インフィニット・ストラトス ~暮桜の懺悔~ 作:熾天使セラフィム
「どうだ、問題はないか。簪」
「はい。PICおよびシールドエネルギー、共に問題ありません」
クラス対抗戦当日。
俺は第四アリーナで、更識簪と《打鉄弐式》の最終調整を行っていた。
え、お前は一組の生徒だろって?
知るか。
俺は、自分の作ったISを丁寧に扱い、真面目に学び、きちんと整備してくれる人間が好きなんだ。
その点、更識簪という少女は信用できた。
日本代表候補生。
そして、第1種IS整備資格四段階評価持ち。
一年生で、彼女以上の整備技能を持つ奴はまずいない。
下手をすれば教師陣すら超えている。
だからこそ、《打鉄弐式》は彼女に託された。
この機体は、俺と倉持技研が総力を挙げて完成させた重武装型ISだ。
《Ex-S》のフレーム構造をベースに改良を施し、圧倒的火力と継戦能力を両立させている。
主兵装は、二門の荷電粒子砲《春雷》。
さらに、四十八発のファンネルミサイルポッド《山嵐》を搭載。
加えて、スラッシュハーケン、ビームガトリング接続型シールド、Iフィールド、物理兵装マチェットナイフまで積み込んでいる。
もはや重武装というレベルじゃない。
武装庫だ。
当然、機体重量も馬鹿みたいなことになった。
だが、《打鉄弐式》には大型エナジーウィングと高出力ジェネレーター群を搭載している。
その結果。
機動力がほとんど死んでいない。
意味が分からない。
しかも、これだけの装備を制御するため、機体には人工知能《FRIDAY》を搭載済み。
更に、各部ロック機構を利用したミドルフォームへの変形機能まで備えている。
上半身をシート化。
脚部を前方展開。
半人型・半戦闘機形態へ移行することで、インテンション・オートマチックによる直感制御を可能にした。
……冷静に考えると、なんだこの機体。
アリュゼウスとV2ガンダムを混ぜ込んだのか?
「春雷、出力チェック入ります」
簪の声と同時に、《打鉄弐式》背部の大型ユニットが低く駆動音を鳴らした。
背面装甲が左右へ展開。
二門の大型荷電粒子砲《春雷》が姿を現す。
直後。
空気が震えた。
チャージ状態に入っただけで、周囲の空気密度が変わる。
……相変わらず馬鹿火力だな。
「出力安定。
コンデンサー負荷率正常。
冷却系問題ありません」
「砲身ブレは?」
「誤差〇・〇二以下です」
「優秀」
普通なら大型砲を二門も積んだ時点で照準精度が死ぬ。
だが、《打鉄弐式》は違う。
Ex-Sのフレーム剛性を無理矢理ISサイズに落とし込んでいるせいで、頭がおかしいレベルで機体が硬い。
「《山嵐》、全セルチェック完了しました」
次の瞬間。
《打鉄弐式》各部のミサイルポッドが一斉展開した。
ガコン、ガコン、と重い音を立てながら、四十八門の発射口が露出する。
普通のISならドン引きする光景だ。
俺もちょっと引く。
「ファンネルミサイル接続良好。
オートエイム正常。
誘導補正問題なし」
「FRIDAYの反応は?」
『ALL GREEN』
機械音声が静かに響く。
直後、メインモニターへ人工知能《FRIDAY》の簡易UIが表示された。
簪が小さく息を吐く。
「……今日は機嫌が良いですね」
『PILOT CONDITION STABLE』
「褒められてるぞ」
「……少し恥ずかしいです」
簪が小声で呟く。
だが、頬が少し赤い。
どうやら本当に照れているらしい。
「次、ミドルフォーム移行テスト入ります」
「了解」
《打鉄弐式》各部ロック解除。
重装甲が駆動音と共にスライドしていく。
脚部が前方展開。
上半身フレームが後方へ傾き、半人型形態へ移行する。
その姿は、もはやISというより戦闘機だった。
アリーナ周辺で見ていた四組の生徒たちがざわつく。
「なにあれ……」
「変形した!?」
「嘘でしょ……」
そりゃそうだ。
ISでここまで大規模な変形をする機体なんて存在しない。
「姿勢制御は?」
「問題ありません。
ですが、右脚側スラスターが僅かに遅延しています」
「〇・一秒以下か?」
「はい」
「なら許容範囲。
本番終了後に調整する」
「了解しました」
簪は即座にログへ記録を書き込む。
その動作に迷いはない。
やっぱり優秀だ。
機体性能に振り回されず、冷静に扱えている。
《打鉄弐式》みたいな怪物を任せるなら、こういう人間じゃないと困る。
「良し。これで全項目チェック終了だ」
俺は端末を閉じながら頷く。
「この後のクラス対抗戦も問題ない。
無双してこい」
「……はい」
簪は小さく頷いた。
だが、どこか歯切れが悪い。
そして、おずおずとこちらを見上げてくる。
「あの……」
「ん?」
「烏間さんは、なんで私なんかを手伝ってくれたんですか?」
「……は?」
ちょっと待て。
なんかニュアンスがおかしくないか?
