IR情報で読み解くダンジョン経済学   作:カトーユキヒロ

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第11話:鉄屑の番犬たちと、黒い箱

 尾道特区の外れ、潮風で赤茶色に錆びついた元造船所の貸倉庫。

 

 シャッターが半分だけ開けられた薄暗い空間に、三人の初老の男たちがパイプ椅子に腰掛けていた。

 

 一人目は顔の右半分に広がる火傷跡に眼帯をつけた長身の男。かつて精密旋盤工として鳴らした(みなもと) (まさる)──通称ゲンさんだ。造船所では0.01ミリ単位の加工を素手で感じ取れると言われていたが、12.11で被災した時に負った火傷のせいでどこへ行っても石を投げられ、今は特区の底辺で日雇い仕事を流している。

 

 二人目は左膝から義足をつけたスキンヘッドの大男。三人目は温和そうな眼鏡をかけた小柄な男。三人とも作業着のあちこちに油汚れと擦り切れが目立つ。

 

「……一鉄の野郎、俺たちをこんなオンボロ倉庫に呼び出して、一体何の真似だ? まさかオレオレ詐欺の受け子でもやらせる気じゃねえだろうな」

 

 ゲンさんが、忌々しそうに安煙草を吹かしながら吐き捨てた。

 

「違いねえ。俺たちゃ造船所を追い出され、ダンジョンでも食いはぐれた鉄屑だ。今さらまともな仕事があるわけがねえ」

 

 男たちが自嘲気味に笑い合った時、倉庫の奥から足音が響いた。

 

「鉄屑だなんて謙遜しないでください。俺にとっては、喉から手が出るほど欲しかった鉄壁なのですから」

 

 現れたのは、安物だがサイズの合ったスーツを着こなした陽太と、冷徹な美貌にスーツを纏った凪、そして真鍮の義手を光らせた一鉄だった。

 

「一鉄。……誰だ、このガキは」

 

「口の利き方に気をつけな、ゲンさん。こいつが俺を日給5万で雇い上げた、株式会社ウォーター・ベインの若社長だ」

 

「なっ……5万だと!?」

 

 一鉄の言葉に、男たちの目の色が露骨に変わった。

 

 陽太はパイプ椅子の前に立つと、深く一礼してから真っ直ぐに彼らを見据えた。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。早速ですが、皆さんにオファーしたい業務内容と条件をお伝えします。こちらの設計図面をご確認ください。……業務は、用意されたパーツを組み立て、接着剤で完全に封印する外装の組み立て作業。日給は2万円。週休2日です」

 

「に、2万……!?」

 

 底辺での日雇い労働で、1日数千円を稼ぐのがやっとの彼らにとって、それは破格すぎる条件だった。眼帯の男が、信じられないというように身を乗り出す。

 

「おいおい、冗談キツイぜ坊主……いや、社長さん。ただの組み立てでそんな金が出るわけがねえ。ヤバい密造か何かの裏仕事か?」

 

「犯罪ではありません。合法的な工業製品の組み立てです。ただし──」

 

 陽太の横から、凪がスッと歩み出た。彼女の手には、分厚い書類の束が握られている。

 

「業務内容、製造工程、そしてこの工場に出入りしていること自体を、外部に一切漏らさないこと。破った場合は、違約金として即座に1億円を請求するNDAを結んでいただきます」

 

 凪がテーブルの上に辞書と見まがうような分厚い契約書を置くと、その圧倒的な威圧感と1億円という数字に、男たちは息を呑んだ。

 

「……なるほどな」

 

 源さんが、眼帯を摩りながら立ち上がった。

 

「やけに気前のいい給料は、技術に対する真っ当な対価じゃねえ。俺たちの口止め料も込みってわけだ」

 

「ご明察の通りです、ゲンさん。……特区のギルドや大企業が、この事業のノウハウを血眼になって探っています。どんな手段を使ってでも、俺たちを潰しに来るでしょう」

 

 陽太は一切の誤魔化しを捨て、事実だけを告げた。

 

「俺が欲しいのは、金や脅しに屈しない口の堅い番犬です。一鉄さんが、あなた方なら命を預けられると言った。だから、俺もあなた方に会社の命運を預けます」

 

「…………」

 

 源さんは陽太の瞳の奥にある、若者らしからぬ暗く冷たい覚悟の色を覗き込んだ。一度全てを失い、底辺を這いずり回り、大企業を相手に綱渡りの交渉(ディール)を仕掛ける若き相場師の執念。

 

 しばらくの沈黙の後。源さんはフッと肩の力を抜き、手元のペンを乱暴に掴んだ。

 

「……面白いじゃねえか。世間から見捨てられたポンコツの意地ってやつを、ギルドの連中に骨の髄まで見せつけてやるよ」

 

 源さんが迷いなく契約書にサインを書き込むと、他の男たちも次々とそれに続いた。

 

 一鉄がニヤリと笑い、陽太の肩を叩く。

 

「これで、人員は揃ったな。後は外装(ガワ)の調達だ」

 

「ええ。木崎さんのところへ交渉に行ってきます」

 

 頼もしい番犬たちを背に、陽太と凪は倉庫を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同日午後。東朋マテリアル実証実験センター・応接室。

 

 テーブルを挟んで対峙する陽太と凪の前に座る木崎は、怪訝な表情で一枚の設計図面を見つめていた。

 

「……これは」

 

「以前、木崎さんから純水プラントのフィルター接続はカートリッジ式にする予定だと伺いましたね」

 

 陽太がさらりと切り出すと、木崎の目に驚きが走った。あの検収後の雑談を、この若社長がまだ覚えていたのだ。

 

