機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010:重力(と毎月のローン)に魂を引かれた社畜たち 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年。人類が「地球とかいう実家、ぶっちゃけ狭くね?」と宇宙へ飛び出して10年が経った。
地球を囲む静止軌道上では、お世辞にもイケメンとは言えない不格好なアームを付けた作業ポッド「SP-W03」が、宇宙を漂う金属片(=ただのゴミ)を必死に追いかけている。
「……ハチロー、まただ。連邦のお偉いさんが安全基準とやらを更新するたびに、この手の『想定外のゴミ』が増える。私の有給チャンスもゴミのように消える」
母船の通信機越しに、すでに声だけで機嫌の悪さが伝わってくるフィー・カーマイケルの声が響く。ハチロー・アマダは、かつてサイド1の建設時に職人が「あ、落としちゃった。まあいっか」と放置したであろう接続ボルトの残骸を、虚無の表情で黙々と回収していた。
この年、地球連邦政府は「木星エネルギー公社(JMP)」なる、名前からして絶対に裏で悪いことをしていそうな組織を設立。
次世代のエネルギーであるヘリウム3を独占するため、人類初の木星往還船「ジュピター・ワン」の建造が最終段階に入っていた。後の「木星船団」の礎となる、栄光の第1次調査船である。
そんな歴史の転換期に、新人として配属されたアイ・サハラは、パンフレットに書いてあった「宇宙による人類の革新!」というキラキラした理想に胸を躍らせていた。しかし、現実は非情である。彼女に与えられた仕事は、巨大国家事業の末端の末端で、誰も見向きもしない宇宙の粗大ゴミを拾い集める、ただの不法投棄Gメンの日々だった。
「ねえハチローさん! 私たちの仕事って、人類の未来に繋がってるんですよね!?」
「サハラ、現実を見ろ。俺たちが拾ってるのは未来じゃなくて、誰かがポイ捨てした空き缶と同じだ」
ハチローが回収したデブリの中には、なにやら怪しげな模様のついた金属片が混じっていた。それは、わずか数年前に経済的にオワコン化して破綻した、中東の旧産油国連合が打ち上げた通信衛星の残骸だった。
そう、宇宙世紀が始まった瞬間、連邦政府は「これからは核融合の時代だから!」と新エネルギーへの移行を強行したのだ。
かつてイギリスやアメリカが「これからは石炭じゃなくて石油の時代だな!」と艦隊の燃料を切り替え、中東の利権をゴリゴリにむしり取った歴史の天丼(二番煎じ)である。石油はわずか10年でただのドロドロした黒い液体へと価値を落とし、資源一本足打法だった中東諸国は、経済の基盤をダイレクトに爆破された形になった。
連邦政府が「お前ら騙してゴメンね」と言った記録はない。ただ、石油に代わる利権をすべてお上が独占した瞬間、用済みとなった旧産油国は、歴史の表舞台から「デブリ」のようにポイ捨てされたのである。世知辛い!
その時、コックピットにけたたましい警報が鳴り響く!
高度500キロの軌道上で、古い観測ブイが「予算ケチるから!」と言わんばかりに大爆発。飛び散ったデブリが、一般人が乗った民間移民シャトルの航路を塞ごうと猛スピードで迫っていた!
「おいおいマジかよ! 残業確定じゃねえか!」
現場に急行したハチローたちが目にしたのは、デブリの影に隠れてコソコソ動く小型ポッドだった。それは、かつての中東やアフリカの資源国出身の技術者たちが、お上への恨みを拗らせて結成したテログループ「宇宙防衛戦線」の初期メンバーだった!
「お前たちは分かっていない! 連邦のヘリウム独占は、石油を奪われた俺たちの国を、永遠に闇の中に閉じ込めるための鎖だ! あと俺の就職先を奪った罪は重い!」
テロリストの悲痛な叫び(とガチの愚痴)が無線に乗って響き渡る。それは、歴史の教科書で見た英米流の搾取にブチ切れたナショナリズムの延長線上にある悲鳴だった。
だが、ハチローは冷めていた。ここで感傷に浸っても給料は上がらない。熟練のレバーさばきで、迫り来るデブリを投網のようにネットでナイスキャッチ! 職人技で次々と軌道を逸らしていく。
「お前の事情は同情するが、俺の有給をこれ以上削る奴は、神様だろうがテロリストだろうが容赦しねえ!」
結局、地球連邦政府という巨大なシステムは、この「美味しいところだけ吸い尽くして、いらなくなったらゴミ箱へポイ」という英米流のドス黒い利権構造を綺麗にコンバート(引き継ぎ)していたのだ。
「愛があれば、なんて言わないでよ。愛じゃ胃袋は膨らまないし、ローンの残高も減らないわ」
フィーの現実的すぎる言葉がサハラの胸にグサグサ突き刺さる。テロリストたちが必死に守ろうとしたのは、かつて家族を養っていた「石油」という過去の栄光であり、それを一瞬で「無価値なゴミ」と定義し直した連邦政府というバグったルールへの、命がけの嫌がらせだったのだ。
どうにか事態が収束し、ボロボロになってステーションへ帰還する一同。
ドックの向こう側では、傷一つないピカピカのフォン・ブラウン号が、核融合の眩しい光を放ちながら木星への優雅な旅立ちを待っている。格差社会が眩しい!
サハラは、自分たちが命がけで回収したゴミの山を見つめていた。そこには、かつての石油文明の象徴だったプラスチックの破片や、今は世界の教科書から消え去った国のロゴが虚しく刻まれていた。
「ハチローさん。私たちは、一体何のためにこの地味な掃除を続けているんでしょうか……」
ハチローはタバコをふかそうとしてセンサーに怒られ、渋々木星の方角を見つめた。
「……さあな。だが、あの木星に行けば、このめんどくさい地球圏のしがらみや、毎月の請求書から逃げられる気がするんだ。俺は、いつかマイ宇宙船(マイホーム)を買ってあの星に行くために、今日も誰かのゴミを拾い続けてるのさ」
宇宙世紀0010年。人類はエネルギー利権という名の呪縛から逃れるフリをして、木星へ足を踏み出そうとしていた。
しかし、その足元に転がるゴミ――かつて勝者が都合のいいルール書き換えによって生み出した「被害者の会の怨念」――は、消えることなく地層のように積み重なっていく。
この時、誰もが信じていた。木星へ行けば、核融合のクリーンな火がすべてを明るく照らしてくれると。
しかし、そのエネルギーの独占を巡って、数十年後、人類が「そっちがその気ならコロニー落としてやるよ!」と全裸で殴り合う地獄の「一年戦争」を巻き起こすことになるとは、この時の能天気な彼らはまだ、知る由もなかったのである。
この光景の根源は、20世紀初頭にまで遡る。第一次世界大戦中、イギリスは自国の利益のためにアラブ、ユダヤ、フランスそれぞれに矛盾する約束を交わした「三枚舌外交」を行い、中東に消えない火種を撒いた。
その後も英米は、自国の石油利権を守るためにイランなどの内政に介入し、独裁政権を支援しては民主化の芽を摘み取ってきた。