「ごめん。
“手伝ってくれた”って何?
言い方おかしくないか?」
「え?」
簪はきょとんとした。
「だ、だって……」
少し言いづらそうに視線を逸らす。
「その……噂になってるんです。
烏間永夢一級IS技師は、気に入らない相手からISを取り上げるって」
「…………」
おい待て。
なんだその風評被害。
「簪ちゃん」
「は、はい」
「その噂流した奴、誰か知ってる?」
「え?」
「知ってたら教えて。
インコムで消し炭にしてくる」
「ひっ」
簪が肩を震わせた。
「あ、あの!?
噂を聞いただけなので、出どころまでは分からなくて……!」
「はぁ……」
俺は頭を抱えた。
絶対アレだ。
一夏関連から変な尾ひれが付いたなこれ。
「別に俺は、気に入らないからってISを取り上げたりしない」
「そ、そうなんですか?」
「多分その噂、一夏から始まったんだろうけど」
俺は肩を竦める。
「アイツの場合は単純に無資格だったから回収しただけだ。
第2種持ってない奴にIS渡すわけないだろ」
「あ……」
簪は妙に納得した顔をした。
「持ってなかったんですね、彼」
「持ってない」
「なるほど……」
そこで簪は、ふと何かに気づいたように首を傾げた。
「あれ?
でも待ってください」
「ん?」
「だったら、どうして私の《打鉄弐式》開発計画は一度凍結されたんですか?」
……まあ、当然の疑問だろう。
ここまで機体を仕上げた以上、簪には知る権利がある。
「当時、《打鉄弐式》の開発はかなり難航しててね」
俺は《打鉄弐式》を見上げる。
銀と灰色の重装甲。
大量の武装。
異常な出力。
どう考えても普通のISじゃない。
「そんなタイミングで、織斑一夏っていう“爆弾”が現れた」
「爆弾……」
「国家レベルのな」
男のIS適性者。
そんなものが出てきた時点で、世界が放っておくわけがない。
「で、政府命令で《白夜》の開発と改修に人員とリソースを回された」
「だから、一時凍結……」
「そういうこと」
簪は少し俯いた。
多分、自分のせいじゃなかったことに安心したんだろう。
だから俺は続ける。
「まあ、その後に俺の存在が表に出てね」
「……はい」
「倉持技研側で技術革新が起きた」
オムニ・カルキュレーション。
Ex-Sフレーム。
新型ジェネレーター。
PIC制御理論。
あの辺りから、技術ツリーが完全におかしくなった。
「その結果、《打鉄弐式》の開発が再始動。
ついでに性能も頭おかしい方向に進化した」
「……はい」
簪が《打鉄弐式》を見上げる。
その目には、少しだけ誇らしさがあった。
「だから」
俺は言う。
「これは“妥協で与えられた機体”じゃない。
お前専用に、ちゃんと完成させた機体だ」
「っ――」
簪の肩が、小さく震えた。
多分。
今まで、そんな風に言われたことがなかったんだろう。
「で、でも……」
「ん?」
「私、お姉ちゃんより資格も一段階下ですし……
日本国内だけでも、私より評価が上の人なんていくらでもいます」
そう言って、簪は視線を落とした。
……ああ。
またそれか。
更識楯無。
あまりにも優秀すぎる姉を持つせいで、こいつは昔から自分を低く見積もる癖がある。
「あのな」
俺は小さく溜息を吐いた。
「世界中に第1種持ちが何人いると思ってる」
「え……?」
「そりゃ、お前より優秀な奴はいるさ。
上を見ればキリがない」
技術の世界に絶対なんてない。
上には上がいる。
そんなことは当たり前だ。
「でもな」
俺は《打鉄弐式》へ視線を向ける。
「お前の年齢で、ここまで来れる奴なんかそうそういない」
「……」
「胸を張れ」
簪が少しだけ顔を上げる。
「日本は、お前の“今の実力”を評価してる。
それだけじゃない」
「これから先、どこまで伸びるかも含めて期待してるんだよ」
「っ……」
簪が息を呑む。
多分。
こいつは今まで、“完成された誰か”と比べられることはあっても。
“未来”を期待されたことは少なかったんだろう。
「それに」
