「ホンマにキツイって…!!」
刀を振るい、飛んでくる拳を弾き返す…ただの拳なのにかち合った時の音が鉄か何かである、怖い。
狐目の男──叢雲からしてみれば、司波龍郎という男は災害の具現である。人の形をしたなにか。人外。
しかしボス曰く「あれでも一応人間」とのこと。嘘つけと思った。
「オラァ!! 寝とんちゃうぞ変態!! 起きて助けんかい死ぬで俺が!!」
壁にもたれて伸びている巨漢──クリスに叢雲は叫ぶ。先の宣言通り、クリスは顎に重力を纏った掌底を喰らい真っ先にダウンしていた。
ちなみにもう一人の男──逢魔も『言霊』によって龍郎の行動を阻害しようとしているのだが、片手間に放たれる『
「余所見してる余裕があるのか?」
その言葉と共にいつの間にか龍郎の手に握られていた銀が叢雲を斬りつけた。
見えなかった。いつ振るわれたかも、その閃跡も。
「っの……!」
再度振るわれる刀にこちらも刀を合わせることで応戦する。閃く銀と銀。甲高い音が響き火花が散る。
振るわれる振るわれる。互いの命を刈り取らんと
ガキィン!と音が響いて鍔迫り合いに持ち込む。ギリギリと火花が散り徐々に徐々に叢雲が押し込まれる。
しかし忘れてはいけない。この場にいるのは彼ら二人だけではないと。
「今の一撃は効いたわよ!!」
横合いから滑り込んだクリスがCADから意趣返しとばかりに『術式解体』を放ち、龍郎の重力バリアを剥がす。
0.1秒。バリアが剥がされたことに龍郎が意識を向けた時間。
しかしそのわずかな時間を彼らは無駄にしない。
「『吹き飛べ』」
「──む」
龍郎の身体が言霊により遥か後方へと吹き飛ばされる。重力を操作して難なく降り立つが、彼ら三人にしてみれば距離を取れただけ良し。
そしてその隙を縫うように龍郎の真上から無数の氷塊が降り注ぐが、全て重力に絡め取られ霧散した。
「『ドライ・ブリザード』かあ…そういえば最近はめっきり弘一とも戦ってないしな」
今度久しぶりに付き合ってみるかな…そんな、どこまでも軽い調子で放たれた言葉と裏腹に三人を射貫く空の眼は冬の色をしていた。
「あのさ。今こうしてる間にも大亜のカス共が色々してるわけ。家族や一般人に危害加えられたら堪ったもんじゃないからさっさと片付けにいきたいんだけどな」
「気持ちは察するが我らの役目はヌシをこの場に一秒でも長く留めること故。すまぬが付き合ってもらおう」
「……めんど」
ガシガシと頭を掻き、苛立ちを吐き出した龍郎は一歩踏み出そうとして──悪寒が背筋を撫でた。
「……なんで私がこんな」
ここにはいない父に恨み言を零す。どうせ言ったところで聞きやしないのだろうけど。
龍郎たちのいる建物の真上。遥かな空に銀の髪を靡かせながら少女はふわりと浮いていた。
三人が死にそうな顔で龍郎の足止めに向かったあと、少女は従者と共に無関係の一般人を装って建物に避難していた。しかしその矢先に父から通信が入り、『お前も龍郎の足止めに参加で』と実に軽い調子で言ってくれたものだから通信機器を握り潰してしまった。
仕方なく従者に誤魔化しを頼み、少女は建物を抜け出してここにいる。
「……ほんと、恨むわよ父様」
右手に握られている拳銃型CADを眼下の建物に向ける。発動すべき魔法は決まっている。防がれる可能性は限りなく低いが万が一ということもある。
加えてつい先ほど、司波達也が避難先から出て暴れ出したのを『
「終幕もそろそろかしら」
建物の中にいる三人に向けて離脱するよう魔法で連絡を飛ばす。数秒もしないうちに彼らが疑似瞬間移動でその場を離脱したのを確認し、少女──星羅は魔法を発動した。
「──天罰の釘」
破滅の光が音も無く到来する。真っ白な、何物をも染め上げてしまえるほどの光の熱が建物を貫きながら刹那の間で龍郎に到達──する寸前、龍郎は勘のままに対抗策を打ち出した。
「『仮想ブラックホール』発動ッッッ!!!」
