機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年、厳冬。月面にある、入るだけで心が折れそうな連邦軍の超ハイテク最終訓練施設。
ジュピター・ワンの出港を直前に控え、ハチロー・アマダは、数日間に及ぶ「感覚遮断タンク」での隔離試験(※ぶっちゃけ超贅沢な、ぬるま湯の漆黒カプセルホテル)を受けていた。
外部からのうるさい音、眩しい光、触覚、そしてお上の大好きな重力を完全に奪われた漆黒の液体の中で、彼の意識は肉体という境界をすっかり見失い、宇宙の無限の虚無へとドロドロに溶け出していく感覚を味わっていた。ハチロー、完全に幽体離脱の一歩手前だ!
「おいハチロー、聞こえるか? モニターの脳波にめちゃくちゃ乱れがあるぞ。しっかり自分のアイデンティティ(=俺は連邦の社畜だという意識)を維持しろ。木星へ行く長旅において、人間としてのめんどくさい『揺らぎ(人情)』は、お上のスケジュールにとって邪魔なノイズでしかないんだ」
訓練教官であり、裏で絶対に悪い裏金を数えてそうなロック・スミスの冷徹な声が、インカムを通じて直接脳内に響く。
ハチローは、暗闇の中で「あれ? フィーさんの顔ってどんなんだっけ? サハラの前髪ってどうなってたっけ?」とかつてのデブリ課の仲間たちの顔を必死に思い出そうとするが、それらは宇宙のゴミ(デブリ)のように遠ざかり、名前さえも無機質な記号へと変わっていく。
彼は、連邦が求める「文句を言わずにアクセルを踏み続ける完璧なネジ(部品)」へと精神を作り替えられる恐怖に、液体の中でガタガタと震えていたのである。
そう、連邦政府がこの過酷すぎるブラック訓練をクルーに強いる背景には、かつて大昔の西暦の時代に、イギリスやアメリカの軍事・諜報機関(マインドコントロール研究)が必死に開発した、徹底的な心理制御(洗脳技術)の汚い系譜がそのまま流れていたのだ。
地球連邦政府は、この「精神の解体テクノロジー」を、宇宙飛行士の育成という名目で都合よく転用していた。
木星への気の遠くなるような長旅において、「地球に残してきた家族への愛」や「サハラの作った味噌汁への未練」は、任務の効率をガクッと下げる「精神的な粗大ゴミ(デブリ)」とみなされる。
かつて英米の偉い人たちが、優秀なスパイや兵士から感情を綺麗さっぱり抜き取って「引き金を引くだけの冷酷な職人」に作り替えたように、連邦もまた、木星という未踏の地へ向かうハチローから「人間的な痛み」を綺麗に去勢し、システムと100%一体化する「生体パーツ」へと変貌させようとしているのである。お上の考えることはどこまでも冷たい!
タンクの漆黒の液体の中で、ハチローはついに強烈な幻覚(サイケデリックな世界)を見る。
それは、かつて英米の地政学的なワガママの犠牲となった砂漠の先祖たちの記憶と、連邦のコストカットによって宇宙の歴史の闇にボロ雑巾のように沈められた、名もなき宇宙労働者たちの可哀想な亡霊(デブリ)だった。
「おいお前、お前もあいつら金持ち連邦の仲間になるのか? 地球の重力を捨て、人間らしい痛みを捨てて、自分だけ神様にでもなったつもりかえ?」
亡霊たちの呪いの声は、ハチローの脳内の「心のブレーキ」を激しくガンガンと叩く。
ハチローは、「俺が木星を目指す理由は、本当にカッコいい『自由』のためなのか? それとも、ただデブリ課のみんなと別れて『孤独という名のかまってちゃん(傲慢)』に逃げ込みたいだけなんじゃないか?」と、暗闇の中で激しく自問自答し始める。
その時、ハチローの脳裏に、かつてサハラが居酒屋のコップを握りながら言った「宇宙はみんな繋がっているんですよ!」という、一見お花畑で甘っちょろい言葉が、爆音で響き渡ったのだ!