俺は肩を竦める。
「少なくとも俺は、お前のことかなり高く評価してるぞ」
「え……?」
「《打鉄弐式》みたいな怪物を任せられる時点で察しろ」
普通のパイロットなら、この機体はまず扱えない。
火力。
重量。
エネルギー制御。
全部が狂ってる。
だが簪は、それを理解した上で扱えている。
だから俺は、この機体を彼女に託した。
「……ありがとうございます」
簪は小さな声でそう言った。
でも。
その表情は、さっきまでより少しだけ前を向いていた。
「じゃあ、クラス対抗戦頑張れよ。君の優勝以外ありえないだろうけど」
そう言い残し、俺はアリーナの整備室を出た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
整備室を出た後、俺は観客席で足を組みながら座っていた。
現在、試合開始待ち。
アリーナ中央では各クラスが最終調整を行っている。
「ねぇねぇ、烏間さん」
「ん?」
隣から、間延びした声が飛んできた。
布仏本音。
一組の女子生徒だ。
「烏間さんって、どこのクラスが優勝すると思うー?」
「簪」
「返事早っ」
本音がケラケラ笑う。
「そんなにかんちゃんのこと気に入ってるのー?」
「当然だ」
俺は即答した。
「あいつはこのIS学園で、間違いなく上位の才能を持ってる。
しかも努力を怠らない」
才能だけの人間は腐るほど見てきた。
だが、簪は違う。
ちゃんと積み上げる。
だから強い。
「それに、《打鉄弐式》に乗ってる時点で負け筋がほぼ存在しない」
「うわ、自信満々」
「実際強いからな」
本音は「へぇー」と感心したように頷く。
「じゃあセッシーはー?」
「……セッシー?」
「セシリアさんだよー」
「なんだそのあだ名」
「セシリアだからセッシー」
この娘。
イギリス代表候補生相手によくそんな気軽に距離詰められるな。
「セシリア・オルコットも努力はしてる方だと思うぞ」
「お、珍しく褒めた」
「ただ、簪にはかなり劣る」
「機体も?」
「機体も」
即答だった。
「《ブルー・ティアーズ》は優秀だ。
第三世代ISとして見れば上澄みだろう」
だが。
「《打鉄弐式》はあれと比較するようなカテゴリに存在してない」
「わぁ」
本音が若干引いていた。
「じゃあリンリンはー?」
「凰鈴音か」
あのちびっこを思い出す。
「本人のことはまだよく知らん。
だが、機体性能差はかなりあるな」
「そんなにー?」
「《甲龍》だったか。
衝撃砲主体の近中距離機だろ」
正直。
あまり怖くない。
「《打鉄弐式》は装甲もフレームも出力も頭おかしいからな。
あの程度の衝撃兵装じゃ止まらん」
「えぇー……」
「そもそも全高三メートル半あるんだぞ、あの機体。
普通のISとは重量からして違う」
下手な攻撃なら、装甲で受けて終わる。
本当にそよ風レベルだ。
「へぇー……
そんなに強いんだ、《打鉄弐式》」
「強い」
俺は即答する。
「少なくとも、ヤタガラスよりは強い」
「えっ」
本音が固まった。
「ヤタガラスより!?」
「あっちは高機動型だからな。
純粋な正面戦闘能力なら、《打鉄弐式》の方が上だ」
火力。
装甲。
継戦能力。
全部狂っている。
なんなら俺ですら、正面から戦いたくない。
「うわぁ……
かんちゃん、それ乗りこなしてるの?」
「だから評価してる」
すると、本音はニヤニヤしながらこちらを見てきた。
「烏間さんってさー」
「なんだ」
「好きな子にはめちゃくちゃ甘いタイプだよねー」
「違う」
「えーほんとにー?」
「俺は合理主義者だ」
「合理主義者は“優勝以外ありえない”とか言わないと思うなー」
「…………」
反論できなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アリーナ中央。
大型ディスプレイに、対戦カードが表示される。
四組代表
更識簪
対
一組代表
セシリア・オルコット
――MATCH START.
