。私は返す言葉もなく、ただ、ぱくぱくと、口を開閉させるばかり。まるで餌を前にした恋である──いや、鯉だ、鯉。

 くすくす、と。あかりさんが上品に笑っている……もう。完全に、遊ばれている。

 

 

 たとえば、放課後。

 生徒会の仕事を二人で片づける時間が、私はひそかに好きだったりする。

 

 誰もいなくなった生徒会室。窓から差し込む夕暮れの光。書類をめくる音と、柱時計のこちこちという音だけが、静かに響いている。

 

 向かいの席で書類とにらめっこしている圭ちゃんが、ふと顔を上げて、私と目が合う。

 

「……なんだよ」

「いえ。ちょっと、副会長の仕事ぶりを査定してただけです」

「なんだそりゃ。……で、何点だよ」

「んー。……態度は赤点ですけど。ま、総合して及第点あげましょう」

「態度赤点なのかよ……」

 

 くだらない掛け合い。なんてことのないやり取り。……でも、この二人だけの穏やかな時間が、私には宝物みたいに思えるのだ。ふと、机の下で圭ちゃんの足が、私の足にちょん、と触れる。……たぶん、わざとだ。私は素知らぬ顔で、そっとやり返してやる。なんて事ないじゃれあいだ。

 

 

 たとえば、帰り道。

 夕焼けに染まる田んぼ道を、二人で歩く。

 

 いつの間にか私の歩く位置は、圭ちゃんの半歩後ろから、真隣へと変わっていた。付き人だった頃の、あの距離じゃない。今は、恋人としてのこの距離。……肩が触れそうで触れない。その絶妙な近さが、なんだかこそばゆい。

 

 と。圭ちゃんの手が、そっと私の手を握ってきた。

 

 ……っ。

 

 今度は、振りほどいたりなんてしない。私もおずおずと、その手を握り返す。大きくてあたたかい手のひら。指を絡めて。二人ぶんの影が、夕陽で長く伸びている。……ああ、しあわせだなあ、と。そんな単純な言葉が、胸にじんわりと広がっていった。

 

 

 そして、たとえば、家に帰れば。

 

 夕飯を作って、二人で食べて。他愛のない話で言い争ったり、笑い合ったり。ドラマや映画を見ながらソファで並んで座れば、いつの間にか肩と肩が、ぴったり寄り添っている。

 

 ……こういう、なんでもない日々の一つ一つが。

 

 どうしようもなく愛おしくて、幸せで。胸の奥が、甘く締めつけられる。

 園崎の看板も、しがらみも、ぜんぶ捨てて。ただの園崎詩音になって。その果てに私は、こんなにもあたたかい場所へたどり着いた。この人の隣という場所へ。

 

 ……もう、これ以上、何も望むことなんてないくらいに。私の毎日は、ゆるやかな幸福で満たされていたのだった。

 

「って!!なんかこれからとんでもない不幸に見舞われる前兆みたいじゃないですかっ!!」

「うお、いきなり叫ぶなよ」

 

 隣でビクッとしたように肩を震わせる圭ちゃん。

 しかしそんな事はカンケーない。もう二度と、この前のホワイトデーみたいな一歩間違えれば悲恋ルート待ったなしの展開なんて真っ平ごめんなのだ。

 

「……つーかお前、ちゃんと映画観てたのかよ」

「ええ、ちゃんと観てましたよ。最後まで」

 

 テレビの画面では、ちょうど物語が凄惨な結末を迎えて、静かにスタッフロールが流れ始めたところだった。

 

 夕飯のあと、二人でソファに並んでこの映画を観ていたのだ。私がなんとなくパッケージに惹かれて選んだ一本。……まあ正直、選択を少し後悔してるけど。

 

 一人の少女の話だった。一年前に出会って本気で恋をした男の子。けれど彼は家の事情で少女と引き裂かれ、ある日忽然と姿を消してしまう。少女は家が二人を引き裂いて、男の子を消したのだと悲観し、激昂し、けれど古いしきたりには敵わず、やがてその恋を諦めた。

 

 そして翌年。少女はまた別の男の子に心を惹かれる。……けれど。最初の男の子を好きだった自分を裏切れないと、少女は少しずつ壊れていった。疑心暗鬼に呑まれ、まわりの人間を次々手にかけ。ついにはその二人目の男の子にまで刃物を突き立て。

