IR情報で読み解くダンジョン経済学   作:カトーユキヒロ

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前話の中盤に陽太の心理描写を追加してます。
話の流れは変わりませんが、入れた方が今話が若干分かりやすいかなと


第16話:スライムの鼓動と、黄金のアルゴリズム

 翌朝。東朋マテリアル実証実験センター、中央制御室。

 

 ずらりと並んだモニターと複雑な計器類に囲まれたその部屋は、異様な緊張感に包まれていた。

 

 木崎の顔には深い隈が刻まれていたが、その手にはしっかりと、役員印の押された念書が握られていた。

 

「……湊君。約束通り、プラントの純水売上の3%を恒久的に支払う覚書だ。取締役会は徹夜で紛糾したが、私の進退を賭けてなんとか通してきた」

 

「ご苦労様でした、木崎さん。これで晴れて、正式な技術コンサルタントですね」

 

 陽太が涼しい顔で念書を受け取ると、部屋の奥に控えていた白衣姿の研究員たちが、胡散臭そうな視線を向けてきた。彼らは東朋が誇るエリート技術者たちだ。

 

「木崎主任。本当にこんな学生の思いつきで、数十億はするプラントのプログラムを書き換える気ですか?」

 

 チーフエンジニアらしき初老の男が、不満げに口を開く。

 

「連続加圧ではなく間欠加圧にするなど、生産効率がガタ落ちします。それに、どんな周期で圧を抜けばいいのか、パラメーターの算出だけでも数ヶ月のシミュレーションが必要ですぞ」

 

「シミュレーションの時間は必要ありません」

 

 陽太は白衣の技術者たちに向かって、静かに言い放った。

 

(──というのは建前だ。俺も具体的な数値なんて全く分かっていない。だが、ここで主導権を握らなければ、大企業のエリートたちは絶対に俺の指示に従わない)

 

 内心の焦燥を完璧なポーカーフェイスで覆い隠し、陽太は不敵に笑ってみせた。

 

「俺が目で見て、リアルタイムで最適なパラメーターを弾き出します。皆さんは、俺の指示通りにポンプの制御盤を叩いてください。……テスト用の透明な耐圧チャンバーに、コアを一つセットしてくれますか」

 

 半信半疑の技術者たちだったが、木崎の鶴の一声で実験は開始された。

 

 分厚い防弾ガラスで覆われたテストチャンバーの向こうに、泥スライムの核がセットされる。冷却された低濃度魔素水が注ぎ込まれ、ポンプが低い駆動音を上げ始めた。

 

「いきます。加圧スタート」

 

 陽太の合図とともに、技術者がコンソールを操作する。

 

 その瞬間、陽太は瞳の奥に魔力を集束させた。

 

 状態把握(アナリティクス)アビリティレベル3検査官(インスペクター)スキル起動

 

検査官(インスペクター):泥スライムの核 / 劣化率:0% / 表面温度:15.4℃(上昇中)】

 

「……ストップ、排圧(リリース)!」

 

 プシュウゥゥッ! という音と共に、チャンバー内の圧力が抜ける。

 

 そのわずかな瞬間、泥スライムの核が微かに脈動し、内部に溜まった熱が周囲の冷水へと逃げていくのが見えた。

 

検査官(インスペクター):泥スライムの核 / 劣化率:0% / 表面温度:12.1℃(下降)】

 

「よし、排圧はコンマ5秒で十分。次は加圧時間を伸ばします。スタート!」

 

 陽太の指示が飛ぶ。

 

 技術者たちは最初こそ渋々従っていたが、数回のセッションを繰り返すうちに、彼らの目の色が変わっていった。

 

「……信じられん。サーモグラフィの温度上昇曲線が、限界値のギリギリで完璧に折り返している」

 

「どうなっているんだ? 内部センサーのタイムラグすら凌駕して、最も熱がこもる直前をピンポイントで見切っているとでも言うのか……!?」

 

 陽太の目は、計器には映らない劣化率という真実のパラメーターを捉え続けていた。

 

 加圧しすぎれば熱で劣化し、排圧が長すぎれば生産効率が落ちる。そのギリギリのチキンレース。

 

 陽太はひたすらに検査官(インスペクター)を連続発動し、視界を埋め尽くすシステムメッセージと格闘していた。

 

 数時間ぶっ通しの実験。窓のない制御室の空気は淀み、眼球の奥が焼け焦げるように熱く、酷使した脳が悲鳴を上げ始める。

 

「……湊君、少し休憩しないか。顔色が悪いぞ」

 

 木崎が心配そうに声をかけるが、陽太は首を横に振った。

 

(ここで休めば、ハッタリだと見透かされる。限界まで張り詰めろ。相場師なら、最後まで大見得を切れ!)

