ひぐらしのなく頃に─後祭─   作:通行人A'

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パンドラの箱

 

 

 約束の日は、よく晴れた午後だった。

 

 じとっとした空気の中、庭の向こうではひぐらしが梅雨明けを望むように鳴き始めている。俺と詩音は、朝から柄にもなくそわそわして、必要以上に部屋を片付けたり、茶菓子を用意したりしていた。一年ぶりに会う相手のために、っていうより、これから始まる「話」ってやつに、うまく身構えられずにいたんだと思う。

 

 約束の時間きっかりに、玄関の呼び鈴が鳴った。

 戸を開けると、そこに赤坂さんが立っていた。

 

「やあ、前原くん。久しぶりだね」

 

 記憶の中の姿と、ほとんど変わっていない。いやまぁ、一年ぶりなんだからそりゃそうなんだけども。

 相変わらず落ち着いた、それでいてどこか掴みどころのない物腰。柳みたいに力の抜けた佇まいの奥に、油断のない光を確かに宿している。

 

「お久しぶりです。……どうぞ、上がってください」

 

 居間に通して、向かい合って腰を下ろす。詩音が、冷やした麦茶をそっとテーブルに並べた。

 

「園崎さんも、お変わりなく。お邪魔しますね」

「いえ。遠いところを、わざわざ」

 

 最初のうちは、当たり障りのない話をした。

 

「東京から、車で?」「ええ。存外、道が空いていてね。思ったより早く着いてしまった」――そんな他愛のないやりとり。興宮の町並みが一年前と何一つ変わっていないこと。この夏の暑さのこと。麦茶を一口飲んで、赤坂さんが「美味しいね」と目を細める。

 

「そういえば、二人とも受験生になったんだったね」

「ええ、まあ。おかげさまで、頭の痛い毎日ですよ」

 

 定期考査とは違う、一発勝負だ。別に人生が終わるわけでもないのだが、こればかりはいつまで経っても慣れるものではない。

 

「まぁ君たちなら、心配ないだろう。……どうかな、大学を出たら警察の道に進んでみては。優秀な人材はいつでも大歓迎だよ」

「んー、仕事にかこつけてろくでなし共をボコボコに出来るのは魅力的ですけどねぇ」

「出来るわけねーだろ。つーかお前、実家ヤクザなんだから通過するの無理なんじゃ」

「元ですよ、元。そーんな細かいコト気にしてたら何にも出来ないでしょ」

 

 細かいか?割と切実な問題な気もするが。

 それからも、進路の話で軽く盛り上がりつつ、話題は悟史の話に移って。無事に見つかったこと、記憶は無くなってしまったが、前を向いて生きていること。赤坂さんは穏やかに耳を傾けながら、頷いていた。

 

「悟史くんの件、赤坂さんには陰で動いてもらったって、葛西から聞きました。ろくにお礼も言えてなくて、すみません」

「気にしないでくれ。私は、大したことはしていないよ」

 

 ぺこりと詩音が頭を下げると、赤坂さんは軽く手を振った。和やかな、穏やかな時間。だけどその奥で、俺たちはお互いに、本題を少しだけ先延ばしにしているのを、たぶん両方とも気づいていた。

 

 やがて、麦茶のグラスが半分ほど空いた頃。

 赤坂さんが、ふっと表情を引き締めた。

 

「……さて。世間話は、このあたりにしておこうか」

 

 空気が、静かに変わる。俺も、詩音も、自然と背筋が伸びた。

 

「前原くん。今日、私が話に来たのは……少し、込み入った話でね」

 

 そこで赤坂さんは、詩音のほうに、ちらりと視線を向けた。

 

「立ち入ったことを言うようだが……この話は、まず前原くん一人に聞いてもらうべきかとも、思っていた。園崎さんには、席を外してもらったほうが」

「いえ」

 

 俺は、遮るように答えた。

 

