機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0010年。
月面都市「フォン・ブラウン市」の総合病院。
デブリ回収作業中に「アームに指を挟んだ(※ぶっちゃけただの不注意)」という超絶ダサい理由で軽い負傷をし、検査入院したハチローと、その付き添い(という名のお見舞いプリン泥棒)のサハラは、病院の低重力庭園で一人の可憐な少女、ノリコに出会う。
彼女は、月面で生まれ育ち、一度も地球の実家に帰省したことがない、筋金入りの「月生まれ一世」の子供だった。
「サハラさんは地球から来たの? 海って本当に青いの? あと、噂に聞く『マクドナルド』って月面店よりポテトの量が多いって本当!?」
ノリコの問いかけは純粋だが、その身体は細く、地球の重力下では歩くことさえ困難なほど骨密度が低い。要するに、超深刻なカルシウム不足である。
サハラは彼女を「月という過酷な環境が育んだ、新人類(ニュータイプ)の美しい蕾……!」と勝手にポエム調で好意的に見るが、日々のお財布事情と戦うハチローの視線はガチで重い。
「サハラ、目を覚ませ。あの子は『ニュータイプに進化』してるんじゃない。連邦が作った『月面という名の限界職場』に適応させられちまったんだ。地球の美味いラーメンを現地で食う権利を、身体レベルで奪われてるんだよ」
そう、ノリコのような月面生まれの子供たちは、連邦政府の統計上「ルナリアン(月居住者=いわゆる地方民)」として区分され、地球への長期滞在(観光)には、目ん玉が飛び出るほど高額な医療保険代と、めちゃくちゃ厳しい検疫(※1ヶ月くらい箱に閉じ込められる)が課せられているのだ。
地球連邦政府は、この不条理を「環境適応という生物学的な優しい理由」ですり替えていた。
かつてイギリスやアメリカの偉い人たちが植民地の現地住民を「あいつらは文明化されてないから、選挙権はナシね」と政治から遠ざけたように、連邦は宇宙居住者を「地球環境に耐えられない、もやしっ子な身体」として、地球の政治決定権(お上のボーナス決定戦)から事実上排除したのである。
月の少女が地球のディズニーランドに憧れることは、かつて隔離された人々が「白人専用の高級プール」を指をくわえて夢見ることと同じ、残酷な格差構造の上に成り立っているのだ。
ノリコは、サハラがスマホ(端末)で持ち込んだ「地球のYouTubeの映像」を夢中で見つめる。しかし、その時、白衣を着た目の死んでいる病院の管理官が現れ、冷淡に画面をパチッと遮断した!
「患者の精神衛生に悪影響を及ぼします。彼女のようなルナリアンにとって、地球の重力や満員電車は『恐怖』の対象であるべきです。下界への不必要な憧れは、月面での労働意欲(ガチャを回すための課金欲)を削ぐだけだ」
管理官の言葉は、かつて英米の植民地当局が、現地住民に高度な教育を与えると「あいつら賢くなって反抗するから、引き算までしか教えちゃダメ」と制限した論理と完全に一致していた。ノリコは、自分が地球に降りれば内臓がカエルのように潰れ、骨がポテトチップスのように砕けるという恐怖の英才教育を植え付けられて育っているのだ。
「ハチローさん! どうしてですか……! 彼女にだって、地球の『ウーバーイーツ』の便利さを知る権利があるはずです!」
「サハラ、お前が言いたいのは利便性だけか」
サハラの明後日の方向への叫びに対し、ハチローは窓の外の荒涼とした、砂ばっかりの月面をレンチで指さした。
「連邦の奴らにとって、彼女は『月面という資源採掘場(ブラック炭鉱)』の定住率を上げるための重要な引き止めサンプルなんだよ。彼女が地球の美味い空気や鳥貴族を愛してしまったら、誰がこのクソ暑い月面で一生お上のためにヘリウムを掘り続けるっていうんだ?」
そして退院の日。ノリコは車椅子に座り、病院の強化ガラス越しに、地球へ向かう定期シャトルの光を寂しそうに見送っていた。
「サハラさん。私、いつかスクワット100回できるようになって、重力に勝てるかな……」
「……ええ! いつか、みんなが自由に地球のサイゼリヤに行ける日が来るわ! 私が、そのための宇宙の障害物(デブリ)を全部ダイソン並みに片付けておくから!」
サハラの言葉は、今のデブリ課の低月給の前には虚しく響いた。
ハチローは、かつて英米が砂漠に引いた境界線が、今や宇宙居住者の「DNAと骨格(=牛乳嫌い)」にまで刻み込まれているという冷酷な現実を突きつけられていた。
宇宙世紀0010年。人類は宇宙に適応し始めたフリをしているが、それは「新人類への輝かしい進化」などではなく、「お上が管理しやすいロボット労働種への分断」として機能していた。地球連邦は、重力という名の「見えない檻(一等席)」を使い、地球を特権階級の聖域(タワマン)として囲い込んでいるのである。
一年戦争まで、あと69年。
「地球を愛しながら、地球の地面を踏めない」という宇宙居住者たちのドロドロした哀しみが、やがて「そんなに地球が上が偉いなら、コロニーごと叩き落として全員ノリコと同じ骨密度にしてやろうかァァァ!」という狂気の思想――ジオン・ダイクンの思想を都合よく解釈した暴走族(ジオン軍)による、コロニー落としの憎悪へと繋がっていくのを、この時の彼らは「病院の売店のパン、美味しかったですね」というサハラの能天気な一言で、完全に忘却していたのである。
ハチローとサハラは、月面の砂を思いっきり吸い込んで激しく咳き込みながら、再び「残業代カット」のデブリ回収へと向かう。二人の背中には、美しくも冷酷な、メルカリの送料が高そうな地球が、ぽっかりと浮かんでいた。
この「属性によって居住区を分け、移動の権利を制限する」支配構造は、19世紀から20世紀にかけて英米やその同盟国が行った「人種・階級隔離(アパルトヘイトやジム・クロウ法)」にその原型がある。彼らは法的・物理的な壁を築くことで、富を特定の区域に集中させ、搾取される側を不衛生で不便な区域に固定した。