「仕事がない日は、君に会えないから大嫌い」
究極のアイドル・星野アイにとって、週に一度の「オフ」は孤独で不安な時間だった。
そんな彼女が向かった先は、苦労人マネージャー・佐藤の自宅。
合鍵(自称・ステルス能力)を駆使して部屋に忍び込み、眠る佐藤を強引に起こしたアイは、ステージ上の完璧な笑顔ではなく、一人の少女としての「寂しがり屋な本音」をぶつける。
「マネージャー業が休みなら、今日一日は私の『専属構い手』になって」
ゼロ距離で抱きつき、頬へのキスで翻弄し、手料理をねだる――。
子供を授かる前、まだ誰のものでもなかった頃のアイ。
嘘を愛する彼女が、佐藤という「特別」の前だけで見せる、わがままで甘すぎる独占欲全開の一日。
マネージャーとアイドル。その境界線が、狭いワンルームの中で静かに溶け出していく。

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第1話:オフの日、君の家は私のステージ

「……さーとーくん! 起きてってば! 太陽さんはもうあんなに高いよ!」

心地よい眠りを切り裂いたのは、聞き慣れた、しかしこの場所で聞くはずのない鈴を転がすような歌声だった。

佐藤は重い瞼を押し上げ、視界を合わせる。そこには、数千万人のファンを熱狂させる究極のアイドル、星野アイがいた。

至近距離。鼻先が触れそうなほどの距離で、彼女の瞳にある「星」が、夏の朝の光を受けて不敵に輝いている。

「……アイ? なんでここに……」

「あ、やっと起きた! おはよ、佐藤くん。もう午前10時だよ? 私の最愛のマネージャーさんがこんなに寝坊助でいいのかなー?」

アイは佐藤のベッドの端に腰掛け、楽しそうに足をパタパタさせている。

服装はステージ衣装ではなく、ダボッとした大きめのパーカーに短いデニムのショートパンツ。佐藤が以前「冷えるから」と渡した予備のパーカーを、彼女は勝手に自分のパジャマ代わりにしているようだった。

「いいんだよ。今日は、俺も、お前も……オフのはずだろ。それにここ、オートロックのはずなんだけど」

「えへへ、お隣さんがゴミ出しに出た隙に、するーっとね。アイちゃんのステルス能力を甘く見ないでほしいな! それに、合鍵の隠し場所、もう知ってるもん」

佐藤は頭を抱えながら、のっそりと上体を起こした。

二十歳そこそこの若手マネージャーとして、彼女に「タレントとしての自覚」や「プライベートの管理」を口酸っぱく説いている立場だというのに、当の本人が真っ先にそれを破って自宅に不法侵入してくるとは。

「アイ……昨日も言ったよな。今日は完全オフ。俺に構わず、友達と遊びに行くとか、ゆっくり寝るとか……自分の時間を過ごせって」

「やだ」

即答だった。

アイはベッドから立ち上がると、キッチンの方へ歩き出し、勝手知ったる様子で冷蔵庫を開ける。

「友達なんていないし、一人で寝るのなんて飽きちゃった。それにさ……」

アイは冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎながら言葉を続けた。その背中が、窓から差し込む光に透けて、一瞬だけ消えてしまいそうなほど儚く見えた。

「私、オフの日って大っ嫌いなんだよね。だって、仕事がないと佐藤くんに会えないでしょ? 『マネージャーとアイドル』っていう繋がりがなくなっちゃう日は、なんだか自分が世界からポツンと取り残されたみたいで、すっごく不安になるの」

アイはくるりと振り返り、悪戯っぽく、けれどどこか真剣な瞳で佐藤を見つめた。

「だから決めたんだ。オフの日は、佐藤くんが私の『専属構い手』になること! これなら寂しくないし、お仕事じゃないから、もっと……ね?」

アイはトテトテと歩み寄ると、まだベッドに座っている佐藤の膝の間に割り込むようにして立った。

アイドルのパーソナルスペースなどどこへやら。彼女は佐藤の首に細い腕を回し、体重を預けてぎゅっと抱きつく。

「ちょっと、アイ……近すぎる。離れろ」

「やーだー。佐藤くんの家なんだから、誰にも見られてないでしょ? ほら、もっと私を感じて。心臓の音、聞こえる?」

佐藤の胸に押し当てられた彼女の小さな頭から、甘いシャンプーの香りが漂う。

仕事中のアイは、誰の手も届かない場所で輝く「嘘の天才」だ。けれど、こうして自分の部屋でわがままを言っている彼女は、あまりにも脆く、自分がいなければどこかへ消えてしまいそうな危うさを持っている。

「……分かったよ。ただし、大人しくしてるならだぞ。朝飯、まだだろ?」

「やった! さすが私の佐藤くん、物分かりがいいね! 好き!」

アイはパッと顔を輝かせると、佐藤の頬に「ちゅっ」と音を立ててリップ音を響かせた。

「なっ……!?」

「あはは! 赤くなってるー。ねえ佐藤くん、お腹空いた。私、佐藤くんが作ったオムライスが食べたいな。あ、ケチャップで大きく『アイ愛してる』って書いてね!」

「自分で食べろ」と言い捨ててキッチンに向かう佐藤の背中を、アイは満面の笑みで追いかける。

結局、オフの日であっても、佐藤が休める時間は一秒もなさそうだった。

エプロンを締め、フライパンを握る佐藤の背中に、アイはさらに追い打ちをかけるように密着してくる。

「ねえ、玉ねぎ切るの早いね。かっこいい。あ、今の動画撮っていい?」

「やめろ、映えるようなもんじゃない」

「映えるよ。アイちゃん専属の料理人だもん。世界一贅沢な動画だよ」

背中に感じる彼女の柔らかな体温と、絶え間なく続くお喋り。

佐藤はため息をつきながらも、その口角が少しだけ上がっていることに自分自身で気づいていた。

アイドル・星野アイを支えるのはマネージャーの仕事だ。

けれど、こうして「ただの女の子」に戻りたがる彼女を受け止めてやるのは、きっと佐藤という一人の男にしかできない。

「佐藤くん、今日一日ずっと私のことだけ見てて。テレビもスマホも禁止。アイちゃんだけを見て、愛でて、構い倒すこと。分かった?」

フライパンを振る佐藤の腰を、アイが後ろからぎゅっと抱きしめる。

太陽よりも眩しくて、夜の闇よりも深い孤独を抱えたアイドル。

彼女の「嘘」がいつか本物になる日まで、この騒がしいオフの日が続くのも悪くないと、佐藤は心の中で密かに認めていた。

「よし、できたぞ。食ったら少しは静かにしろよ」

「えー、無理! だって今日はまだ、一万回くらい『可愛い』って言ってもらう予定なんだもん!」

佐藤の長い一日は、まだ始まったばかりだった。


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