「詩音にも、一緒に聞いてほしいんです。俺たちの間に、隠し事はないんで。……こいつになら、何を聞かれたって構わない」

 

 言い切ってから、隣の詩音を見る。詩音は少し驚いたように目を見開いて、それから、ふっと柔らかく微笑んだ。

 赤坂さんは、そんな俺たちをしばらく眺めて。それから、小さく頷いた。

 

「……そうか。わかったよ。無粋な配慮だったかな」

 

 麦茶を、もう一口。グラスをテーブルに戻す音が、やけに大きく響いた。

 

「……といっても、どこから切り出したものか、正直、迷っているんだが」

 

 赤坂さんは、膝の上で軽く手を組んで、少し目を伏せた。言葉を選ぶような、長い間があった。

 

「これから話すことは……あまりに突拍子がなくて、君たちの理解の度合いを、大きく逸脱してしまうかもしれない。それでも、私は君に……君たちにだけは、説明する義務があると思って、ここに来た」

 

 だが、と。赤坂さんはそこで言葉を切った。

 

「これは本当に、本当に、信じられないような話だ。何より……知ったところで、もう何も変わらない。後の祭りだ。だから私は、君たちに話すべきかどうかを、正直、今も悩んでいる」

 

 伏せていた目を上げて。

 

「知らないでいたほうが、幸せなこともあるのだろう。……間違いなく、これは、そういう話だ」

 

 俺は何も言えなかった。ただ、言葉の一つ一つが、やけに重たく胸に落ちてくる。

 

「……いや」

 

 赤坂さんが、ふと自嘲するように、口の端を歪めた。

 

「こんな切り出し方が卑怯なのは、わかっているよ。私がこの期に及んでも……保険をかけているんだってね」

 

 沈黙が、部屋に降りた。

 

 蝉の声だけが、遠く聞こえている。俺と詩音は、思わず顔を見合わせた。一体、何の話なんだ。まるで見当がつかない。だけど──ぞわり、と。背筋を、得体の知れない嫌な予感が這い上がってくる。

 

 テーブルの下で、詩音の手が、そっと俺の手を握った。

 

 ぎゅっと、縋るみたいに。俺は、その手を優しく握り返す。何も言わなくても、伝わる。大丈夫だ。何があっても、俺がそばにいる。どんなときも。詩音の指先から、わずかな震えが伝わってきて、それが握り返すうちに、少しずつ収まっていった。

 

 赤坂さんは、そんな俺たちの様子を静かに見届けてから、小さく息を吸った。

 そして、まっすぐに俺たちを見る。

 

「私が追っていた梨花ちゃんの事件について。……あれは、単なる殺人事件なんかじゃ、なかった」

 

 え。

 

「もっと大きな……大災害そのものに関わる話だった」

 

 ……大災害、の真相?

 

 何だよその言い方は。あれは自然災害って話じゃなかったのか?まるで、そうじゃなかったみたいな言い方で……

 意味不明だと思う一方で、何かしら予感めいたものがあって、心臓が嫌な音を立てた。あの、俺から何もかもを奪っていった、あの日のこと。

 

「これはあくまで、私が集めた情報にすぎない。証拠は……私の頭の中にしか、ない。だから、私の事を大ほら吹きだと思ってもらっても構わない。

ただ、この話を君たちに伝えることだけが……私の義務だと、そう思ってここまで来た」

 

 どこまでも誠実に、そして重たく、赤坂さんはそう前置きした。

 俺は、うまく言葉が出てこなくて。隣の詩音と、もう一度顔を見合わせる。詩音の顔にも、緊張と、微かな怯えの色があった。だけどこいつは、俺の手を握ったまま、赤坂さんのほうへ、まっすぐ向き直った。

 

「……わかりました。聞かせてください、赤坂さん」

 

