機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年。月軌道上に浮かぶ、連邦軍のウルトラ巨大なバラ型ドック「ラビアンローズ」では、往還船「ジュピター・ワン」がそのバカデカい巨体を黄金色のまばゆい太陽光に反射させて、これでもかと輝いていた。
それは単なる木星行きの大型トラック(探査船)の域を完全に超え、連邦政府の偉いおじさんたちにとっては「人類がついに神様の領域に土足で足を踏み入れちゃうぞ!」ということをアピールするための、巨大な黄金の神社(神殿)のような、無駄にウインウイン威張った威容を誇っていたのだ。
ハチローは、宇宙服を着て船体の最終チェック(=要するに傷がないかの納車点検)を行いながら、妙にフワフワした奇妙な感覚に襲われていた。
お上の最新技術で高度にシュシュッと磨き上げられた鏡のような装甲板に、かつて自分がデブリ課のボロ船で泥まみれになりながら拾い集めた「誰かの生活の垢(カレーのシミとか)」がついた、愛おしいゴミの幻影が何度も重なって見えたのだ。ハチロー、完全にデブリ課シックである!
「おいアマダ! ぼさっと手を止めて何を見ている! このジュピター・ワンに塵一つ、糸くず一本残すなとあれほど言ったはずだぞ!」
インカムから、相変わらずマニュアル通りに厳しい教官ロック・スミスの叱咤の怒鳴り声が飛ぶ。
彼のような連邦のエリートたちにとって、このピカピカの船は完璧な「お上の秩序」の体現そのものであり、その裏にある過去の泥臭いスラムの歴史や、切り捨てられたデブリ回収員たちの犠牲なんてものは、光輝く未来という名の「お高いペンキ」で一瞬で塗りつぶされるべき、見えちゃいけない「汚れ」に過ぎなかったのである。
そう、連邦政府がこの木星開発大計画を、まるで「世界を救う聖戦」のようにキラキラに飾り立てる汚い手法は、かつて大昔の西暦の時代に、イギリスやアメリカの偉い人たちが「新天地(フロンティア)を開拓して文明を届けてやるぜ!」と言いながら、現地の土地を力ずくで侵略していった時のレトリック(大義名分)の、完全に進化した完成形だったのだ!
地球連邦政府は、この都合のいいおとぎ話を宇宙規模へとさらに大げさに拡大していた。
連邦は木星を「人類に約束された最後のユートピア」とし、そこへ向かうジュピター・ワンを「大洪水を生き抜くノアの方舟」に大げさになぞらえることで、開発の裏で発生する宇宙の環境破壊や、貧しい棄民たちの強制退去を「人類の進化のための、しょうがない必然的な犠牲(コスト)だよ」として綺麗に聖域化(隠蔽)しているのだ。
かつて大昔の英米の鉄道会社が、先住民の聖なる土地をダイナマイトでドカンと潰して「文明の鉄道」をガタゴト通したのと同じように、連邦もまた、宇宙(ソラ)に元々あった「一般庶民の地味な生活」を邪魔なデブリとして一掃し、そのガタガタの土台の上に、自分たちの輝かしい神話を無理やり築き上げているのである。お上の一等賞フラグは本当に強引だ!
