顧問となった次の日の放課後から、勇者部一同は新任の夕欐と共に、助っ人の依頼があった野球部の練習に参加する事となった---------。
-----------カキーンッ。
バットがボールを空高く打ち上げる音が市立讃州中学のグラウンドに響き渡る。
「すごいッ、またホームラン!」
「もうあの人だけでいい気がするわ……。っていうかそろそろボールなくなるわよ?あれで何個目よ…」
グラウンドの角に存在する日陰のあるベンチで、ジャージ姿の友奈が歓声を上げ、隣の風が呆れた様子で口を開いていた。
二人の目線の先には、野球部の少年達の血の滲むような努力など気にもせずに、余裕の笑みを薄く浮かべながら悠々とコースを走る我らが顧問教師、鷹宮夕欐の姿があった。
「どうしたー?まだ試合は始まったばかりだぞー?」
夕欐が声を張り呼びかけるが、当の野球部員達は失意のどん底に叩き落とされたように、暗く乾いた瞳のまま動こうとしない。夕欐が空気を読まずホームランを連発して練習にならないどころか、圧倒的な実力差を前に心が折れてしまったのである。
「先生ー!それ以上やったら野球部の人達が可哀想です!もっと手加減してあげてくださーい!」
これまたジャージ姿の樹がベンチから心配するような声を飛ばすが、殆どフォローになっていない。むしろより酷く野球部員達の精神に深刻なダメージを与えていた。
「樹、余計な配慮は時に人を傷つけるのよ」
横から姉の注意を受けつつ、樹は何食わぬ表情で戻ってくる夕欐にスポーツドリンクの入ったボトルを渡す。ジャージ姿の友奈達と違い、こちらは上着を脱いだスーツ姿のままだった。
「どうぞ」
「サンクス、樹。いやー、野球なんて久しぶりだからつい張りきっちまったよ」
受け取ったボトルのキャップを捻り、美味そうな顔でスポーツドリンクを飲んでいく。それを美森は呆れた様子で眺めていた。
「……なんだよ東郷?」
「いえ……、いくら楽しかったとはいえ、中学生相手にここまで大人気ない人って初めて見たもので…」
美森の指摘に夕欐は「フッ、フッ、フッ……」とニヒルに笑う。
「東郷、それは逆だ。男同士の真剣勝負だからこそ、俺も全力でぶつかる必要があるんだ。ここはもはや、一切の手加減が認められない世界と化している…」
「いや、だとしてもあそこまでボコボコにしなくても……」
風がグラウンドで項垂れている少年達を尻目に気不味そうな顔をする。
「今回のアイツ等の屈辱は、いずれ逆境を跳ね返す強さとなる筈だ」
「既に意気消沈しているみたいですけど?」
「ならもう終わりだな。アイツ等はここまでだ」
「見限るの早ッ!な、何か一言かけてあげても……」
今度は友奈がツッコんでくる。
「男を励ますなんざ御免だ。あと、ぶっちゃけ四割程度の力しか出してないし、それで歯が立たないとか詰んでんだろ」
「男同士の真剣勝負はどこにいったんですか!?」
「知るか自分で考えろ」
「えぇッ?」
「よし、助っ人はもういいだろ。そんな事よりホラ、この後は幼稚園で子供達と触れ合うんだろ?」
夕欐が自身の左手首に嵌めた腕時計を指し示すと、風がハッとした様子でベンチから立ち上がる。
「そうだわ!今日のスケジュールはギリギリだから、早く着替えて向かわないとッ」
「で、でもお姉ちゃんッ、野球部の人達が真っ白なままだし……」