それは、連邦のお偉いさんがどれほど最新の科学で精神をバラバラに解体しようとしても、絶対にフォルダから完全消去できない「他者との温かい連なり」という、人類のDNAに最初から刻まれた根源的なバグ(人情)だったのである!
「……違う! 俺は、一人になって引きこもりたいんじゃない! 俺は、俺は……っ!」
ハチローは、感覚遮断タンクの壁を内側から「ふざけんなァァァ!」と拳で激しく叩き割らんばかりに叩いた。
それは、連邦が引いた「ここから先はロボットね」という正気と狂気の境界線を、ド根性でブチ壊す、一人の泥臭い人間としての魂の咆哮だったのだ! ハチロー、意地を見せたな!
隔離試験が終了し、プシューとハッチが開いて液体から引き揚げられたハチローは、連邦の医師たちの「これで彼も完璧なマシーンになったね」という予測を180度裏切り、めちゃくちゃ「人間臭い」だらしない疲弊を見せていた。
周りのエリートたちが無表情で「ふぅ、いい湯だった」と試験を終える中で、彼一人だけが、恐怖と「助かったー!」という安堵で、鼻水を垂らしながら涙をボロボロと流していたのである。
「おい、ロック・スミス教官……。俺はあんたたちお上の望むような『感情の無い完璧な洗濯機(機械)』には、逆立ちしたってなれなかったよ。だがな、俺は俺のこの泥臭いガサツな心のままで木星へ行ってやる。そうでなきゃ、そこにある誰も見たことがない景色を、一体誰が『すげえ!』って感動して見るっていうんだよ!」
ロック・スミスは、ハチローのデータが書かれたタブレットをパチッと閉じ、その憎たらしい鼻でフッと笑った。
「……面白い。その人間らしい『ためらい』が、木星の過酷な環境で自分の首を絞める牙にならないことを、精々ベッドの中で祈るんだな、アマダ」
一方その頃、ステーションの外の月面都市。
サハラは、地球へ帰還する一般シャトルを待つ長い行列の中で、お土産の入った紙袋を抱えながら、ハチローが今まさにいじめられているであろう訓練センターの遠い方角を、じっと見つめていた。
「ハチローさん。あなたは今、その暗いタンクの中で、一体誰の顔を考えていますか……?」
宇宙世紀0010年。ジュピター・ワンの歴史的な出港(イグニッション)まで、あと本当にわずか。
人類は英米からしぶとく引き継いだ冷酷な科学(洗脳技術)によって、人間の精神の限界突破(極北)に挑んだが、そこには依然として、どんなに計算しても割り切れない「孤独」という名の、地球よりも重い重力が残り続けていたのだ。
一年戦争まで、あと69年。
この「どうしても心を殺しきれず、人間臭さを捨てられなかった者たち」の必死の苦悩は、やがて後々の時代に「ニュータイプという、お互いの心がテレパシーでビンビンに繋がる超能力」への、お上の過度な期待(兵器利用)と、それが戦争で裏切られた時の凄惨な絶望(精神崩壊)へと、真っ直ぐに繋がっていく。歴史のバグはここから始まっていたのだ。
ハチロー・アマダは、お上の用意した給水所で、震える手で一杯の冷たい水を一気に飲み干し、再び「デブリ課出身の泥臭い人間」としてシャキッと立ち上がった。
その孤独なアクセルの先には、連邦の洗練された教科書には1ミリも載っていない、本当のリアルな宇宙(フロンティア)が、レンチを握る彼を待っているはずだったのである。ハチロー、風邪ひくなよ!
この「極限の孤独と感覚遮断によって個人の精神を崩壊させ、組織に都合の良い人格を再構築する」手法は、20世紀後半に英米の諜報機関や軍が行った「MKウルトラ計画」や「感覚遮断実験」にそのルーツがある。彼らは被験者を外界から完全に隔離し、自我を脆弱にさせた上で、特定の思想や命令を刷り込む技術を磨いた。