祟殺しアフターあるある。脳内コメディでもソウルブラザー関連のネタができない。
葛西さんから連絡があったのは、二度目の訪問から二日ほど経った日のことだった。
悟史のことで話せることが出てきた。
そう言われて、俺と詩音は、指定された喫茶店へ向かったのだ。奥まった席で、葛西さんは、いつも通りの読めない顔で、コーヒーをすすっていた。俺たちが腰を下ろすと、前置きもなく本題に入る。
「例の、北条悟史さんの件です。……今回の件は、赤坂さんにも協力してもらいました」
「赤坂さんに?」
「ええ。あの方が追いかけていることは、北条さんの件についても関わっていた。伝手も、私なんかよりずっと広い。ですので今回、力を貸してもらいました」
鵜飼の一件以来、赤坂さんとはしばらく会っていなかったが。あの人も、まだ悟史のことを気にかけていてくれたのか。
葛西さんは、コーヒーを一口すすってから続けた。
「先に断っておきますが、これから話すことは、確定した事実じゃありません。あくまで、こういう筋だろう、という話です。……そのつもりで聞いてください」
俺と詩音は顔を見合わせて、小さく頷いた。その筋をどのような情報源から引っ張り出してきたのか、俺などには到底及びもつかない。だが、葛西さんと、そして赤坂さんからの話なのであれば、それ以上に信用にたるものはないのだろう。
なにせ、関係者は皆、もうこの世にいないのだから。
「関係先の資料などから、北条さんが、あの大災害の直前まで入江診療所にいた。やはり、それはおそらく間違いないものと思います」
俺たちが、あの頃たどり着いた線だ。悟史は入江診療所にいた。そして、あの診療所は封鎖された村の中。だから俺たちは、半ば諦めかけていた。悟史はもう、この世にいないんじゃないか、と。
……だが。現に、あいつは生きている。診療所にいたはずの悟史が、なぜ生きているのか。
葛西さんが、カップをソーサーに戻す。かちり、と小さな音が鳴った。
「ここからは、赤坂さんが掴んだ情報筋から推察した話ですが……あの精神病院にいた、元スタッフ。彼が北条さんを連れ出していた可能性が高い」
「連れ、だしていた?」
「ええ、大災害が起きる直前に」
俺は、あの日のことを思い出す。山中の、ひっそりとした病院。陰謀論をまくし立てていた、あの男。
「あの人が、悟史を?」
「ええ。……それも、入江医師の指示だった。大災害の直前。あの元スタッフが、悟史くんを診療所から連れ出して。村の外の、別の病院へ移していた」
……監督の、指示で?
「なぜ、監督が、そんなことを……」
詩音が、戸惑いを隠せない声色で呟いた。
「そこは」
葛西さんが、ほんの一瞬、言葉を選ぶような間を置いた。
「……私にも、はっきりとは。入江医師が何を考えていたのか。そのあたりは、赤坂さんも確証がないと多くを語りませんでした。今は、そういうものだと思っておいてください」
……それ以上は聞くな。そういうことらしい。俺は口をつぐんだ。
「北条さんは、移された先で、少しずつ、時間をかけて、目を覚まされるまでに回復したそうです。ただ……その頃には、もう。それまでの記憶を失っていた」
「……」
「身寄りも分からない。帰る場所もない。そういう事情で、彼はあの施設に。その病院の医師と施設の責任者の方が個人的に知り合いだったという事情のようですが……そうして、今に至るわけです」
葛西さんは、そこまで話すと、また、コーヒーに口をつけた。
店内の落ち着いたBGMが、俺たちの空気を読むように控えめに流れている。
俺は、隣の詩音をそっとうかがう。詩音は俯いて、膝の上で組んだ手を、じっと見つめていた。何を思っているのか、その横顔からは読み取れない。ただ、長いあいだ行方の知れなかったあいつの空白の時間が、今、少しだけ埋まったんだ。それだけは間違いない。
俺は気になっていたことをあえて口にした。
「けど、葛西さん。悟史は結局、どういう理由で監督のところに入院してたんですか?ノートには色々記録とかがありましたけど、記号ばっかりでさっぱりだったし……」
「それも、私どもの方では……」
「命にかかわる病気とか、実は余命幾ばくもない状態とか……そういうんじゃ」
俺の言いたいことが分かったのか、葛西さんは静かに首を振った。
「細分まで事情を知っているわけではありませんが、彼が入院していた病院に医師によれば問題ないそうです。むしろ……身体の健康状態には何の問題もない、と」
やはり、監督が殺人を犯した悟史を匿うために入院させていたという事だったのか。
あのわけの分からない記号だらけのノート。悟史の経過観察をしていると思われる記録や、治療の記号のようなものがあちこちに書かれていたが……あれは、精神的に錯乱した悟史を落ち着かせるための治療の経過だった。一年もの間、そのための治療が、あそこには書かれていて……
皆に黙っていたのは……考えるまでもない、詩音や他ならぬ仲間たちに、悟史が犯してしまった間違いを伝えたくなかった。もしくは、悟史が心身ともに落ち着くまで、守ってやりたかった。そんな、あの人の心だったのだろうか。
「……」
俺は、監督に対して当時、抱いた疑心暗鬼を思い起こして、後悔の念に押しつぶされそうになっていた。