 俺の代わりに、詩音がそう促す。赤坂さんの目が俺の方にも向く。俺の方は覚悟が出来ているのかと問うように。

 俺は息を呑んで、しかし小さく頷いた。覚悟なんざ出来ていないが、もう引くわけにはいかない。俺の反応を見て、赤坂さんは一瞬目を閉じてから、口を開いた。

 

 

「雛見沢症候群、という言葉を聞いたことがあるかい?」

 

 

 

 どれくらい、赤坂さんの話を聞いていただろう。

 

 気づけば、麦茶のグラスに浮いた水滴が、とうに乾いていた。西日が畳の色を濃くしている。あれから赤坂さんは、淡々と、けれど言葉を選びながら、順を追って話してくれた。俺はその一つ一つに、相槌とも言えない声を漏らすのが精一杯で。

 

 俺は、額を手で押さえたまま、動けずにいた。

 

 頭の中が、めちゃくちゃだった。処理しきれない量の情報が流れ込んできて、そのどれもが重すぎて、うまく飲み込めない。目の前がちかちかする。赤坂さんの声も、蝉の声も、遠くのほうで鳴っているみたいに聞こえた。

 

 喉の奥がからからに渇いていた。麦茶に手を伸ばそうとして、指が微かに震えているのに気づく。

 

 背中に、そっと手のひらが触れた。詩音だ。何も言わずに、俺の背中をゆっくりと摩ってくれている。こいつだって同じ話を聞いて、同じだけ殴られたはずなのに。その手の温もりだけが、今の俺をかろうじてこの場に繋ぎ止めていた。

 

「……すまない。いっぺんに話しすぎたね」

 

 赤坂さんの声で、我に返る。

 

「いえ……大丈夫、です。いや、大丈夫じゃないな。ちょっと、頭が、追いつかなくて」

「……無理もない。突然こんな話聞かされても、理解しろって方が難しいだろう」

 

 何だ?一体俺は今何を話された?

 雛見沢症候群?入江機関?なんなんだこれは、どこかの小説や映画の設定か?

 

「……雛見沢症候群」

 

 隣の詩音が、やけに冷静な声色が静寂を破るように室内に響く。

 

「そんな病が、私たちの村に……」 

「入江医師の告発文、そして研究資料にはその名前で記載があった。とはいえ、私もここで初めて聞いた名前だよ」

 

 雛見沢に。外の世界には決して知られないように、ずっと隠されてきた、風土病。それがあの村には、古くから根を張っていたというのだ。村民は皆、その風土病に感染していたという。

 

 本当に?じゃあ、俺も。俺も、かかってたのか。あの村で、飯を食って、寝て、みんなと笑って過ごしてたんだ。当たり前に。それが全部、その病気の上でのことだったっていうのか?レナも、魅音も、沙都子も、村のみんなも?誰一人、そんな顔、してなかった。俺には、ただの、優しい田舎の村にしか、見えなかった。

 

 なのに。その足元に、ずっと。

 だめだ。うまく像が結べない。俺の知ってる雛見沢が、指の間から、砂みたいに崩れていく。

 

 しかし、それ以上に予想外だったのは──

 

「監督が……」

 

 その一言を口にした瞬間、喉の奥が詰まった。

 

「本当、なんですか。監督が……あの人が、その研究を、してたって。そのために村に来たって。あの、監督が」

 

 俺の中の監督は、いつだって、人のいい村医者だった。往診鞄を提げて、村を回って、子供の頭を撫でるような。そんな人が、診療所の顔の裏で、村の病気を、ずっと研究していた?

