ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜 作:can'tPayPay
休暇二日目。
アリナは宣言通り、カイトの家のベッドから昼過ぎまで動かなかった。
「……んぅ……カイト……お腹空いた……」
枕に顔を埋めたまま、もごもごと喋るアリナ。カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の乱れた髪を照らしている。ギルドのカウンターで見せる、あの凛々しい「鉄壁の受付嬢」の面影はどこにもない。
「はいはい。今、アリナが昨日『食べたい』って言ってた、ふかふかのフレンチトースト焼いてるよ」
キッチンから漂ってくる甘い香りに、アリナの鼻がヒクヒクと動く。
彼女はのろのろと起き上がると、カイトの背中に後ろから抱きついた。
「……あんた、本当にいい相棒ね。一生私の朝ごはん(兼昼ごはん)担当にしてあげたいわ」
「光栄だけど、僕の冒険者としての尊厳はどこに行ったのかな。ほら、焼けたよ」
テーブルに並んだ、たっぷりのハチミツとクリームがかかったフレンチトースト。
アリナはそれを幸せそうに頬張り、蕩けるような笑みを浮かべる。仕事中の「営業スマイル」ではない、ただの「食いしん坊な女の子」の顔だ。
「……幸せ。仕事なんて、この世から消滅すればいいのに……」
「それを言うと、僕たちのデート代(視察費用)が出なくなるよ」
### 2.
平和な時間は、一通の魔導通信によって破られた。
カイトの懐で、ギルドの緊急連絡用デバイスが激しく明滅する。
「……っ、このタイミングで!?」
カイトが内容を確認すると、顔色が険しくなった。
アリナは口元にクリームをつけたまま、ジト目でカイトを睨む。
「……カイト。もしそれが『仕事』の話なら、今すぐその端末を私のハンマーで分子分解してあげるけど」
「待って、アリナ。……これ、僕への依頼じゃない。ギルド本部から、全職員と特定ランク以上の冒険者への『緊急召集』だ。王都の地下水道で、大規模な魔力逆流が発生したらしい」
「はぁぁぁぁぁあああ!?!?!? 逆流!? あんなの、維持管理部門の怠慢じゃない! なんで私の有給が、そんな管理不足の尻拭いに使われなきゃいけないのよ!!」
アリナの背後から、噴火せんばかりの魔圧が吹き荒れる。
「しかも、地下水道なんて……臭いし、汚いし、暗いし! 私の休暇プランには、そんなドブさらいの予定なんて一秒も組み込まれてないわ!!」
「落ち着いて! ……でも、これに応じないと、明日からのアリナの『完璧な勤務評定』に傷がつく。……それは嫌だろ?」
「……うぐっ……!!」
カイトの言葉は、アリナの唯一の「弱点」を突いていた。
彼女は、完璧に仕事をこなし、文句の付け所がない職員であるからこそ、定時退勤を強行できるのだ。ここで召集を無視すれば、今後の定時退勤に支障が出るかもしれない。
### 3.
「……いいわよ。行けばいいんでしょ、行けば! その代わりカイト、条件があるわ」
アリナは仁王立ちになり、カイトを指差した。
「一、現場には五分以内に着くこと。
二、私がハンマーを一振りする間に、あんたが全ての汚物と魔力を完璧に隠蔽すること。
三、終わったら、王都で一番高いパフェを奢ること!!」
「……全部、僕の負担が凄まじいんだけど。……了解、相棒。最速で終わらせて、ベッドに戻ろう」
二人はすぐさま準備を整え、王都の地下へと繋がる隠し通路へと飛び込んだ。
地下水道の奥。
そこでは、溢れ出した魔力によって変異した巨大な粘形生物(スライム)の群れが、地上へ這い出そうと蠢いていた。
現場にいた他の職員たちが絶望的な声を上げる中――。
「――どきなさい。そこ、私の『安眠』を邪魔する汚物(ゴミ)が溜まってる場所よ」
闇の中から、透き通るような、けれど底冷えする声が響く。
「『神器召喚』――!!」
### 4.
カイトが瞬時に広域結界を展開し、同僚たちの意識を一時的に遮断する。
直後、地下水道が震えるほどの衝撃が走った。
ドォォォォォォン!!
アリナのフルスイング。
溢れ出した魔力も、巨大スライムも、そして地下の嫌な臭いさえも、ハンマーから放たれた純粋な魔力の波動によって蒸発した。
「……はい、終わり。カイト、あとは『たまたま魔力の暴発で自滅した』ってことにしておいて。私、帰るわよ」
「相変わらず無茶苦茶だな……。でも、これで明日の有給三日目は守られたね」
カイトが手際よく現場を偽装し、呆然とする同僚たちが意識を取り戻す前に、二人は影に紛れてその場を脱出した。
帰り道。
カイトの背中に負ぶさりながら、アリナは満足げに小さく欠伸をした。
「……カイト。……明日は、一日中……絶対に、ベッドから出ないからね……」
「わかってるよ。明日はパフェも、フレンチトーストも、全部ベッドまで運んであげるから」
「……ん。……愛してるわよ、相棒」
寝言のような、けれど本気のアリナの言葉に、カイトは苦笑しながらも、その背中をしっかりと支え直した。
最強の受付嬢の休日は、相棒の献身的な「後始末」によって、辛うじて守られたのだった。