機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年、冬。かつての我が家だったデブリ課という「最高に居心地のいいガサツな居場所」を大人の事情で失ったハチロー・アマダは、ジュピター・ワンの正規クルー(エリート)として、月面の最終隔離訓練施設(※ぶっちゃけめちゃくちゃ部屋が綺麗な高級カプセルホテル)にいた。
周囲には、連邦の厳しい選別(お受験)を勝ち抜いた、プライドが高くて友達がいなさそうなエリートたちがズラリと並んでいる。
だが、ハチローの心には、かつて作業着を着てボロ船でデブリを必死に追いかけていた頃の、あの「明日の給料日サイコー!」という健全な熱量は1ミリも残っていなかった。
「アマダ、随分と景気の悪いツラをしているな。重力シミュレーターの回しすぎで、胃の中の宇宙食でも逆流したか?」
声をかけてきたのは、同じくクルーに選ばれたエリートのライバル、ハキムだった。
ハチローは、かつてサハラと居酒屋で交わした「宇宙は繋がっているんだから、みんな仲間ですよね!」というピュアすぎる言葉が、今の連邦のガチガチのシステムの中にいる自分にとってはあまりに遠く、無意味なものに感じられることに、本気で鳥肌が立つほどの恐怖を覚えていたのだ。
「……ハキム、俺たちはついに木星へ行く。だがよ、その先には一体何があるんだ? 連邦のカッコいい旗をズバッと立てて、『今日からこのガスは俺たちのものだから触るなよ!』って新しい資源の所有権をドヤ顔で主張する。結局、俺たちは大昔に地球の地上でやってきた、アイツは仲間、アイツは敵っていう『ケチな囲い込み(縄張り争い)』を、さらに遠い宇宙の果てで繰り返すだけじゃないのか……?」
そう、ハチローが胸の奥でズーンと感じているこの強烈な虚無感の正体は、連邦政府が木星開発の大計画の根底に都合よく据えている、ある強力でめちゃくちゃジャイアン的な思想的背景(プロパガンダ)のせいだったのだ!
地球連邦政府は、このかつての西暦時代の思想を「人類の輝かしい宇宙進出!」という壮大な感動のSF映画のような物語へと、都合よくスライドさせていた。
連邦は木星開発を「全人類に与えられた聖なる天命(ミッション)である!」とテレビで派手に呼びかけながら、その実態は「連邦の言うことを大人しく聞くイエスマン」だけを『人類』と定義。
それ以外の、お上のマニュアルからはみ出した棄民や文句を言う異論者たちを、かつて大昔のアメリカがフロンティア(西部の開拓)を進める中でインディアンたちを暴力的に追い出したのと同じように、容赦なくエリア外へと排除しているのだ。
ハチローたちがドカンと乗る最新ロケットの凄まじい推力は、本人の預かり知らないところで、お上のルールに従わない他者の生存圏を冷酷に焼き払う「ハイテクな侵略の炎」そのものになっていたのである。国家のプロジェクトってやつは、本当に裏の文字が小さすぎて読めない!
そんな最終試験の仕上げとして、ハチローは宇宙空間での「単独での長時間船外活動(EVA・ワンマン宇宙浮遊)」を命じられる。
真っ暗闇の何も無いリアルな宇宙でたった一人、命綱(テザー)をカチッと切り離し、宇宙服の中の生命維持装置の「シュー……シュー……」という自分の息の音だけを聞く極限状態。
その孤独すぎる空間の中で、ハチローは「自分」という存在が、連邦の偉い奴らが作った歯車(システム)の一部としてではなく、ただの「体脂肪率ちょっと高めの肉の塊」として宇宙にプカプカ漂っているだけの、不思議な感覚に陥る。
その時、彼の脳裏に、かつてデブリ課の泥臭い現場で拾い集めてきた、無数の「誰かが確かにそこで生きていた生活の残骸(ゴミ)」が、走馬灯のようにフラッシュバックしたのだ!