 

「彼が村に送り込まれた理由は、私の方でも裏が取れているから間違いないだろう。この事実だけでも、彼の告発文の信憑性は確かなものだと、私は考えているよ」

「……」

 

 息を呑むと、まるで鉛がそのまま喉を通り過ぎていくように重かった。心臓はやかましいくらい鳴っているのが分かる。なのに、手先はやけに冷たい。もう、心と体がバラバラになっていくようだった。

 

「研究が……病気を利用するため、なんて」

 

 詩音が、何か噛み締めるようにして呟く。彼女の言葉に、背筋が寒くなっていく。

 

「診療所を開いたのも、あの村に住み着いたのも、ぜんぶ……最初から、その研究のためだった。あの人は、そのために、よそから送り込まれた人間だった。……赤坂さん、さっき、そう言いましたよね」

「……ああ」

 

 詩音の問いかけに、赤坂さんは静かに肯定した。ごまかしも、慰めもなく。

 

 じゃあ、あの人が悟史を気にかけてたのも、村の子供らに優しかったのも、全部──なんて、そこまで考えかけて、俺は思考に蓋をした。今それを考えたら、もっと分からなくなる。もっと、立っていられなくなる。

 

 

 監督は村の人間じゃないのは知っていた。でも数年前から、村にきた単なる町医者ではなく、研究のために送り込まれた人間だった。そしてそれは、商業利用、軍事利用できないかという研究のためだと。赤坂さんは俺たちに話してくれた。その事実が、監督が残した遺言にあったのだと。

 

 信じられない。いや、信じたくない。

 隣で、詩音が、強張った表情で握った手にきゅっと力を込めた。

 

「……で、その病気の話が本当だとして。それが梨花ちゃまの事件と、どう関係が?」

 

 詩音の問いかけに、赤坂さんは小さく息を吸って、目を細める。本題はここからだ、とでも言うように。

 

「さっき話した、雛見沢症候群。……あの病には、ひとつ、奇妙な性質があったらしい。感染した者たちの中に、たった一人だけ……いわば、女王とでも呼ぶべき存在がいる。ほかの感染者は皆、無意識のうちに、女王の庇護を受けているのだそうだ。そして、その女王が命を落とすと……残された者たちは、四十八時間のうちに、揃って正気を失い、壊れていくのだと」

「……こ、壊れる?」

「幻覚、幻聴、極度の人間不信や疑心暗鬼。他人への無差別な攻撃など……通常では考えられない症状に苛まれるそうだ。女王とよばれる感染者の庇護下では、その発症が抑制されるとある」

 

 ……悪い冗談みたいだ。何一つ現実味がない。

 

「そんな、王様みたいなのが一人いて、そいつが死んだら皆おかしくなるって……そんな都合のいい病気が、本当に?」

「私も、最初は同じことを思ったよ。入江医師たちの組織には別の目的があり、症候群は研究資金目的の口実なんだろう、と」

 

 そう考える方が自然だろう。そもそもにして、だ。

 

「だ、大体、俺たちはこうして無事じゃあないですか。もしその話が本当だってんなら、俺も詩音も……それに、悟史だって、普通に生活なんて出来ない訳で」

「あぁ、その通りだ。その矛盾についても、明確な回答は出せていない」

 

 赤坂さんは少し間を置いて、力なく首を振る。

 

「何しろ、語れる当事者がいないからね。だから実際にその病気が存在するのか、私には結局分からなかった。何人もの学者に当たってみたが、根も葉もないオカルトだと一蹴されたよ」

「……じゃ、じゃあ,やっぱり」

「ただ、入江医師の研究記録を見るに、既存の病とは違う発症例や症状が確認されていることは確かにあったようだ。一見こじつけにも見えるが、それらの発症例に至る環境には、確かに一貫性があり、雛見沢村が大前提にあるようにも見える」

「……」

「しかし、ここで重要なのは入江医師たちは本気で信じていた、と言うことだ」

 

 ……どういうことだ?