『スターゲイザー』を真上に翳し、漆黒の孔を生み出す。改良を重ね、通常のCADでも扱えるように規模を抑えた『ブラックホール』。特化型で撃つそれと比べれば規模も何もかもが劣るがしかし、そんな悠長なことを言っている暇はない。
生み出された孔が重力も何もかもを捻じ曲げながら龍郎を灼くはずだった光の柱をも呑み込まんとする。
ズンッッと凄まじいまでの負荷が龍郎に伸し掛かる。ブラックホールを破られまいと制御に意識を回しているのだから当然と言えるが。
しかしそれでも尚、光は黒孔を喰い破って迫る。孔を通過した光の筋がジュッと龍郎の肌を灼く。
「これ以上は無理、か…!!」
防ぐことを放棄した龍郎は解眼でこの建物内に自分以外誰も残っていないことを確認し、疑似瞬間移動でその場から離脱を図る。
龍郎の姿がかき消えたそのコンマ0秒後。
建物が音もなく消滅した。
「がぁぁぁっっ!?!!?」
疑似瞬間移動による離脱でなお光に半身を焼かれた龍郎が転がり出る。
溶けたように赤く爛れる左腕と炭化した左足。転生以来これほどの傷を負ったのは生まれて初めてだ。
重力バリアすら不完全であったというのもそうだが、まさかブラックホールすら貫いてくるとは龍郎も思わなかっただろう。
破れかぶれと分かっていながらも治癒魔法を施す。ファンタジー作品のようにさっさと治るわけでもない、それがひどく恨めしくて唇を噛む中、龍郎は空を睨んだ。
解眼は確かに捉えていた。あの光の魔法を放った者の存在を確かに知覚していた。だが痛みに身を焼かれる中ではその情報を処理できない。
(──ああ、まずった、かな……)
その呟きが漏れることはなく、龍郎は意識を手放した。
その姿を星羅は空から見下ろしていた。血を流し、倒れ伏す星屑の魔王。しかしあの程度で彼が終わるものかと星羅は確信していた。
彼は運命に愛されていると父は言っていた。星そのものを掌握する者。世界さえ壊せる力を持つものなのだと。
だから星羅は待つ。彼が立ち上がるのを。
「……はあ。どうも上手くいかないみたい」
一つの影が龍郎の傍に現れた。
司波達也、司波龍郎の子供たちの中で最も変数足り得る存在。フルアーマーの状態でそこに立っていた。
そしてその眼は、遥か上空にいる星羅を寸分違わず捉えていた。顔は変えているので露見する心配はないし、精霊の眼についても対策済み。
ふわり、と音もなく星羅は達也の前に降り立った。
「──再成、発動」
達也がそう呟けばみるみる内に龍郎の肉体情報が上書きされ、あれほど血を流し焼け爛れていた左半身が完治していた。
「……達、也?」
「ごめん、父さん…遅れた」
「いや、間に合ったさ…再成、こういう感じなのか」
のそりと起き上がり、身体中の骨をボキボキと鳴らしながら龍郎は達也の頭を撫でる。息子を労うように。
「……」
星羅はその姿をジッと眺めている。父にあぁやって頭を撫でられたことはあっただろうか。穏やかに微笑まれたことは、労われたことは──そこまで考えて頭を振る。余計な思考だと。
「……さて」
親子の目が星羅に向けられる。達也の眼は冷酷に、龍郎の眼は複雑な色を帯びている。
「君、見たところ達也と同い年くらいだろう…なぜこんな事を」
「貴方に関係は──」
「父さんを傷付けた。それだけでお前は俺の敵足り得る理由だ」
達也が冷たく吐き捨てる。
達也にとって目の前のこの少女──体型からして恐らく少女──は深く敬愛する父を傷つけた不届き者以外にない。
「告解の機会など与えん。今この場で裁いてやる」
「出来るものなら」
達也がCADを向ける。
『分解』。達也が扱うことを許された、魔法を超えた魔法。それにより達也は星羅の肉体を分解しようとし、星羅もまたCADを達也に向けた。
──『終焉』
「……なに?」
分解が掻き消える…いや、発動しない。どういうことだと精霊の眼で解析し、僅かに目を見開いた。
「……
流石の達也も目を剥いた。分解はあらゆる情報体を分解する。それは魔法であっても例外ではない。だと言うのに『既に発動した』という状態にされたのだ。
(今のは魔法…? 結果を出力するなら再成と似たようなものか?)