連邦が「天命だからしょうがないね!」の名の下に歴史から綺麗に消し去ろうとした、数万人の名もなき貧しい移民たちの記憶。大昔の英米が「文明の進歩だ!」の名の下に、砂漠の真ん中に容赦なく埋め立ててきた、数えきれない命の本当の重み。
「……木星に行けば、すべてから解放されて新しい何かが始まると思ってた。だが、終わりなんて最初からないんだ。俺がどれだけ命懸けで木星からピカピカの資源を持ち帰ったって、それはまた、お上たちが新しい戦争を始めるための『上等な燃料』になるだけじゃないか……!」
ハチローは、自分が必死にお受験して目指していた「輝かしい宇宙(フロンティア)」が、連邦政府によって100%完璧に管理され、教科書用に美化された「お上の作った偽物のハリボテ」であったことを、ここで初めてハッキリと悟る。
彼は、お上のうるさい指示が飛んでくる通信機のスイッチを、人差し指で「パチッ」と静かに切った。15分間の、男の無言のボイコットである!
過酷な訓練を終え、月面基地に帰還したハチローの瞳には、以前までの「お小遣い増えないかなー」というマヌケな光とは全く違う、ガチの「静かで鋭い光」が宿っていた。
それは連邦への「お国のために頑張ります!」という忠誠心でも、木星への純粋な「宇宙のロマン!」という憧れでもない。
あえてお上のシステムの内側にどっしりと居座りながら、そのシステムの汚い欺瞞(ウソ)を現場の目線でずーーーっと監視し続けてやるという、最高にタチの悪い「組織の異物」としての、大人の男の覚悟だったのだ。ハチロー、めちゃくちゃカッコいいぞ!
「おい、ロック・スミス教官。俺は予定通りあのデカい船に乗ってやるよ。だがな、あんたたち連邦の偉い奴らが用意した『薄っぺらい天命』のためなんかじゃ絶対にない。俺が宇宙の本当の最果てで、あんたたちが『コスパが悪いから』って切り捨ててきた本当の価値を、この目で最後まで見届けてやるためだ!」
ハチローのその生意気すぎる宣戦布告に対し、ロック・スミスは怒るどころか、「フッ、面白い小僧だ」と不敵で悪い笑みをそのヒゲ面に浮かべた。
一方その頃、デブリ課のステーションを完全に去り、地球へのシャトル帰還準備を寂しく進めていたサハラは、月面の夜空にキラキラと輝くジュピター・ワンの巨大な建造ドックを、切なそうに見上げていた。
「ハチローさん。例えあなたがこれから木星のどんなに遠い宇宙へ行っちゃったとしても……あなたのその履き古した安全靴の足元には、私たちがデブリ課で毎日必死に拾ってきたゴミと、一緒に流してきた涙が、数えきれないくらい山積みに重なっていることだけは、絶対に忘れないでくださいね……!」
宇宙世紀0010年。人類の強欲な「天命」をこれでもかと乗せたマンモス船ジュピター・ワンは、いよいよ全エンジン点火の歴史的な瞬間を迎えようとしていた。
大昔の英米からそのまま冷酷に引き継がれた支配と格差の歴史は、今や太陽系を真っ二つに叩き割る巨大な楔(くさび)となり、その最前線の尖った先端に、ハチロー・アマダという一人の元・ゴミ拾いの男を、運命の悪戯のように据えたのだ。
一年戦争まで、あと69年。
ハチロー・アマダは、自らが連邦の「歴史の加害者(片棒を担ぐ社畜)」になるかもしれない巨大なリスクをその背中にどっしりと抱えながら、それでもなお、真空の向こうにある「本当の真実」をこの手で掴み取るため、宇宙の闇へと力強く一歩を踏み出すのであった。ハチロー、お前の戦いはこれからだ!
この「自分たちは神あるいは歴史から選ばれた存在であり、未開の地を征服し、文明化する権利がある」という思想は、19世紀の米国における「マニフェスト・デスティニー(明白な天命)」にその原型がある。彼らはこの言葉を盾に、先住民の土地を奪い、西へと勢力を拡大した。イギリスもまた「文明化の使命」を掲げ、アジアやアフリカを統治した。