 

 全てを手にかけ、最初の恋を守り抜いたのだと嗤って。少女は最後、一人きりで逝ってしまう。

 

「……後味の悪い映画でしたね」

「まぁな」

 

 私はぽつりとこぼした。正直、あの少女にはこれっぽっちも感情移入できなかった。

 

「あんまりじゃないですか。二人の男の子。どっちもあの子の勝手に振り回されて。特に二人目なんて、なんの罪もないのに刺されちゃうし。……自分の気持ちを守りたいからって、ただの自己満足ですよ」

 

 私がくどくどと言い立てると、圭ちゃんはぽつりと言った。

 

「いや……お前にだけは、言われたくないけど」

「は?なんですか、それ」

「いや、なんとなくこれだけは言っておかなきゃいかない気がして」

 

 なんでそこで私が出てくるんだ。むっとして睨むと、圭ちゃんは「何となくな」とこちらを宥めるように手を振る。全く失礼な。

 

「まあでも。俺はあの子の気持ち、分からんでもねぇよ」

 

 圭ちゃんがテレビの光を見つめたまま続ける。

 

「本気で好きになった相手がもし自分の手から離れちまうって思ったら。……人間、どうなるか分かんねぇだろ」

 

 そう言って、ふいにこっちを見る。その目がいつになく真剣で。

 

 ──どきん、と心臓が跳ねた。

 

 ……ちょっと。なんですか、そのまっすぐな目は。反則ですよ。じわじわと頬が熱くなるのを感じて、私は慌てていつもの調子で茶化しにかかる。

 

「ふふーん。要するに圭ちゃんは、この私にゾッコンってことですね?」

「ま、否定はしねぇよ」

「……うぐっ」

 

 さらりと返されて、こっちが言葉に詰まる。……こ、この人は。こういう時だけ本当に。

 

「お前なぁ。自分から振っといて自爆すんなよ」

「……ぐぬぬ」

 

 真っ赤になった顔を、クッションに半分うずめる。……くやしい。でも、うれしい。

 それでもなんとか体勢を立て直して、私は話を逸らすように続けた。

 

「……じゃあ逆に聞きますけど。もし圭ちゃんがあの子と同じ立場になったら。同じように暴走しちゃうんですか?」

「いや、流石にそこまでは……」

 

 言いかけて。圭ちゃんは、ふと力なく首を振った。

 

「……分かんねぇな。なってみないと、さ」

 

 その妙に実感のこもった声に、私はちょっとだけどきりとする。……けど、すぐにその空気を振り払うように、つんと胸を張ってみせた。

 

「私は理知的かつ知的なので。あんなふうに暴走することは金輪際ありませんけどね」

「……お前が一番怪しいと思うけどな」

「むっ。失敬な」

 

 頬を膨らませて抗議するが、圭ちゃんは、けらけらと笑っている。

 ……こんな他愛のない言い合いをしながら。

 

 でもその一方で。私の意識はゆっくりと、今しがた観たあの少女と──かつての自分自身へと、沈んでいくのを感じていた。

 

 もし、数年前の私だったら。あの少女を、笑えなかったかもしれない。

 

 悟史くん。今でもその名前は、胸の奥の柔らかいところを、静かに疼かせる。本気で恋をした、初めての人。なのに私は、自分が何者かも明かせないまま、園崎の家に、その恋ごと引き裂かれた。そして彼は消えてしまった。あの少女と同じように。

 

 あの頃の私の心は、ずっと凍りついたままだった。

 

 それから一年。不良に絡まれていた私を、ひとりの男の子が助けてくれた。あの人は私を魅音と勘違いしていたけれど。わしゃわしゃと、少し雑に、頭を撫でてくれた。その手の温かさが、凍った心の奥に封じていたはずの悟史くんの記憶を、そっと溶かしてしまった。

 

 皮肉なものだ。あの温もりのせいで、私はまた揺れた。魅音とぶつかった。あの子を憎みかけた。

 

 でも私は、あの少女には、ならなかった。

 

 魅音の右手に、私と同じ、爪を剥がされた傷跡を見つけたから。ああ、この子も同じだったのだと気づけたから。憎しみに呑まれるその寸前で、私は踏みとどまれた。あの家がただ何もしていなかっただけだと本当のところを知るのは、大災害のあと、もっと後のことだったけれど。