ブザーが鳴り響いた瞬間。
セシリアの《ブルー・ティアーズ》が一気に上空へ跳ね上がった。
典型的な射撃戦スタイル。
高高度からの一方的な制圧。
英国代表候補生らしい、教科書通りの立ち上がりだ。
「先手必勝ですわ!」
直後。
ブルー・ティアーズのビット兵器が一斉展開。
四基の青い光が空中へ散開し、多方向からビーム射撃を開始した。
普通のISなら、ここで回避行動へ移る。
だが。
簪は動かなかった。
《打鉄弐式》コクピット内部。
通常のISのような完全思考制御空間ではない。
簪の腰部前方。
シート両脇から伸びた二本の操縦桿が展開されていた。
重武装機《打鉄弐式》専用制御システム。
インテンション・オートマチックだけでは処理しきれない火器管制と姿勢制御を、人間側でも補助制御するための特殊操縦機構だ。
簪は静かに操縦桿を握る。
その瞬間。
《打鉄弐式》各部の反応速度が一段階上昇した。
「《山嵐》、射出」
右手側操縦桿を僅かに捻る。
直後。
四十八門のミサイルポッドが連動展開。
ファンネルミサイル群が、簪の視線誘導に合わせて空中へ散開した。
通常のISなら、ここまでの同時制御はAI任せになる。
だが、《打鉄弐式》は違う。
簪自身が操縦桿を用いて火器管制へ介入している。
だからこそ。
この怪物みたいな武装量でも、実戦レベルで制御できていた。
「はい?」
セシリアの声が止まる。
観客席も静まり返った。
次の瞬間。
ガガガガガガガガガガッ!!!
大量のミサイルが空を埋め尽くした。
「なっ――!?」
青い尾を引きながら飛翔する四十八発のファンネルミサイル。
それらは空中で複雑に軌道変更を繰り返し、《ブルー・ティアーズ》へ殺到する。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!?
何ですのその数はぁ!?」
セシリアが慌てて回避機動へ入る。
だが。
避けても避けても追ってくる。
上下左右。
あらゆる方向からミサイルが迫る。
「うわ……」
「なにあれ……」
「弾幕ってレベルじゃない……」
観客席がどよめく。
本音が隣で引いていた。
「怖ぁ……」
「まだ軽い方だぞ」
「軽いの!?」
《打鉄弐式》はまだ本気を出していない。
ミサイルは牽制。
本命は別にある。
「くっ……!」
セシリアはビットによる迎撃を開始。
青いレーザーが次々とミサイルを撃ち落としていく。
さすが代表候補生。
対応速度自体はかなり速い。
だが。
「遅い」
簪が呟いた瞬間。
《打鉄弐式》が動いた。
重武装機とは思えない速度。
大型エナジーウィングが展開され、銀色の巨体が一気に加速する。
「は!?」
セシリアの目が見開かれる。
速い。
重い。
デカい。
なのに速い。
物理法則を疑うレベルだった。
《打鉄弐式》は空中を一直線に突っ切り、一瞬でセシリアの懐へ潜り込む。
そして。
「近接戦闘、入ります」
ガコンッ!!
