錠前サオリ、先生になる   作:詠符音黎

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7.向かい合う今昔の想い

「これは……!?」

 

 逃げ出したアツコを探し回ってやっと見つけたと思ったと思ったら、そこにいたのは彼女だけではなかった。

 彼女の腕に抱えられている私の生徒。

 そして、二人の前に立ちはだかる怪物の影。

 

 ――なんだこれは!? 何が起きている!?

 

「っ!? 危ないっ!」

 

 その異形が蹄を振り上げた瞬間、状況を理解する前に私の体は動き出していた。

 走り出し、体すべてを使って二人を勢い良く抱え横に飛び出していた。

 

「サっちゃん!? もう、無理して……!」

「すまない、だがつい……」

 

 かつてキヴォトスでの先生の無茶には冷や冷やさせられたが、今こうして同じ事をしている自分でその気持ちが分かった。

 理屈より前に動いてしまっていたのだ。こればっかりはどうしようもないのだと、私もその身を以て理解した。

 

「ううん、いいの。それでこそだよ」

 

 だけどもアツコはそんな私に苦笑してそんな事を言って来た。

 そこには私に叫んだときの苦しさはなかった。

 

「サっちゃん、お願い」

「ああ」

 

 アツコがその腕に抱いていた高杉を託してきたので、私は代わりに彼女を抱える。

 ただ気を失っているらしく、目立った外傷はないためそこでひとまずホッとした。

 

「あいつの狙いは私……この世界にサっちゃんの影を求め続けて居座っていた私せいで生まれた存在。不完全なテクスチャを纏った『死』。つまりは、未練の具現化みたいなものとも言えるかな」

「アツコ……」

 

 目の前の怪物から私達を庇うような形で立ち背中を見せながら語るアツコの言葉に、私は思わず苦い顔をしてしまう。

 あの怪物が生まれたのは決してアツコだけが悪い訳では無い。

 結局は私もアツコと同じだったのだ。

 完全に振り切ったと思った『錠前サオリ』としての過去、前世。

 だがいざ目の前にアツコが現れた事で、そうではなかった事を思い知らされた。

『常前早織』として生きながらも、どこかでずっと『錠前サオリ』だった事を諦められずにいたのだ。だからこそ私は時折空を見上げては足を止め、自らの名前を見てはふとその音に懐かしさを感じていたのである。

 そのせいで、私はアツコが爆発するまで彼女との生活を引き伸ばしていた。アツコの心の整理をつけるためと自分に言い訳していたが、本当は私の心にあった未練を慰めていたに過ぎない。

 結果が、アツコと教え子を巻き込んで襲い来るあの怪物とは、笑えない結果だ。

 

「大丈夫だよサっちゃん。サっちゃんが悪いわけじゃない」

 

 だけれども、目の前のアツコの背中はそんな私の暗い想いを否定するように言い放ち、駆けた。

 怪物の注意を引くように懐に入り、そしてそのまま彼女の愛銃《スコルピウス》で肋骨部分に弾丸を浴びせかけ反転。注意を引いて怪物の頭を私達とは正反対の方向に向かせる。

 

「ちょっと片手間で話しちゃうけど許してねっ……!」

 

 そう言うアツコの顔は、笑っていた。

 勇ましさに満ちた、未練などもう微塵も感じないとてもいい笑顔だった。

 

「私は確かにサっちゃんの幻影をずっと追い求めていた! そして、サっちゃんはきっと昔の自分を必要以上に切り離していた! でも、本当はどっちも違ったの! それを、その子が教えてくれた……!」

 

 怪物の素早い前の蹄によるストンプを最小限のステップで避けながらアツコは私に叫ぶ。白い外套はそのたびに美しくはためき、まるでダンスでも踊っているかのようだ。

 

「こいつが……?」

「うん! サっちゃんの『生徒』が教えてくれた……今のサっちゃんは私の知らないサっちゃんだけど、同時に知ってるサっちゃんでもあるんだって、そこには『常前早織』と『錠前サオリ』、両方がいるんだって!」

 

 アツコの放つ弾丸は大きく振り上げた右の腕を撃ち抜き、跳ね上げる。

 それによってバランスを崩した怪物の頭の方に飛び、外套が描く半円と一体となった蹴りを加えてさらに体幹を崩す。

 

 ――凄い……あんな荒っぽい戦い方をするアツコを、私は見たことがない。

 

「彼女が話してくれた『常前先生』の話には間違いなく『錠前サオリ』の人生を、意志を、願いを感じた! 『常前早織』としての人生だけでは生まれない強い想いがそこにあったの!」