 

 もしあの時。私がその傷跡に気づけなかったら。もしあの夜、圭ちゃんがかけてきた電話を、私が受けていなかったら。

 

 ……あの映画の少女と、今の私を分けていたのは、たぶん、それくらいの細い糸だ。

 

「……おい。詩音?」

 

 ふいに、圭ちゃんの声で我に返る。気づけば、私の顔を、少し心配そうに覗き込んでいた。

 

「どうした。ぼーっとして。……疲れたか?」

「……いえ」

 

 私は首を振る。そして、隣に座るこの人の顔を、まじまじと見つめた。

 

 あの日、私の頭を撫でてくれた手。あの夜、電話の向こうにいてくれた声。いくつもの分かれ道で、その全部が、私をあの暗いほうへ行かせないように、繋ぎ止めてくれていた。この人はたぶん、自分がそんなことをしたなんて、これっぽっちも気づいていないのだろうけど。

 

「……なんだよ。人の顔じろじろ見て」

「ふふ。別に。……ただ、圭ちゃんでよかったなぁ、って」

「は?なんだそりゃ」

 

 きょとんとする圭ちゃんがおかしくて。私はくすりと笑って、その肩に、こてん、と頭を預けた。

 

 私は、あの少女にはならなかった。ならずに済んだ。こうして、あたたかい人の隣で笑っていられる、今がある。

 それで、十分だ。

 

 

 

 

 翌日の放課後。顧問の先生が、一枚のプリントを手に生徒会室へやってきた。

 

「園崎、ちょっといいか。地域交流事業への協力依頼なんだが」

 

 私は書類の手を止めて先生のほうを向く。

 

「今度、市内のいくつかの高校が合同で、地域の福祉施設を訪問することになってな。うちは、その一環で、この児童養護施設と老人ホームを受け持つことになった。子どもたちとの交流会だ」

 

 差し出されたのは「ひだまりの家」と書かれた児童養護施設の白黒のプリントと、老人ホームのパンフレットだ。

 なるほど。学校ぐるみの地域貢献というわけだ。近頃そういう取り組みには、どこも力を入れているらしい。

 

「本番は校内から有志を募ってのイベントになる。で、その前に、生徒会に、先方への挨拶と当日の下見を頼みたい。代表としてな」

 

 先生が、プリントを私に差し出してくる。受け取って、ざっと目を通した。施設の名前、所在地、交流会のおおまかな内容。……特に、難しい話でもなさそうだ。が。

 

「分かりました。けど、生徒そんなに集まりますかね?老人ホームの方は結構広そうですけど」

「一応野球部の顧問には数集めてもらうようにお願いしてある。あと、参加した生徒には内申とかにも少し色をつけるとは言ってあるから」

「なーるほど」

 

 ギブは用意してあるようだ。まぁそうでもしなけりゃ怠惰な学生は動かないだろう、世知辛いが致し方あるまい。

 

「承知しました。では、下見は生徒会でお引き受けします」

 

 私が即答すると、先生はほっとした顔で頷いた。

 

「助かる。園崎も随分会長が板についてきたな。最初はどーなることかと思ったけど」

「余計な一言が聞こえた気がしましたが?」

「はっはっは」

 

 じっと睨むと、顧問の先生は軽やかな笑いと共に去っていく。ったく、皆して私をなんだと思ってんだか。

 

「詩音ちゃん、わたしも行っていい?」

 

 と、横からあかりさんが、ひょいと顔を出した。

 

「ええ、もちろん。あかりさんが来てくれると助かります」

「ふふ。じゃあ、三人だね」

 

 あかりさんが、私と圭ちゃんを順に見て、にこにこ笑う。……なんだか、その笑みに少し含みがある気がするけれど。まあ、いつものことだ。

 

「え?俺も込みかよ」

「当たり前でしょう。副会長なんですから。子どもと遊ぶの、得意そうじゃないですか」

「そうかぁ?」

「精神年齢的にも」

「おうおう言ってくれるな生徒会長さんよぉ」

 

 小突こうとしてくる圭ちゃんの肘をひらりと避けて、ぺろっと舌を出してやる。そんな様子にあかりさんがまたおかしそうに笑う。そんな取り止めもない、午後だった。

 

 

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