左右サブアーム展開。
スラッシュハーケン射出。
「きゃあっ!?」
セシリアが咄嗟に回避。
だが避けきれない。
ワイヤー付きブレードが《ブルー・ティアーズ》の肩部を掠め、シールドエネルギーを大きく削る。
そのまま。
《打鉄弐式》の右腕部シールドが展開。
内部のビームガトリングが高速回転を始めた。
「うそでしょ!?」
ドガガガガガガガガガッ!!
近距離ガトリング掃射。
しかもIフィールド付き。
頭がおかしい。
完全に要塞だった。
セシリアは必死に後退する。
だが。
離れられない。
《打鉄弐式》の推進力が強すぎる。
「な、なんですのこの機体ぁ!?」
半泣きだった。
無理もない。
相手をしているのは、ISサイズに圧縮された重武装高機動機動兵器だ。
しかも操縦しているのが更識簪。
努力型の天才。
弱いわけがない。
「ほらな」
俺は観客席で腕を組む。
「優勝以外ありえない」
本音が引きつった笑みを浮かべた。
「烏間さん」
「なんだ」
「その機体、絶対やりすぎだと思う」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第二試合。
アリーナ中央へ降り立った《甲龍》を見て、観客席がざわめく。
紫がかったマゼンタ。
黒い装甲。
そこへ走る金色のライン。
中国製第三世代ISらしい、派手で力強いシルエット。
肩部には不可視衝撃砲《龍咆》。
両手には、大型青龍刀《双天牙月》。
近中距離戦特化型。
それが、凰鈴音専用IS《甲龍》だ。
「おー……」
本音が感心したように声を漏らす。
「リンリンの機体、近くで見ると結構ゴツいねぇ」
「近接格闘寄りだからな」
俺は腕を組みながら答える。
「燃費と安定性を重視した堅実設計。
中国製ISにしてはかなりまともな部類だ」
「中国製にしてはって言った?」
「気のせいだ」
本音が「絶対違うよねぇ?」みたいな顔をしていた。
一方、アリーナ中央。
《打鉄弐式》は微動だにせず立っていた。
銀の重装甲。
大型エナジーウィング。
異常な武装量。
もはや兵器というより移動要塞。
対する《甲龍》は、武術機体らしく低い姿勢を取る。
双天牙月を構え、いつでも飛び出せるように重心を落としていた。
簪は静かに《打鉄弐式》を構える。
鈴音は真正面から睨み返した。
そして。
――MATCH START.
「行くわよッ!!」
開幕同時。
《甲龍》が地面を蹴り飛ばした。
速い。
直線加速に迷いがない。
低空を滑るように接近しながら、鈴音が右腕を突き出す。
「《龍咆》ッ!!」
ドォォォンッ!!
不可視の衝撃波が炸裂。
空間そのものを圧縮し、砲身として利用する特殊兵装。
砲身が存在しない。
発射角制限もない。
極めて厄介な第三世代兵器だ。
不可視砲撃が《打鉄弐式》へ直撃する。
轟音。
衝撃。
空気が爆ぜる。
だが。
《打鉄弐式》は動かなかった。
「…………え?」
鈴音の顔が固まる。
今のはまともに入った。
シールドにも弾かれていない。
直撃だ。
それなのに。
銀色の巨体は、ほんの僅かに後退しただけだった。
「装甲と重量で受け切ったな」
「うわぁ……」
本音がドン引きしていた。
いや、気持ちは分かる。
《打鉄弐式》はそもそもの質量が狂っている。
そこへ高出力PIC制御まで乗っているせいで、衝撃兵器程度では止まらない。
「硬っったぁ!?」
鈴音が悲鳴を上げる。
だが、止まらない。
即座に接近。
《双天牙月》展開。
二振りの大型青龍刀が唸りを上げた。
「なら近距離でぇッ!!」
《甲龍》が突撃。
双天牙月が振り下ろされる。
その瞬間。
簪の両手が操縦桿を強く引いた。
《打鉄弐式》左腕シールドが跳ね上がる。
ガギィィィィンッ!!