 

 ギリギリで倒れずに片方の蹄で態勢を維持する怪物は、その翼から無数の羽を矢のように飛ばす。

 だがその矢弾の嵐をアツコは前進してすり抜けていく。羽が着弾するたびに舞う土煙を伴った爆風に近い風圧。しかしそれは依然として美しさを保つ外套を侵すものではなかった。

 

「確かに『錠前サオリ』は死んでしまった、でもそれで消えちゃったわけじゃない! あなたは間違いなくそこにいて、ここにいて、そしてその腕の中にもいる!」

 

 あらゆる攻撃を回避し、再び怪物の懐に潜り込み再び右腕を撃ち抜く。ついに耐久力の限界が来たのか、それで怪物の右腕はあえなく吹き飛んだ。

 彼女の言うそことは私の事であり、こことはアツコ達キヴォトスに残してきた者の事であり、そして腕の中というのは言うまでもなく今の私の教え子達の事だ。

 人は人に大切なものを受け継がせていく。

 これまで人類が紡いできた歴史そのものはそれを目的としたものだと言ってもいい。それは、遺伝子であり、文化や愛であり、志や願いである。

 つまりアツコはこう言いたいのだ。私が例え『錠前サオリ』でなくなったとしても、『錠前サオリ』は確かに息づいているのだと。

 

「だから、私は守る。あなたに救われた一人として、今度は私がサっちゃんを……ううん、“サっちゃん先生”を守ってみせる」

 

 同じように左腕を吹き飛ばしたアツコは、その胸元にC4爆薬を設置する。そしてそのまますり抜け再び怪物、アツコ、そして私達の位置関係となる。

 

「これで、終わり」

 

 怪物が最期の足掻きと言うにはあまりにも弱々しく首をこちらに向けたその瞬間、C4は起爆され、怪物は派手に吹き飛んだ。

 爆発は思いの外大きな閃光を巻き起こし、辺り一帯が白く染まったように思える。それはきっと粉々に散った怪物の体が光を乱反射し、静かに燃え散っているからだろう。

 

「…………あ」

 

 そのとき、見えた。

 アツコの頭に、ヘイローが。

 美しい後光に照らされ、纏った白い外套をはためかせ、片手に《スコルピウス》を掲げたその姿は、まるで宗教画に描かれし聖者のようだった。

 

 ――そうか、彼女のヘイローが見えなかったのは決して今いる世界の影響などではなかったのだ。私が……自分の過去から必要以上に目を背けていたから。見ようとしていなかったからだったのだ。

 

 それに気づいたとき、遠くから電車の警笛の音が響いてきた。

 

「……行くんだな」

 

 私は彼女に言った。

 いつしか私達の間に流れてゆく時間はゆっくりになっていて、後光はより白く強くなっていく。

 お互いが、お互いの心に決着をつけた。未来を見た。これこそが、帰りの切符だったのだ。

 それを私達は、誰に説明されるでもなく理解していた。

 

「……うん。ありがとうサっちゃん。会えてよかった」

 

 先ほどまでの凛々しいモノとは違う、私の知っているアツコらしい、柔らかな笑み。

 私もそれに、笑みで返す。

 

「ああ、私も会えてよかった」

 

 お互い、確かに向き合う。

 それぞれの瞳をまっすぐと見つめ合う。

 

「他のみんなより随分と出遅れちゃったけれど……私もやっと前に進むことができそうだよ。本当に、ずっとサっちゃんのお世話になりっぱなしだね」

「それを言うなら私もだ。私はいつもアツコのおかげで大事な事に気づく事ができた。なんなら私は死んでからもアツコの世話になった訳だしな」

「うふふっ、そう言えばそうだね。なんだか、おかしいね」

「フフッ、そうだな、本当に変な話だ。変と言えばさっきの戦闘は凄かったな、いつの間にあんな足癖が悪くなったんだ?」

「んー別に覚えたわけじゃないよ? アドリブ」

「アドリブ!? それは、本当に凄いな……」

「うん、勢いでサっちゃんの真似したらできたんだよね」

「待ってくれ、私あんな体術を駆使した戦闘をした覚えはないんだが……?」

「でもやるかやらないかで言えばやりそうじゃない?」

「やりそうとは……なぜ横で一緒に戦っていたはずのアツコがそんなエアプめいた事を……」

「……? えあぷ? って何?」

「あ、すまない……悪い友人の良くない影響で時折……おのれ許さんぞあの陽キャクソオタク……!」

「……くすくすっ、本当にもう、サっちゃんったらいっつも振り回されてるんだから……ふふふ!」

「……フフフ、確かにな。本当に、いつまでたっても我ながら情けないな……ハハハハッ!」

 