ハチローは、安全な訓練用ポッドをあえて離れ、命綱(テザー)一本だけで、ジュピター・ワンの超巨大なメイン・エンジンのノズル付近にプカプカと漂っていた。
そこは、間もなく数千万度のガチの核融合の炎が「うおおお!」と噴き出す、世界で一番熱い「点火(イグニッション)」の最前線エリアだ。
そんな真っ暗な宇宙の闇の向こう側に、ハチローはふと、自分自身の本当の姿を見つける。
それは、デブリ課でツナギを着て油にまみれていた頃のマヌケな自分でもなければ、お受験を勝ち抜いてエリートのワッペンを貼られた今のカッコいい自分でもない。ただ宇宙のマイナス270度の冷たさにガタガタ震えながら、「誰か……飯奢ってくれ……」と温もりを求めている、ただの「剥き出しの寂しがり屋な人間」だった。
「……あのまばゆい光の向こう側(木星)にさえ行けば、デブリ課のクビのことも、大人の汚い政治のことも、全部忘れてスッキリできると思ってた。だがよ……向こう側にあるのは、俺が自分で勝手に捨ててきた『本当の自分の鏡』だけじゃないか……」
ハチローはここで完全に悟る。連邦の偉い奴らがどれほど壮大な嘘の神話で宇宙を綺麗に覆い隠そうとしても、いざ真空の宇宙にポイと放り出されれば、最後に残るのは「個」としてのちっぽけな孤独と、それゆえに「誰かと一緒にいたいよ!」と他者を求める、人類の消せない渇望だけだということを。
その時、ハチローの脳裏に、地球へ帰るお土産(東京ばな奈的なやつ)を準備しているはずのサハラの、あのいつも一生懸命な姿がよぎる。
彼女は、連邦の「人類の偉大な一歩!」なんていう高尚な神話にはこれっぽっちも興味を示さず、ただ「そこに不器用な人間が生きている」という、その地味な事実だけを心から愛していたのだ。サハラ、やっぱりお前がナンバーワンだ!
ハチローは、寂しくポッドに戻り、インカムを通じてロック・スミスに向かってキリッとした声で報告した。
「教官、最終チェック完了です。汚れやゴミは船体のどこにもありません。……まあ、『俺たちの目に見える表面上の場所』には、ですがね」
ロック・スミスはそのハチローの生意気な皮肉をあえてフンと無視し、淡々と「出港カウントダウンの最終準備に入れ」と冷たく命じた。大人のスルー技術は流石である!
一方その頃、重力がだんだん重くなる地球へ向かう一般旅客シャトルの中で、サハラは窓のガラスにデコを押し付けながら、外の闇に遠ざかっていく金ピカのラビアンローズを、切なそうに見つめていた。
彼女は、テレビで連邦のアナウンサーが熱弁している「偉大な人類の第一歩!」というニュースの裏側に、ハチローという一人の不器用な男の心が、お上の重圧でみしみしと壊れていく切ない音を、宇宙の誰よりも鮮明にその胸の中で聞き取っていたのである。サハラ、超能力者(ニュータイプ)の一歩手前だ!
宇宙世紀0010年。人類はかつて大昔の英米からしぶとく引き継いだ「神話(綺麗に偽造された嘘の歴史)」という名の、最高に燃費の悪い高価な燃料をタンクに満載して、いよいよ未知の木星への旅を始めようとしていた。
だが、そのジュピター・ワンの放つ黄金の光が強ければ強いほど、その船体の背後に大きく投げかけられる影はどこまでも深く、漆黒の宇宙をさらに冷酷に染め上げていく。
一年戦争まで、あと69年。
お上の都合のいい「神話の完成」は、同時に、現場の「人間らしい優しさの喪失」のカウントダウンの始まりでもあったのだ。
ハチロー・アマダは、連邦の選ばれた「英雄の担い手」としてのエリートの仮面を顔にペタッと貼り付けながら、その内側には、決して連邦の洗剤では漂白されることのない「俺はロボットじゃねえ、一人の人間だ!」という魂の叫びをガチッと隠し持ったまま、まばゆい光の向こう側(木星ルート)へと、そのレンチのような鋭い目を向けたのである。ハチロー、その仮面、後でサハラに剥ぎ取ってもらいな!
この「自らの拡張を神の意志(天命)と呼び、それ以外の生存権を『未開』として否定する」手法は、19世紀の米国における「マニフェスト・デスティニー」や、イギリスの「白人の重荷(The White Man's Burden)」にその原型がある。彼らは聖書や文明を盾に、北米やインド、アフリカで数千年にわたる現地の歴史を「野蛮」として一掃し、自らの支配を「救済」と定義した。