衝突。
火花。
重量級同士の激突で空気が震える。
だが、《打鉄弐式》は揺るがない。
簪は即座に左操縦桿のトリガーを引いた。
シールド内部砲身、高速回転。
ビームガトリング起動。
「近接防御射撃、開始」
「うそでしょ!?」
ドガガガガガガガガガッ!!
ゼロ距離掃射。
鈴音は慌てて後退。
だが、《甲龍》の機動はまだ死んでいない。
「まだぁッ!!」
今度は《龍咆》散弾仕様。
不可視衝撃波が拡散し、《打鉄弐式》周囲をまとめて吹き飛ばす。
普通のISなら姿勢制御が崩れる。
だが。
簪は冷静だった。
「《山嵐》、展開」
ガコンッ!!
大量のミサイルポッドが一斉展開。
「またそれぇぇぇぇ!?」
四十八発。
ファンネルミサイル群、射出。
空が埋まる。
もはや弾幕ではない。
戦争だった。
「ちょっ、多すぎるってぇぇぇ!!」
鈴音が《龍咆》で迎撃。
衝撃波がミサイルを空中爆散させていく。
だが。
撃ち落としても撃ち落としても終わらない。
「いや何この物量!?
聞いてないんだけどぉ!?」
「聞かれてないので」
簪が真顔で返した。
観客席が吹き出す。
「かんちゃん容赦ない〜」
「精神攻撃まで始めた……」
そして次の瞬間。
《打鉄弐式》大型エナジーウィング展開。
銀色の巨体が、一気に加速した。
「速っ!?」
重武装機とは思えない突撃速度。
一瞬で距離を潰す。
「近接戦闘、入ります」
左右サブアーム展開。
スラッシュハーケン射出。
鈴音は即座に回避。
だが。
簪の目が鋭く細められる。
「捉えました」
ワイヤー軌道変形。
空中で急制動。
そして。
《甲龍》左脚へ絡みつく。
「えっ」
ブンッ!!
「きゃあああああっ!?」
《甲龍》が空中で振り回される。
そのまま。
ドゴォォォォンッ!!
地面へ叩きつけられた。
アリーナ全体が揺れる。
静まり返る観客席。
誰もが思った。
これ、本当に学生戦か?
こうしてクラス対抗戦は当り前だが、四組の優勝に決まった。
俺は彼女に対して惜しみない拍手を送った。
打鉄弐式 機体解説
日本代表候補生・更識簪専用IS。
倉持技研と烏間永夢を中心に開発された、日本製第三世代特殊重武装型ISである。
開発コンセプトは、
「圧倒的火力・継戦能力・制圧能力を維持したまま、高機動戦闘を成立させること」
という極めて狂ったもの。
設計ベースには《Ex-S》のフレーム構造理論が導入されており、通常ISとは一線を画す高剛性フレームを採用している。
その結果、重武装化による機体バランス崩壊を力技で解決してしまった。
機体サイズは通常ISを大きく上回る全高約3.5メートル。
これは大型ジェネレーター、高出力コンデンサー、多数の武装、追加制御ユニットなどを無理矢理搭載した結果である。
なお、開発者である烏間永夢本人からは、
「アリュゼウスみたいなV2ガンダム」
などと言われている。
主兵装
荷電粒子砲《春雷》
《Ex-S》に搭載されていたビームカノンを小型化・再設計した大型荷電粒子砲。
背部に二門搭載されており、通常ISのシールドエネルギーを一撃で大幅に削り取る超火力兵装となっている。
砲撃時には大量のエネルギーを消費するため、機体各部に高出力コンデンサーが分散配置されている。
多連装ファンネルミサイル《山嵐》
打鉄弐式を象徴する制圧兵装。
六基×八門。
計四十八発のファンネルミサイルを同時運用可能。
通常ミサイルとは異なり、空中で複雑な軌道変更を行いながら目標へ追従する。
なお、ファンネルミサイル側には簡易制御AIが搭載されているが、完全自律制御ではなく、機体側オートエイムによる補助制御方式を採用している。