 世界を隔てる別れが迫っていると言うのに、私達の間にはまるで日常で何気ない話で笑い合う。

 かつて失ってしまったはずの、私達が奇跡を紡ぎ手に入れた自然体。

 もう戻ってこないと思っていた穏やかな時間。

 ここまでの遠い旅路を歩んできた私達だからこそ至れた旅の()()()

 長い道のりをまた歩むための、ちょっとした乗換駅。

 温かい光が穏やかな大河のように流れ行くステーションでの、ちょっとした小話。

 そこに悲壮はない。あるのはこれから先に溢れる希望だ。

 

「……と、そろそろだね」

「そうか……楽しい時間というのは、あっという間だな」

 

 光はより強く、アツコを包んでいく。

 だとしても、私達にはもはや未練も逃避もなく、溢れ満ちるのは、満ち足りた気持ちのみだった。

 故にアツコも私も、笑顔で別れの言葉を言い合う。

 

 

 

「じゃあね、サっちゃん――私の友達……そして、私の恋したあなた」

「さらばだ、アツコ――私の友達……そして、私の恋した君」

 

 

 

 私達は、想い合っていた。

 今ようやく、お互いそうだとようやく気づけた。

 

 ――まったく……何から何まで、肝心な所で鈍いな、お互いに。

 

 世界が光に包まれていく。

 それは、アツコを迎えに来た帰りの電車のライトだった。

 

 

   *****

 

 

「…………んんっ……?」

「お、ようやく起きたか。大丈夫か? 高杉」

 

 同じ公園だが先程の場所からは離れた所にあるベンチで、私の教え子は私の膝の上で目を覚ました。

 

「あれ……常前先生……? ……って、なんで私、常前先生に膝枕されて!?」

「さあな。ただ私がお前を見つけたときには既にすやすやと眠っていたぞ」

 

 私がこの公園にたどり着いたときには彼女は気を失っていたのだから嘘は言ってはいない。

 ただ大事な部分をはぐらかしているだけだ。

 ちょっとした大人の悪知恵だな。

 

「うう、ちょっと疲れが溜まってたのかな……あれ? そういえばアツコさんは……?」

「アツコは……帰ったよ。お互い、大事な事にケリをつけたからな」

「……そうなんですか。あんなにお世話になったし、もっとちゃんとお礼しておけばよかった」

 

 ちょっとだけ寂しそうな顔をする彼女。

 私はそんな彼女の頭を、つい撫でる。

 

「えっ!? せっ、先生……!?」

「大丈夫だよ、きっとアツコはお前が思っている以上にお前に感謝していて、あいつだって本当はもっといっぱい感謝を述べたかったろう。でも帰らなければならなかったから……だからそこは、お互い様、ということだ」

「は、はぁ……? そ、それはともかく止めてください! 今は女同士でもセクハラって成立するんですからね!?」

「ああ、すまない。ちょっと私の恩師は馴れ馴れしい所もあった人でな。その影響かもしれん」

「うぅぅ……それ本当にいい人だったんですか? 先生の先生って……」

「……ああ、間違いなくな」

 

 アツコ達の中で、そして私の教え子の中に『錠前サオリ』がいるのと同じく、私の中にも『先生』の想いが生きている。

 こうして先に生きた大人は、教え導き、子へと受け継いでいくのだろう。

 そしてこれが『先生』がいつだか言っていた「生徒に教えられる」という事でもあるんだろう。分かっていたつもりだったが私もまだまだ分かっていなかったようだな。

 

「まあ、本当に常前先生には言いたい事いっぱいあるんですけど……でも、とりあえず最初に一つ、聞かせてください」

「ん? なんだ?」

 

 と、そこで彼女は改まって私の方を向き、顔を赤らめながらも少しだけ逡巡しながら聞いてきた。

 

「先生の……初恋って、どんな感じだったんですか? ……あ! いや!? その! なんていうか、参考にしたいっていうか、ちょっとまって! ちがくて! あの……!」

「ふふっ……そうだな」

 

 恐らくあまりにもそのまま聞いてしまった事で彼女はこうも慌てているのだろう。

 だからこそ、私は嘘偽りなくその質問に答えることにした。

 

「いわゆる、両片思いだったよ。それについさっき、気づいたところさ」

 

 私の答えに不思議そうな顔をする彼女。

 私はそんな彼女の頭をまた微笑みながら撫でて、また慌てられながらその手を弾かれ、笑い合うのだった。

 




次回、最終回。
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