機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

24 / 26
愛、という名の重力、あるいは慈悲の暴力(※なお、ハチローが衛兵に引きずられていた時、黄金の制服のズボンがずり落ちそうになって『これ以上俺のプライドを奪うな!』と心の中で絶叫していた)

宇宙世紀0010年、春。往還船「ジュピター・ワン」の運命の出港まで、残りたったの12時間。

 

月面都市の超VIPしか入れない最高級スイート(※部屋の中に滝が流れてる成金仕様)では、木星計画の成功を120%確信している連邦のお偉い高官おじさんたちによる、最高にうさんくさい祝宴(出港パーティー)が開かれていた。

 

ハチローはそのゴージャスな食卓の端っこで、お上の最新バイオ技術で作られた、見た目は超高級だけど噛むとどこか「プラスチックの消しゴム」のような味がする、味気ない最高級合成肉を無言でガリガリと噛み締めていた。ハチロー、完全に口に合っていない!

 

「いやぁアマダ君、君たちがこれから木星から命懸けで持ち帰るヘリウム3はね、地球の貧しい棄民たちの貧困と紛争を綺麗さっぱり駆逐するための、聖なる『愛の火種』になるんだよ。これは我が地球連邦の、人類愛の完全勝利なのだよ! ガハハ!」

 

シャンパングラスを掲げる高官のクソデカい笑い声に、ハチローは胸の奥から酸っぱい吐き気を覚えていた。

お上たちの言うその綺麗な「人類愛」の裏側で、つい昨夜、自分のこの目で目撃した「デブリの街」の貧しい労働者たちが酸素供給を止められて窒息しかけ、あのサハラがたった独りでボロ作業艇にしがみつき、宇宙の闇を這いずり回っている冷酷な現実(コストカット)を、ハチローは誰よりもハッキリと知っていたからだ。お上の愛は、身内にしか届かないワイヤレス仕様かよ!

 

ハチローはあまりの胸糞悪さに宴席をガタッと立ち、お上のマニュアルを完全無視して小型艇の鍵を強引に奪い、月面の最下層にある、一番薄暗いシャトル発着場の片隅へと全速力で向かった。

 

そこには、連邦の『お払い箱政策』によって、地球へ荷物みたいに強制送還される直前の、宇宙服も心もボロボロになったサハラがポツンと座っていたのである。

 

そう、連邦政府がテレビのCMで派手に掲げる「宇宙開発による全人類のハッピーな救済!」というナウいレトリックは、かつて大昔の西暦の時代に、イギリスやアメリカといった大国が、自国の都合のいい国益(利権)を世界中に拡大する際に都合よく使い回した、最も洗練された「お上の欺瞞(キレイゴト)」の汚い系譜そのものだったのだ!

 

地球連邦政府は、この「愛の政治学」を宇宙スケールで100%悪用していた。

 

連邦は木星開発を「全人類の福祉のためのプロジェクトです!」と美しく呼ぶことで、それに文句を言う反対派やデブリの街の住人たちを「人類共通の幸せを邪魔する、ワガママな悪魔(敵)だ!」として、倫理的に社会から完全に抹殺(スルー)する。

 

かつて大昔の英米の偉い人たちが、自分たちの文明の基準に満たない先住民の文化を「遅れたかわいそうな野蛮人」として力ずくで矯正(排除)しようとしたように、連邦もまた、サハラのような現場の「目の前の人間を助けたいという個人的な慈悲(人情)」を、組織の「巨大なシステム的愛(統治)」に従わない、めんどくさい不純物(デブリ)として綺麗に掃除しようとしているのである。お上の愛は、巨大なプレスマシーンみたいに一方的だ!

 

「ハチローさん……。どうして、出港直前のそんな大事な時にここに来たんですか。あなたはもう、私たちなんか見えない、神様のような高いお空の場所へ行くエリートの人なのに……」

 

サハラは、昨夜のデブリ回収作業で衝突した時のケガで、包帯の巻かれた痛々しい腕をそっと抱えながら、冷たい鉄のベンチに小さくなって座っていた。

 

ハチローは、自分の着ている黄金の選抜クルー用制服のジャケットを「こんなクソ食らえだ!」と床に脱ぎ捨て、彼女を強く抱きしめようとする。

 

だが、その伸ばした腕の間には、空気の無いリアルな真空よりもはるかに深い、お互いの立場が引き裂かれた絶望的な「認識の壁」が、冷酷に横たわっていたのだ。

 

「サハラ、そんなボロいスラムに残ってないで、俺と一緒にジュピター・ワンに乗って木星へ行こう! 俺が連邦の偉い奴らを全員力ずくで説得してやる! 宇宙には、お前がデブリ課で言ってた、そういう泥臭い『本当の愛(仲間意識)』が絶対に不可欠なんだよ!」

 