弾幕量が完全に頭おかしい。
スラッシュハーケン
左右サブアーム部に搭載された有線射出式近接兵装。
ワイヤー制御による変則軌道攻撃が可能であり、敵機の拘束、牽制、近接戦闘補助など幅広い用途を持つ。
更識簪本人の精密操作技能との相性が非常に良い。
ビームガトリング接続型シールド
サブアームに装備された複合兵装。
内部には高出力ビームガトリングを搭載。
さらに防御面ではIフィールド展開機能を有する。
発想元は《ユニコーンガンダム》。
なお、
「なんで防御兵装にガトリング積んだ?」
というツッコミは禁止。
マチェットナイフ
実体近接兵装。
ビーム兵器対策環境、および近接戦闘時の取り回しを考慮して採用された。
重量級兵装である打鉄弐式においては珍しく、“シンプルに扱いやすい武器”。
エナジーウィング
本機最大の狂気。
これだけの重武装・高重量機でありながら高機動戦闘を可能にしている元凶。
大型PIC制御補助翼として機能し、推進・姿勢制御・高機動補助を同時に行う。
結果として、
「重武装なのに速い」
という意味不明な現象を成立させた。
テールスタビライザー
背部に搭載された超大型安定翼。
機体姿勢制御補助、砲撃安定化、高速機動時の挙動制御などを担当。
見た目のインパクトが非常に強い。
大きい。
とにかく大きい。
人工知能《FRIDAY》
打鉄弐式の統合制御AI。
本機は武装数・エネルギー管理・制御項目が通常ISを遥かに超えているため、ISコアとパイロットだけでは管理負荷が極めて大きい。
そのため、《FRIDAY》による補助制御が導入された。
主に、
・エネルギー管理
・武装制御補助
・姿勢制御補助
・戦闘補助演算
などを担当する。
簪との相性は非常に良好。
ミドルフォーム
打鉄弐式の特殊形態。
各部ロック機構を固定し、半人型・半戦闘機形態へ移行する。
通称「ガウォークもどき」。
脚部を前方へ展開し、上半身をシート状に固定することで、インテンション・オートマチックによる直感制御を可能としている。
高機動巡航・高速突撃戦闘時に真価を発揮する。
なお、変形機構を見た周囲からは、
「なんでISで変形するんだ」
と真顔で突っ込まれた。
操縦システムについて
《打鉄弐式》は通常のインテンション・オートマチックのみならず、特殊な“操縦桿制御システム”を搭載している。
理由は単純。
武装と制御項目が多すぎるからである。
通常ISは、パイロットの思考制御を主体とするインテンション・オートマチックによって操作される。
しかし《打鉄弐式》の場合、
・四十八発のファンネルミサイル
・大型荷電粒子砲《春雷》
・ビームガトリング
・スラッシュハーケン
・サブアーム制御
・エナジーウィング制御
・姿勢制御
・エネルギー管理
などを同時運用する必要がある。
頭がおかしい。
そのため、《打鉄弐式》では思考制御だけではなく、戦闘機や機動兵器に近い操縦桿システムを追加搭載。
これにより、
・高精度射撃補助
・細かな姿勢制御
・高速機動補助
・武装切替操作
・サブアーム制御補助
などを直感的かつ高速に行えるようになっている。
特にミドルフォーム時には、この操縦桿システムが本領を発揮。
半人型・半戦闘機形態への移行によって、より“航空機的”な操縦感覚へ近づく。
なお、開発当初。
倉持技研の技術者たちからは、
「もうこれISじゃなくて兵器管制システム付き戦闘機では?」
と真顔で突っ込まれた。
烏間永夢は、
「今更だろ」
と返したらしい。
簪はロボットを文字通り動かすみたいで大変気に入っている。
ゴーレム襲撃事件?無いよ。日本の警戒網は伊達じゃない。