あの時だって、あんなに熱心に話を聞いてくれたじゃねえか、あの人は。俺が支離滅裂な言動をしていたってのに、少なくとも親身になってくれた。今思い返せば、俺がどれだけ馬鹿で、自分勝手で、周りに迷惑をかえて……祭りにいったのだって、叔父の遺体が消えていたのだって、全部周りに守られていうただけなのに、勝手に自滅して。そんな俺に対して、あの人はきっと、少しでも救いの手を差し伸べられないかって、もしかしたら、考えてくれてたかもしれないってのに。
でも、だからこそだ。後悔と同時に浮かんでくるのは、違和感。やはりおかしい、なにかが引っ掛かる。
悟史の転院が一体全体、なんだって“そのタイミング”なんだ?大体にしてそれを一スタッフだけに任せるものだろうか……まるで、大災害が起きることが分かってて、悟史を逃がしたみたいじゃないか。なんで、そんなタイミングで。
「圭ちゃん、大丈夫ですか?」
「え」
詩音がどこか心配そうにこちらをのぞき込んできていた。
「顔、悪いですけど」
「すまん……ちょっと嫌な事思い出しただけ――って。顔色だろ、そこは」
「ふむ、つっこむ元気があるなら大丈夫そうですね」
「どんな確認の仕方だよ……」
……こいつなりに、気を遣ってくれたらしい。詩音のおかげで、胸につかえていた鉛みたいなものが、いくらか軽くなった気がした。
少し和んだ空気を見計らったように。葛西さんが、伝票を手に取って、静かに腰を上げた。
「さて。私は、これで失礼します。……ああ、お二人はゆっくりしていってください。何か頼んでも構いませんよ」
「え、いいんすか」
「ここは旧園崎系列ですが、今も“ウチ”の管轄です。どうぞ、遠慮なさらず」
そう言い残して、葛西さんは店を出ていった。……相変わらず、こういうところがスマートな人だ。
残された俺たちは、しばらく、追加で頼んだ飲み物をちびちびと飲んでいた。
詩音は、何か考え込むように、カップの縁を指でなぞっている。さっき聞いた話を、自分の中で整理しているんだろう。急かさずに待っていると、詩音が顔を上げた。
「……圭ちゃん。一つ、お願いがあるんです」
「ん?」
「交流会の当日。……悟史くんと、二人だけで話す時間を。作ってもらえませんか」
その目には、もう迷いの色はなかった。喫茶店に来る前とは、明らかに違う。何かを決めた目だった。
……なるほど。
正直に言えば、俺の胸のあたりはざわりとした。詩音を、悟史と二人きりにする。初恋の相手と。……不安がないと言えば、嘘になる。いやそんなトレンディドラマみたいな展開になるわけが無いとは、分かっていても、だ。これはそういう話じゃない、彼女のケジメの話だと。分かってはいても……うん、まぁ、やっぱり一ミクロンくらいの不安はどうしても浮かんできてしまうわけで。
だが。それを顔に出すわけにはいかない。こいつが覚悟を決めたんだ。なら、俺のやることは一つだけだ。精一杯見栄を張ってやろうじゃねぇか。
「おう、任せとけ」
「……いいんですか。随分あっさり」
「あっさりも何も。お前が決めたんだろ。なら、俺はそのために動くだけだよ……当日、うまいこと二人になれるように、何とか段取りしてやる」
詩音が、少し目を見開いた。それから、ふっと口元をゆるめる。
「……ふふ。それは頼もしいですね」
「もっと褒めていいぞ」
調子に乗らないでください、という詩音の軽口をいなしながら。
俺は、茶をずずっとすすって。それから、なるべく軽い調子で言ってやった。
「まあ、あれだ。……ドンと構えて、バシッと決めてこい。もし盛大にコケても、骨くらいは拾ってやるからよ」
「なんですか、その縁起でもない励まし。……人を、これから散る桜みたいに」
「桜ってのは散り際が一番綺麗らしいぞ」
「いや聞いてませんけど」
詩音が、あきれた顔で笑う。それから、ふと、いたずらっぽく目を細めた。
「でも、本当に大丈夫ですか、圭ちゃん?さっきから、心配で心配で堪らなさそうですけど?」
「は?べ、別に、心配なんざ」
「ふふ。顔に書いてありますよ。『詩音を、他の男と二人にして大丈夫か』って」
……ぐ。図星だ。俺は、思わず視線を泳がせる。
「心配しなくても、大丈夫ですよぅ。……だって」
詩音が、カップをそっと置いて。頬杖をつくと、上目遣いに俺を見た。
「初恋以外の初めては。……ぜーんぶ、圭ちゃんに奪われちゃってるわけですし」
──ぶっ。
飲みかけの茶が、変なところに入った。俺は、げほげほと盛大にむせ返る。
「な……っ、お前、なんてことを往来で……っ」
「あら。事実を言ったまでですけど?」
けろりとした顔で、詩音は涼しくお茶をすする。……こ、こいつ。人が真面目に送り出そうとしてるってのに。
だが、まあ。……その涼しい顔の、耳のふちが。ほんのり赤いのは、見逃してやることにした。
この憎まれ口が叩けるくらいには、こいつはもう大丈夫だ。腹を括ったんだろう。……なら、俺も腹を括る。当日、こいつが心置きなくあいつと向き合えるように。俺は、俺の仕事をするだけだ。
「さて、葛西の財布ですし頼みたいもの頼みますかね!」
「言い方よ」
「すみませーん!季節のフルーツタルトと紅茶のシフォンケーキ、それからホワイトチーズテリーヌ、ハーフフレンチトーストのバニラアイス添え、くださーい」
「いや食い過ぎだろっ!!」