とはいえ悠長に分析している暇はない。なぜか目を逸らせば取り返しのつかない事態になると本能が叫んでいた。
達也は一気に踏み込み掌底を放つ。星羅はそれを舞うように躱し、蹴りを放つ。
放たれた蹴りはパシッという小気味良い音を立てて受け止められ、そのまま投げ飛ばされる。
空中ならば身動きは取れまいと今度こそ『分解』を放とうとして、やはり星羅の魔法によって発動を終えた状態にされた。
「……チッ」
ムカつく。なぜか分からないが酷くムカつく。達也は苛立たしげに舌打ちを一つ溢し、もう一度踏み込もうとして──
「残念。今日はここまでね」
その言葉と共に星羅の姿が消える。
まだ近くにいるはずと追おうとした達也の肩を龍郎が優しく掴んだ。
「……父さん」
「逃がすのは痛いが、今は大亜の方を何とかするべきだ」
その言葉に達也は苦々しい顔を隠さず頷いた。
「お母様、達也お兄様とお父様は大丈夫でしょうか…?」
モニターに映る次兄と父の姿を見て深雪は不安そうに母を見る。母の顔には疲労の跡が濃い。つい先程まで侵入者たちを尋問していたのだから仕方ないのかもしれない。
「あの二人のことだもの。何も心配はいらないわ」
「そんなこと言って達也が父さんを救出したときに一番狼狽えていたのは母さんでしょう」
「深珠」
「きゃーこわーい」
深夜の一睨みにケラケラ笑いながら深珠は床に寝そべる晴夜の介護を穂波と共に行う。血路を開き、溶けたアイスのようになっている晴夜。
よく頑張った流石私の息子と深夜は鼻高々になりつつモニター越しの次男と夫に目を向けた。ちょうど、達也が動くところだ。
「気にせず準備しなさい、達也」
「分かってる」
海の向こうから計六隻の艦隊が迫ってくる。いつぞやの時みたいだな、と龍郎は鼻で笑い、息子の邪魔をさせないようCADを構える。
「重力場、出力最大展開」
周囲を覆うように重力バリアが広範囲に展開される。
戦艦から放たれる魚雷やミサイルがそれによって軌道を強制的に変更させられ海に落ちていく。
そして達也が三発の弾丸を空に向けて放ち、それらは敵艦隊の中央へ落ちていく。
(敵艦隊中央に向けて放たれた弾丸の軌道を算出──)
「おーおー、来たな」
ミサイル、魚雷その他諸々。艦砲射撃を前に龍郎はCADのテンキーを叩く。
「──仮想ブラックホール、発動」
今宵二度、漆黒の孔が放たれた。
空に着弾した球体が重力を伴って艦砲射撃の全てを引き寄せ砕いていく。
そして魔王はその産声を上げる。
「軌道算出完了──
敵艦隊の中央に落下した銃弾を起点として、あらゆるものを破壊する魔王の一撃が炸裂した。
「死ぬかと思ったでホンマ……」
「お疲れ様でした皆様」
ソファにのんべんだらりと寝転がり、死んだ魚の目で天井を見上げる叢雲の傍に美嘉はそっと紅茶のカップを置く。龍郎による蹂躙一歩手前の惨劇から辛くも生還した三人はセーフハウスで休養を取っていた。
「ただ、司波達也に私の事を悟られたかもしれないわ」
ヒラヒラと手を振りながら星羅はなんてことのないように言い、美嘉が差し出した紅茶を飲む。
「精霊の眼による解析には引っ掛からないようにはしていたんでしょう? なら大丈夫よ」
「ヌシがあそこで手助けしてくれていなければ我らは今頃沖縄の海の藻屑と化していただろう。そうして魚の栄養になるのが目に見えていた。腹壊さないかな」
「逢魔くんは何を言っとるん???」
「やあやあ我が同胞たち! 任務ご苦労!」
その時、セーフハウスの扉が開いてシルクハットを被った一人の男が身を滑らせた。叢雲たちをスカウトしたボスにして星羅の父親である。
「あ、パワハラ上司やん」
「ろくでなし」
「馬鹿アホ間抜け」
「砂糖と塩を入れ替えたこと許しておりませんよ」
「若作り」
「酷くないか?」
同胞と娘たちの容赦ない物言いにたじろぎながら、男は円卓の中央に腰掛け、肘をついて組んだ手で口元を隠し、妖しく輝く紫の瞳に喜悦を覗かせながら彼らを見回し、告げた。
「──計画を次の段階へ移行する」
これにて沖縄編完結です。唐突みたいな終わり方なのはお許しください。全部プロットが消し飛んだのが悪い。
とりあえず番外編を一つ挟んでから本編に行こうかと思ってます
原作本編、始めるとしたらどこからがいい?
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入学編
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九校編(司波夫婦が応援に来る)
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作者の好きなようにすればいいよ