機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010:重力(と毎月のローン)に魂を引かれた社畜たち   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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帰還軌道、あるいは塗りつぶされた国境(※ただし胃薬は必須である)

宇宙世紀0010年、冬。

 

木星往還船「ジュピター・ワン」の第一次試験航海が無事に終了し、宇宙全体が「うおおお! 木星サイコー!」と大盛り上がりの祝祭ムードに包まれていた。だが、そんなキラキラした恩恵が、末端のゴミ拾い業者(デブリ課)のボーナスに反映されるわけがない。世の中そんなに甘くない。

 

しかし、一応はお上の温情(という名の、これ以上働かせたら労基に刺されるという恐怖)によって、ハチロー、サハラ、フィーの三人は、束の間の休暇を得て地球へと降下した。

 

ハチローは「地上に降りたら美味いラーメン食うぞ」と木星への思い(と食欲)を馳せ、新人のサハラは「これが……教科書で見た、お肌が乾燥しない本物の重力!」と大感動していたが、チームの財布を握るフィーの表情はガチで暗い。彼女の目的地は、かつて中東と呼ばれた地域に隣接する、連邦政府直轄の「特別経済特区(※お金持ち専用エリア)」だったからだ。

 

「フィーさん、久しぶりの実家なのに、なんだか顔が死んでますよ? もしかして、実家に引きこもりの婚活失敗したお姉さんとかいるんですか?」

 

「サハラ、あんたのその無邪気なナイフ、たまに私の心臓に直撃するからやめな。あたしの故郷はね、連邦の偉い人が地図の上に勝手に引いた線のせいで、砂と一緒に物理的に消滅したんだよ」

 

フィーが地上用の安タバコ(※全然煙が出なくてシケている)に火をつけ、苦虫を噛み潰したような顔で笑う。

三人が乗るシャトルが、かつてのアラビア半島上空を通過する。眼下に広がる砂漠には、めちゃくちゃ最先端でピカピカな核融合発電所と、それを取り囲むように整然と並ぶ連邦軍の駐屯地(※絶対にエアコンが完備されている)が見える。だが、そのフェンスの一歩外側を埋め尽くしているのは、無数のスラムと化した、Wi-Fiも通らない旧市街だった。格差がエグい!

 

フィーの家族が住む実家は、この「特区」のすぐ隣にありながら、高い電磁フェンスによって「文明の美味しいところ」から完全に遮断された、まさに現代のゲットー。男臭いデブリ課の部室の方がまだマシというレベルの修羅の国である。

 

ようやく実家に辿り着いたフィーを待っていたのは、感動の再会ではなく、思春期を拗らせまくった弟による連邦への八つ当たり(憎悪)だった!

 

「姉さんは、あいつらの出したゴミを拾って、あいつらの宇宙を綺麗に保つために魂を売ったんだな! そんなお上の犬が買った土産の『東京ばな奈』なんて、俺たちのプライドが食うことを許さない!」

 

「いいから黙って食えよ美味いんだから! あと姉ちゃんに向かってその口の利き方は何だァァァ!」

 

弟は、あろうことかテロリスト組織「宇宙防衛戦線」の末端(※主にネット掲示板での書き込み担当)に関わっていた。彼らにとって、石油を奪い、自分たちの土地を「連邦の都合のいいゴミ箱」に作り替えた連邦政府は、歴史の教科書で見た大昔の植民地主義者そのものだったのだ。

 

そしてその夜、間の悪いことに特区にある連邦のエネルギー貯蔵施設で爆発が発生。ガチのテロである。

 

速やかに出動する連邦軍の治安維持部隊。彼らが乗る最新鋭の装甲車は、かつてイギリスやアメリカが中東のデモを力ずくで黙らせるために送り込んだ戦車のデザインをそのままパクっており、見ているだけで胃が痛くなるような威圧感を放っている。

 

そう、宇宙世紀の地球連邦政府は、この「強い奴がルールブック」という論理を極限まで押し進めていた。

 

連邦は、宇宙開発に役立つ「勝ち組特区」と、資源価値がなくなってポイ捨てされた「負け組エリア」を明確に分断。かつて英米が石油を独占するために都合のいい操り人形国家を乱立させたように、連邦もまた、管理しやすいように地球の形を再編し、文句を言う奴らの歴史を「なかったこと(過去のデブリ)」として塗りつぶしたのである。

 

炎上する街(と、巻き添えでちょっと燃えている近所のスーパー)を見つめながら、フィーは宇宙にいるハチローに通信を入れる。

 

「……ハチ、あたしは宇宙でアイツらの鼻クソみたいなゴミを拾ってる方が100倍マシだよ。地上じゃ、偉い人間が気に入らない人間をゴミみたいに扱って、それを『世界の平和を守るため』なんて綺麗事で片付けてやがる」

 

「フィー、大変なのは分かるが、こっちもサハラが地球の重力に負けてさっきから這いつくばって動けないんだ。助けてくれ」

 

結局、休暇を2日も残して低軌道上のステーションに戻ることになった一同。帰りのシャトルの中で、フィーは窓の外を見つめていた。

 

眼下の地球は、宇宙から見れば国境線なんて一ミリも見えない、めちゃくちゃ美しい青い星だ。だが、その表面には、英米から連邦へと引き継がれた「お上のドス黒い支配の傷跡」が、目に見えない無数の境界線となって刻まれているのである。

 

すると、空気を読まないサハラが、地上で拾ったという小さな石ころをフィーの目の前に突き出した。

 

「これ! フィーさんの故郷の石ですよね? 磨いたらちょっとメルカリで売れそうなくらい綺麗ですよ!」

 

「……サハラ、あんたのその逞しい商魂は嫌いじゃないよ。でもね、石は石さ。どこの国の石かなんて決めるのは、いつだって安全な部屋の机の上から一歩も動かない、現場を知らない連中なんだよ」

 

ハチローは、これ以上お説教を聞くのは耳が痛いとばかりに作業ポッドのハッチを閉め、遠くで神々しく輝く木星を見つめる。

 

彼らが日々拾っているデブリは、ただの鉄クズではない。それは、強引な国境線とエネルギー革命の陰で、「お前らもういらね」と宇宙へ弾き飛ばされた人々の、執念と愚痴の残骸だったのだ。

 

宇宙世紀0010年。人類は重力を振り切って木星への道を拓いたフリをしているが、地上の「あいつ気に入らない」という分断の重力は、依然として彼らの魂をドロドロに縛り付けている。

 

「ハチ、サハラ、御託は終わりだ。とっとと仕事に戻るよ! 宇宙をピカピカに掃除しとかないと、あのケチなお上どもが『掃除代』を名目に、もっと高い税金を取る口実を与えるだけだからね!」

 

フィーの、現実的かつ締まり屋な声が無線に響く。

 

一年戦争まで、あと69年。地球上の「あいつの土地は俺のもの」というセコい憎しみは、宇宙という巨大なキャンバスに、よりスケールの大きな地獄(主にコロニー落とし)として塗り替えられようとしているのを、この時の彼らは「早くボーナス出ないかな」としか考えていなかったのである。




この分断の根源は、1916年にイギリスとフランスが交わした「サイクス・ピコ協定」にある。彼らは民族や宗教、歴史的経緯を完全に無視し、定規一本で中東を切り裂き、自国の利権に基づいた「国境」を引いた。これが百年以上にわたる紛争の火種となった。
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