 

「入江機関自体は、その病を本気で信じて、研究していた。そして、最悪の事態が起きた場合に、備えてもいたんだ」

「……どういうことですか」

 

 訊いたのは、詩音だった。低く、押し殺した声で。

 

「もし女王が死んで、四十八時間で村中の感染者が発症すれば……その異常が、村の外へ漏れ出してしまう。危害が、村の外に及んでしまう。そうなれば、日本国内、いや世界中で未曾有の混乱が起きるだろう。それを防ぐための、最後の手立てが、あらかじめ用意されていた」

 

 赤坂さんは、そこで、俺たちの顔を交互に見た。言うべきかどうか、ためらうように。それから、腹を決めたように、続けた。

 

「緊急マニュアル34号。……女王の死から四十八時間以内に、軍の力を持って、村人を殲滅する作戦だ」

 

 せん……めつ?ぐん?

 その言葉が、耳から入って、胸の真ん中でつかえたまま、下りていかない。何を言っている?

 

 

 赤坂さんは、俺たちの前に差し出した。

 

「これは……入江医師の告発文等に基づいて私がまとめた、マニュアルの要旨だ。ここを出る際に燃やして捨てるつもりだから、ここだけの閲覧にして欲しい」

 

 恐る恐る覗いたその紙に書かれていた内容は、もう感覚が麻痺していた俺の脳を叩きのめすかのごとく、揺さぶるようなものだった。

 

 

 ──緊急マニュアル第三十四號。

 

 ──女王感染者ノ死亡ヲ確認シタル場合、一般感染者ノ末期発症ハ早クテ二十四時間、遅クトモ四十八時間以内ニ生ズルモノト推定ス。

 

 ──右時間内ニ最終的解決ヲ完遂スベシ。対象地区住民ヲ反國家的武装蜂起集団ト位置付ケ、軍ヲ以ツテコレヲ鎮圧、掃討スル。

 

 ──作戦終了後、一切ノ痕跡ヲ秘匿シ、火山性ガスノ噴出ニヨル自然災害トシテ処理スルモノトス。

 

 最終的解決。掃討。処理。

 

 

「なん……だ」

 

 人を、村を、まるで書類の上の数字みたいに扱う、この冷たさは。吐き気がこみ上げるのを、必死にこらえた。詩音の指が、紙の端を、きつく握りしめている。

 

「これは……」

 

 詩音の声が、震えていた。

 

「これじゃあ、まるで……雛見沢大災害が、このマニュアルが実施された結果、みたいな」

「……残念ながら」

 

 赤坂さんは、静かに肯定した。

 

「これが、大災害の真相だ」

 

 ……声が、出ない。頭すら、上げられない。

 

 

 こんな、こんな馬鹿な話があるか?

 雛見沢大災害は人災?それも、訳のわからない風土病から、村以外を守るための、マニュアル?なにを、なにを言っている?

 

「村人を、雛見沢分校に集める。密閉して、化学防護装備の隊員が、化学兵器を投げ込む。生存者を残さないように逃げ出す者や従わないものは射殺する。そして、飽くまで自然災害として、処理する……そんな、非人道的な作戦が、あの村で行われていた」

 

 赤坂さんは、紙を胸ポケットに戻しながらそう続けた。

 じゃあ、俺があの時、校庭で見た頭陀袋の山は、あの中にあった皆の遺体は……あそこに運ばれてきた訳じゃない。“最初からずっとそこにいたんだ”。

 

 世界が暗転していくような感覚。足元から何もかもが崩れて、水平感覚も重力もなにもかもが無くなって、ただ意識が沈んでいくような……オレトイウニンゲンガクズレオチテイクヨウナ

 

「──ッ」

 

 詩音の手が、きつく俺の手を握りしめてくれた。まるで、存在を確かめるかのように。我に返って、そっと隣を見る。

 青ざめた彼女の、それでも俺を見つめる彼女の瞳が確かにそこにあって。だから……俺は目を閉じて、大きく息を吸って……彼女の手を、強く、強く握り返した。その温もりだけが、俺たちを辛うじて支えている。彼女が隣にいるから、俺はまだ……自分を保てる。

 