「ああ……確かにそう言ったが」

 

「今回の件で、そのご要望に応えられる準備が整いました。ご覧ください」

 

 陽太は図面をテーブルに広げた。そこに描かれているのは、純水プラントの配管に直接接続できる専用のプラスチック製カートリッジだ。不透明な外装に、接着剤で完全に封印されるネジ山が特徴的な設計になっている。

 

「次回からは、このカートリッジにフィルターを組み込んだ最終完成品として納品させていただきます。プラントへの接続はカートリッジを嵌めるだけ。現場の組み立て作業は一切不要になります」

 

 木崎の顔が、困惑から興味へと変わっていく。確かにこれは自分が望んでいた仕様だ。だが。

 

「……ありがたい提案だが、待ってくれ」

 

 木崎は設計図を手に取り、外装の仕様を指でなぞった。

 

「完全に不透明で、接着剤で封印される。つまり、中身が全く見えなくなるということだ。納品されたフィルターが本当に高品質な状態かどうか、目視での検品ができなくなる。品質管理の観点から、それは受け入れがたい」

 

「目視の検品は不要です。より確実な方法があります」

 

 陽太は涼しい顔で答えた。

 

「カートリッジをプラントに接続して、水を通すだけです。純水が出れば合格。万が一不良品があれば、全額返金の上、即座に代替品を用意します。結果で検品していただければ良い」

 

「結果で、か……」

 

 木崎が腕を組む。理屈は通っている。だが、なぜここまで中身を隠したがるのか。

 

「湊君、率直に聞く。なぜそこまで中身を見せたくない?」

 

 鋭い視線が陽太を射抜く。陽太は一瞬だけ間を置き、木崎に向けて正面から答えた。

 

「先日、ギルドの監査部がうちの倉庫に乗り込んできました」

 

「なっ……!」

 

「ええ。御社が向島のベースキャンプを急に撤収させたことで、ギルドが不審に思ったようです。幸い法律論と相手の状況を逆手にとって追い返しましたが、透明なパッケージのままでは、いずれギルドに法的な対策を取られ、実態はただの未加工の魔物素材だと、取引を強制停止させられるリスクがあります」

 

 木崎の顔から、さぁっと血の気が引いた。

 

「チッ……ギルドめ、もうこの取引を嗅ぎつけてきやがったか」

 

「このブラックボックス化は、我々のノウハウを守るためだけでなく、御社の純水プラント計画をギルドの介入から守るための防壁でもあります。木崎さん、これは御社にとっても悪い話ではないはずです」

 

 木崎は黙って図面を見つめた。ギルドの介入を防げる。現場の組み立て作業が要らなくなる。そして何より、これは自分が最初から望んでいた仕様だ。

 

「……カートリッジの外装パーツは御社から支給していただきますが、組み込み作業費は一切いただきません。1個1万円、お値段は据え置きです」

 

 凪が静かに付け加えると、木崎は完全に沈黙した。

 

「……なんだと」

 

「御社としては、受け取ったものをそのままプラントに接続するだけになります。現場の組み立て工数と人件費が完全に浮く。ギルドの介入も防げる。そして御社が最初から望んでいた仕様が手に入る。……いかがですか」

 

 木崎の脳内で、打算が猛烈な速度で弾かれた。デメリットが一つも見当たらない。

 

「……ハァ。君たちには本当に驚かされるよ。毎回毎回」

 

 木崎は深く、重いため息をこぼした。

 

「分かった。提案を受け入れよう。すぐに外装パーツの手配をかける」

 

「ありがとうございます。……あ、最後に一つ。木崎さん、これはただの独り言として聞いてください」

 

 陽太がふと思い出したように、木崎に語りかける。

 

「先日乗り込んできたギルドの監査官ですが、勘だけで動いたわけではありませんでした。監査官はこう言っていましたよ。特区の底辺探索者からフィルターを調達せざるを得ない、そうタレコミをした御社の研究員がいたと。……高橋とか言っていましたね」

 

「なっ……!」

 

 木崎の顔からさぁっと血の気が引き、直後に、凄まじい怒りで顔が赤黒く染まった。

 

 木崎の拳が、ギリッと音を立てて強く握り込まれる。

 

「……そうか。貴重な独り言を感謝するよ、湊社長。……社内のネズミの駆除は、私の責任で徹底的にやらせてもらおう。今後とも、良きパートナーでいてくれ」

 

 木崎のその声には、先ほどまでの警戒心は消え失せていた。そこにあるのは、共通の敵の存在を教え、自分を救ってくれた信頼できる共犯者への確かな敬意だった。

 

「ええ。こちらこそ」

 

 陽太は静かに微笑み、応接室を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ギラギラと太陽が照りつける尾道の港湾部へ出た二人。

 

「……完璧な交渉(ディール)だったわね、社長。最後のあれで、木崎さんを完全にこっちの味方に引きずり込んだわ」

 

 凪が、ふぅっと息を吐き出しながら笑みを浮かべる。

 

「ああ。厄介な高橋はこれで自滅する。東朋の下請け組み立て工場という隠れ蓑が完成だ」

 

 陽太は強く拳を握りしめた。

 

 番犬たちが守る倉庫。ブラックボックスのカートリッジ。東朋という大企業の後ろ盾。そして、木崎という信頼できる共犯者。

 

「さて……。次は何を仕掛けるの、社長?」




煤原 Y 歴史の空 様
お気に入りの登録ありがとうございます。

話のリライト完了です。
話の流れは旧バージョンと変えていませんが、伏線回収によってより分かりやすくなったのではないかと思います。

今後も頑張りますので、感想・評価・お気に入り等よろしくお願いいたします。
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