「いいのよ放っておいて!アイツ等の夏はもう殆ど終わったも同然なんだからッ!」
風がさらりと酷い事を言いながら、野球部の顧問に挨拶して更衣室へと向かう。
「あ、あの!今日はありがとうございましたッ!」
「次の大会での健闘を祈ります」
友奈が礼儀正しく頭を下げ、美森が敬礼する。樹がペコッとお礼をし、最後に夕欐が「ま、諦めずに挑戦し続ければ夢はいつか叶うぞ多分」とかテキトーな事をほざきながら去っていく。
残された野球部員達の慟哭が、四国の空を震わせた----------。
*
とある幼稚園にて、少女の涼やかなナレーションが語られる。
---------昔々、ある所に勇者たちがいました。勇者は人々に嫌がらせを続ける魔王に説得するために旅を続けています。
----------そしてついに勇者は魔王の城へ辿り着きました。
「やっと辿り着いたぞ魔王!もう悪いことはやめるんだ!」
勇者(人形)が魔王(人形)を必死に説得していた。
「私を怖がって悪者扱いを始めたのは、村人たちの方ではないか~!」
魔王(犬吠埼風)は聞く耳を持たない。
「だからって嫌がらせはよくない! 話し合えば分かるよ!」
それでも勇者(結城友奈)はめげずに対話を続行しようと試みる。
「話し合えば、また悪者にされる!」
「君を悪者になんて、しない!!!」
勇者部一同による人形劇に、園児たちが夢中になる中、夕欐は少し離れた位置から静かに見守っていた。劇はちょうど一番の盛り上がり所とも言える『勇者』と『魔王』が対面するシーンに入っており、子供達は息を殺してクライマックスの盛り上がりを待ち望んでいた。
が、その数秒後---------。
「あ、あわわわわ~!?」
演技に熱が入りすぎたのかセットの張りぼてを倒してしまった。それにより勇者・魔王役を演じていた2人の女子中学生の姿が現れてしまう。突然の出来事に園児たちはにわかにざわめき始める。幸いだったのか倒れた張りぼてが園児たちに当たってないことに2人は安堵した。
しかしながら、人形劇はまだ続いている。勇者役の子は演目を続けようと「うぅ~」と唸り声を挙げる。結果---------。
「勇者キッーーークッ!!」
「ぐああああああああああああッ」
勇者の跳び蹴りが、魔王の顔面に炸裂した。
「お、おま…!さっき話し合おうってのはどこにいったッ!」
「もはや言葉は要らない!君と分かり合う為にはもう、拳で語り合うしかないんだッ!」
勇者がなんかよく分からない理屈を持ち出した。魔王の根城に辿り着くまでの激戦で、脳味噌が血と筋肉で満たされた戦闘狂になってしまったのだろうか、可哀想に……。
「おのれ〜…ッ!ならばここを貴様の墓場としてくれる!骨のカケラも遺してやるものかッ!!」
「うん!お互いが粉々になるまで
そういうのはもう、話し合いとは言えない。
「死ね勇者!このクソ野郎ォォォォォォォォォッ!」
「蟻みたいに捻り潰してやるッ。来いッ!!」
「貴様の死体を豚のエサにしてやるぞ!!」
「バカチンがぁぁああああああああッ!!」
勇者と魔王が殺し合いを始めた。幼児向けの劇とは思えない程物騒な台詞が飛び出す中、音響担当の樹がどうすればいいか分からずあたふたしながら『魔王のテーマ曲』を選択し、物々しい雰囲気のメロディを流す。まさかこのまま続けるつもりなのだろうか?