 クールになれ、クールになれ前原圭一。

 めまいがする頭をそのままに、俺は赤坂さんの方を見た。この人は言った。梨花ちゃんの事件が、大災害につながっていると。それは、つまり──

 

「赤坂さん……その、女王ってのは、もしかして」

 

 訊きながら、本当は、答えを聞きたくなかった。

 

「あぁ。女王感染者は……梨花ちゃんだ」

 

 心臓が、大きく一度、跳ねた。レナや魅音や沙都子と、部室で、グラウンドで、毎日ふざけ合った、大切な仲間である梨花ちゃん。あの小さな背中に、村じゅうの生き死にが括りつけられていたなんて。

 

 でも──いや、だったらば。

 

「……待ってください」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど、平坦だった。

 

「梨花ちゃんは……病気で死んだんじゃない。殺されたんだ。腹を、裂かれて。俺が、この目で見た」

「……ああ」

「じゃあ、梨花ちゃんを殺した犯人が、村の……この大惨事を招いたってことですよね?」

 

 村で事件に巻き込まれて殺害されてしまった。そして、やむを得ず緊急マニュアルってやつが発動してしまったことになる。赤坂さんの話が本当であれば、確かにこれは人災だが──

 

「犯人は……分かっているんですか?」

 

 何故だろうか。俺はその答えに、とてつもなく嫌な予感を覚えていた。症候群がどうとか、女王感染者がどうとか、そんなものはどうでもいい。そのマニュアルってのが、事件のせいで図らずも発令されてしまったのであれば……これは俺たちを、村を犠牲にして、国を守るための行動だった?

 

 どんなに理不尽極まりない犠牲だったとしても、あいつらが……死んだ意味が、犠牲の意味が……例えばその病から日本を守るためだったとしたら。理不尽だ、あまりにも理不尽だ。ありもするかも分からない病の関係で。でも、もしそうであるならば、少なくともそれは“悪意”によって引き起こされた訳ではなければ。

 

 俺はまだ、この可能性に縋ることも出来たかもしれない。いや、もうその可能性に縋るしかなかった。

 だが、返ってきたのは。

 

「犯人は……知った上で、梨花ちゃんを手にかけた」

 

 僅かな希望すら、打ち砕くような答えだった。

 なぁ、待ってくれよ。それじゃあまるで、まるで……

 

「最初から、村を、皆を……殺すために、梨花ちゃんをっ」

 

 隣で、詩音が息を呑むのが分かった。俺の手を握る力が、痛いくらいに強くなる。

 赤坂さんは、静かに目を伏せた。まるで、その事実の重さに、自分も耐えかねているみたいに。しばらく、何も言わなかった。蝉の声だけが、部屋に満ちていく。

 

 そして、絞り出すように、告げた。

 

「……ほぼ、間違いなく」

 

 悲痛な、声だった。

 

「梨花ちゃんの死は、事故でも偶然でもない。国を守るための、やむを得ない犠牲だったわけでも……断じてない。最初から。村をごと消し去るために……あの子もまた、殺されたんだ」

 

 最後の望み。皆の死に、せめて意味があったんじゃないかという、その細い糸が。赤坂さんの一言で、ぷつりと、断ち切られた。村を消したいという、誰かの意志があった。それだけ。それだけのために、レナも、魅音も、梨花ちゃんも、皆、殺された。

 

 

「……誰、なんですか」

 

 どうやって声を出したのか、自分でもわからなかった。

 

「その、犯人は……いったい、誰なんですか、赤坂さん」

 

 赤坂さんは、伏せていた目を、ゆっくりと上げた。

 そして、その名を、告げた。

 

「──鷹野三四。その女が、本作戦を実行した張本人だ」 

 

 

 





非常に難しく、何度も構成や書き方をこねくり回していたら、こんな感じになっておりました。辻褄合わせをしようと、無理矢理独自設定も色々追加しているので、違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。ごめんなさい!
しばらくシリアスな回が続きますが、引き続きよろしくお願いします!
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