「いいえ、ハチローさん……。あなたの言うその優しい『愛』はね、結局、お上が誰かを都合よく支配して、言うことを聞かせるための『都合のいい許可証(チケット)』にすぎないのよ。あなたが木星へ行って、お上のためにピカピカの資源を持ち帰って地球の人を救おうとするたびに……そのシステムから溢れた誰かが、その『地球の重力』の底で冷たく押し潰されるのよ!」

 

サハラの涙ながらの痛烈な拒絶は、ハチローの男の魂をガツンと正面から真っ二つに貫いた。

 

彼は、自分が必死にお受験して手に入れようとした「自由な宇宙(フロンティア)」が、実は地球の汚い利権構造をそのまま引きずった、最も強固な「地球のしがらみ(重力)」そのものであったことを、ここで骨の髄まで痛感させられたのだ。

 

連邦が木星を目指すのは、重力を超えて人類が新しく生まれ変わるためなんかじゃない。自分たちの傲慢な支配(重力)を、太陽系全域の隅々まで拡張して captive(囲い込み)するためだったのである。お上の縄張り意識は本当に宇宙規模でタチが悪い!

 

その時、発着場の古いモニターには、ジュピター・ワンの核融合エンジンがいよいよ始動準備に入ったことを全世界に告げる「人類愛のメッセージ」が、連邦大統領の胡散臭い満面の笑顔の映像とともに、大音量で流れ始めた。タイムリミットだ!

 

ハチローは、サハラの手を握ることも許されないまま、小型艇の無断使用で見つかり、駆けつけた連邦軍のガチガチの衛兵たちに両脇をガシッと固められて強制的に連行される。

 

お上の頑丈なブーツに引きずられ、黄金のズボンを汚しながら、彼は去りゆくサハラに向かって、喉がちぎれんばかりに叫び続けた!

 

「サハラァァァ! 俺は、あの木星の宇宙の果てで、絶対に本当の答えを見つけて帰ってくるからな! 連邦の押し付ける冷たい愛でも、あんたの言う諦めの愛でもない……誰も見たことのない、本当の剥き出しの宇宙を、この手で掴んでみせるッ!」

 

サハラは、遠ざかっていくハチローの黄金の背中を、もう涙で見えなくなった目で見つめながら、ぽつりと一言だけ、真空に溶けるように呟いた。

 

「……ハチローさん。そこにはね、きっと何も無いわよ。……あなた自身という、ちっぽけな人間以外にはね」

 

宇宙世紀0010年。往還船ジュピター・ワンは、月面のクレーターのすべてをドカンと焼き尽くさんばかりの、凄まじい黄金の光をノズルから放ち、ゆっくりと漆黒の空へと浮上(イグニッション)を開始した。

 

大昔の英米からしぶとく引き継がれた「人道的人類愛」という名の、偽造された歴史の重力は、今や数万キロの真空を冷酷に貫き、デブリ課で結ばれた若い二人の心を、二度と戻らない距離へとバラバラに引き裂いたのである。

 

一年戦争まで、あと69年。

 

「人類愛」という名の最強の免罪符(大義名分)を手に入れた連邦政府は、この木星計画の成功を足がかりに、この後さらに冷酷で容赦のない、宇宙移民(スペースコロニー)への独裁統治へと、ブレーキの壊れたダンプカーのように突き進んでいくことになる。

 

そして、そのお上の横暴な圧政への現場からの凄まじい反動は、皮肉にも、数十年後に「地球に住む人類を、重力ごと小惑星(アクシズ)を落として強制的に全員革新させてやるぜ!」という、さらに極端で歪んだ『過激すぎる人類愛』を掲げたカリスマ、シャア・アズナブルのような恐ろしい怪物を生み出すための、最高の絶望の土壌(苗床)となっていくのである。歴史の皮肉は、このハチローの旅立ちの光の影で、すでにスタンバイしていたのだ。

 

ハチロー・アマダは、もの凄いG(重力)で加速する最新コクピットのシートの中で、自分の心臓が内側からミリミリと押し潰されるような、凄まじい重圧を感じていた。

 

それは物理的なロケットの加速なんかじゃない。彼が「選ばれた英雄」としてその背中に背負わされてしまった、『連邦帝国の人類愛』という名の、あまりにも重すぎる、血塗られた十字架のガチの重みだったのである。ハチロー、そのコックピットの中で、お前は一体どんな顔をして木星の風を待つんだよ……!




この「普遍的な善(自由、民主主義、博愛)を掲げて他国に介入し、実質的な支配下に置く」手法は、20世紀末から21世紀初頭の英米による「人道的介入(Humanitarian Intervention)」にその原型がある。彼らは特定の地域の悲劇を救うという名目で軍を派遣し、自国の価値観に合わない政権を倒し、その地域の資源と市場を自国企業へ開放させた。結果として残されたのは、救済とは程遠い混沌と、英米への資源依存の固定化であった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。