「みんな!一緒に勇者を応援しよう!が~んばれ!が~んばれ!」
ナレーションの美森が子供達を扇動し、周囲から『が〜んばれ!が〜んばれ!』と声援が響く。
「ぬおおおおおおおッ……!子供達の声がワシを弱らせるぅぅぅぅぅ!この間も儀式の生贄として幼子を攫ってきたが、その時もクソやかましく泣き喚くからつい殺してしまったんだ!それくらい子供の声が嫌なんだ〜!!」
「お姉ちゃん!いいアドリブだけど魔王の性格が最低すぎるよッ」
樹が思わずつっ込みを入れる。自分もそう思う。
「今だ!勇者………パ~~ンチッ!!」
「ぐげぇぇぇぇぇぇッ」
隙を見計らった勇者が必殺の一撃で魔王を倒した。魔王役の風が本気で痛がるような真に迫った演技を見せ、あまりの絶叫の迫力に園児は釘つけになる。
「ふぅ……これで魔王も分かってくれたよね。もう友達だよ!」
さっきまで殺意に満ちていた勇者が朗らかな笑顔で都合のいい事を言い始めた。殺しておいて友達もクソもないだろう、と心の中でつっ込みを入れる。死んだ蝉のようにピクピクと痙攣しながら「シメて、シメて……」と風が小声で指示し、舞台に幕が降ろされる。
「―――というわけで、みんなの力で魔王は改心し祖国は守られました」
最終的に、美森がそんな風に締め括った。
「みんなのおかげだよ~ブイっ!」
友奈が手でVサインを作って喜びを露わにすると、周囲から『ブイっ!』とか『万歳ー!万歳ー!』と応えるように歓声が上がる。
途中から何だか妙に殺伐とした内容になってしまったが、まぁ、最後までやり遂げたのだし、子供達の反応は悪くないので、後でしっかりと褒めるべきだろう。
夕欐の隣から劇を観賞していた園長先生を務める初老の男性と、20代半ばの女性保育士が呆れた様子でポカンとしていたが、園児達はキャッキャッと喜んでいる。
ひとまずは成功したと思っていい。最後は自分が、笑顔のままでこの企画のラストを飾ろう。
*
「ふぅ〜!セットが倒れた時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったわね〜。流石アタシ!」
「風先輩のアドリブ、すごく良かったと思います!」
「おう、お疲れ様」
人形劇から戻って来た友奈達を、黒いエプロン姿の夕欐が出迎える。ここは保育園の厨房であり、現在は夕欐達が間借りさせて貰っている。
「あれ?鷹宮先生、料理作ってるんですか?」
樹が問うてくる。
「そーだよ。今はパンケーキ用のキャラメルソースを作ってる」
「へー、料理が出来る男はモテるって聞きますけど、やっぱり鷹宮先生も女の子に好かれたくて料理覚えた感じー?」
「そんなんじゃねぇよ…」
ニマニマとした風に苦笑しつつ、コトコトと小鍋の中で沸き立つキャラメルをヘラでかき混ぜながら、芳醇な匂いが漂ってくる。表面の焼けた色を確認すると、軽く掬ってみる。
「こんなモンかな……、風、よかったら味見してみるか?」
大食いの風が真っ先に味見を所望するだろうと思い、ヘラの先端を彼女に向ける。
「あ、えっと……」
しかし、意外な事に風は逡巡する素振りを見せる。
「ア、アタシはいいから!樹に味見させてあげて」
「ん?そうか?なら……」
ヘラを向ける先を風から樹へと変える。「フー、フー…」と軽く息で冷ましながら、ヘラに絡みついたキャラメルソースをペロッと舐める。
瞬間、樹が目を見開いた。
「美味しい…!」
「よし、ならコレでいこう。パンケーキはさっき焼けたから、あとはトッピングのフルーツを添えて盛り付けするだけだ。皆んな、手伝ってくれ」
「「「はい!」」」
友奈達の手も借りて、用意した紙皿にパンケーキを盛り付けていく。フワフワのパンケーキの生地の上から甘い香りのキャラメルソースを垂らしていき、その上にチョコチップをまぶす。あとは付け合わせのバナナを載せて完成する。
「お〜!コレは中々にオシャレですよ!」
「喫茶店に出せそうなクオリティです!」
友奈と樹が目を輝かせる中、人数分が完成したのを確認する。
「よし、それじゃあ子供達の所に持ってくぞ。今日は俺達の菓子料理で皆んなを笑顔にさせるんだ」
