ギルドの受付嬢は定時に帰りたい 〜最強のハンマー使いと隠蔽工作の相棒〜   作:can'tPayPay

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第7話:共犯者の休日(後編)と、不穏な「休日出勤」の足音

休暇二日目。

 アリナは宣言通り、カイトの家のベッドから昼過ぎまで動かなかった。

「……んぅ……カイト……お腹空いた……」

 枕に顔を埋めたまま、もごもごと喋るアリナ。カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の乱れた髪を照らしている。ギルドのカウンターで見せる、あの凛々しい「鉄壁の受付嬢」の面影はどこにもない。

「はいはい。今、アリナが昨日『食べたい』って言ってた、ふかふかのフレンチトースト焼いてるよ」

 キッチンから漂ってくる甘い香りに、アリナの鼻がヒクヒクと動く。

 彼女はのろのろと起き上がると、カイトの背中に後ろから抱きついた。

「……あんた、本当にいい相棒ね。一生私の朝ごはん(兼昼ごはん)担当にしてあげたいわ」

「光栄だけど、僕の冒険者としての尊厳はどこに行ったのかな。ほら、焼けたよ」

 テーブルに並んだ、たっぷりのハチミツとクリームがかかったフレンチトースト。

 アリナはそれを幸せそうに頬張り、蕩けるような笑みを浮かべる。仕事中の「営業スマイル」ではない、ただの「食いしん坊な女の子」の顔だ。

「……幸せ。仕事なんて、この世から消滅すればいいのに……」

「それを言うと、僕たちのデート代(視察費用)が出なくなるよ」

### 2.

 平和な時間は、一通の魔導通信によって破られた。

 カイトの懐で、ギルドの緊急連絡用デバイスが激しく明滅する。

「……っ、このタイミングで!?」

 カイトが内容を確認すると、顔色が険しくなった。

 アリナは口元にクリームをつけたまま、ジト目でカイトを睨む。

「……カイト。もしそれが『仕事』の話なら、今すぐその端末を私のハンマーで分子分解してあげるけど」

「待って、アリナ。……これ、僕への依頼じゃない。ギルド本部から、全職員と特定ランク以上の冒険者への『緊急召集』だ。王都の地下水道で、大規模な魔力逆流が発生したらしい」

「はぁぁぁぁぁあああ!?!?!? 逆流!? あんなの、維持管理部門の怠慢じゃない! なんで私の有給が、そんな管理不足の尻拭いに使われなきゃいけないのよ!!」

 アリナの背後から、噴火せんばかりの魔圧が吹き荒れる。

 

「しかも、地下水道なんて……臭いし、汚いし、暗いし! 私の休暇プランには、そんなドブさらいの予定なんて一秒も組み込まれてないわ!!」

「落ち着いて! ……でも、これに応じないと、明日からのアリナの『完璧な勤務評定』に傷がつく。……それは嫌だろ?」

「……うぐっ……!!」

 カイトの言葉は、アリナの唯一の「弱点」を突いていた。

 彼女は、完璧に仕事をこなし、文句の付け所がない職員であるからこそ、定時退勤を強行できるのだ。ここで召集を無視すれば、今後の定時退勤に支障が出るかもしれない。

### 3.

「……いいわよ。行けばいいんでしょ、行けば! その代わりカイト、条件があるわ」

 アリナは仁王立ちになり、カイトを指差した。

「一、現場には五分以内に着くこと。

 二、私がハンマーを一振りする間に、あんたが全ての汚物と魔力を完璧に隠蔽すること。

 三、終わったら、王都で一番高いパフェを奢ること!!」

「……全部、僕の負担が凄まじいんだけど。……了解、相棒。最速で終わらせて、ベッドに戻ろう」

 二人はすぐさま準備を整え、王都の地下へと繋がる隠し通路へと飛び込んだ。

 地下水道の奥。

 そこでは、溢れ出した魔力によって変異した巨大な粘形生物(スライム)の群れが、地上へ這い出そうと蠢いていた。

 現場にいた他の職員たちが絶望的な声を上げる中――。

「――どきなさい。そこ、私の『安眠』を邪魔する汚物(ゴミ)が溜まってる場所よ」

 闇の中から、透き通るような、けれど底冷えする声が響く。

「『神器召喚』――!!」

### 4.

 カイトが瞬時に広域結界を展開し、同僚たちの意識を一時的に遮断する。

 直後、地下水道が震えるほどの衝撃が走った。

 ドォォォォォォン!!

 アリナのフルスイング。

 溢れ出した魔力も、巨大スライムも、そして地下の嫌な臭いさえも、ハンマーから放たれた純粋な魔力の波動によって蒸発した。

「……はい、終わり。カイト、あとは『たまたま魔力の暴発で自滅した』ってことにしておいて。私、帰るわよ」

「相変わらず無茶苦茶だな……。でも、これで明日の有給三日目は守られたね」

 カイトが手際よく現場を偽装し、呆然とする同僚たちが意識を取り戻す前に、二人は影に紛れてその場を脱出した。

 帰り道。

 カイトの背中に負ぶさりながら、アリナは満足げに小さく欠伸をした。

「……カイト。……明日は、一日中……絶対に、ベッドから出ないからね……」

「わかってるよ。明日はパフェも、フレンチトーストも、全部ベッドまで運んであげるから」

「……ん。……愛してるわよ、相棒」

 寝言のような、けれど本気のアリナの言葉に、カイトは苦笑しながらも、その背中をしっかりと支え直した。

 最強の受付嬢の休日は、相棒の献身的な「後始末」によって、辛うじて守られたのだった。

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