 

「いいえ、あと少しです。核の鼓動の波長が、なんとなく掴めてきた。……加圧3.5秒、排圧0.4秒。試してください」

 

「了解した!」

 

 いつの間にか、エリート技術者たちの声から疑念は完全に消え去っていた。彼らは今や、陽太という異常な生体センサーの指示に絶対の信頼を置き、コンマ単位のプログラム調整に熱狂していた。

 

 ──そして、連続発動回数が千回を超えようとした、その時だった。

 

 “ピッ”という電子音のような幻聴と共に、陽太の視界に鮮やかなシステムウィンドウが展開された。

 

【条件を満たしました。状態把握(アナリティクス)アビリティが レベル3 から レベル4 にレベルアップしました】

 

【スキル追加:最適者(オプティマイザー)が解放されました】

 

「……最適者(オプティマイザー)?」

 

 陽太が瞬きをした直後、視界に映る泥スライムの核の周囲に、淡い光の波形が浮かび上がった。

 

 それは、核が最もストレスなく、かつ最大効率で魔素を分解できる理想の呼吸の波長だった。今まで手探りで探していた正解のアルゴリズムが、幾何学的な光の線となって陽太の目に直接飛び込んでくる。

 

(……見える。完璧なリズムが)

 

 陽太は震える息を吐き出し、制御盤に向かっているチーフエンジニアの肩に手を置いた。

 

「チーフ。これが最終のパラメーターです」

 

「湊君……分かったのか?」

 

「ええ。加圧時間、3.84秒。排圧時間、0.41秒。……このリズムで、本番環境の1000個のカートリッジを一斉に動かしてください。ミリ秒単位のズレも許されません」

 

「3.84に、0.41……なんという変則的な……。分かった、すぐにプログラムを書き換える!」

 

 チーフエンジニアの指がコンソールを踊るように叩き、新たな制御アルゴリズムがメインシステムにインストールされた。

 

「……全プログラム、書き換え完了。間欠加圧モード、起動します!」

 

 木崎が固唾を呑んで見守る中、重々しい機械音と共に、1000個のフィルターが直列に接続された本番用の巨大プラントが息を吹き返した。

 

 ズン……ズン……ズン……。

 

 一定のノイズだった駆動音が、まるで巨大な生き物の心臓の鼓動のような、力強くも規則的なリズムへと変わる。

 

 3.84秒の加圧で一気に魔素を分解し、0.41秒の排圧で一斉に熱を吐き出す。

 

 それは無機質な鉄のプラントと、ダンジョンの泥を浄化し続けてきたスライムという生命が、陽太の最適者(オプティマイザー)によって完璧に同期した瞬間だった。

 

「……排出口、水質クリア! 魔素含有量0.00%!」

 

「各カートリッジの温度データ、異常なし! 15℃前後で完全に安定しています!」

 

「劣化の兆候、一切見られません! 生産効率は……想定の120%をマークしています!!」

 

 次々と読み上げられる完璧な数値に、中央制御室は一瞬の静寂に包まれ──直後、割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 

 白衣の技術者たちが抱き合い、木崎はその場にへたり込んで安堵の涙を流している。

 

 チーフエンジニアが陽太の元へ歩み寄り、深い敬意を込めて右手を差し出してきた。

 

「……完敗だよ、湊社長。君のその勘は、我々の最新のスーパーコンピューターよりも正確で美しい。あのアルゴリズムは、もはや芸術だ」

 

「俺一人の力じゃありません。皆さんの完璧なハードウェアと、正確なプログラミング技術があったからこそです。最高のプラントですよ、チーフ」

 

(──危なかった。土壇場でスキルが進化してくれなければ詰んでいた)

 

 陽太が内心の安堵を隠してその手を固く握り返すと、チーフは嬉しそうに目尻の皺を下げた。

 

 モニターの向こうでは、低濃度魔素水が魔法のように澄み切り、滝のような純水となって貯水タンクへと流れ込み続けている。

 

 東朋マテリアルという巨大なクジラは、陽太の与えた鼓動によって再び大海原を泳ぎ始めた。

 

 そしてそれは同時に、陽太の法人口座に、大企業が生み出す莫大な売上の3%が、半永久的に流れ込み続ける黄金のパイプラインが完成したことを意味していた。




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