夕欐に作られたパンケーキが勇者部の少女達によって子供達の待機する食堂へと持っていかれる。目の前のテーブルに並べられたキャラメルの輝きに子供達の目は釘付けになる。
「「「頂きます!」」」
合掌を済ませると同時に、子供達が拙いフォーク使いでパンケーキを口に運んでいく。すぐさま「おいしい〜!」、「もっと食べたい〜!」と幸せそうな声が聞こえてくる。保育士の人達の分もあるので、大人も子供も幸せそうだった。
----------良かった、喜んで貰えてるようだ。
「……なんだか意外でした」
食事の風景を見つめていると、いつの間にか背後に美森の姿があった。
「何がだ?」
「鷹宮先生の事です。もっと退廃的というか……淡白な感じの人かと思っていましたが、今日の野球部とか、ここでの振る舞いを見ていると、意外と子供っぽかったり料理が得意だったり……。初めて会った時とは、随分と印象が変わりました」
そう言われてしまうと、なんだか照れ臭くなってしまうし、同時にむず痒い感覚に襲われる。
「……確かに、今日の俺は少し優男を演じすぎたな。自分でもらしくないとは思うし、今度から気を付けるとしよう」
仏頂面でそう言うと、美森は不思議そうに首を傾げる。
「そうですか?でも---------」
直後、夕欐の元に子供達の波が押し寄せてくる。おかわりをねだる子や「この後一緒に遊んで」とねだる園児達に揉みくちゃにされてしまう。
「もう手遅れみたいですよ」
子供達に上に乗っかられ、トランポリンみたいに跳ねられる夕欐を見ながら、美森は微笑ましげにクスッと笑った。
ようやく引っ付いてきた子供から逃れると、その先でテーブルにちょこんと座る風の姿を見つける。周りには自分達の分のパンケーキを口にする度に、頬が蕩けそうな表情になる友奈達が同席している。
「うぅ…」
しかし、彼女は目の前に置かれたパンケーキを辛そうな顔で見つめるだけで、一向に手を付ける様子がない。
「どうした風、食欲ないのか?」
「い、いえ、そういう訳じゃなくて……」
「…?なら体調不良か?無理しなくてもこの後は俺が引き継げるぞ?ここの職員の人達に話して------」
「大丈夫ですッ。アタシは部長ですから、最後まで責任を持ってやり遂げます!ただ……」
なんだかハッキリとしない様子の風に首を傾げていると、隣からちょんちょんと控えめに肩を叩かれる。振り返った先には樹の顔があり、コッソリと耳打ちしてくる。
「実はお姉ちゃん、昨日お風呂から上がった後、体重計に乗ったんですけど……、その時にだいぶ酷い数値が出たのか、甘いものを控えるようになって…」
「ちょっと樹、聞こえてるわよッ!」
横から風が噛みつきそうな表情で肉薄してくる。
「ダイエットか?まぁ、気にする気持ちは分かるぞ…」
「気休めはやめて下さい……」
しょんぼりと落ち込む風。
「いやいや、成長期の子供は食わないと大きくなれない。女子力だって同じさ。きっと食った分だけ魅力的になれるよお前なら」
「ほ、ホントですか…?」
潤んだ瞳を向けてくる。
「あぁ、だから我慢せずに食え。その方が俺も嬉しい」
「頂きますッ!」
先程までの躊躇いと葛藤が嘘のようにかき消え、パンケーキにフォークを突き刺すや否や、迷わず口へと放り込む。瞬間、辛抱堪らんと言わんばかりに喜びを露わにする。
「ん〜〜!幸せ〜〜……」
「あ、女子力と一緒に無駄な贅肉も付くだろうから、制服が入らなくなったら俺を頼れ、トレーニングに付き合ってやる」
「ゲガハッ…!」
風が汚い音を立てて吹き出す。
「こ、この外道!鬼!悪魔!鬼畜教師ッ!味方のフリして救った直後に蹴り落とすとか、アタシの精神を破壊する気満々じゃないッ!!」
「おいおい、人聞きが悪いな。丸々太ってブタみたいになったまま見捨てないだけ優しいだろ。ファハハハハハ」
「こんの〜〜ッ!!」
半泣きのままブチ切れて暴れそうになる風に対し、夕欐は「ギヒヒヒヒ…」と嗤う。その様は正に人間に化けた邪神そのものだった。
やっぱりこの人、性格悪い……。美森達がその様子を見つめながら呆れていた。