機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年。
人類の月面都市「フォン・ブラウン市」は、宇宙移民開始から10年を経て、連邦政府の特権階級(=いわゆるズルい金持ち)や、一攫千金を狙う怪しい資本家たちの、高級シャンパンと札束が飛び交うお盛んな社交場へと変貌していた。
「見てくださいハチローさん! 月面行きの超豪華定期シャトル『シルバー・レディ号』ですよ! 綺麗……あの中ならきっと、残業なんて概念すらないんでしょうね……」
新人のアイ・サハラが、作業艇のボロいモニター越しに、白銀に輝くセレブ専用の客船を見つめてウットリと溜息をつく。だが、ハチローの視線はマッハで冷ややかだ。
「サハラ、目を覚ませ。あの中に乗ってるのは、連邦の公債を山ほど持ってる上級市民か、そのおこぼれを狙う取り巻きのパパ活女子だけだ。俺たちが今拾ってるのは、あいつらが優雅に高級キャビアを食うために切り離した、使い捨ての汚い推進剤タンク(=ただのデカい鉄クズ)だぞ」
デブリ課に下った今回の任務は、月面定期航路周辺の微細デブリ(※主にセレブが窓から投げ捨てたと思われるゴルフボールとか)の清掃。華やかな月旅行の裏側で、航路の安全を保つために「モップを持った影の黒衣」として働くのが、ハチローたちの世知辛い日常だった。
月面には、連邦政府公認の巨大企業が運営する「ヘリウム3採掘基地」が点在している。そこはかつて、パンフレットで「全人類の共有財産です!」とハッピーに謳われていたはずの場所だった。
そう、地球連邦政府はこの「共有財産(みんなのもの)」という綺麗事を、月面で見事に私物化(俺のもの)に再構成していたのだ。
西暦時代の「宇宙条約」なんていうお固いルールを「あー聞こえなーい」と形骸化させ、資源探査の名の下に月面のイケてる一等地を連邦系の身内企業に格安で分割。
かつてイギリスやアメリカの偉い人たちが植民地の土地をしゃぶり尽くすまで資源を吸い上げたように、連邦は月を「みんなの心の故郷」から「お上の財布を潤すための私有地」へと作り替えたのだ。月面観光とは、その強欲な地上げの上に塗り固められた、選ばれた勝ち組たちのための贅沢なコスプレパーティーに過ぎない。
「ハチローさん! 清掃レーダーに妙な反応が! 航路から大きく外れたクレーターの底から、SOSっぽい信号が出てます!」
作業中、ハチローたちは月面の怪しいクレーター付近で、自家製の救難信号を傍受する。そこにいたのは、連邦の許可を一切取らずに、月面で細々と「酸素抽出(=自家製密造酸素)」を行いながら密かに暮らしている、身寄りのない頑固なおじいさんだった。
「ここは俺の土地だ! 連邦の小僧どもが勝手に線を引く前から、俺はここでクレーターをスコップで耕してきたんだ! 固定資産税なんか払わんぞ!」
その老人は、かつて宇宙移民計画の初期、過酷なノーマルスーツ姿で死にかけながら開拓作業に従事し、都市が完成して用済みになると同時に連邦から「はい、これ以上はコストの無駄ね」とポイ捨てされた、使い捨ての初代開拓者だった。
彼は、現実の歴史でイギリスの入植者によって「今日からここ俺の土地だから出てって」と理不尽に追い詰められた先住民や、地主に見捨てられた小作農たちの姿そのものだった。
そこへ、タイミング悪く連邦のピカピカな警備艇が、この「不法占拠のおじいさん」を力ずくで追い出すために接近してくる。彼らエリート公務員にとって、老人の手作りの家は「美しい月面リゾートの景観」を損ねる、ただの汚い粗大ゴミ(デブリ)と同じ扱いだったのだ。
「ハチローさん、助けましょう! このおじいさんは何も悪いことなんて……ちょっと頑固で話が通じないだけです!」
「サハラ、気持ちは分かるが、相手はガチの警察(警備艇)だぞ! 逆らったら俺たちの今月の給料がマジでデブリになる!」
サハラが叫ぶが、ハチローはマニピュレーターのレバーを握りしめ、苦虫を100匹噛み潰したような顔で震えていた。連邦の規約(お上の絶対ルール)に逆らえば、弱小部署のデブリ課はその日のうちに取り潰され、全員全裸で宇宙に放流される。
結局、おじいさんは「身柄の保護(という名の強制退去)」という名目で連邦の治安当局にドナドナされ、彼が長年コツコツ作ったささやかなパラボラアンテナ付きの住居は、デブリ課(ハチローたちの手)によって悲しくもバリバリと解体・処分されることになったのだった。仕事とはいえ辛い!
ステーションへの帰り道、ハチローは遠ざかる月を見つめていた。月面には、連邦のマークが入った旗がこれみよがしに並び、超高級リゾートホテルのネオンが眩しく輝いている。だが、そこにはもう、開拓者たちの血と汗の結晶も、人類が等しく夜空に見上げて抱いたはずの「宇宙へのピュアな夢」も、これっぽっちも残っていなかった。
「ハチローさん……月は、あんなに黄色くて美味しそうなのに。どうして、あんなに冷たくて世知辛いんでしょうか……(グスッ)」
「サハラ、泣くな。あと月に美味しそうとか言うな。……月はもう、夜空に見えてるただのロマンあふれるお星様じゃないんだ。あそこは、連邦のお偉いさんがソロバンを弾くための、巨大な帳簿の上の『資産セクション』に過ぎないんだよ」
ハチローは、かつて英米が砂漠に勝手に境界線を引いて戦争の火種を撒いたように、この美しい月にもまた、消えることのない「支配と格差の線」がクッキリと引かれたことを痛感していた。
「ハチ、サハラ。しけた面してないで仕事に戻るよ。月がどれだけ冷たくたって、明日の家賃の請求書はもっと冷たく、確実にアタシたちのところに届くんだからね」
フィーの、極限まで現実的かつ全うなセリフが無線に響き、デブリ課のボロ作業艇は再びゴミの海へと戻っていく。
宇宙世紀0010年。月は人類の宇宙進出の輝かしい足がかりとなったが、同時にそれは、新しい社畜社会と格差の象徴となった。
一年戦争まで、あと69年。
この月面都市フォン・ブラウンが、後に連邦の理不尽にブチ切れたジオン公国(宇宙の暴走族)の重要拠点となり、やがて「そっちがその気なら月ごとぶっ壊してやるよ!」と、さらなる大赤字の戦火に包まれることになるとは、この時、月面リゾートで高級エステを受けている金持ち観光客たちは、誰一人として想像すらしていなかったのであった。
この「公共の土地を特定勢力が独占する」構造は、18世紀イギリスの「エンクロージャー(囲い込み)」に端を発する。かつて農民の共有地(コモンズ)だった場所を、法を盾に貴族が私有化し、職を失った農民を都市の労働力として安く買い叩いた歴史だ。