機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 軌道上の英米、あるいは木星へと至る覇権の重力(※ただし中身は最低である) 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年、秋。
月軌道上の宇宙ドック「ラビアンローズ(※名前だけは無駄におしゃれ)」では、人類初の木星往還船フォン・ブラウン号の最終調整が進んでいた。
この超ゴージャスな船に乗ることは、全人類のエネルギーを右から左へ受け流して大儲けする木星エネルギー公社(JMP)の超エリートとして、歴史に名を残し、ついでに可愛い女の子たちからチヤホヤされることを意味する。まさに人生の勝ち組シートである。
そんな中、ハチロー・アマダは、デブリ課のボロ作業艇のなかで、一通の志願票を見つめていた。その顔は、年末の宝くじの当選番号を確認する男のように必死である。
「ハチローさん、また受けるんですか? 木星船員の選抜試験。受験料、結構高いって聞きましたよ?」
新人のアイ・サハラが、宇宙の粗大ゴミ(※主に誰かがスペースコロニーの窓から投げ捨てたと思われる空き缶)を仕分けしながら、純粋で残酷な疑問を投げかける。ハチローは答えず、モニターに映るジュピター・ワンの雄姿を見つめていた。
彼にとって木星は、地上のドロドロした地政学や、毎月律儀に送られてくる家賃の督促状から物理的に逃げ出すための、唯一の「出口(=現実逃避先)」だったのだ。
だが、その選抜基準は極めて不透明だ。公式には「宇宙への適性」とされているが、実態は連邦政府へどれだけペコペコできるかという忠誠度と、出身地域の経済的貢献度――つまり、かつてイギリスやアメリカの偉い人たちが作り上げた「お上の言うことを聞くイエスマン生産社会」への適合率によって決まっていた。要するに、コネと金である。
ハチローたちが回収しているゴミの中には、時折、古い「宇宙飛行士の訓練用カプセル」が混ざることがある。それは、宇宙世紀が始まる前の西暦時代、NASAとかいう昔の凄い組織が使用していたものの成れの果てだ。
実はハチローの父、ゴロー・アマダは、かつてその超難関の壁を突破した数少ないエリートの一人だった。しかし、その代償として「ちょっと木星行ってくるわ」と家族をあっさり捨て、木星という極限の孤独(と、おそらく現地での独身貴族生活)に身を投じた。
ハチローは、父と同じ道を歩んで「俺だってやればできるんだ!」と証明することしか、自分を縛るこの「万年平社員の連鎖」を断ち切れないと信じていたのだ。
そして選抜試験の当日、試験会場となるステーション周辺で、またしても空気を読まない不穏な動きが観測される。
「宇宙防衛戦線」の残党(※主に無職)が、試験を受けに来たエリート候補生たちが乗る高級シャトルを、古い通信衛星のゴミをぶつけて嫌がらせしようと企んでいたのだ!
「夢を見る資格があるのは、JMPの回し者か、親の金で生きてるボンボンだけかよォォォ!」
テロリストの血を吐くようなルサンチマン全開の通信が、ハチローの作業ポッドに飛び込んでくる。
彼らは、英米がかつて中東の指導者を自分たちに都合の良い「操り人形(傀儡)」にすり替えて、美味しいところだけを持っていった歴史をネットのまとめサイトで学んでいた。連邦が選ぶ「木星船員」もまた、彼らの目にはお上の独占体制を強化するための「選ばれたエリート社畜」にしか見えなかったのだ。
地球連邦政府はこの構造を、実に見事に、そしてセコく引き継いでいた。
連邦は「宇宙に出たらみんな平等!」とポスターで謳いつつ、初期の木星探査員には旧先進国の金持ち出身者を優先的にチョイス。
一方で、かつて英米によって経済をめちゃくちゃにされた中東やアフリカの民は、宇宙へ上がっても「はい、お前らはデブリ回収ね」と、システムの維持に必要な汚い仕事(汚れ仕事)にしか就けないよう、目に見えない「格差の壁」を築いていたのである。これだからお上は信用できねえ!
「おいハチロー! 試験に向かうシャトルが危ない! 助けたらワンチャン、お礼にボーナスが出るかもしれないぞ!」
「よっしゃ任せろ! 資本主義の力を見せてやる!」
ハチローはデブリ回収ネットを展開する。だが、その心は複雑だった。なぜなら、今守ろうとしているシャトルに乗っているのは、さっきすれ違いざまに自分を「おい、掃除屋。服が汚れるから近づくなよ」と蔑んできたムカつくエリートたちだからだ。
サハラが叫ぶ。「ハチローさん、早く! シャトルが衝突します! あとボーナスのチャンスが消えます!」
「チクショー、俺の物欲よ、燃え上がれェェェ!」
ハチローはマニピュレーターのレバーを限界までぶち回し、衝突直前でデブリをプロ野球のバッターばりに弾き飛ばす!
シャトルは無傷で試験会場へと消えていった。もちろん、助かった金持ち候補生たちは、自分たちが「ド底辺の掃除屋」に救われたことすら気づかず、車内でシャンパンでも飲んでいることだろう。
数日後、ハチローの元に届いた通知は、予想通りの「不合格」の二文字だった。
理由は明記されていない。だが、彼にはわかっていた。彼の履歴書には「昔、旧産油国の怪しいおじさんからラーメンを奢ってもらったことがある」という、連邦の公安が作成した「思想的粗大ゴミ」が付着していたのだ。
フィー・カーマイケルが、電子タバコをふかして煙をハチローの顔に吹きかけながら、その肩をバシバシ叩く。
「……あんた、実技試験は満点だったそうじゃない。気にするな、連邦は『仕事ができる奴』じゃなく、『上の命令に尻尾を振る犬』が欲しいだけさ。かつてのイギリスが植民地で都合のいい奴だけを出世させたのと同じさ。まあ、元気出せよ、奢らないけど」
サハラは、回収したデブリの中から見つかった、西暦時代の古いおもちゃのロケット(※おそらく当時のハッピーセットのオマケ)をハチローに手渡す。それは、まだ宇宙が純粋に「男のロマン」だった頃の遺物だ。
「ハチローさん、これ……不合格になった人たちが、『いつか絶対にJMPを見返してやる!』と呪いを込めて持っていたものかもしれません」
「サハラ、それだと急にホラーになるからやめて」
ハチローはその錆びたオモチャを握りしめ、漆黒の宇宙の先に輝く木星を見つめる。
宇宙世紀0010年。人類の夢は、連邦政府という巨大なブラック企業のフィルターにかけられ、磨り潰されていく。
だが、そのフィルターをすり抜けて「不合格」の烙印を押されたデブリ(=怒れる負け組)たちが、いつかそのシステムそのものを根底からひっくり返す巨大な質量(=主にコロニー落とし的な物理攻撃)になることを、この時の能天気な連邦政府は、これっぽっちも計算に入れていなかったのだ。
一年戦争(=全裸の殴り合い地獄)まで、あと69年。
ハチロー・アマダの「木星に行って一発当てる」という浅ましい夢は、まだゴミの山の中に埋もれたままである。
20世紀、宇宙開発は英米を中心とした西側諸国の「自由主義の勝利」を宣伝するためのプロパガンダだった。彼らは「全人類のために」と唱えながら、その実、自国の軍事的優位と資源独占のために宇宙を利用した。